若い女が走っていた。
右も左も、前も後ろも木々が生い茂っていて昼間だというのに夜のような暗さを感じさせる森の中で。
同じ様な景色が続く中、女は走っていた。
唯、必死に逃げているのだ。
もう何処から走って、何処へ逃げているのかさえ彼女には良く分からなくなっていた。
「あっ!!」
足場が悪い地形で、表面へ出ていた木の根に女の素足が引っかかる。
彼女が転倒した直後、木の根とは少し違う物が彼女の足に絡み付いてきた。
其れに強く引かれ、地面の上で引き摺られながら女は叫んだ。
「いやああああぁぁ!! 放して、放して!!」
叫び、必死に身を捩ってそれから逃れようとするが異形の魔物・バイラス相手にはそれは無駄な足掻きだった――。
少女は月を見ていた。
カレギア王国の城、カレギア城の真上でぽつんと輝いている月を、唯ぼんやりと眺めていた。
最早それは何時もの事だった。もう何日、何年、何十年此処でずっとこうしていたのかすら分からない。
日中の太陽の光は、身に受けると身体がとても楽になった。
軽くなるような、兎に角気分が良いものであった。
夜の月の光を受けると、身体が怠さを訴えてきたが、嫌いではなかった。
心が安らいだのだ、美しい月光で。
今日も身体は少し怠いが、月の光は相変わらず心を癒してくれていた。
何時もと変わらず、この状況が続くのだと思っていたその時、
ビクリ、と身体を大きく震わせて彼女は瞳を見開いた。
物凄いフォルス反応を感じたからだ。
彼女はその反動で身を起こし、辺りを見渡す。
何が、と思った瞬間、パキィという何かが割れた音が響いた。
それと同時に、身体に走る痛み。
癒しを求め、無意識の内に彼女は月を見上げて、 瞳を見開いた。
「―――え?」
月が、
割れていた―。
割れたガラス細工の様に、月は砕けていた。
それに唖然としていると、耳を劈く様な悲鳴が響き渡った。
外からだ。
彼女はそう思い立ち上がって窓から外を見やる。
鉄格子が折れ曲がっている所から顔だけを出し、上空を見やる。
此処の真上に位置するカレギア城から光が放たれ続けていた。
その光を受けたヒトが、次々と身体から異様な力を発揮させ、暴発させていた。
フォルスの覚醒だ。
彼女は両手を出し、フォルスキューブを出現させた。
それは物凄い速さでグルグルと彼女の手の上で回転した。
"フォルス" それは主に"力"という物を指している。
生命と精神の力が生み出す所謂特殊能力という物だ。元々、ガジュマにしか無い力のはずだったが、
彼女はそう思い外でフォルスを暴発させているヒトを見やる。
明らかに獣人型の種族のガジュマだけではなく、人型のヒューマまでもがフォルスを暴発させている。
突然のフォルスの覚醒により、力の制御が出来ずに力に飲まれて爆発しているのだろう。
だからこんなに強いフォルス反応を感知し、フォルスキューブが反応している。
彼女はそう結論付けるとフォルスキューブを仕舞った。
今十分理解出来る事はただ、何かが起こっているという事。
ならば。
彼女は両手を掲げた。
それと同時に、手械に付いている鎖がジャラリという音を立てた。
そして――、
パキィン!という音を立ててそれらは砕け散った。
足枷も外れ、彼女は嬉しそうに一度飛んだ後、拳を握り、思い切りそれを壁に打ち付けた。
ドゴオオォン!!!
という轟音と共に崩れ去った壁。
辺りの悲鳴やらなにやらで此処の研究員は構っていられないというより、気付いていないらしい。
彼女は軽いステップを踏みながらあけた壁から外へ出る。
城から出ている光は世界を包み込む様に散っていったが、今の彼女にはどうでも良かった。
嬉しそうに両手を広げ、月の光をいっぱいに浴びる。
身体は辛かったが、開放されたという事実が心を軽くしていた。
「フォルスの、高まり」
以前の自分よりも、もっと凄い力を持った。
そう思い、彼女は一度だけカレギア城地価研究所を振り返り、闇夜へ走り出した。
新連載開始です、