初めてみた時はまるでオルゴールの飾りの少女が実体化でもしたのではないかと思った。
それくらいに、舞っていた少女は美しかった。
軽やかなステップを踏んだ後にふわりと金色の髪が舞う。
爪先を軽く回すと、まるで花開いたようにスカートも舞った。
気付いた時には、目を奪われていた。
感嘆の息を零した時、大きなアクアマリンのような瞳が此方に向いた。
見られていた事に気付いた彼女は動きを止めてしまった。
それを残念に感じつつも、不躾に視線を送ってしまっていた事を詫びる。
「あまりにも美しかったもので、つい息を零してしまった」
そう言うと彼女はゆるゆると首を振って「いいえ」と言った。
声も鈴が鳴るように可愛らしい。
なんて思っていると彼女は「綺麗ですよね、これ」と言いつつオルゴールを見やった。
何やら勘違いをしている様子の彼女に笑みを零し、一歩近付く。
「確かにオルゴールも美しいが、何よりも君が輝いていた」
「え」
「街中の喧騒が一瞬にして無くなった様に感じたよ。気付いたら、華麗なステップを踏む君に見惚れていた」
そう言い自身の胸へ手を置く。
何故だろうか、鼓動がはやい。微かに手が震える。
まるで好敵手に巡り合った時のような感覚。
身体中が歓喜に満ちている・・・ああ、これは。
「どうやら私は、君に心奪われてしまったようだ」
あの一時で。
ふわりと楽しげに舞う少女があまりにも美しくて、心を奪われた。
彼女は戸惑ったように瞳を丸くした。
そういえば未だ名乗ってすらいなかった。
思い立ったら即行動だ。そう思い、片手を差し出す。
「紹介が遅れて申し訳ない。私はグラハム・エーカだ。よければ君の名を伺いたい」
「あ、です」
それが、彼女との出会いだった。
不思議な縁とは中々続かないもので、彼女の姿を見かける事は無かった。
無意識の内に街へ出た時は彼女の姿を探していた。
こんなにも気になるなんて、ガンダム以外に無いと思っていたのに。
贈ったものは取っておいてくれているだろうか。
私の事を思い出してくれているだろうか。
麗しい少女。
そんな事を思いながら、気晴らしに街を歩いていると彼女の姿を見かけた。
最初の出会いから幾日も経った後だったが、その姿を忘れる事は無かった。
軍服を脱いでいる時で良かった。
傍に居る軍人を少し怯えた様子で見る彼女に、そんな事まで考える。
「こんにちは、麗しの姫君」
そう言い彼女に近付いて、口付けを手の甲に落とした。
彼女の手は小さく、とても柔らかいものだった。
「・・・グラハム?」
「そうだとも、」
名を覚えていてくれた。
アクアマリンの様な綺麗な瞳が自分を捉える。
それだけで、喜びで胸がいっぱいになった。
彼女は食材を買いに街へ出てきたと言う。
明らかに誰かに振舞う為のものだろう。
彼女ほどの美しさを持っているのだから、恋人が居ても可笑しくは無い。
しかし、何処か納得のいかない自分がいた。
一体どんな男が、彼女の傍に居る権利を剥奪したのか。
「しかし君は不思議だ。何故か視線が外せない」
「・・・そんなに私変な事してる?」
そういう意味ではないさ。
と、言い言葉を続ける。
「君はどこか危険な美しさを纏っている」
「きけん?」
「ああ、私の心をこんなにも射止めてしまったのは、あれ以外は無いと思っていたのに・・・」
そう、ガンダム。
ソレスタルビーイングの五機のガンダムに、こんなにも心を奪われている。
刃を交えた時の高調感といったら、たまらないものだった。
スーパーで彼女と買い物をしている間は、幸せだった。
しかし今買っている食材は私へのものではなく、幸せ者の為に作られる料理の材料。
半ば複雑な思いもあるが、今こうして彼女と色々な話が出来るだけでも嬉しかった。
「・・・しかし君も多忙な身なのか、それとも捕らわれの姫君なのか。中々街に出て来れないのだろう」
「・・・どうして?」
の問いかけへの答えは、当たり前の事だった。
「仕事でも街中を歩く事はあるが、君の姿を見止められなかったからね」
ずっと君は此処にいなかった。そうだろう?
そう言うと、彼女は瞳を大きくした。
瞳を伏せて視線を外す彼女は、どこか自分を警戒している様子だった。
彼女には何か秘密がある。
街を離れていたのも事実だろう。
一体何故? 何の仕事で?
そう思いながら彼女に再度言葉を掛けようとした途端、彼女の端末が音を立てた。
「ちょっとごめん」と言い、彼女は自然な動作でそれを取り出す。
どうやら想い人が到着したようだった。
彼女はまるで花が綻んだように嬉しそうに微笑み、此方を見やる。
「彼から連絡が来たから、」
「ああ、名残惜しいが今日はお別れだな」
そう言い、彼女の金色の髪を一束手で掬う。
そのまま其れに口付けを落とし、「また」と言う。
「きっとまた出会えるさ」
そう言い彼女から離れた。
彼女に会えたのは、それが最後だった。
MSWADに所属している自分は、軍人だ。
各地へ派遣され、武力介入をしてくるソレスタルビーイングと戦う。
仕方の無い事だ。また戻った時に出会えれば、それでいい。
そう心の隅で思いながら戦っていた。
アザディスタン防衛の任務があったが、ハワードとダリルに任せて自分はガンダムを追う事にした。
その際に狙撃を得意とするガンダムと、犬型に変形するガンダムと刃を交えた。
犬型へ変形するガンダムはその際に上手く追い詰める事が出来、あわよくばコクピット内のパイロットの姿も拝もうとしたが、邪魔をされた。
タクラマカン砂漠で再度押さえつけ、ガンダムを鹵獲したと思った。しかしまたしても邪魔をされた。
その後新たなガンダムが現れ、戦況は混濁した。
最初に武力介入をしていたガンダムは現れず、複雑な思いを抱く日々が続いた。
擬似太陽炉を搭載された新型。
それに各国のエースが乗り、ソレスタルビーイング掃討作戦が行われた。
ハワードの墓標に誓った通り、フラッグでガンダムを倒す。
それを胸にフラッグに擬似太陽炉を搭載させ、ビームサーベルを駆使して戦う。
「ハワードとダリルの仇、討たせてもらうぞ!このGNフラッグで!」
通信を開き、攻撃を仕掛けた。
映像通信に映った人物に、思わず驚く。
『貴様は!』
「何と、あのときの少年か!?
やはり私と君は、運命の赤い糸で結ばれていたようだ。そうだ、戦う運命にあった!!」
勢いのままにビームサーベルを振るい、ガンダムの左腕を切る。
吹き飛ばされたガンダムの真横を、半壊した機体が通る。
『! ミカエルが!』
ミカエルという機体はそのまま振り下ろされたフラッグのビームサーベルを受け止める。
突然の介入に驚いたが、二度逃した相手が今目の前に居る。
歓喜の声をあげ、追撃をする。
「見目麗しい獣姿には、今日はならないのかな!?」
そうしていると、青いガンダムがミカエルの援護をする。
そちらに向き直り、刃を交える。
「ようやく理解した。君の圧倒的な性能に私は心奪われた・・・」
ガンダムの性能に、心を奪われた者。
「この気持ち・・・正しく愛だ!!」
「愛!?」と少年が驚きの声をあげる。
「だが、愛を超越すれば、それは憎しみとなる!行き過ぎた信仰が内紛を誘発するように!」
『それが分かっていながら、何故戦う!?』
少年は声を荒げ、一度ビームサーベルを薙ぎ払った後に機体を回転させ、勢いのままにGNソードを振るった。
それはフラッグの右足を切断したが、怯まずに相手へ迫る。
「軍人に戦いの意味を問うとは!ナンセンスだな!」
咄嗟に防ごうとするが、フラッグのビームサーベルが青いガンダムの頭部に突き刺さった。
そのまま相手の頭部ユニットが、吹き飛んだ。
『貴様は歪んでいる!』
仕返しとばかりに青いガンダムのGNソードがフラッグの頭部を切断する。
「そうしたのは君だ!」
フラッグが拳を握り、思い切りそれを青いガンダムのコクピットのある腹部に当てる。
物凄い衝撃に少年が苦しげなこえを上げる。
「ガンダムという存在だ!」
殴った後に次は蹴りを回す。
吹き飛ばされつつも、青いガンダムはGNバルカンを放つが、フラッグは其れを避けつつ接近する。
「だから私は君を倒す!・・・世界等どうでも良い・・・己の意思で!」
『貴様だって、世界の一部だろうに!』
「ならばそれは、世界の声だ!」
『違う!貴様は自分のエゴを押し通しているだけだ! 貴様のその歪み、この俺が断ち切る!』
「よく言ったガンダム!」
互いに一歩も譲らない。
真正面からぶつかり合い、ビームサーベルとGNソードが其々の胸部に突き刺さる。
間にミカエルが割って入り、スパークを起こす二機を押しやる。
『ガン、ダム・・・』
少年の声が響く。
コクピット内まで及んだ攻撃の波に、身体中が痛む。
そんな中、モニターに映る少年は、青いガンダムは、此方へ手を伸ばしてきた。
正確には、フラッグを押しやる機体へ。
『・・・』
そこで通信は途切れた。
今彼が呼んだ名前、そして、自分を助けた機体。
「き、君は・・・、」
『・・・グラ、ハム・・・』
ノイズ交じりの声が響く。
やはり、彼女のものだった。
どうして、こんなところに、どうして、彼女が、
そう思っている間に彼女の体が宇宙空間へ出てくる。
とん、と彼女の体がフラッグの体にぶつかる。
傷付いているコクピット付近になんとか取り付いて、隙間に体を滑らせる。
破損した部分が腕や足を傷つけるが、は気にせずに手を伸ばした。
「グラ、ハム・・・!」
「う・・・、ほ、本当に、君なのか・・・?」
、と名前を呼ぶ。
彼女は手を伸ばし、私の手を握った。
「・・・ずっと、探していたのに、」
まさか宇宙に居たなんて、
そう言い、確かめる為に彼女を捕らえ、腕に収める。
「ああ、君だ・・・君なんだな・・・」
ぎゅう、と強く抱き締めるほど、存在を確認出来る。
は腕を回したまま、宇宙空間へ再度出ようとする。
ぼんやりする意識の中で、彼女の温もりだけを感じる。
「ハワード・・・ダリル・・・仇は・・・、」
「・・・グラハム、」
がフラッグを蹴った瞬間、小爆発が起こった。
まずい!
と、思った時には遅く、フラッグは大きく爆発を起こした。
「グラハム!!」
を守る為に、強く抱え込む。
直後、爆発に巻き込まれた。
彼女に助けられた記憶はある。
目が覚めたら彼女に会いたい。
会って話を聞きたい。
何故、ガンダムに乗っていたのか、何故、私を助けたのか。
怪我は無いのか、無事なのか。
そればかりずっと考えていたのに。
「・・・カタギリも分からないとはな」
目が覚めて、治療を続けている中、友に情報を求めた。
しかし、の事は分からず仕舞いだった。
本当に彼女に助けてもらったのか、あれは自分の願望を表しただけでは無いのか。
機体も回収されず、フラッグしか無かったという。
ガンダムはまた出てくる。
ソレスタルビーイングは、未だに滅んではいない。
必ず、また活動を再開する。
それを信じ、地球連邦軍に入り、そして新たに発足された独立治安維持部隊アロウズにも入った。
ガンダムと戦う為に。
はどこかで無事に過ごしていると信じて。
そう願いながら、今は前に進む事にした。
中途半端ですがここでおしまいですf^^;
グラハム視点の話でした。
場面的には1stの最後から2ndの間ですね、中途半端で申し訳ないです;
とりあえずグラハムは一途に想っていたんだよって話です。
中々彼も出せずに申し訳ない・・・!