「宿へ戻る途中にミーシャと会った。
ミーシャは此方を見て驚いた様子で「まだこの町にいらしたんですね」と言った後にヴェイグへ視線を向けた。
そういえば宿でも気にしていた、とスイは思いながら彼等を見る。
「あの…そちらの顔が怖い顔をした貴方…、」
「……俺の事か?」
少しだけショックを受けた様子でヴェイグが答える。
それに気付かずにミーシャは思い切り「はい!」と返事をしたのでマオが噴出する。
「怖い顔だって!!」と言って笑い出すマオをヴェイグは静かに睨み付けていた。
そんな二人を見てミーシャは今更。あっ、と口を覆って「す、すみません!」と言った。
「その、もしかして貴方、ヴェイグ・リュングベルさんじゃありませんか…?」
「…何故、俺の名を知っている?」
ミーシャが名を知っていた事によりヴェイグの表情が険しくなった。
が、それと裏腹にミーシャは「やっぱり!」と言って表情を輝かせた。
「宿屋で確かめようと思ったんですが、貴方達直ぐに出て行っちゃったんで…。
前に先生の所に来た患者さんが貴方の事を言ってたんです。背が高くて、大きな剣を持ってて。怖い顔をした髪の長いヒューマの若者が来るかもしれないって」
ミーシャの言葉を聞いた途端、ヴェイグが瞳を大きくして「誰だ!?その患者の名は!?」と言い彼に詰め寄った。
突然のヴェイグの行動にミーシャは慌てながら「な、名前は知りませんでしたけど…」と言う。
「丁度、貴女と同い年位のヒューマの女性でした」
そう言ってスイを見る。
ヴェイグはスイを一瞥した後、ミーシャに「先生はまだ宿に?」と問う。
ミーシャが頷き、「はい。まだアニーさんを診てます」と言うとヴェイグは走り出した。
宿屋へ駆け込んで行き、先ほどの部屋へと入っていくヴェイグにスイ達も続いた。
キュリアに話を聞いてみると、彼女は「なるほどね、」と言ってヴェイグを見た。
「貴方が、彼女の言っていたヴェイグだったのね…」
「それで、クレアは……?」
どうやらヴェイグの捜し求めているヒトだったらしい。
クレアという名らしい女性について聞いた後、ヴェイグが矢次にキュリアに問おうとする。
が、キュリアが彼の言葉を遮った。
「答える前に、教えてくれない?貴方達は何者なの?今、何が起こっているっていうの?」
キュリアはそう言い、「貴方達、ちょっと普通じゃないわよ」と続けた。
「こんなにも衰弱した個を連れて来ておいて、直ぐに出て行っちゃうし。
あのクレアって子もただ事じゃない様子だったし……。ちゃんと説明して貰わないと話も出来ないわ」
アニーに視線を向けた後、キュリアはそう言った。
押し黙るヴェイグの後ろに居たユージーンが「話すしか、無いようだな」と言って口を開いた。
彼等の話ではこうだった。
彼等、主にヴェイグが追い求めているクレアという人物は最北端の村、スールズで連れ去られた女性らしい。
それはヴェイグの家族だそうで、ずっと追っているらしかった。
アニーについては、ミナール平原で会ったらしい。
ユージーンを父の仇と言い襲い掛かってきたらしかった。
フォルスの使いすぎで衰弱したアニーをつれて、此処まで来たらしかった。
アニーは雨のフォルスの持ち主らしい。
ミナール平原に雨を降らせ、彼等の体力を奪ってから襲い掛かってきたらしい。
ちなみにヴェイグは氷のフォルス。ユージーンは鋼のフォルス。マオは炎のフォルスを持っているらしかった。
ヒューマの二人はラドラスの落日で覚醒したらしかった。
話を聞き終えたキュリアが「そう、」と呟く。
「あのクレアって子、王の盾に…」
其処まで言って、「それに、」と言いキュリアは再度アニーに視線を向けた。
「この子、やっぱりドクター・バースの娘さんだったのね」
「バースを知っているんですか?」
「研修医だった頃に講義を受けたわ。
ドクターは、アニーの…。この子の話も良くされていたわ」
講義で娘の話?と、スイは思ったがあえて触れておかない事にした。
キュリアは「でも、貴方がそのドクターを…本当なの?」と言ってユージーンを見た。
ユージーンは押し黙る事しか出来なかった。そんな彼にキュリアは小さく息を吐いてから「何か事情があるのね、」と言った。
「その事は無理には聞かないわ…」と続けて言ったキュリアに次はヴェイグが口を開いた。
「…それより、クレアは!?どうしてあんたの所へ来たんだ?…病気だったのか?」
「怪我をしたって、兵隊さんに連れて来られたけどほんの掠り傷だったわ。消毒してお終い」
「…クレアは、あんたに何か言ってなかったか?」
「ええ。頼まれたわ。伝言をね」
掠り傷一つで大げさな。と、思いはしたが何か別な理由がありそうだ。
スイは少し其方の面でも考えながらも前の話に耳を傾けた。
「『船には乗らない』って。…兵隊さんの監視が厳しくて、それだけ話すのがやっとだったわ」
キュリアが眼鏡を治しながら言う。
彼女の言葉にヴェイグは俯き、「クレア…、」と彼女の名を呼んで拳を握り締めた。
船には乗らない。それはすなわち、陸路を行くという事。
スイがそう思っているとユージーンが口を開いた。
「サレ達は他の街でもヒューマの娘を集めようとしているのかもしれない。
そう考えれば、海ではなく陸路を移動して別の街に向かっている事も説明出来る」
「それをクレアさんはボク達に伝えてくれた。…つくづく、クレアさんって強いヒトなんだね…」
マオがそう言い、大きな瞳を細めた。
「王の盾は女の子を攫って何をするつもりなの?」と、キュリアが問うた。
それにヴェイグは「分からない…」と苦々しげに答えた。
「だが、そんな事は如何だって良い。 俺は一刻も早く、クレアを助けたいんだ!!」
握り拳を作って言うヴェイグ。
これは相当焦ってる。そう思いながらスイはヴェイグの横顔を見詰めた。
先ほどの話の中、マオが教えてくれたのだが、ラドラスの落日、つまりは一年前のあの日。
ヴェイグは氷のフォルスを暴走させてしまい氷の中にクレアを閉じ込めてしまったらしい。
助け出したその日に、王の盾に攫われて行ったらしい、村のヒトを守る為に。
確かに、マオの言う通り強いヒトなのかもしれないが、そんなの唯の自己犠牲だ。
そう思い、スイはゆっくりと瞳を伏せた。
でも、自分を助けに来てくれるヒトが居ると信じている彼女。
…やっぱり、強いのかもしれない。
そう思い、スイはユージーンを見た。
忘れかけていたが話があると言われていたのだ。
それを問おうとしたその時、「んっ、」という声が聞こえた。
それに気付き、全員がベッドに視線を向けた。
丁度アニーが身を起こして、「此処は…?」と言っているところだった。
アニーはユージーン達を視界に留めると眉を吊り上げ、「貴方達…!!」と言い動こうとするが、傷が痛んだらしく「痛ッ」と言うと身体を押さえた。
そんなアニーにミーシャが駆け寄って「大丈夫ですか!?」と言って手を伸ばす。
そんな彼の手からアニーは怯える様に離れ、両手を突き出して「触らないで!!」と叫んだ。
アニーの行動にマオが「アニー!?」と声をあげる。
「ミーシャはずっと君の看病しててくれたんだよ!どうして?」
マオがそう言うが、アニーはぎゅっと瞳を閉じて震える身体を押さえる様に自身を抱きこむ。
そして「いやっ!」と言うと震える声で言葉を続けた。
「ガジュマに触られたくないの!私に近寄らないで……来ないで…来ないで…ッ!!」
アニーに拒絶されたミーシャはふらりとした様子で一歩、また一歩後ろへ下がっていく。
「来ない、で、って…、」と呟いてミーシャは俯く。その瞳は、大きく見開かれていた。
「来ないで、って…そんな、ぼく、ぼく、……ぼく…!!
うわああああああああああああああ!!!!」
突然両手で顔を覆って、そう叫ぶとミーシャは駆け出していった。
キュリアが「ミーシャ!」と呼び止めるが彼には聞こえていない様子だった。
彼女はアニーを睨んだ後、彼と同じように駆け出していった。
ミーシャを追っていった彼を見送った後、マオが「アニー、」と言う。
「どうしてあんな事言ったの?ガジュマもヒューマも、同じヒトでしょ?」
「…嫌なものは嫌なの」
「どうして?」
マオはアニーの言っている言葉の意味が理解出来ないのか、心底不思議そうに問う。
ユージーンは俯き、瞳を細めていた。そんな彼を見ながらヴェイグが口を開く。
「ユージーンに、父親を殺されたからか?だから、全てのガジュマが憎いか?」
ヴェイグの言葉に、アニーは無言で俯いた。
明らかな肯定の態度にマオは「そう、なの?」と静かに問う。
それにアニーは苦々しげに「私と同じ立場になれば…誰だって…!」と言った。
「…もし犯人がヒューマだったらどうしていた?」
ヴェイグがそう問うと、アニーは押し黙ってしまった。
しかし仕方の無い事かもしれない。スイはそう思いながらアニーを一瞥した。
父親がユージーンというガジュマに殺されれば、彼と同じ種族全てが憎くなってしまう事も幼い彼女なら仕方の無い事。
取り合えず、と思いスイはドアを開けた。
「嫌な予感がするわね…」
そう言ったスイにマオが「そうだよ!」と言う。
「ミーシャだよ!ボク達も追いかけようよ!何だか普通じゃなかたヨ!!」
「そうだな、俺達も追おう」
マオの言葉にヴェイグが頷く。
スイ達がドアを開けて外に出てみても、ミーシャの姿は無かった。
何処へ、と思い街の奥へと行ってみたら、キュリアが慌てた様子で走ってきた。
マオが近付いて、「先生、ミーシャは見つかった?」と問うと彼女は焦った様子で首を振った。
「どこにも居ないの、」と言った後も彼女は言葉を続けた。
「お願い、ミーシャを助けて!」
懇願するキュリアにヴェイグ達は首を傾げたが、スイだけは違った。
手の内にフォルスキューブを出すと、それは結構な速さで回転していた。
「…早く落ち着かせてあげないと…ミーシャが…!!」
「フォルスを暴走させちゃう、わね」
スイの一言に全員が彼女を見た。
フォルスキューブを仕舞ったスイは、「急がないとやばそうよ」と言う。
「あいつも能力者なのか?」
「そうよ。あの子もラドラスの落日で覚醒した能力者の一人…!」
「でも、どうして今更暴走しちゃうの?」
ヴェイグの問いに答えたキュリアに、マオが言う。
それにキュリアは悲しげに瞳を細めて「…言葉、よ」と呟いた。
「アニーが言った言葉…。ミーシャはあれと同じ事を前にも言われた事があるのよ。
それも、大好きなお母さんに…」
キュリアの言葉にヴェイグが「母親に?」と返す。
頷くキュリアに、スイは大体の予想がついてしまい気付かれない様に小さく息を吐いた。
「ミーシャのフォルスが発現した時、フォルスに驚いたお母さんは思わず「来ないで」と言ってしまった。
そのショックで、ミーシャのフォルスは暴走を始めた…。偶然にも私がその場に居合わせて、何とか暴走を止めたけど…、」
「それが原因で、ミーシャは母親に見捨てられたって事ね」
珍しくも無い話でもあるのよ。 そう言いスイは瞳を細めた。
キュリアはスイの言葉に頷き、「だから私はあの子を引き取って仕事の手伝いをして貰う事にしたのよ」と説明した。
「…暴走の一件以来、あの子は周りからあまり好意的とは言えない扱いを受けてきたわ。
それでも、あの子は頑張った。あれ以来暴走も無く、ようやく周りもあの子を受け入れてくれる様になってきていたのに、
此処でまた暴走を起こしてしまったら、あの子はどうなるの……!?」
キュリアの悲しげな叫びにスイは瞳を細めた。
こんなものよね、ヒトの思いなんて。
そう思っているスイの横で、先ほどの明るめな声とは違い、真剣な声色でマオが「ボク達が助ける」と言った。
マオはヴェイグを見、「ゴメンね、ヴェイグ」と謝った。
「先を急ぎたいのは分かるけど、ボク、ミーシャを放っとけないヨ…!」
瞳を揺らして言うマオに、ヴェイグは存外優しげな声で「何故だ」と問うた。
「…フォルスの暴走で、ボクは記憶を失った。お父さんの事も、お母さんの事も、みんな忘れちゃったけど…。
ボクも、ミーシャみたいに見放されていたのかもしれない…。
だから、ミーシャの事、人事には思えないんだヨ!」
マオの必死な訴えに、ヴェイグは瞳を細めた。
そんな彼にユージーンが「お前にも覚えは無いか?」と問うた。
「…おじさんとおばさんが庇ってくれなければ、俺も今頃は…」
「……皆訳ありなんだから、仲良くミーシャ助ければ良いじゃないの」
腕を組んで言うスイに、ヴェイグは俯かせていた顔を上げた。
彼女に真っ直ぐ見詰められ、ヴェイグは頷いた後に「ミーシャを助けに行こう」と言った。
それにマオとユージーンが頷き、キュリアが「ありがとう」と言った。
スイは少しだけ考えた後、ミーシャのフォルスを辿って見る。
フォルスというより、気でもあるのだが。
マオがフォルスキューブを出してミーシャの居場所を探ろうとしているが、まだ暴走段階でも無いのであやふやだった。
スイはそれを横目で見た後、瞳を閉じて集中する。
(私の太陽のフォルスで…、)
今は昼間だし、日も照っている。
今なら力を使ってもあまり疲れない筈だ。
そう思い彼女はミーシャの気を辿った。
「居た」と呟いたスイに皆が注目する。
「…こっちね、こっちに居るわ」
「……何のフォルスだ?」
「そんな事、今はどうでもいいでしょ?」
問うてくるユージーンにそう言いスイは歩き出そうとしたのだが、少しだけふらついた。
目の前でふらついた彼女をヴェイグが慌てて支えた。
「…おい?」
「……何でもないわよ。…支えてくれてありがとう…!」
スイは口早にそう言いヴェイグから素早く離れた。
ミーシャ暴走。
アニーのは、うん。しょうがないんじゃないかと思いますよ。