「はどうして戦っているの?」
カマエルの調整を行っている時、コクピットを覗き込みながら沙慈が言った。
ルイスを取り戻す為に、戦う。
それが沙慈の決意だった。
しかし、彼女は一体何故戦うのか。
4年間アロウズに精神操作もされ、人形のように扱われ、戦わされてきた。
それなのに、彼女はまた戦う道へ戻ってきた。
それは一体何故なのか。
沙慈はそれが分からなかった。
「・・・戦う、意味」
コクピットシートに座ったまま、が沙慈を見上げる。
4年前よりも大人びた容姿の沙慈を改めてまじまじと見つめ、は口を開いた。
「沙慈、大人になったね」
「・・・君とこうして向き合う事も、久しぶりだからね・・・」
そうだね。
そう言ってはカマエルのコクピットから身を乗り出した。
無重力の中、ふわりと二人の体が浮く。
「私は、みんなを守りたい。だから、戦う」
前もそうだった。
はそう言い差し出された手を取って、移動をする。
そのまま壁までいった所で、のポケットからある物がぽろりと落ちた。
それは無重力の中、舞い、腕を伸ばした沙慈の手に収まった。
「・・・携帯端末・・・?」
しかも結構前の型。
傷も残っているそれを、沙慈が見つめる。
それを受け取りながら、は困ったように眉を下げた。
「私も、許せない相手が居た。同じソレスタルビーイングでも、やり方が全く違ったんだから」
「・・・それって、まさか」
スローネという機体。
5年前、ソレスタルビーイングの新型として現れた新たな3機のガンダム。
赤ハロのデータを見ると、スローネアイン、スローネツヴァイ、スローネドライという名前らしかった。
その中の1機が、ルイスに危害を加えたガンダム。
赤ハロは『アイツラテキ、アイツラテキ!』と言い敵視している様子だったが、実際のところは沙慈は未だよく分からずにいた。
丁度良いと思い、に問いかける。
「その、スローネって奴らは一体何なの?」
実際彼らが出て来てからは戦況が混濁した。
一般市民も多く犠牲となり、人々の心に憎しみを植えつけていった。
過激になった武力介入は、今思い返すと可笑しい。
沙慈の問いかけに、は空色を僅かに曇らせた。
「・・・私たちも知らなかった。タクラマカン砂漠の合同演習への武力介入。
そこで私たちは消えるはずだったから」
「消える・・・?」
「世界が一つに纏まる為に、私たちは犠牲になるべき存在だった」
から告げられた衝撃の事実に沙慈が瞳を見開く。
「けれど、そこで彼らが現れて、私たちを助けた。
彼らは彼らで武力介入をしたけど、私たちは賛同出来なかった・・・許せなかった、けど、一人だけ、分かり合えた」
「一人?」
は携帯端末を愛しそうに両手で包み込んだ。
小首を傾げる沙慈には空色を向ける。
「彼はまるで迷子の子どもみたいだった。デザインベイビーである彼は、純粋に戦争の根絶を望んでいた」
そう、純粋だった。
だからこそ疑問を抱かずに、武力介入時にの犠牲にも何も思わなかった。
「彼は私と似ていた・・・戦う為だけに作られて、戦わされて、疑問を持って、迷って・・・」
「・・・、」
「同じ人間だった。ただの寂しがりやさんの・・・」
はそう言い携帯端末を動かす。
そこに表示された一つの名前を沙慈が読み上げる。
「ヨハン・・・?」
「こんな私を、愛してくれた人」
は微笑んで端末を見やる。
モニターに浮かんだ文字。ヨハンという名前。
はそれを見て微笑んだ。
「確かに彼の妹がした行為は許せない。ルイスを傷つけたんだから。
・・・でも、彼だけは、どうしても放っておけなかった・・・救いたかった、のに」
スローネツヴァイの攻撃からミカエルを守ったスローネアイン。
『私を変えてくれた君を・・・初めてこんなにも愛しいと感じた君を、守りたかった・・・!』
「―――ヨハン!」
『、ありがとう・・・』
爆発に巻き込まれないようにと、地上へ突き落とされたミカエル。
擬似太陽炉が舞う中、は慟哭した。
憎かったわけじゃない、ただ分かりあいたかった、幸せを知ってほしかった。
それなのに、守るはずだった彼は自分を守って死んだ。
「・・・難しいよね、」
そう言うに、沙慈は瞳を細めた。
視線を動かし、彼はカマエルを見上げる。
カマエルに取り付けられているGNメガランチャー。
彼女がスローネアインから譲り受けたと言った其れは、黒々と輝いていた。
「彼の思いを忘れない為にも、私はそれを持って戦うの」
みんなを守る為に。
そう言い微笑んだに、沙慈も表情を柔らかくする。
「・・・そのヨハンって人の事、も大切に思ってたんだね」
「うん。そうだな・・・初デートの相手かな?」
ふふ、と笑みを零すに沙慈は瞳を丸くする。
「え」と短い声をあげた沙慈は続けて口を開く。
「アレルヤさんじゃなくって?」
「アレルヤとはデートとかした事ないから」
の返答にまた「え」と沙慈は声をあげる。
固まってしまった彼には微笑んだまま、思い返す。
デートという意識は無かったが、後になってクリスティナやリヒテンダールが色々な反応をした。
だから、デートという事になるのだろう。
お互い、初めての体験だった。
「・・・私は、自分が良く分からない」
自分が分からない。
震える声でヨハンは続ける。
「このまま命令を聞き続けていればいいのか、分からなくなってきた・・・」
しかし、これしか私に出来る事が無い。
戦争根絶の為に戦っているのだから、
けれど、本当にこれでいいのかが分からない。
「・・・何が正しくて、何が間違っている? 一体どれが正義でどれが悪なんだ・・・?」
「・・・ヨハン、」
「教えてくれ、・・・私は一体どうしたら良い・・・?」
どこに行けばいいかが分からない。
どうすれば良いかが分からない。
「・・・私も、正直何が正しいのかも、何が悪いのかも分かんない」
その場その場によって、人によってそれは違うものだから。
はそう言い、ヨハンの両頬に触れて、顔を上げさせた。
彼の表情は、変わらずに頼りなさそうだった。
「でも、私には仲間が居るから、頑張れてる。彼らを守りたいっていう意思を持てる」
「・・・意思」
「ヨハンの、気持ちは?」
何故戦いたいの?
「出来る限り、工場の破壊のみに努めよう。民間人を、あまり巻き込まないように・・・」
「・・・ヨハン、」
「、私は貴女に見限られたくない・・・」
嫌わないでくれ。
ヨハンはそう言い、ぎゅうと強くを抱き締めた。
否、抱き締めたというよりは、縋りつくように抱きついた。
本当に大きな子どもみたいだ。
はそう思いながら、ヨハンの背をぽんぽんと撫でた。
「・・・気分転換、する?」
「え?」
ふふ、と笑うにヨハンは瞳を丸くした。
きっとあまり経験も無いだろう。
そう思いながらはヨハンの手を引いて、表通りに出た。
突然の事にヨハンは戸惑いの声をあげる。
「あ・・・・・・!」
「ショッピングしよう!ヨハン、気分転換だよ!」
気分転換をしたかったのは自分も同じだった。
なにより、ヨハンには世界を見て欲しかった。
そこに住む人々、どう暮らしているのか。
ショッピングモールの中で、洋服店に入った。
はクリスティナたちの様子を思い返しながら、洋服を手に取る。
自分に青いワンピースをあて、どう?とヨハンに問う。
戸惑った様子のヨハンはしどろもどろながらも、似合っていると答えてくれた。
「そう?・・・こっちは、どう?」
「え、あ・・・そ、そうだな・・・」
フリルの多い服を出してみても、ヨハンはそう言う。
は微笑んだまま「ヨハン、」と彼の名前を呼ぶ。
「似合わないなら似合わないってはっきり言っていいんだよ?」
「あ、い、否!そういう訳では・・・!!」
「・・・ヨハンの服も見てみようか」
仄かに目元を赤く染めながらメンズコーナーに移る。
これなんてどう?と言いカッターシャツをヨハンに渡す。
それに合うのはこれかな、と言いながらベストもついでに。
反射的に受け取ったヨハンは、どうしていいか分からない様子だったが、先ほどのの様子を思い出したのか、自身に当てて見せた。
少し照れつつ「どう、かな?」と言うヨハンには微笑んだ。
「かっこいい。似合うよ、すっごく」
「そ、そうか・・・」
素直な褒め言葉に嬉しそうにはにかむ。
「こういうのは、ちょっと面白いけどね」
鏡の前にヨハンを立たせて派手なパーカーを後ろから合わせる。
奇抜な色合いのそれにヨハンも瞳を丸くする。
明らかに似合っていないそれが鏡に映っているので、二人して同時に噴出した。
「これは私でも分かるぞ、無いな」
「ヨハンって感じじゃないもんね!」
ふふふ、とお互いに笑い合う。
一通り服を見た後に次は近くにあったアクセサリーショップに入る。
ネックレスを見ていたに、ヨハンが近付く。
「そういえば、君はアクセサリーをつけているな」
「ん?髪飾りと、これの事?」
蝶の髪飾りはアレルヤから貰ったもの。
そしてペンダントはグラハムから貰った緑色の石がついているもの。
貰ったものだよ、と答えると彼は少し複雑そうに「そうか」と答えた。
はブレスレットや髪飾りを手にとって色々な形がある事に興味があるようだった。
それを傍で見ながらヨハンは瞳を輝かせる彼女に、表情を穏やかにさせた。
幸せだった。
彼女と一緒に過ごす事が。
ヨハンはそう思いながら彼女を見つめていた。
お昼時だね。
の言葉通り、空腹を感じるようになった。
フードコートに立ち寄り、色々な店を見て回る。
どれが食べたいか、あれが美味しそうだの二人で話しながら決めていく。
はオムライスを買い、ヨハンはカレーを食べるようだった。
「・・・辛いの好きだったっけ?」
「カレーは色々な野菜が入っているからな。栄養価も高いんじゃないのか?」
小首を傾げてそう問う彼には曖昧に微笑んだ。
向かい合って座り、食事を開始する。
二人で食事をする中、ヨハンはをじっと見ているようだった。
「ん? 食べたいの?」
そう言ってくれればいいのに、と言ってはスプーンですくうとヨハンに差し出す。
俗に言う「あーん」の状態だが、彼はあまり動じずに「あ、すまない」と言ってパクリと口に入れた。
咀嚼した後、彼は改めてを見て口を開く。
「綺麗に食べると思っていた。見習わせたいものだ」
「えーっと・・・普通だと思うけど」
それが普通なら、弟たちは・・・。
そう呟いて目元を覆ってしまったヨハンには水を差し出した。
「大変ですね、お兄さん」
「分かってくれると助かる」
ふふふ、とお互い笑い合った。
この時ばかりは世界の情勢だとか、戦争の事とか、全て忘れる事が出来た。
ただのと、ヨハンという人間として、純粋に楽しんだ。
「君と居ると落ち着く・・・、何だか、ずっと一緒に居たくなってしまうんだ」
ヨハンは人の温もりを、温かさを求めていた。
寂しがりやで、実は不安でいっぱいだったヨハン。
『君を受け入れない者が居るというのに、それでも彼らを守ると言うのか君は!』
「・・・ヨハン・・・!あなたは、自分が戦う意味を・・・!」
『分かってきた気がする・・・まだ、分からないが・・・、君が居れば分かりそうな気がする・・・!』
彼を救いたかった。
ずっと助けを求めていた、彼を。
『・・・っく・・・、私も、君と同じ想いだ・・・!私を変えてくれた君を・・・初めてこんなにも愛しいと感じた君を、守りたかった・・・!』
「―――ヨハン!」
『、ありがとう・・・』
逆に守られた。
守れた事への嬉しさか、彼は最期に柔らかく微笑んだ。
けれど、
((本当はもっと君と一緒に居たかった))
本当の気持ちが流れ込んできた。
それは勿論、私も一緒だった。
もっとヨハンと一緒に居たかった、救いたかった。
はそう思いながら、携帯端末を見下ろした。
そして次に、カマエルの背にあるGNメガランチャーを見やる。
「想いだけでも、私は貴方と一緒に居るよ。ヨハン」
はそう言い柔らかく微笑んだ。
ヨハンとのデート話でした。
いつか二人のデート描写も書きたいなと思っていて^^ついw
話す相手はあえての沙慈にしました。
結局トリニティに関して沙慈ってあまり知識が無かったので、そこはに色々話してもらおうかとおもいまして!