ミナールの畑に、ミーシャは居た。
マオがフォルスキューブを出して今の状況を確認し、慌てた声を上げる。
「マズイ!もう暴走寸前だヨ!!」
「落ち着くんだ、ミーシャ!!」
ユージーンとヴェイグが何とかミーシャを諌めようとするが、ミーシャは「来ないで…!」と叫ぶだけだった。
が一歩前へ出、彼に声をかけようとした瞬間、彼は「僕に構わないで言ってるんだぁぁっ!」と叫び再び走って行ってしまった。
「海岸の方だヨ!」と言いマオが案内をする。
街の外へ出る途中に会ったキュリアも連れて、海岸へ行くと前からカレギア兵が走ってきた。
「助けてくれ!」と言う男達にヴェイグが「どうした!?」と問う。
「か、海岸の巡回に来たら突然ガジュマの子供が来て!それで…!!」
「お前達も早く逃げないと、バ、バイラスが来るぞ!!」
そう言って逃げていった兵士。
それらを一瞥し、達は奥へ進んだ。
海岸の真ん中に、確かに彼等の言った通りバイラスが居た。
そしてそれらの真ん中には、ミーシャの姿があった。
フォルスキューブを出したマオが苦々しげに「遅かった…もう完全に暴走してる…!」と言う。
は腰からレイピアを抜き、構えながら「よりにもよって牙のフォルスとはね…」と呟く。
それにヴェイグが「牙のフォルス?」と反復しながら背にある剣の柄に手をかける。
「バイラスを操る力があるフォルスよ…最低すぎるわ…」
頭が、痛い。
はそう思いながら雑念を払うように首を振った。
具合の悪そうなにマオが気遣わしげな視線を送るが、彼女は其れから逃れる様にバイラスに突っ込んでいった。
「瞬迅剣!!」
身を屈めて、強い突き技を繰り出してバイラスを一匹倒した。
はそのまま他のバイラスに切りかかりながらも、「このままじゃもっとバイラスが集まってくるわよ!」と言った。
そんなの背後にもバイラスが迫っているのに気付き、マオが「後ろ!!」と声を上げる。
瞳を細め、背後のバイラスの攻撃を一度受けてから反撃をしようとその体制に入った。
そんな彼女に敵のバイラスの爪が振り下ろされたが、彼女に傷が付く事は無かった。
彼女の足元に浮かんだ法陣、ガード・ヴァッサーのお陰である。
法陣使いはこの中に居なかったはずだ、と思いながらは目の前に居た敵を一掃してバックステップを踏む。
彼女の隣に来たのは、
「アニー!助けに来てくれたんだネ!!」
宿屋で別れたきりのアニーだった。
大きな杖を手に、アニーは「私は、私のせいで誰かを不幸にしたくないから」と言う。
そして後ろに居るユージーンを一瞥し、「それに、」と続ける。
「そのヒト…、ユージーンを倒すのは、私だから…」
そう言い再度構えるアニー。
はそんな彼女を守る様に前に立ち、再度レイピアを構えた。
「お話は敵を片付けてからにしない?」
「そうだネ、来るよ!!」
再度敵が迫ってきた。
上空から攻めてくるスカービーはヴェイグとユージーンが大剣と槍で即座に薙ぎ払った。
モルドブラントにはマオが炎の術、フレイムショットを放っている。
はアニーの法陣のサポートを受けながら敵を切っていった。
兎に角、ミーシャを何とかしなければ。
そう思いは剣を構え、アニーを見る。
「あんたは他の奴のサポートに回って」
「え?」
突然言われたアニーは琥珀色の瞳を丸くしていた。
は「私はミーシャを何とかするから」と言い走り出した。
突然の彼女の行動にアニーは「あ、あの!」と、慌てた声を上げたがは止まらなかった。
(一人で戦った方が、慣れてるのよ)
そう思いながらはミーシャの周りに群がっているバイラスを一閃した。
そして、斬撃を二連続で放つ『魔神剣・双牙』を放ってミーシャに駆け寄った。
「…来ないで…!!」
「落ち着きなさいよ…! …ッ、痛ッ」
牙のフォルスの力が高まったのか、頭がガンガン痛んだ。
これは自分にまで効いてしまうのか、と、は思いながら両手でミーシャを押さえつけた。
当然彼は暴れたが、そんな事今は構っていられない。
「!!」
誰かが自分を呼ぶ声がしたが、一々答えていられない。
背後に迫ったバイラスをヴェイグが斬った所、彼が呼んだのだろう。
は暴れるミーシャを押さえつけながら、声をかけた。
「落ち着いて深呼吸して、大丈夫、大丈夫だから、」
「……あ、」
ミーシャがそう小さく零した。
フォルスの力が弱まってきたその時、背後から「アニー!」と叫ぶ声が聞こえた。
この声はユージーンだ。 思わずは首だけを動かして振り返った。
視界に入ったのは、バイラスとアニーの間に身を入れて彼女が受けるはずだった攻撃を背に受けているユージーンだった。
肉を裂く嫌な音が響き、「うあっ」と声を零すユージーン。
だが直ぐに身を反転させると槍を構えなおしてバイラスを貫いた。
消えたバイラスを確認してから、ユージーンがアニーを振り返って「怪我は無いか?」と問うた。
アニーは戸惑い、瞳を揺らしながらも「え、ええ…私は、でも…」と言い彼を見上げた。
其方を見ていると、ふっとミーシャの身体が重くなった。
倒れ掛かってきた彼を支える。は恐る恐る、といった様子で手を動かして彼を砂の上に横たわらせた。
どうやら暴走は収まったようだった。
それを確認してか、キュリアが「ミーシャ!」と叫びながら砂の上を走ってきた。
それにつられるようにミーシャの方に歩き出すヴェイグ達。だが、キュリアがミーシャを抱き起こしながら振り返って、言った。
「貴女は来ない方が良い」
キュリアの目は、真っ直ぐにアニーに向いていた。
鋭い声色でそう言われたアニーは「え?」と短く零すと瞳を揺らした。
「貴女の言葉が、ミーシャの触れてはいけない部分に触れた。
今、貴女が来たらまたミーシャが……、」
「…私…、私は、ただ……、」
キュリアの言葉にアニーは俯いて呟く。
ただ、何なのだろう。
ミーシャが心配で近付こうとした? それとも、先ほどの言葉について?
がそう考えていると真横でミーシャが起き上がった。
キュリアに支えられながらも起き上がったミーシャは「すみません、先生、」と言った。
「僕…、また暴走しちゃいました…」
フォルスは精神の力だ。
精神力を使い、疲れ切った様子で言うミーシャにキュリアは先ほどとは打って変わって優しげな声色で「良いのよ、ミーシャ」と言った。
「…それより、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫…。あんな事言われたくらいで暴走した僕が悪いんですよね。
…アニーさんの事情を、聞いていたのに…」
ミーシャは項垂れてそう言った後、顔を上げて真っ直ぐにアニーを見た。
疲れ切っている表情だが、瞳は嬉しそうに、優しげに細められていた。
「アニーさん…ごめんなさい…。
それから…、助けてくれて、ありがとう…」
ミーシャの言葉にアニーは何も答えられない様子だった。
アニーの返事が無い事をさして気にしていないのか、ミーシャはキュリアを見上げて「行きましょう先生、」と言った。
「僕、何だか疲れちゃった…。とっても眠いんです…」
「…あれだけフォルスを使ったんだから、当たり前ね」
がそう言い、ミーシャにポケットから出したグミを渡す。
回復薬の入っているグミで、結構回復するものであり旅の者の必需品だ。
ピーチグミをミーシャに渡すと彼は微笑んで「ありがとうございます」と言ってそれを口に含んだ。
「…貴女の声で、早く収まった気がします…。ありがとうございました…」
「…良いから、早く休みなさいよ」
ニコリともせずに、素っ気無く言うだが、ミーシャは嬉しそうに微笑んでキュリアと共に立ち上がった。
ミーシャの身体を支えてあげながら、キュリアはアニーを振り返った。
彼女の瞳には、哀れみ、そして少しの怒りの色が浮かんでいた。
「どんな理由があったにせよ、ミーシャに対する貴女の子おt場を聞いていたら、ドクター・バースはきっとお嘆きになったでしょうね」
キュリアの言葉にアニーは瞳を大きくし、「お父さんが…?」と言った。
「私は、貴女のお父様の講義を受けた事がある、」と、言い彼女は言葉を続けた。
「その時、ドクター・バースは口癖の様に何度もこう言ったわ。
『命に色は無い』って…」
「…命に、色は無い……?」
言葉の意味が分からなかったのか、アニーはその言葉を反復する。
瞳を伏せたアニーにキュリアは「それがどういう意味なのか、よく考えてごらんなさい」と言うと、ミーシャを支えて去っていった。
俯き、言葉の意味を考えているのだろう。
押し黙っているアニーにユージーンが「アニー、」と声をかける。
だがアニーは顔を背け、「…放って置いて」と言うだけだった。
「ユージーン、ボク達も一旦宿屋に戻ろうよ」
一旦宿屋に、と言ったマオにすかさずが「ちょっと」と声を上げる。
「言っておくけど、あの部屋は私が取った部屋なんだからね?」
「あ、そ、そうそう!ともお話したいしネ!!」
誤魔化す様にそう言ったマオには腕を組んで訝しげに瞳を細めた。
美人の睨みを思いっきり受けてしまったマオは肩を竦ませ、「普通に怖いんですけど」と零す。
は小さく息を吐いて、「仕方ないわね」と言う。
「話もあるけど、あんたの怪我も治さなきゃいけないでしょ。早くしてよね」
はユージーンを一瞥し、直ぐに砂の上を歩き出した。
すれ違いざまにがアニーに「あんたは?」と問うと「貴方達には関係無いわ」という声が返ってきた。
「あっそ」と簡単に返し、はミナールの方へ向かって歩き出した。
宿屋の一室で、はユージーンの背に手を翳していた。
傷は結構な深さだ。
放っておけば幾ら獣人型で体力も生命力もヒューマに勝るガジュマでも酷い事になるだろう。
そう思い、治療にも時間がかかるのでこれは治癒術しかないと悟ったはまずグミを渡す。
それを食べたユージーンを確認してから、己のフォルスの力を高めては彼の傷を癒す。
「…ヒール」
淡い光が舞い、ユージーンの背の傷を癒した。
初めて見るであろう治癒術にマオやヴェイグ、そしてユージーンまでもが瞳を大きくした。
「…凄いね、ねぇ、それってフォルス?」
マオが興味津々、といった感じで瞳を輝かせる。
それには答え様としたが、昼夜違わず結構な力を使う治癒術のせいで彼女の身体はふらついた。
そのまま横に倒れ掛かった彼女の身体を、またヴェイグが支えた。
「…おい、どうした?」
「…少し疲れただけよ。 支えてくれてありがとう、放して良いわよ」
素っ気無くそう言い、はベッドに腰を下ろした。
ユージーンの治療は済んだのだ。残るは彼らとの話だけ。
「で?話って?」
「…ラドラス王の崩御は知っているな」
に向き直り、ユージーンが口を開いた。
「当たり前でしょ」と言い瞳を細めた。そんな彼女の言葉にマオが「ほら、知ってて当たり前なんだヨ」と言いヴェイグを小突いていた。
それを気にせずにユージーンは言葉を続けた。
「あの日、陛下自らのフォルスを全て放出し、命を落とされた…」
「ラドラスの落日、ってヤツね」
「ああ。 陛下が放ったフォルスは光となって国中に降り注ぎ、人々の中に眠っていたフォルスを呼び覚ました」
ユージーンの言葉には小さく息を吐いて「知ってるわよ」と言った。
「あーんなに目の前で覚醒され続けちゃ、予想もつくわよ」
「は、大丈夫だったの?」
マオの問いには「まあね」とだけ返し、言葉を続ける。
「蒸気機関車も酷い有様だったわね。乗客ほぼ全員が覚醒して炎も雷も、水も荒れ狂ってたわ。
…で?それで? バイラスが大量発生して人々を襲い始める事が頻繁に起きる様になった一連の事を"ラドラスの落日"でしょ?
そんな豆知識は要らないのよ。 本題に入ってくれない?」
足を組んで言うにユージーンは頷いた。
「今はラドラス王の一人娘、アガーテ女王陛下が後を継いでいるが、彼女の周りが最近臭ってな…」
「…王の盾の行動、ってヤツ?」
各地を巡って美人のヒューマだけを集めているという話。
特殊任務を請け負って国王の手助けをする部隊があんな事をしているのだ、アガーテ女王陛下が何かを企んでいるのは目に見ている。
「其処も気になるし、陛下が御自分の命と引き換えにしてまでフォルスを放出したのには何か重大な理由があるに違いない。
だから俺達は、"ラドラスの落日"に始まる様々な王国内の異変の真相を探る為に旅をしている」
「ボクとユージーンだけだったんだけどネ。ヴェイグは幼馴染が王の盾に攫われちゃったから一緒に行ってるんだヨ」
マオの言葉を聞いてはちらりとヴェイグを一瞥した後、「…つまりは、」と、言葉を零す。
膝の上に肘を付いて頬杖を付き、彼女は瞳を細めてユージーンを見た。
「私にも同行して欲しいって?」
「ああ。 俺達にはお前の様な強いフォルス能力者が必要なんだ」
はユージーンの言葉に少しだけ考えた。
彼等は王の盾を追っていくと言っていた。
攫われた少女の「船には乗らない」という発現から陸路を辿る事も分かっている。
と、なると彼等が目指すは迷いの森を越えた先のペトナジャンカだろう。
取り合えず自分と目的地が一致している。
それに、
(…なんかこいつ等、意外と信用出来そうだし)
自分の生まれ等を明かす気は更々無いが、悪意は感じられない。
それに、全員フォルス能力者と来た。 にとっては好条件だ。
力を恐れられる事も無いし、良い戦力にもなる。
団体行動はあまり得意としないが、この際仕方ないだろう。
そう思いは瞳を細め、「別に良いわよ」と返した。
それにマオが嬉しそうに「ホント!?」と言う。
「何、こんなむさ苦しい男共の中にこんな可愛い娘が入るのが嘘であって欲しいの?」
ベッドから立ち、腰に手を当てて言うにマオとヴェイグが瞳を丸くする。
マオは「…って、」と呟く。
「すっごく、自信家なんだネ…」
「当たり前の事を言っただけよ。
…所で、私の旅の目的は聞かなくって良いの?」
一応、そう問うてみるとユージーンが頷いた。
「話したくないのなら、別に構わん」
「…何か、フェアじゃないわ。簡単に説明させて貰うけど、バイラスを追ってるのよ、それだけよ」
「バイラス?」
ヴェイグがそう返してきた。
は彼に頷きながら「そうよ」と言い彼等を見る。
「でも、私アルヴァン山脈も探してきたし、あんた達が来た方向には絶対居ないわ。
移動しているから、追いかけているの。
…良い?私があんた達に同行するのは馴れ合ったりする事が目的じゃないわ。
私は私の目的で進むだけよ。変な期待はしないで頂戴ね」
腕を組んで言うにヴェイグとユージーンは頷いたが、マオだけが不満そうに「ええーっ」と声を上げた。
「取り合えず、バルカまでは同行するわ。
ま、バルカまで同行しない様に、願うけどね」
首都バルカ。
つまりはカレギア城がある場所であり、王の盾が帰る場所だろう。
其処まで同行するという事は攫われた娘達が城まで連れて行かれてしまうという事。
の言葉にヴェイグが「ああ、そうだな」と言い拳を握り締めた。
がバルカまで同行、と言ったのは彼等の最終目的地でもあり、陸路経由で行くのならどっちにしろもバルカに行く事になっていたからである。
目的のバイラスは、陸路で移動していくのだから。
大陸を飛び越えたりしているのは、恐らく海のバイラスを使っているのだろう。
ミナールからは陸路経由で行っているようなので、自分も陸路経由で行くまでだ。
そう思いは知らずの内に拳を握り締めていた。
(……、)
弟の事を思い、彼女は憂いを帯びた瞳をそっと伏せた。
同行者になりました。