もっとちゃんと、お会いしたかった。

その言葉に偽りは無かった。

ただ声が似ているからというだけで、ラクス様の代役を務める事になった。
大ファンだった私がラクス様が戻ってくるまで代役をするなんて、最初は信じられなかった。
でも、私にしか出来ないって、私だから頑張れるんだって。
デビューを目指して過ごしていた私に、舞い込んできた仕事。
絶対頑張るんだって、ラクス様が戻ってきても大丈夫なように、頑張るんだって。

歌も仕種も、演説だって、立ち振る舞いだって、全部全部。

議長の言う事が正しいんだって思ってた。
プラントの皆、ザフトの兵士たちは議長と"ラクス"の言葉を信じてる。
私だって、議長の言葉を信じてるから、こうやって演説だってする。
いつまでたっても本物のラクス様は戻ってこないし、このまま私と議長でみんなを導いていくしかないんだって思った。
そもそもどうしてラクス様はプラントに居ないんだろう。
プラントの皆はこんなにもラクス様を求めているのに。

勿論、私だってそうだった。

でも、段々ラクス様を待ちわびる日が来なくなってきた。
今こうして皆を導いているのは私。
みんなはラクス様だって思っているけど、実際にこんなにも頑張っているのは私。
今は私が"ラクス"なんだから。

もし、本物のラクス様が戻ってきたら、今の私はどうなるの?

そう思ったら、本当に怖くなってきて、どうしたらいいか分からなくなってきた。
でも、議長の言う通りにしていれば戦争だって終結に向かっていくんだし、私だって今こうして手助けできてるんだし、
私が"ラクス"なんだから、今は。





『議長は自分の認めた役割を果たす者にしか用は無い。彼に都合にいいラクス、そしてMSパイロットとしての俺』





アスランの言葉が、最初は理解出来なかった。





『そうなれば何れ君だって殺される!だから一緒に!』





私だって、ちょっとの違和感はあった。
これで本当に良いのかって、思う部分だってあった。
アスランの言葉に、頷ける部分がたくさんあった。

でも、





『わ、私は!私はラクスよ!』

『ミーア!』

『違う!私はラクス!ラクスなの!ラクスがいい!!』





存在理由。
私が今此処でこうしていられるのは議長のおかげ。
議長がラクスだと認めてくれているから、私は此処に居られる。
なのに、その私が議長を否定なんてしちゃったら・・・。

雨の中アスランは去っていった。
脱走兵として直ぐに処刑もされた。

居なくなっちゃった。

アスラン、死んじゃったんだって思った。

もしあの時、アスランの手を取っていたら変わっていたかもしれない。
けど、全部から目を背けて、その場で蹲っていただけの私には、もう議長の傍の"ラクス"しか居場所は残っていなかった。

怖かった。
戦争が早く終わって欲しかった。
偽者とばれて罵られるのが怖かった。
人々が傷付くのが嫌だった。
議長に捨てられるのが怖かった。
居場所が無くなるのが、怖かった。

怯えながら議長の傍らで"ラクス"として生きている中、待ちわびていたはずだったのに、でも、恐れていた事が起こった。





『その方の姿に惑わされないで下さい。私は、ラクス・クラインです』





中継中に割り込んできた映像。
そこに映っているのは、明らかに本物のラクス様で、
一瞬で頭が真っ白になった私は、何も言葉が出てこなくて、





『私と同じ顔、同じ声、同じなの方がデュランダル議長と共にいらっしゃることは知っています。
 ですが、私、シーゲル・クラインの娘であり、先の大戦ではアークエンジェルと共に戦いました私は、
 今もあの時と同じ彼の艦とオーブのアスハ代表の下におります』





ご存命だった。
オーブに居るなんて思わなかったけど、ラクス様の無事を喜んでいる自分も居た。
けれど、酷く恐れていた自分も居た。

だってラクス様が戻ってきたら、私の居場所は、





『彼女と私は違うものであり、その想いも違うという事をまずは申し上げたいと思います。
 私はデュランダル議長の言葉と行動を支持しておりません』





え、
と、思わず声が漏れた。
だって、だってプラントの歌姫であるラクス様が、プラントの最高評議会議長である彼を指示しないなんて、





『戦う者は悪くない、戦わない者も悪くない、悪いのは全て戦わせようとする者。死の商人ロゴス。
 議長のおっしゃるそれは本当でしょうか。それが真実なのでしょうか。
 ナチュラルでもない、コーディネイターでもない、悪いのは彼等、世界、貴方ではないのだと語られる言葉の罠にどうか陥らないで下さい』





ラクス様が何を言っているのか、全然頭に入ってこなかった。
議長も放送を止めろとか怖い顔して言うから、もう、訳が分からなくなって、





『無論私はジブリール氏を庇う者ではありません。
 ですがデュランダル議長を信じる者でもありません。我々はもっとよく知らねばなりません。デュランダル議長の真の目的を』





オーブのアスハ代表と微笑みあうラクス様。
どうして、彼女はプラントじゃなくてオーブに居るの?
どうして、議長に賛同しないの?
議長の、真の目的、って?
疑問符だらけが浮かぶ中、議長に優しく手を差し伸べられた。

二人のラクスに動揺する民衆の声が聞こえる。
偽者だ、騙されていた、そんな声までが聞こえてきそう。

決して悪いようにはしない。ただ、姿を隠していてくれ。
議長はそう言った。

コペルニクスに身を隠している間は、何も情報が入ってこなかった。
まるで世界から隔離された空間。
閉じ込められているような感覚に見舞われた時、頭に思い浮かんだのはアスランの言葉。





『だが君だってずっとそんな事をしていられる訳無いだろ!そうなれば何れ君だって殺される!』





信じたくない、信じたくなんて、なかった。
怖かった、突然こんな事になって、どうしたらいいかが分からなくなって、

そんな時に、





『本当に今はまだいろいろと情勢が難しいのです。このコペルニクスにも先刻、アークエンジェルが入港したという話ですしね。
 どういうことでしょうねぇ。こんな時に月に上がってくるなんて・・・やはりあの方も一緒なのでしょうか。
 ほら、オーブから自分はアークエンジェルと共にいると言っていたあの方ですわ。本当に困ったものですよねぇ、あの方にも。
 あれではせっかくの議長の努力も台無しですわ。何故あんな事なさるのか。ラクス様って本当はそういう方ではありませんでしょ?
 ラクス様という方は常に正しく平和を愛し、けれども必要なときには私達を導いて共に戦場を駈けてもくださる、そんなお方です。
 だから私達もお慕いするのです。そうでないラクス様なんてそれは嘘ですわ。
 私は開戦の折からずっと議長のお側で頑張ってくださった方こそが本当のラクス様だと思っております』





そうでないラクス様なんて嘘。
あっちが嘘で、私が本当。
そんな甘い誘惑に惑わされて、私はついついサラの手を取ってしまった。

おびき出したラクス様の傍には、アスランが居た。
死んだと思っていたアスランが生きていた事は嬉しかった。
でも、そのアスランに銃口を向けられて、全部が分からなくなった。





『メッセージは受け取った。罠だという事も分かっている。だが最後のチャンスだ。ミーア、だから来た』

『こんにちは、ミーアさん、初めまして。
 お手紙には助けてとありました。殺されると・・・なら私と一緒に参りましょう』





優しく、聖母のような微笑みを浮かべて近付いてくるラクス様。
でも、その時の私はまるで死刑執行人が近付いてくるような恐怖を感じた。





『ラクス様って本当はそういう方ではありませんでしょう?そうでないラクス様なんてそれは嘘ですわ』

『君のおかげで世界は本当に救われたんだ。私も人々も。それは決して忘れやしないさ』





だってサラも議長も、そう言ってくれた!
でも、疑問だって勿論持っていた。
私の言葉で、救われた人も居る!
本当にこれでいいのかって、怖かった。





『私がラクスだわ!だってそうでしょ!?声も顔も同じなんだもの!私がラクスで何が悪いの!?』





全部が分からなかった。
何が正しくて、何が悪いのか。
だって、歌っていたのも、言葉を紡いだのも私なんだもの。
代行って言ったって、戻ってこなかったんだから、





『名が欲しいのなら差し上げます。姿も・・・、でも、それでも貴方と私は違う人間です。それは変わりませんわ。
 私達は誰も自分以外の何にもなれないのです。でも、だから貴方も私も居るのでしょう・・・此処に。
 だから出逢えるのでしょう・・・人と、そして自分に。
 貴方の夢は貴方のものですわ。それを歌って下さい・・・自分の為に。夢を人に使われてはいけません』





姿形が同じでも、所詮は違う人間。
考えている事も違うし、勿論仕種も性格だって、全部。

夢を人に使われてはいけない。

そうだ、私は議長に、夢を、





『確かに俺は、彼の言う通りの戦う人形になんかはなれない!いくら彼の言うことが正しく聞こえても!』

『議長は自分の認めた役割を果たす者にしか用は無い。彼に都合にいいラクス、そしてMSパイロットとしての俺』

『そうなれば何れ君だって殺される!だから一緒に!』





本当に、アスランの言う通りだった。

でも、怖かったの、本当に、怖かったの。
自分がいらないって言われるのが、居場所が無くなるのが、人々に侮蔑の目で見られるのが!
最初は本当に、ラクス様が戻るまでって思ってた。

でも、でも、でも!





『役割だって良いじゃない!ちゃんと・・・ちゃんとやれば!そうやって生きたって良いじゃない!!』





甘い誘惑。
けれど楽なように見えてその道は、茨の道だった。
毎日が不安でいっぱいで、怖くて仕方なくって、でも、アスランも居なくって。

今なら分かる。

あの雨の中、彼の手を取るべきだったんだって。

自分が出来る事なんて、たかが知れている。
歌う事、訴える事。
いくらラクス様の真似事をしても、彼女には届かない。
だって、心から人々を想う事を私は忘れてしまったから。

こうすれば私を見てくれる。
こうすれば私の居場所を再確認出来る。

そうやって自分の事ばっかり優先していたから、罰が当たったんだわ。

響く銃声。
一瞬で飛んだ意識。
霞む視界の中で、憧れのラクス様が、大好きなアスランが、私を呼んでくれている気がした。

自分の存在証明を、どうしてもしたくて、毎日忘れないようにと持ち歩いていた写真を渡す。





『明るい、優しいお顔ですわ・・・これが貴方?』





ラクス様の問いかけに頷く。
変えた顔じゃなくて、本当の私。
良かった、ラクス様に、覚えていてもらえれば、十分な存在照明じゃない。
こんな身勝手なミーアに、ラクス様はこんなにも優しい言葉をくれる。





『ミーア!』





愛しいアスラン。
最初はただの尊敬、憧れ。
けれども、普通に過ごすアスランを見て、色々な表情をするアスランを見て、かっこよくって、優しいアスランを見て、





『もっと、ちゃんと・・・お会いしたかった・・・』





ごめんなさい。

身勝手なミーアでごめんなさい。
もっと違うところで会えたら、ミーアは貴方をちゃんと想う事が出来ましたか?
ミーアが貴方の手を取っていたら、こんなにも優しい貴方を傷つけずにすみましたか?

ごめんなさい、ラクス様。
貴方なんて戻ってこなければって思った事もありました。

ごめんなさい、アスラン。
優しい貴方を、傷付けてしまって。

ごめんなさい、皆さん。
自分勝手な行動ばっかりで、貴方たちを想う心を忘れていました。

ごめんなさい、

そこで、私の意識は途切れた。










気付けば浜辺に倒れていた。
体は海水で濡れているし、服も体にべっとりと張り付いている。
辺りを見渡しても、アスランもラクス様も居なくって、
自分は死んだはずじゃなかったのか、どうしてこんなところに居るのか、って、
不安になった時、彼が手を差し伸べてくれた。


「ようこそ、君が流れ着いてきた子だね?」


漆黒の髪に、真紅の瞳。
訳が分からないままで口を開けなかった私を、彼は優しく抱き上げてくれた。


「大丈夫、俺は君に危害を加えない。君と同じような子たちも居るから、兎に角落ち着いてから・・・」


彼が何かを話しているけれど、頭に入ってこなかった。
ぼんやりとした意識の中で、私は瞳を伏せた。

ゆらゆらと揺れる意識。

彼の名前はレーゲンというらしかった。
彼に説明されて、世界の違いや"流れ者"についてを聞いた。
私の他にも、流されてきた人たちは居た。
でも、会えたのはフレイっていう女の子だけ。
他の三人は何かカプセルに入ってて、まだ出て来れないんだって。
身体中が痛んで上手く動けない私を、フレイをよく看てくれた。


「アンタ、私の苦手だった娘にそっくりね」


フレイはそう言ってクスクスと笑った。
どこか寂しそうな微笑みを浮かべる彼女に、私は言葉を返せなかった。


「ね、元気になったらどうしたい?」

「元気になったら・・・?」

「そうよ。動けるようになったらどうしたい?
 私はレーゲンの身の回りの手伝いを今しているんだけど、貴女はどうしたいの?」


やりたい事。ゼロスタートでも、出来る事を。
私に出来る事は、





『貴方の夢は貴方のものですわ。それを歌って下さい・・・自分の為に』





私の、したい事は。


「・・・私、平和を、訴えたい」


そう、今度こそ、本当の想いを込めて、歌いたい、伝えたい・・・!


「歌いたい・・・!私の気持ちを、世界に伝えたい!」


"ラクス"じゃなくて、ミーアの気持ちを、歌を。
そう言うと、フレイは「そう」と言って今度は優しく微笑んだ。


「じゃあ、早く元気にならないとね」


彼女はそう言って、グレーの瞳を柔らかく細めた。










こっちに来たミーアの話。
色々とかかわりが出てくるので捕捉の意味も兼ねてここに^^

ミーアって純粋で本当に普通の女の子で、ほんと可愛いんですよね。
そしておばかだから騙されるっていうお茶目さん。
憧れていたところに立って、代理でも夢がかなって、簡単に手放せるわけがないんですよね。
アスランは無理矢理にても彼女を連れ出すべきだったと思います。
議長は必要無い者を排除する。分かってるんだったらミーアは連れ出さないといけないんですからね。
っていうアスミア推し(笑)