夜に目が覚めると、真っ暗な部屋の中だった。
起き上がって何となく辺りを見渡してみると、少し離れた所にあるベッドが空になっているのに気付いた。
は暫く其処をぼうっと見ていたが近くに掛けて置いたマントを掴み、音も立てずに其れを羽織って静かに部屋を後にした。
宿の外に行くと、話し声が聞こえてきた。
「少しでも・・・疑ってしまって・・・・・・。だが、まだ仲間として・・・、」
ロックの声だった。
言葉からしてたぶん話し相手はセリスなのだろう。
はそう思い宿の壁に寄りかかって二人の様子を見ていた。
だが其れも直ぐに終わった。
セリスがロックの傍から離れて行ったのだ。
直ぐにロックが「セリス!」と彼女の名を呼ぶが、彼女は振り返る事も無く足早に去っていってしまった。
俯いているロックに、はゆっくりと近付いた。
「おそよう」
「・・・・・・・・・」
「こんな夜中に何をしている? 休んでおく様にと私は言ったが」
は軽い口調でそう言いロックの前に来た。
その時丁度雲から月が顔を出し、街中を明るく照らした。
視界に入ったのは、眉を下げて瞳に悲しみや動揺、不安の色を滲ませているロックだった。
はそんなロックを真っ直ぐに見て、「如何してセリスを追わないんだ?」と静かに問うた。
其れにロックは静かに首を振るだけだった。
「・・・セリスは、怖いんじゃないか?」
「怖い・・・?」
「また、皆に・・・・・・。 ロック、お前に疑われてしまう事が、じゃないか?」
静かに言うとロックは少しの沈黙の後、自分の顔の目の部位を手で覆った。
「・・・そうだな・・・俺は確かに、あの時セリスを疑ってしまった・・・」
目を覆った儘言うロックの言葉をは静かに聞いていた。
少し俯いて、ロックは続きの言葉を苦々しく吐き出した。
「・・・俺は、疑ってしまったんだ・・・・・・。
が捕まって、其れで、ずっとこの期の為に俺達を騙していたのかって・・・。
俺は、 セリスの・・・・・・、」
「セリス将軍! さあ、もう芝居は良い。そいつ等の魔石を持ってこっちへ来い!」
「ぁうっ・・・・・・!」
「!!」
「この女もこうして楽に捕まえられましたよ、此れもセリス将軍のお陰ですよ!
奴等の油断も、何もかも、全て!」
「俺は・・・・・・・、」
「セリス!騙していたのか!?」
「違うわ!私を信じて!」
「必死な仲間の訴えも、演技なんじゃないかと疑った・・・・・・!」
「よし、言ったな。 歯を食いしばれよ」
の言葉にロックが「え」と反応して彼女を見たその瞬間―、
パァン!!!
乾いた音が響いた―。
ロック瞳を丸くしていたが直ぐにじん、と熱を持ち始めた頬にそっと触れた。
―痛い―
「痛かったか?」
「・・・あ、あぁ・・・」
「セリスはもっと痛かった筈だ」
「・・・・・・」
苦い顔をして黙ってしまったロックには微笑んで叩いて赤くなったロックの頬にそっと手を添えた。
ひんやりとした空気のせいで冷えてしまった其れは丁度良く、熱を持った頬に馴染んで触れた。
「・・・お前ももっと痛かった筈だ」
「・・・も、だよな」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
「否、俺には分かってる・・・」
「私は行かない」
魔導研究所を脱出して飛空挺に向かおうとした矢先に彼女が発した言葉―。
「何を言っているんだ!」
「セリスが心配だ・・・セリスは私を助けてくれた。帝国軍のスパイだったなんて言葉、私は信じない!」
「痛いくらい、の思いは伝わってきた」
酷く悲しみを帯びた瞳。
其処に強さをも宿して、今自分の目の前に居る彼女は、細い肩を震わせる事も無くそう言った。
そういえばあの時も叩かれたっけな。とも思いつつロックはの肩に優しく手を乗せた。
「・・・俺は、馬鹿野郎だよな」
「今更気付いたのか、大馬鹿野郎」
「・・・そう言われると、ちょっと傷付くんだが・・・」
少し項垂れるロックには「自分で言ったんだろうが」と言い呆れ顔をする。
だが直ぐに表情を戻して口を開く。
「そういえばあの時も叩いてしまったな・・・あの時は冷静でいられずについ手を出してしまった・・・改めて言うが・・・すまなかったな」
「否、良い頭冷やしだったぜ」
ロックは苦笑してそう言いの金の髪に触れた。
其れには少し驚くが触れている本人が何事も無いように話を続けるので小首を傾げた。
如何やら無意識の様だった。
「丁度良いから言うぞ、」
「な、何・・・?」
急に先ほどまでのおちゃらけ顔では無く、真剣な表情になったので思わずは頬を少し朱に染めてどもりつつ言葉を返した。
「忘れてるみたいだしな・・・お前・・・。 俺がオペラ劇場で言った言葉覚えているか?」
「・・・正直、オペラ劇場と言うと何処ぞの紫タコも一緒に思い出すんだが・・・」
「其処はあえて流してくれ。 俺は――、」
髪を弄っていた手を止めて、の頬へと手を移動させた。
頬から伝わってくるほのかな彼の温もりを感じ、はまた自分の頬が紅潮していくのを感じた。
ロックは真っ直ぐにを見詰めて、こう言った。
「俺は・・・、お前だけ特別なんだ」
もう何度言われた言葉か、
それなのに何時も悩んで、彼の言葉を信じれなくて、でもまた信じてみたくなって、
そして、何時も彼のこの言葉には胸が高鳴る―。
はぽうっと頬を赤くしてロックを見上げていた。
「・・・信じても、・・・・・・・」
「ん?」
照れからか、瞳を伏せて呟いたにロックはまるで「聞こえない」と言う様に顔を少し近付けて問うた。
其れに更に頬を赤くしつつは言葉を紡いだ。
「・・・信じても、いいのか・・・?」
「あぁ、当然だ」
「セリスだって、ティナだって、守りたいんだろう・・・?」
「を一番守りたい、約束したから二人も当然守るんだけどな」
にこりと笑って言うロックには顔を伏せた。
当然嫌だったからではない。これも照れから来たものだ。
其れを分かっているロックは微笑んでの頬を愛撫でした。
くすぐったさを感じつつも、はゆっくりと瞳を伏せて彼の温かさを感じた―。
仲間意識だって分かっている、それでも、
「特別と言ってくれて嬉しい・・・、ありがとう、ロック・・・
私もお前を、支えるから・・・」
俯いた儘は笑みを浮かべて言った。
(もう、逃げられない。だから、逃げもしないさ・・・・・・。
私は、ロックの事が・・・・・・、)
やっぱり、好きなんだ。
諦めなくなったし卑屈じゃなくなった。
寧ろ人はコレを開き直りとも言います←