「、は何処!?」
後にラドラスの落日と呼ばれる様になったあの日。
は外に出てからずっと片割れの弟を探していた。
記憶の中ではとても優しかった存在。
ずっとずっと、彼だけを支えに生きてきた。
母胎の中で意思で話した記憶しかなく、物覚えが付いた頃からは既に別々の部屋で研究されてきた。
は限りなくヒトのヒューマに近しい存在として、は、別として。
同じようにずっと辛い研究を受けてきたに違いない、はそう思いながら必死になって探した。
「、何処なの?」
きっとだって逃げ出している。
だからこうして城下町のバルカを走り回っているのに。
彼だってヒトでもある。きっとフォルスを覚醒してしまっている状態もあるので酷く気懸かりだった。
そんな彼女の腕に、何かが絡みついた。
木の根の様な、それ。
は瞳を丸くし、振り返った。
其処に居たのは―――、
「……?」
貴方が、?
はそう呟き、目の前に居た其れを凝視した。
心地良い朝の日差しを一身に受け、は瞳を開けた。
迷いの森を散策した昨日、身体は疲れていたらしく彼女は一旦港町のミナールへ戻って宿を取っていた。
彼女には探しているバイラスが居た。
土属性のバイラスで、身体に葉や木の根の様な腕を持っているモノだ。
あちらこちらを旅して回って、それを探している間に早くも一年経っていた。
迷いの森には居ないらしい、としたら、その森を越えた先にあるペトナジャンカを通って居っているかもしれない。
そう思ったは伸びをしてベッドから降りた。
まず朝イチにする事は身嗜みを整える事。
髪を梳かし、髪飾りで纏める。
顔も洗い、自分のプロポーションを確認してから鏡を見る。
皆が可愛いと思う、惹かれる様な自分。それを常々心がけてきた。
皆自分に惹かれれば良い。そうすれば必要として貰えるから。
研究対象だった彼女はずっと一人だった。
元から異端な存在だったのに、ラドラスの落日でフォルス能力者にまでなってしまったのだ。
これら全てがばれたら人々はきっとまた異端の目で自分を見る。
それは目に見えた事実だ。 だから隠して、可愛くして、愛して貰いたかった。
そうすれば、皆自分を見てくれるから。
は着替えも終え、取り合えず外へ出た。
腰には一本の細剣。本来、武器が無くても十分戦える彼女だが、一応持っておいた物だ。
外へ出てみると、既に時刻は昼過ぎだった。
昨日は疲れていたし、次の目的地についてやらバイラスについて色々調べ物をしていたから寝たのはほぼ朝になってからだった。
でも、流石に寝すぎたかもしれない。
そう思い、はアイテム等を買い揃える為に歩き出した。
そんな彼女の背に、声をかける者が居た。
「あの!ちょっとすみません!」
何だと思い振り返ると、其処には赤毛の少年が居た。
少年は振り返ったに近付いて来て、「宿、取ってるんだよね、」と聞いてきた。
「連れが衰弱してて、でも宿もう空いてないし、良かったら貸してくれないかな?」
連れが、という言葉には少年の後ろを見やった。
ヒューマの少年の後ろには同じヒューマの娘を背負っている青年。
そしてガジュマの男が居た。
は少しも悩む素振りを見せずに部屋の鍵を少年に渡した。
「あ、」と言う少年には「好きにしたら」と言い歩き出す。
アイテムの調達をしなければいけないのだから。
「ありがとう!」という声を背で受けながら、はミナールのアイテムショップを目指した。
アイテムを補充して部屋に戻ると、ミナールの医者のキュリアとその助手のミーシャが居た。
キュリアは黒髪のヒューマの女性だが、ミーシャはガジュマの少年だった。
どうやら、今キュリアが来たらしく、大きめの白衣を羽織っているミーシャは肩で息をしていた。
「身体も冷たいし、唇の色も悪い。随分衰弱してるけど…何があったの?」
ベッドで横になっている少女を診察してそう言うキュリア。
それに少年は「えーっと、」と言葉を濁し、銀髪の青年も「いや…」と曖昧な返事を返した。
キュリアが此方を見てきたのに気付き、は肩を竦めてみせた。
「私はこいつら知らないもの。宿の前で偶々会っただけ」
「…そう、」
キュリアはそう言うと、眼鏡の位置を直し、再度口を開いた。
「でも、命に別状は無いわ。暫く暖かくして横になっていれば直ぐに回復するわよ」
これ以上追求する事はせずにキュリアはそう言う。
彼女の言葉にガジュマの男は「良かった…」と呟いて安堵の息を吐いた。
赤毛の少年が「良かったネ!」と言うのにミーシャが「そうですね」と言って笑う。
が、直ぐにミーシャは銀髪の青年に視線をやり、何か思う事があるのか、彼を凝視していた。
はアイテム袋を置いて、次は少し情報でも集めるか、と思い外に出ようとしたら、何故かガジュマの男も「行くか」と言って外へ出ようとした。
銀髪の青年は「置いていくのか?」と問うたが、「此処で時間を潰す訳にもいかんだろう」と言うガジュマの男に少し戸惑いつつも頷いた。
の横を通って部屋を出ようとする男たちにキュリアが「何処行くの!?」と慌てた声を上げた。
当たり前だろう。連れて来た病人を放って出て行こうとしているのだから。
「診察代は其処にあります」と言うガジュマの男にキュリアは詰め寄る。
「この子はどうするの!?連れなんでしょう!?」
「元気になったら好きなようにさせてやって下さい。雪の中に倒れていた娘を助けた、それだけです」
そう言いガジュマの男は部屋から出て行った。
出て行く際に、ちらりと眠る少女を一瞥してから―。
彼に続いて銀髪の青年も出て行き、残った赤毛の少年が「先生、アニーをヨロシクネ!」と言って出て行った。
アニー。どうやらこの少女の名前の様だ。
そう思いはちらりと彼女を一瞥する。
茶色のショートヘアーに、桃色の服。
そして少し大きめのズボンを履いている彼女。
杖が立てかけてある所からして、術師タイプの戦い方をするのだろう。
まぁ、自分には関係の無い事だけど。
そう思い、も部屋から出た。
が外へ出ると、先ほどの男たちが此方を見てきた。
赤毛の少年が「あっ」と言って近付いてきて口を開く。
「さっきは部屋、ありがとうネ!」
「別に、そのまま使ってくれても構わないから」
ニコリともしないで淡々と言うに少年は瞳を丸くする。
が、直ぐに彼は気を取り直して続ける。
「え、ええっとさ。 ボクはマオっていうんだ。最近、此処に王の盾が来なかった?」
マオと名乗った赤毛の少年。
は彼の言葉を聞いて少しだけ考えた後、口を開く。
王の盾。
カレギア王国のフォルス能力者を中心に構成された国王直属の部隊だ。
公に出来ない特殊任務をも受けおつ王の盾を、何故彼等が。と、思ったが思い当たる話も聞いた事があるので素直に答えておいた。
「昨日位かしら。見たわよ。 でもそれだったら私よりあの先生の方が詳しいと思うわよ」
「キュリア先生が? どうして?」
は昨日の事を思い出しながら彼等に話した。
昨日、迷いの森から帰ってきた時に王の盾の軍団とすれ違ったのだ。
噂で聞いた通り、ヒューマの美女を引き連れて。
噂によると村や町を回って美女のヒューマを集めているらしいが、どうしてそんな事をしているのかなんてには興味が無かった。
その中の女性が一人、怪我をしたのだ。
小さな怪我だったのだが、兵士達は何故か慌てた様子でキュリアの下へ連れて行ったのだ。
それをは見ていた。
「怪我をした娘を診察してたからよ」
そう言って歩き出そうとするの腕を「待ってくれ!」と言って銀髪の青年が掴んできた。
はそれを鬱陶しそうに振り払いながら「気安く触らないでよ」と言って振り返った。
「何、」と問うと青年は「怪我をした娘の特徴は?」と聞いてきた。
そんな事までは覚えている訳が無い。何て言ったっては王の盾から隠れて逃げていた様なものだからだ。
下手したら地下研究所へ逆戻りなのだ。それは仕方ない事だった。
肩を竦めて「其処までは知らないわよ」と言うに青年は明らかな落胆を見せ、「そうか…」と呟いた。
「だから、あの先生に聞けば?」
がそう言い放って歩き出す。
その後ろを何故か付いてくる三人。
広場へ着いた時に、はやっと振り返って「まだ何か?」と問うた。
それに答えたのはガジュマの男だった。
「俺達は港に用事があるだけだ」
「港…? 港へ行ってどうすんのよ。軍関係の船舶以外はバルカとの往来を禁止しているのに?」
「何だって!?」
がそう行ってのけるとマオが大きく反応した。
「ホント!?」と言って来るマオには「嘘言ってどうすんのよ」と返す。
彼女の言葉に銀髪の青年は「どうすれば…!」と言って強く拳を握った。
彼等の様子に大方の予想が出来たは溜め息を吐いてみせて、口を開く。
「…そんな心配しなくっても、まぁ大丈夫よ」
はそう言うと面倒臭そうに腰に手を当て、「取り合えず」と言う。
「此処まで話聞いちゃったんだもん。仕方ないから少しは協力してあげるわ。
あの先生に兎に角話を聞きなさい。下手したらあんたらが探してる女の子、怪我した子かもしれないでしょ」
そう言って再び宿に向かって歩き出す。
そんな彼女の背を追いながら銀髪の青年は「感謝する」と言った。
「お礼ならお金が良いんだけどね。一人旅って金銭的にも辛いもんよ」
「一人?ヒューマの女が一人で旅をしているのか?」
すかさずそう問うてくるガジュマの男。
少し喋りすぎたかも、とは思い「悪い?」と喧嘩腰で言う。
それに「否…」と男は言い言葉を濁した。
そして小さな声で、「能力者、か」と言ってきた。
そう言った途端、瞳を細めたに彼は「やはりな」と言う。
「それなら迷惑ついでにもう一つ頼みたい事があるんだが、」
「…宿であの先生の話を聞いてからね。話によっては考えてあげない事もないわ」
そう言って歩き出す。
そんな彼女の背を見ながらマオが「何か、偉そうなヒトだネ」と呟くがにはハッキリと聞こえていた。
「偉そうなヒトだなんて名前じゃないんだけど?」
「き、聞こえてたの!?」
地獄耳!と、言ってくるマオにはフンと鼻を鳴らす。
耳が良いのは仕方ない事である。自分はヒトとは違うのだから。
そう思っているの横に立った青年が突然「まだ、名乗ってなかったな」と言う。
先ほどより幾分落ち着いた様子の彼は名乗ってきた。
「俺はヴェイグ・リュングベルだ」
銀髪の青年、ヴェイグの後にガジュマの男も「俺はユージーン・ガラルドだ」と名乗ってきた。
ユージーン。その名に聞き覚えがあったは少しだけ眉を潜めた。
以前、王の盾の隊長だったと聞いた事がある。
その男が何故こんな辺境で王の盾を追っているのだ?
少し気懸かりだったが、自分の事は何一つ知られていないようなのでは気にしない事にした。
しかし、この流れでは自分も名乗らなければいけないのだろう。
少し鬱陶しげに溜め息を吐いた後、は名乗った。
「……よ。 さ、早く宿に戻っちゃいましょう」
そう言ってヴェイグから顔を背けた。
最後ぶっちゃけ「触んな」とか思っちゃってるヒロインです(…)