宿から出ると、入り口付近に立っていたアニーと目があった。
は動かない彼女に一歩近付き、「何してるの?」と問うた。
それにアニーは気まずそうに目を逸らしながら、「あの子、気になったから・・・」と呟いた。
ミーシャの事を案じているのだろう。マオが元気に「ミーシャなら心配いらないってさ!」と答える。


「・・・良かった・・・」


ぽつり、とそう呟いた。
アニーはその後直ぐに背を向け、街の外へ出ようとする。
そんな彼女をユージーンが呼び止めた。


「何処へ行くつもりだ?」

「・・・貴方には関係無い」


彼の問いかけに、アニーは冷たい声色で返した。
振り返りもしない彼女に、マオが少々ムッとした表情をするが、それを手で諌めてユージーンは再度口を開いた。


「俺たちと一緒に行かないか?」


ユージーンの言葉に「えっ」とマオとアニーが声を上げる。
瞳を丸くして振り返ったアニーは、直ぐにその瞳に警戒の色を強めると「どういうつもり?」と問うた。


「俺たちの近くに居れば、俺を殺す機会は幾らでもあるぞ」


その言葉にアニーが瞳を細める。
黙りこくる彼女にユージーンは「どうした?」と言う。


「それとも、もうバースの仇討ちは終わりにするのか?」

「・・・貴方って、凄く嫌なヒトね」


アニーは視線を逸らし、そう言った。
そして眉を寄せて「どうしてさっき私を庇ったりしたの?」と問う。
彼女の言葉にユージーンは首を振り、「庇った訳ではない」と言う。


「体勢を崩した所にバイラスが飛び込んできた。それだけの事だ」

「有り得ない言い訳をするのね」


へたくそな嘘。
そう言って腕を組むをユージーンは横目で見るだけだった。
の言葉にヴェイグとマオが小さく頷く。

それらの行動の後に、アニーがユージーンに視線を戻して「貴方は・・・、」と呟く。


「本当に、お父さんを殺したの・・・?」

「何度聞いても答えは同じだと思うが?」


彼の言葉にアニーは少しの間、黙って考えていたようだった。
が、一歩前へ足を踏み出し、一度小さく頷いてから「・・・行くわ」と言った。
アニーが同行する事を了承したのにマオは「やったぁ!」と喜びの声を上げる。


「仲間が増えたヨ!」


マオの喜びの言葉にアニーは「仲間じゃない・・・」と呟くと、今度ははっきりと声を出した。


「貴方の言う事は信用出来ない・・・。 お父さんを殺したというその言葉さえ・・・。
 真実が分かるまで、貴方を殺さない。 でも、もし貴方が父を殺したというのが真実なら・・・、」

「真実だ」


迷い無く直ぐに答えたユージーンにアニーは瞳を細めると、何処か諦めた様に首を振って「・・・もういい」と言った。


「真実かどうかは、私が見極める。
 だから私は、その為に貴方と一緒に行く」


アニーがそう言い、手に持っていた杖を握り直す。
沈黙がその場を支配した、と思ったらこの空気に耐えられなかったのかマオが「ねえ、アニー」と声をかける。


「そんなに怖い顔してるとヴェイグみたいになっちゃうよ?」

「俺はそんなに怖い顔をしているつもりは無い」


アニーを元気付ける為か、マオの発した言葉だったがヴェイグが反応した。
マオはヴェイグを振り返りながら、頭をかいて「怖いって言うか・・・、」と言い少し考えた後、また口を開く。


「根暗なんだよ、ヴェイグは。 だって全然笑わないんだもん!」

「・・・暗い・・・、俺が・・・・・・、」


マオの言葉がショックだったのか、ヴェイグが少しだけ俯く。
その表情に、また影が降りて更に暗さをアピールしているようにしかには見えなかった。

何話してんだか、と思っていた彼女の耳に「ふふっ、」という笑い声が聞こえた。
其方の方を見ると、アニーが口元に手を当てて笑みを零していた。
ヴェイグ達も気になったのか、彼女を見ていた。
視線が集中している事に気付いたのか、アニーがハッとした様子で口元を両手で覆い、慌てた様子で「す、すみません・・・!」と言う。

慌てた様子も、先ほどの笑顔も、そうしていれば年相応の表情だった。

そう思い、は「あんた、」と言う。


「いいのよ、笑ったって。その方がずっと可愛いわ」

「あ、あの・・・」


の言葉にアニーが照れた様に頬を染める。
その様子がまた可愛らしくて、は満足げに腰に手を当てた。
そんな二人に、マオが「だったらさ」と言う。


だって、笑ったほうが可愛いんじゃないの?」

「・・・私だって、笑う時は笑うわよ」

「ヴェイグの根暗には笑わなかったのに?」


マオがそう言うとヴェイグの肩が少しだけ揺れた。
どうやらまだ気にしているらしい。
は小さく溜め息を零すと、「兎に角」と言って言葉を続ける。


「此処から南西にある、ペトナジャンカにさっさと行っちゃいましょうよ。
 陸路経由なら其処を通ってバルカに戻るはずでしょうし、その街でも女の子をとっ捕まえてる筈でしょうからね」


の言葉にヴェイグ達は頷いたが、事情を知らないアニーは小首を傾げ、「王の盾を追ってるの?」と問うた。
それにが「歩きながら説明してあげるわよ」と言い歩を進める。
歩き出したに並ぶように、アニーが歩く。
彼女達の後ろを、ヴェイグとマオ、ユージーンが続く。

ユージーン相手には論外。やはりヴェイグやマオと居るより同性のと居る方が安心するのだろう。
そう思いながらは隣を歩くアニーを見ずに前に視線を向けたまま説明する。


「って言っても、私もあんまり良く分かんないんだけどね。さっき仲間入りしたばっかだし。
 とりあえず、そこの根暗な彼が攫われた女の子を追っているらしいわよ」

「ヴェイグの幼馴染のクレアさんがね」


の適当な説明に、マオが加わる。
それにユージーンが頷き、「四星のサレとトーマがな。ワルトゥも動いている」と言う。
彼の言葉にアニーは「四星?ミリッツァは?」と問うた。
アニーの言葉にが「ミリッツァねぇ・・・」と呟く。


「四星での紅一点ね。強力なフォルスを持ってるって話は耳にした事があるわね」


の言葉にヴェイグが「そうなのか、」と言う。
歩きながらの説明が済んだ所で、マオが雑談に入った。
ちょこちょこと移動し、前を歩くアニーを覗き込む様に身を屈めながら「ねぇねぇ、」と声をかける。


「アニーの趣味って何?」

「えっ、な、何、突然・・・。私の趣味・・・? ・・・何、かしら・・・」


突然振られたアニーは瞳を丸くし、考える仕種を見せる。
が、考えている途中でマオが「ブッブー、時間切れー!」と言って笑った。


「じゃあ、僕の番ね。僕の趣味はねー!」

「もう・・・、まだ考えてる途中なんだから・・・!」


一気に騒がしくなり、きゃいきゃいわいわいと会話を始めたアニーとマオ。
そんな二人から離れる様にが歩調を緩めてユージーンとヴェイグと並ぶ。


「・・・元気良いのね」

「お前は話に加わらないのか?」

「・・・さすがの私でも子供の話に加われるほど有能じゃないのよ」


肩を竦めてそう言う彼女にヴェイグが「お前は、幾つなんだ?」と問うた。
それには考える仕種をし、「そうねぇ・・・」と言い考えた後に「十八じゃない?」と言った。


「年が分からないのか?」

「・・・あのねぇ、あんたレディに年齢尋ねるなんて失礼に値するんじゃないの?」


あんまりにもアッサリ聞いてくるもんだからついノリで答えちゃったじゃないの。
そう言いつい、とそっぽを向く彼女にヴェイグが少しだけ慌てた様子で「す、すまん」と言う。
そんなヴェイグに少しだけ瞳を丸くしながら「・・・あんたは?」と問うた。


「・・・何だ?」

「・・・だから、年齢よ。年」

「・・・俺は、十七になる」

「・・・・・・年下かぁ、あんた。 全然見えないけどね」


そう言い、再度前に視線を移す彼女に、ヴェイグは複雑な表情をした。
そんな二人の様子を見、ユージーンは少しだけ息を吐いて笑んだ。


















































「"命に色は無い"か・・・。ガジュマもヒューマも同じヒトって事でしょ?」


森の中を歩きながら、マオが思い出した様に言った。
アニーの父親のバースの言葉だろう。
それにユージーンが「それだけではない」と言う。


「身分がどうあろうと変わらないという意味もある。
 バースはラドラス王陛下の主治医という高い身分に居たが、バルカに診療所を作り、人々の治療にも携わっていた」

「・・・ふぅん、立派なヒトだったんだネ」


マオに同調するように、ヴェイグが頷く。
が、は微動だにしなかった。


「・・・でも、皆がそれに同調する訳じゃないわ・・・」


ヒトの心は、そんなに綺麗なものじゃない。
小さく呟いた後、そう思い、は黙りこくる。

暫く皆で歩いていたが、途中、マオが「ねぇ」と声を上げる。


「何か、同じところをグルグル回ってる気がしない?」

「・・・だって此処、迷いの森だもの」

「迷いの、って・・・。出られなくなったら僕達どうなっちゃうの?」

「森の住民にでもなれば?」


の言葉に「そんなの僕やだヨー!」と言うマオ。
それを無視し、は腕を組んで辺りを見渡す。
つい先日も此処に来たのだ、大方のルートは分かっている。
道の様に見える所は森の中を延々と彷徨う仕組みになっている。なら、わき道だ。
そう思い辺りを見渡していると、同じ仕種をしているアニーと目が合った。
が小さく頷くと、アニーが近付いてきて「さん、」と声をかけてきた。


「抜け道、あれじゃないでしょうか?」


アニーがそう言い、ある一点を指した。
それには頷き、「男共」と言って彼等を呼ぶ。

脇にある草むらを掻き分け、進む彼女らにマオ達は小首を傾げた。
「そっちは、唯の草むらじゃあ、」と言うマオにアニーが説明をする。


「昔、まだヒトが此処に住んでいた頃、外部の侵入者を防ぐ為に自然を利用して迷路を作ったそうです」


そう言いアニーが先陣をきって歩き出す。
ヴェイグ達も続いて入っていくと、明らかにヒトの手で創られた道があった。
マオが感心した声を上げ、「よく知ってるネ」とアニーに言う。


「お父さんについて医者の勉強をしてた頃、良くこの森に薬草を取りに来た事があったから」

「あんた、医者を目指してるの?」


アニーの後ろを歩くがそう問うと、彼女は頷いた。
次に逆に「さんは?」とアニーが問うてくる。


「何が」

「どうして、この道を知ってたんですか?」

「つい先日に此処に来たからね。・・・っていうか、こういう自然を利用した仕掛けには敏感なの」


本能、ってやつかしらね。
そう言って草を掻き分けて進む彼女。だが、直ぐに立ち止まるとくるりと振り返って真後ろに居たヴェイグを見上げる。


「・・・所で、何であんた達男共はこんな女の子に道を作って貰って進んでるわけ?」


服についた砂をパンパンと払いながら言うに、ヴェイグは困った様な表情を浮かべた。
が、直ぐに彼女に「そうだな、」と言うと前へと進んで出た。
言い返さずにあっさりと認めて前に出た彼に、は瞳を丸くする。
が、直ぐに気を取り直して「分かれば良いのよ」と言う。
そんな彼女にマオが口を尖らせる。


ってさ、何ていうか、我が儘じゃない?」

「我が儘? こんなの当たり前の事でしょ?」


っていうか、あんたの方が絶対我が儘そうなんだけど。
はそう言うと未だ何か言いたげなマオを無視してヴェイグの後へ続いた。
「何ソレ!」と言うマオをユージーンが嗜める。


「マオ、今のは彼女の言い分も合っている」

「・・・でも、なーんかって女の子って感じしないんだよネ・・・。偉そうだからかな?」


最後の方は呟きだったのに耳ざとくがちらりと此方を見たのに気付いたマオは、慌ててアニーに近付いて話題を逸らす。
「ね、ねぇアニー!」と言うマオにアニーは「何?」と返す。


「此処に住んでたヒト達って、何処行っちゃったの?」


少しだけ考えた後にそう言ったマオにアニーは「そこまでは私も・・・」と返す。
それにまたマオは少し考える素振りを見せた後、笑いながら言う。


「森に棲み付いたバイラスに食べられちゃったとか? うわぁ、怖いねぇー!」


そう言うマオに言葉を返したのはヴェイグだった。
「笑いながら言っても誰も怖がらないぞ」と言うヴェイグ。それにユージーンは同意した様子だった。
が、アニーは違った様で一瞬足を止め、少しだけ視線を彷徨わせた。
そんな彼女の様子に気付いたが「あんた、どうしたの?」と問う。


「な、なんでもないです・・・」

「あ!アニーが怖がってる!!」


アニーがそう呟いた直後、マオが何処か嬉しそうに言う。
直ぐに「怖がってなんていないわ!」と反論するアニーだが、マオは「そんなに強がっちゃって」と言う。


「アニーって意外と怖がりさんだネ!」


明らかにからかっている様子のマオにアニーが眉を上げる。
「もう・・・いい加減にして!」と言い逃げ出すマオを追いかけようとしたアニーだが、直ぐに彼女の足は止まる。
目の前からマオの姿が消えたのだ。


「うわあああぁぁぁ!!!」

「マオ!?」


悲鳴と共に姿を消したマオ。
先陣きっていたヴェイグが慌てて足を止め、彼の名を呼ぶ。
は冷静に辺りを見渡し、下へと視線を落とす。

其処にあったのは―――、


「落とし穴、ね」

「マオ、大丈夫?」


膝を折って下を覗き込むの横に並んでアニーが言う。
穴の中に落ちたマオが起き上がり、「なんとかネ」と返す。
ユージーンが手を差し伸べながら、「はしゃぎすぎだ」と注意をする。
「ごめんなさーい」と言いあがってきたマオは、砂埃でまみれていた。
が近付いて、手で叩いて払ってやったが、マオは「痛い、痛いってば!」と言い身を捩った。


ってば、もっと優しくしてヨ!」

「・・・そんなに、強かった?」


マオが立ち上がった事により、彼を見上げる事になる。
の瞳は何時もの強気な物ではなく、何処か不安げな色を帯びていた。
だがそれにマオは気付かずに「痛かった」と返して自分で埃を払う。


「軽くで良いんだヨ、今度は優しくしてネ!」

「・・・分かってるわよ」


立ち上がり、腰に手を当ててマオを見下ろす彼女はもう何時も通りだった。
それに先ほどのは気のせいか、と思いヴェイグは再度前に出た。


「慎重に進もう」


落とし穴に引っかかって行っていたら大きなタイムロスになる。
それはつまりクレアがどんどん離れていってしまうということ。

ヴェイグは気持ち早足になりながら、前へと進んだ。




アニーは怖がりの称号を手に入れた!←