嘘で固めてきた思いが、バリバリと音を立てて心の中で崩れ落ちていく。

それでも、残った嘘が一つ―。



(本当は帝国が怖くて仕方が無かった。だから怨み辛みで恐怖から逃げた)

(人が怖くなった。自分が人で在りたいと思う癖に、人を恐れた)

(人で在りたいと思いながら、其れを隠して人を怨み、恐れた。
 自分を恐れるから、同じような目で見て、ずっとずっと、)

(溜めて溜めて溜めて、初めての感情に戸惑って、全てから目を向けている振りをして背けていた)



ケツァクウァトルが言った事は全て本当だ。
それもティナのお陰で冷静さを取り戻して自分で理解出来た。

唯、どうしても一つだけ、嘘で固めてしまう事がある。


魔力を注がれ、一度死に、幻獣の力を借りて生き長らえている化け物な自分が、

救われるであろう世界を見れない自分が、


(どうして、こんな我が儘を望むの・・・?)


そう思うと、瞳の奥がツンと熱くなった。



・・・!!」



懐かしい声でそう呼ばれる。

だからか、瞳の奥が凄く熱いんだ。


少し盛り上がった所に立っている彼は最初こそ信じられないような顔をしていたが、の姿をハッキリと視界に留めると歓喜の色を露にした。
そして其処から駆け足で下りてくると、の真正面に佇んだ。


・・・無事だったのか・・・、」


良かった・・・。

そう言いつつ手を伸ばしてこようとしたが、自分の手が土やら泥やらで汚れているのに気付き「あ、」と言い慌ててズボンで拭く。
ズボンも泥だらけだったので大して意味が無かったので、彼は慌てて手を綺麗にする物を探して辺りをキョロキョロと見渡す。

全く変わっていない彼の様子に思わずクスリ、と笑みを零しては破顔した。

そして、中途半端に伸ばされた汚れている彼の手をそ、と自分の手で包んで己の頬へと当てた。
それに彼はの顔が汚れる事を危惧して慌てたが、はそんな事は気にせずに微笑んで言った。


「会いたかった・・・、ロック」


そう、ポツリと呟くように言う。

その言葉を聞いた彼、ロックも笑みを浮かべて彼女の頬を撫ぜた。


「俺もだ・・・。ずっと会いたかった、


この体温が、この声が、この香りが、

間違い無くこの人だ。


お互いにそう思い合い、微笑み合う。

そんな二人を見ていたティナは安心したように微笑んで二人に近付く。
ティナに気付いたロックは「ティナも!無事だったんだな!」と言って彼女を見る。


「ええ。無事で良かったわ・・・、 ・・・?其れは?」


ロックが手を握っている事に気付き、ティナは彼の手を指した。
ロックは直ぐに「あぁ、これか」と言うととティナの前でその拳を解いた。

手の内に在った物は―――、


「やっと見つけたんだ・・・。魂を蘇らせる伝説の秘宝を・・・」

「それは・・・、フェニックスの魔石?」


瞳に陰を落として言うに、ロックは頷く。


「そうだ・・・。遥か昔、フェニックスは自らを石に変えたという伝説がある。
 やはり本当だったんだ・・・。しかし罅が入ってるんだ・・・。これでは、奇跡の力を起こす事は出来ないかも知れない」

「ロック・・・レイチェルさんを・・・?」


フェニックスの魔石を掲げながら話すロックに、ティナがおずおずといった様子で言う。
それにロックは少しの間黙って罅の入った魔石を眺めていたが、「俺は、」と言葉を口にする。


「レイチェルを守ってやれなかった・・・。真実を無くしてしまったんだ・・・。
 だから、それを取り戻すまで俺にとって本当の事は何もない・・・」

との事も?」


少しだけ厳しくなったティナの視線を受け、ロックは魔石を降ろした。
そしてティナに視線を向けると、弱々しく笑んだ。


「俺は、ハッキリさせたいんだ」


その言葉を聞いたティナは、何も言えなくなってしまい黙り込んだ。
少しだけ俯き気味だったは顔を上げ、少しだけ短くなったコートを翻した。

の背を見る二人に、彼女は「行くんだろう?」と問う。


「コーリンゲンへ、」

「・・・あぁ」

「・・・外に飛行の機体を待たせてある。早く戻って、コーリンゲンへ飛んでもらおう」

「そうだな・・・。 ・・・


歩き出したを、ロックが呼び止める。
それには足を止めて、言葉の続きを促す。

そんなの様子にロックは少しだけ笑みを浮かべ、「着けててくれてんだな」と言う。
その言葉で視線だけを此方に向けたに、ロックは言う。


「バンダナだよ」

「・・・お前だって、其れを着けているじゃないか」


お互い様だ。

はそう言ってランプを手に一人で先に歩いていってしまった。

離れると危険なのでロックとティナも直ぐに彼女の後を追った。

ティナはロックの腕に巻かれている赤いリボンを横目で確認しながら、の事を思った。


これから、ロックはハッキリさせると言った。

フェニックスの魔石を使って、レイチェルさんを生き返らせて、


彼はどうするのだろう?


ティナはそう考えてずっと進んでいた。

そうしたら、出口は直ぐだった。




























外に戻って、レオにコーリンゲンに向かって欲しいと頼むと彼は快く承諾してくれた。
レオはロックの姿を目に留め、何かと色々聞きたかったであろうが彼は「久しぶりだな」とだけ言った。
それにロックは「そうだな」と返しただけで、二人は深くは会話をしなかった。

はボロボロな状態のロックにケアルをかけ、綺麗なタオルを渡した。

それを笑顔で「サンキュ」と言って受け取ったロックは、以前と全く変わってなかった。



コーリンゲンに着くと、ロックは罅の入ったフェニックスの魔石を片手に機体を降りた。
それをが見ていると、ロックはに向かって手を差し出してきた。

彼の行動にが少し戸惑っていると、彼女の後ろからティナが「行って来ると良いわ」と言って背を押した。
それに頷き、ロックの手を取って下りる
その様子を見ながら、ティナはロックへ厳しい視線を送る。


を傷付けたら許さないから・・・!)


その視線の意味を知って知らずか、ロックはティナに片手だけあげると、真っ直ぐにコーリンゲンの街中へと進んで行った。


直ぐにロックはレイチェルが居る家へと向かい、ドアを開けた。
そして階段を下りていき、魔石を爺さんに見せる。
爺さんは「見つかったんだねっ!ねっ!さ、試してごらんよ!」と言いロックの背を押した。

レイチェルが横たわるベッドの前まで進んだロックは、フェニックスの魔石をおずおずとレイチェルの上へと置いた。

少しの間、室内の三人は何が起こるかと見守ったが、魔石はレイチェルの上で鈍く輝いているだけで何も効果を発しなかった。
それに爺さんが反応をする。


「やっぱり罅が入っていちゃあ魂を蘇らす事は出来ないねっ!ねっねっ!残念残念!」

「そんな事は無い」


がそう言い、瞳を細めてレイチェルをじ、と見続けているロックの横に立って魔石に手を翳す。
「何を、」と言う爺さんを無視し、は心の中で念じる。


(ケツァクウァトル、力を貸して欲しい・・・)


そう願うと、何だか背がじんわりと熱くなった。
段々と熱さは増し、痛みを感じたは「う・・・、」と小さく呻き声を漏らす。
じんわりと額に汗が滲むのに気付いたロックが止めようとに手を伸ばしかけた時――、



パキイィン!!!



―そう、高い音を立てて魔石が砕け散った。


「うわあー!! 魔石が、砕け、砕け・・・砕けちゃったよー!!」

「っ・・・・・・!」


爺さんが叫ぶ。
その声が頭に響きは思わず額を押さえた。

酷い吐き気がする、頭痛も酷い、

眩暈もし始めたは一歩後ろへ下がり、思わず口元を押さえる。

それでも、魔石は、と思い顔を前へと向けると――、


視界にはベッドからゆっくりと起き上がる美しい女性が映った―。

起き上がる拍子に綺麗な黒髪がフワリと舞う。

女性は瞬きを数回繰り返すと、顔を横へ向けてロックを見た。


「ロック・・・」

「レイチェル!!」


名を呼ばれたロックは歓喜と驚きの声を上げる。
ロックは一気にレイチェルに詰め寄り、ふらつく彼女の細い体を支えた。


「ロック・・・会いたかった・・・。お話ししたかった・・・!」

「レイチェル・・・」


レイチェルは身体を斜めにし、ロックに凭れ掛かるような体勢を取った。

それをロックは優しく包み込む。



彼女の細い身体を気遣って、酷く優しい動作で――。



それを見た瞬間、は目の奥が急激に熱くなり、痛み出した。

息を呑み、思わず目をきつく瞑って階段を駆け上がった。

一気に階段を上がり、ドアを開けて外へ飛び出す。

家の前にある橋の真ん中まで縺れる足で進むが、其処で倒れこむように地に腰を下ろしてしまう。


「ッ・・・!!」


膝が痛い、それよりも、頭が痛い、吐き気がする、目の奥が熱い、酷く喉が渇く、

それよりも―――、


「・・・・・・う、」


先程の光景が脳裏を過ぎる。

レイチェルのか細い身体を支えるロック。

彼の瞳は喜びと心配、そして愛情に満ちていた。

そんな彼に凭れ掛かる彼女も、愛しそうにロックの名を呼んでいた。


それを見た瞬間、急に立ち眩みが酷くなった。

目の奥が熱くなった。

ス、と身体中の体温が下がった気がした。


そうだ、わたしは、


「・・・・・・っつ・・・!」


彼女に、負けたのだ。


そう思った瞬間、ぽろり、と金色の瞳から透明な雫が零れ落ちた―。
















































!!」


少しの間、橋の真ん中でずっと座り込んでいたら家からロックが出てきた。
そしてしゃがみ込んでいるの姿を目に留めると慌てて近付いてきて肩に優しく触れてきた。

やめて、そんな優しく触れないで、

そう思い、身体を少し捩って逃げる。
だがロックはそれを許さず、の肩を抱く。


「・・・、聞いてくれ、レイチェルは―――、・・・?」


ロックはに自分の中で白黒付けた事を話そうとしたが、彼女の様子に気付き言葉を止めて彼女を見る。

は手をゆるゆると上げ、自分の両耳を塞いでいた。

それにロックは眉を下げ、「、聞いてくれ、俺は、」と言うが、其れはの声で掻き消された。


「聞きたくない!!」

「・・・・・・?」

「嫌だ、何も聞きたくない・・・・・・!!」


はそう言うと勢い良く立ち上がり、ロックを睨んで見下ろした。

地に膝を着いたままだったロックは瞳を驚愕の色にし、を見上げた。




「聞きたくない・・・!」




そう言い自分の顔を覆う

その指の隙間から零れ落ちる雫が、ロックの頬を濡らした―。


ポタポタと落ちてくる雫。

肩を震わせ、その場に立ち竦んで涙を零す彼女。

何が起こっても、涙だけは流さなかった彼女が、


今、目の前で泣いている―。


それを理解したロックは「・・・!」と言って立ち上がり、彼女の両肩を掴む。
が、「触るな!」と言いは後ずさる。

思わず困惑の表情を浮かべるロック、それを見たはくしゃりと顔を歪ませ、唇を噛み締めた。


「嫌だ・・・、」

・・・、 ・・・何が嫌なんだ?」


ロックはゆっくりと手を伸ばす。
それをは拒むようまた一歩下がろうとしたが、ロックは今度はそれを許さず、の腕を掴んで引いた。

間近になった真剣な彼の青の瞳には苦しそうに瞳を細め、「嫌・・・」とだけまた呟く。

ロックは彼女を安心させる為に優しく彼女の髪を撫ぜる。


、言ってくれ・・・何が嫌なんだ? ・・・俺が、もう嫌になっちまったのか?」


愛想なら吐かされて当然だ。

何せずっと自分は今まで曖昧な態度ばかり取ってきたのだ。

世界が消滅する前に、彼女に気持ちを告白したがそれは過去だ。

彼女の気持ちが俺から離れてしまったのなら、それは仕方ない事だ。


ロックはそう思い、を見詰めた。

はまた、瞳を細めてポツリと呟く。


「汚い・・・」

「え?」


汚い、と呟いたは俯き、空いている手で顔を覆い、嗚咽交じりの声で言った―。





「ッ・・・行かないでっ・・・!!」





傍に、居て。

はそう言いしゃくり上げた。





「きっ、汚い事だってっ・・・分かってる・・・!
 でも・・・でも・・・!私は、お前が・・・っ、好きだから・・・・・・!
 
 置いて、行かないでぇっ・・・!!」



「ッ――馬鹿野郎・・・!!」





目を擦りながら、嗚咽交じりの声で懸命に想いを訴えてくるを堪らなく愛しく感じ、ロックは彼女の身体をぐい、と引き寄せた。

腕の中に納まった彼女の身体は泣いている為に細く、震えていた。

「う、」としゃくり声を上げるの涙で一杯の顔。

ロックは「ごめんな、」と言いの目尻に唇を寄せ、金色の瞳から零れる透明な雫を舌で掬った。

それに「ん、」と声を上げるを優しく抱き締めた。


、聞いてくれ」

「・・・・・・ん、」


どうやら聞いてくれる様子のにロックはこっそりと安堵の息を吐く。
そして腕の中の愛しい彼女を身体中で感じながら、言葉を口にした。


「レイチェルは、逝ってしまったよ」

「・・・魔石に、罅が入っていたから・・・?」

「そうかもしれない。でも、フェニックスの魔石は此処にある」


ロックはそう言いに罅一つ無いフェニックスの魔石を見せた。
それを見たは驚きで瞳を丸くしてロックを見上げる。
そんなの視線にロックはクスリと笑い、魔石をポケットに仕舞う。

「どうして・・・」とは呟く。


「ん?」

「どうして・・・? それさえあれば、レイチェルさんを・・・」

「・・・レイチェルは、俺の心に光をくれた。
 彼女はこう言った。俺がレイチェルに与えてきた幸せに対する感謝の気持ちで俺の心を縛っていると。
 その鎖を断ち切って、心の中の、その人を愛してくれって」

「ロック・・・、」


ロックはから少しだけ身を離し、彼女の頬を撫ぜる。


「レイチェルが居なくなったからでも、そう言ったからじゃない。
 俺は俺の意思で、レイチェルとの間にあった事をはっきりさせて、蹴りをつけたんだ。

 だから、。 俺はお前とこれからを過ごしたい、

 俺は、お前が好きなんだ」


そう言って微笑んだロックが凄く眩しくて、凄く愛しくて、

は下りてくる口付けを甘く受け入れた―。




ドドドドドド(心音)

やっとすぎる・・・!皆様本当にお待たせ様でした(やりきった顔)