甘えてばかりではいられない。

彼女はそう言って悲しげに瞳を伏せた。

刹那はメディカルルームを出た後、彼女の事を思い出していた。
自室へ戻り、なんとなしに寝台に腰を下ろす。
深紅色の瞳を細め、刹那は自身の手を強く握った。

先ほどのの行動は、明らかな拒絶だった。
しかし、自分でも何故そうしているのかも分からない様子だった。
アロウズで何かあったのか、それとも、アレルヤの事が気懸かりなのか。

4年前から気にしていた様子だったので、アレルヤの事は当然そうだろうが。


・・・恐れているのか、他人と関わって、離れる事を


別れを恐れているのか。

刹那がそう思った時、端末が短く鳴り、モニターにスメラギの顔が映された。


について話があるの。マイスターはブリーフィングルームに集まってちょうだい』

「了解」


刹那は短くそう答え、直ぐに自室を出た。





ブリーフィングルームに集まったマイスターとスメラギ。
の事だからか、アレルヤは不安げに瞳を揺らしながらスメラギを見ていた。


「・・・は、どうするんです?」


アレルヤの言葉に、刹那も、ロックオンもティエリアも反応を示した。
スメラギは瞳を揺らし、小さく息を零した。


「・・・あの娘はこのままトレミーに乗せるわ」

「戦わせると言うんですか!?」

「違うわ・・・保護みたいなものよ」


かつての仲間に使う言葉ではない。
そう思ったのか、アレルヤは訝しげに眉を寄せ、「保護・・・?」と呟く。


は戦う事を求めるかもしれない。その場合は、彼女の存在意義を尊重するわ」

は戦う為だけに存在している訳じゃない!」

「分かってるわよ!・・・でも、あの娘がそうとしか思えていないのよ・・・」


幼少期から行われてきた精神操作、薬物投与。
そして実戦経験。
戦う為だけに育てられてきた、エクステンデッド。

それが

王留美の紹介でソレスタルビーイングに入り、仲間たちと絆を育んできて、信頼出来る存在を得た。
彼女に出来る事は戦う事だけ。
守るために戦う、そう言いはずっと戦い続けてきた。
恐怖に負けないように、気丈に振舞いながら。

4年間、捕らわれてからずっと研究対象や実験の対象になってきていたであろう。
そしてまた、戦いに身を置かざるを得なくなった。
は精神を操作され、恐怖を抱きながら戦場に居る事しか出来なかった。

そんな彼女を、今またソレスタルビーイングに引き戻した。

そこでまた、彼女に戦いを望むのは酷な事だろう。

刹那は、無意識の内に拳を強く握っていた。
何故彼女がこんなにも苦しまなければならないのか。
遣り切れない思いがこみ上げる。


「・・・でも、が戦いたくないのなら・・・それでいいわ」

「この艦は常に危険と隣り合わせだぜ。そんな所に、戦えない彼女を置くってのか?」


ロックオンの言葉に、スメラギは少しの間、口を開閉させた。
言うか言わないかを迷っている様子の彼女に、アレルヤが続きを促す。
スメラギは、唇を真一文字に結んだ後、視線をそらした。


「・・・此処に居ないと、彼女を守れないわ」

「別の場所での保護じゃ駄目だと?」


ロックオンの問いにスメラギは「ええ」と言い頷く。
だって、と言い彼女は声を震わせた。


「このままだと、は居なくなってしまうから・・・」


ロックオンが瞳を丸くする。
アレルヤも「え」と声を零した。


「・・・それはどういう、」


ティエリアが言葉を発する途中、通信のモニターが映し出される。
そこに映った人物は、焦った表情をしたミレイナだった。


『た、大変です!ルーシェさんが居ないです!』

「何ですって!?」


突然のミレイナの言葉に、スメラギが声を上げる。
動揺した様子のミレイナは、メディカルルームの端末から通信を入れているようだった。


「寝台は」


刹那が少し大きめの声を出した。
それにより彼に視線が集まるが、刹那は気にした様子も無く言葉を続けた。


「寝台は、まだ温かいか?」

『・・・あ、まだあったかいです!』

「そうか、なら近くにまだ居るはずだ。探してくれ」

『りょ、了解です!』


プツン、と通信が切れた。
刹那はすぐにブリーフィングルームから飛び出した。
スメラギも口を開き、ロックオンたちを見る。


「貴方たちも、を探してちょうだい!」

の傷の具合は?」

「・・・あまり動ける状態ではないのよ・・・怪我だってしているのに」

「じゃ、急いでお姫様を探しますか」


ロックオンがそう言いブリーフィングルームから出て行った。
ティエリアも彼に続いた後に、スメラギはアレルヤを見やった。


「・・・アレルヤ、」


彼は、唇を強く噛み、俯いていた。
握られた両拳は、震えている。


「っ・・・僕は・・・!!」


なんて無力なんだ。
そう言い彼は肩を震わせた。

が心配で仕方が無い。

あんな状態だった彼女だ。
それなのに抜け出したなんて、心配しないはずが無かった。

アレルヤは瞳を強く閉じ、奥歯を強く噛み締めた。


「・・・・・・!」


好きなんだ。

4年前から、ずっと、ずっと。


「・・・僕は、」


でも、マリーを放っておけないのも事実。
か、マリーかなんて、どちらかなんて、
マリーは施設に居た頃、全ての希望をくれた存在。
は4年前からずっと守りたかった存在。

二人を守りたい。

二人を大切にしたい。

恋情が、分からない。

歯がゆさを感じ、アレルヤは壁に拳を打ちつけた。

脳量子波の影響でまたを傷つけてしまうかもしれない。
また、彼女に拒絶されるかもしれない。
アレルヤは、そのまま力なく膝を折った。










刹那は軽く床を蹴った。
そのまま彼女の下へ向かう。

居なくなってしまう。

スメラギは確かにそう言った。
ならば、きっと彼女は、
刹那がそう思った直後、ある声が聞こえてきた。


「駄目なんだよ!無理ばっかりしちゃ!」


この声は、沙慈・クロスロード。
そう思い刹那が角を曲がると、彼らの姿が見えた。





は刹那が出て行った後、メディカルルームで一人で居た。
イエローハロを膝の上に乗せ、虚ろな瞳で其れを見る。


「・・・ハロは、ずっと待っててくれたの?」

『マッテタノ、マッテタノ!』

「そうだね、待ってたって、言ってくれたね」


ありがとう。
そう言いはイエローハロの頭を撫でる。


、アレルヤ、キライ?』

「嫌いじゃないよ」

『スキ?スキ?』


イエローハロに言われ、は少しだけ目元を和らげた。
彼女はゆっくりと首を振った後、イエローハロに額をコツンとくっ付ける。


「・・・ダイスキ、なの」


ずっと変わらない想い。
でも、とが呟く。


「ずっとそのままじゃいられない」


そう言いはぎゅ、とイエローハロを抱き締めた。
瞳を伏せて、そのまま床に足を着く。


「アレルヤには、マリーが居る」


だから、私はもう邪魔しちゃいけない。
そう言い、はゆっくりと立ち上がった。


「邪魔になっちゃ、いけないの」


そのまま体を揺らしながらゆっくりと一歩一歩進んでいく。
メディカルルームのドアの前に来たところで、腕の中のイエローハロを見下ろす。


「・・・お願い、ハロ」

、』

「・・・お願い・・・」


イエローハロは少しの間目を点滅させていたが、ロックされていたドアを開けてくれた。
ありがとう、と言いは壁に手をついて移動する。
身体中に傷を負っているは、移動用レバーを使用して移動する事にした。
イエローハロは手から放されたが、そのまま彼女を追った。

邪魔になっちゃ、いけない。

はそう思いながら、ただ前に進んだ。
新しいプトレマイオス2の艦内はよく分からないが、兎に角此処から離れたかった。
理由は、自分が居ると優しいアレルヤは思い悩むから。
はそう思いながら、痛む体を叱咤し、前に進んだ。





兎に角、外へ出れる所へ。
そう思っていたの名前を、誰かが呼んだ。
思わず肩を跳ねさせて、ゆっくりと振り返る。
そこには青いシャツを身に纏った青年が立っていた。
は、空色の瞳を丸くした。

誰?

そう思う彼女に、彼は駆け足で近付いてきた。


「駄目だよ!何処に行くつもり!?」

「・・・どこ・・・」


ここじゃない、どこか。
そう呟いたに、彼は瞳を見開いた。
が、すぐに表情を悲しげに歪ませると、彼女の両肩を掴んだ。


!きっと君は此処に居るべきなんだ!」

「・・・だめ、ここ、だめ・・・!」

「アロウズなんかに戻ったら、また君は戦わされるんだぞ!」


戦わされる。
彼の言葉には表情を変えた。
眉を下げ、不安げな顔。
そんな彼女に、彼は「駄目なんだ」と言う。


「駄目なんだよ!無理ばっかりしちゃ!」


そう言う彼の瞳は、真剣なものだった。
よく見ると、見覚えのある顔立ちだった。
が空色の瞳を丸くした瞬間、


「沙慈・クロスロード」


トン、と床に足をついた刹那が真っ直ぐに此方を向いていた。
の両肩を掴んでいた彼、沙慈は「刹那、」と彼を見た。


「すまないが、レーゲンを呼んできてくれないか」

「・・・は・・・、」

「・・・俺に任せてくれ」


真剣な深紅色の瞳を向けられ、沙慈は小さく頷いた。
離れた彼の代わりに、刹那がを支える。


「大丈夫か」

「・・・せつな、」


空色の瞳を揺らし、は刹那を見上げた。
が、直ぐに視線を逸らした。


「・・・どこに行くつもりだったんだ」


刹那はそう言い、彼女の両肩を掴み、真正面から見据えた。
視線を逸らしたまま、は唇を噛んだ。

黙りこくる彼女を、刹那は許さなかった。
肩に置いていた手を動かし、そのまま彼女の頬に手をあて、強引に視線を合わせた。
空色が驚きと怯えの色を含み、震える。


「逃げるな」

「に、逃げてなんか・・・」

「何故俺たちから逃げる?」


そう問い、刹那は深紅色の瞳を悲しげに細めた。
何故頼ってくれない。
瞳でそう訴えれらたは、言葉を噤んだ。


「・・・わ、私は・・・、」

「アレルヤとマリー・パーファシーの事か」


刹那の一言で、は視線を泳がせた。
肯定と見なした彼は、優しく彼女の頬を撫ぜた。
優しいそれに、最初こそ肩を跳ねさせただったが、徐々に落ち着きを見せてきた。

恐る恐る、といった様子で刹那を見詰めた。

刹那は、どこか辛そうに表情を歪めていた。
そんな表情をさせているのは自分なのだと気付き、も眉を下げた。


「いいんだ」


真っ直ぐに、を見詰めて刹那は言う。


は此処に居ていいんだ」

「・・・でも、」

「俺が、居て欲しいんだ」


え、と思わずが言葉を零す。
瞳を丸くした瞬間、片腕を強く引かれる。
気付いた時には、は刹那の腕の中に居た。

トクトク、と頬に当たる刹那の胸から心音が響く。

突然の事に、思わず体を硬くする。


「せ、刹那・・・?」


身じろぎをすると、離れると思ったのか、刹那が彼女を抱く腕に力を込めた。


「邪魔なんて思わない」


間近で囁かれ、の動きが止まる。
そのまま刹那は言葉を続けた。


「誰が何て言おうと、俺はお前を必要としている」


思えば、4年前から惹かれていたのかもしれない。
そう言い刹那は腕の中のを見下ろした。
微かに目元を和らげ、驚いた様子のを見詰める。


「俺の傍に居ろ。それだけでいい」


何もしなくていい。
ただ、傍に居てくれるだけで。

そう言う刹那に、は空色を大きくした。


「だ、だめだよ!私はアレルヤがっ・・・!」

「好きにすればいい」


そう言い、刹那はの脇下に手を入れ、体を浮かせた。
次に片手を膝裏に入れ、彼女を抱き上げた。
突然の浮遊感に驚いたは、短く悲鳴を上げて刹那の首に腕を回した。

そのまま移動し始める刹那を、思わずは呼ぶ。


「せ、刹那!」

「アレルヤを想っている事は知っている。お前は自分も想われている事を知ればいい」

「・・・自分も・・・、」

「みんなもお前を心配している。俺も、お前を想っている」


兎に角、今はメディカルルームへ行くぞ。
そう言い刹那は動き出した。
刹那の腕の中で、は微かに身じろぎをする。

トン、と頭を刹那の胸にぶつける。

優しさに甘えている。
それは十分に理解をしていた。
このまま此処に居ても、アレルヤとマリーの邪魔をしてしまう。
分かりきっているのに、こう優しくされたら、つい甘えてしまう。


私は・・・弱いままだ・・・


思い出さない間だけでも、アレルヤの傍に居たい。
現実から目を背けてい続けた結果が、今だ。
そこからまた逃げようとして、また刹那の優しさに甘えて。


最低だ・・・私、


そう思い、は瞳を伏せた。




最低だ・・・俺・・・!←