「フェニックスが最後の力で少しだけ時間をくれたの・・・
 でも、すぐに行かなければならない・・・。だから・・・貴方に言い忘れた事を、今・・・」


フェニックスの魔石の光を身に纏い、レイチェルはか細い声でそう言った。
彼女は生前の時のようにふわり、と優しげに微笑むと「ロック、」と俺の名を呼んだ。


「私、幸せだったのよ・・・。死ぬ時、貴方の事を思い出して、とても・・・とても、幸せな気持ちで眠りに就いたの。
 だから・・・あなたに言い忘れた言葉を・・・。 ロック・・・ありがとう・・・」


ありがとう、と言った彼女の笑みが段々と薄らいでいく。
レイチェルの身体が光の粒子となり、消え始めている。
その事に俺は慌てて、「レイチェル!!」と、彼女の名を呼ぶが彼女の身体が消えて行く事は止まらなかった。

レイチェルは嬉しそうに微笑んで「もう逝かなきゃ」と言った。


「貴方がくれた、幸せ・・・。本当に、ありがとう・・・。
 この私の感謝の気持ちで、あなたの心を縛っている、その鎖を断ち切って下さい・・・。
 貴方の心の中の、その人を愛してあげて」


本当に幸せそうに微笑んで、レイチェルは言う。
彼女の言葉に、金色の光が脳裏を掠める。

―その時、


「・・・フェニックスよ・・・! 蘇り、ロックの力に!」

「レイチェル!!」


レイチェルが透けている両手を掲げ、そう叫ぶと眩い光が室内を包んだ。
俺はそれのせいで顔の前に腕を出して目を庇いながら彼女の名を呼ぶ。


次の瞬間、


パキィン!という甲高い音が響き、視界がクリアになる。


そして、俺の掌の上に罅一つ入っていないフェニックスの魔石が舞い降りてきた―。


「・・・レイチェル・・・!」


魔石を握り締め、額に其れを付けて項垂れる。
隣で爺さんが何やら騒いでるが、そんな事、今は知ったこっちゃ無い。

ありがとう、と心の中で呟くと、いいの、という声が聞こえた気がした。


『彼女の下へ行ってあげて、きっと泣いてるわ』

「・・・あぁ、」


ぎゅ、ともう一度強く魔石を握り締めた後、重い体を叱咤して立ち上がる。
そして魔石を仕舞い、階段を上がる。


ドアを開けて、足を踏み出す、



金色の輝きを放つ、俺の光の下へ向かう為に―。











































!!」


外へ出た瞬間、橋の真ん中で座り込んでいるの姿が視界に留まる。
しゃがみ込んでいるの横に慌てて近付いて、自分もしゃがんで、そっと肩に優しく触れる。

其処で細い肩が微かに震えている事に気付く。

どうしたんだと思いの顔を覗き込もうとした時に、が俺から逃げる様に身体を捻らせた。
俺は肩に触れている手に力を込め、が逃げられないようにした。
そして彼女に聞いて欲しい事があるので、それを口にしようとする。


「・・・、聞いてくれ、レイチェルは―――、・・・?」


が、彼女の様子に気付き言葉を止めて彼女を見る。

は手をゆるゆると上げ、自分の両耳を塞いでいた。

それに俺は思わず眉を下げ、「、聞いてくれ、俺は、」と言うが、其れはの声で掻き消された。


「聞きたくない!!」

「・・・・・・?」

「嫌だ、何も聞きたくない・・・・・・!!」


はそう言うと勢い良く立ち上がり、俺を睨んで見下ろした。

俺は彼女の表情に、思わず瞳を見開いて彼女を見上げた―。




「聞きたくない・・・!」




そう言い自分の顔を覆う

その指の隙間から雫がポタポタと落ちてきて俺の頬を濡らした―。


ポタポタと落ち続ける雫。

肩を震わせ、その場に立ち竦んで涙を零す彼女。

何が起こっても、涙だけは流さなかった彼女が、


今、目の前で泣いている―。


それを理解した俺は「・・・!」と彼女の名を呼んで慌てて立ち上がる。
咄嗟に彼女の両肩を掴むと、「触るな!」と言い手を振り払われて、は後ずさる。

思わず困惑の表情を浮かべる俺に、はくしゃりと顔を歪ませ、唇を噛み締めた。


「嫌だ・・・、」

・・・、 ・・・何が嫌なんだ?」


そう問いかけながら俺はゆっくりと彼女に手を伸ばす。
それをは拒むようまた一歩下がろうとしたが、俺は今度はそれを許さず、彼女の腕を掴んで引いた。

間近になった真剣な彼の青の瞳には苦しそうに瞳を細め、「嫌・・・」とだけまた呟く。

俺は怯えている様子のは彼女を安心させる為に優しく彼女の髪を撫ぜる。


、言ってくれ・・・何が嫌なんだ? ・・・俺が、もう嫌になっちまったのか?」


愛想なら吐かされて当然だ。

何せずっと自分は今まで曖昧な態度ばかり取ってきたのだ。

世界が消滅する前に、彼女に気持ちを告白したがそれは過去だ。

彼女の気持ちが俺から離れてしまったのなら、それは仕方ない事だ。


そう思いながら、を見詰める。

そんな俺にはまた、瞳を細めてポツリと呟く。


「汚い・・・」

「え?」


汚い、と呟いたは俯き、空いている手で顔を覆い、嗚咽交じりの声で言った―。





「ッ・・・行かないでっ・・・!!」





傍に、居て。

はそう言いしゃくり上げた。





「きっ、汚い事だってっ・・・分かってる・・・!
 でも・・・でも・・・!私は、お前が・・・っ、好きだから・・・・・・!
 
 置いて、行かないでぇっ・・・!!」



「ッ――馬鹿野郎・・・!!」





目を擦りながら、嗚咽交じりの声で懸命に想いを訴えてくるを堪らなく愛しく感じ、俺は気付いたら彼女の身体をぐい、と引き寄せていた。

腕の中に納まった彼女の身体は泣いている為に細く、震えていた。

「う、」としゃくり声を上げるの涙で一杯の顔。

こんな顔をさせているのは自分なんだと思うと、酷く心が痛んだ。
俺は「ごめんな、」と言いの目尻に唇を寄せ、金色の瞳から零れる透明な雫を舌で掬った。

それに「ん、」と声を上げるを優しく抱き締めた。


、聞いてくれ」

「・・・・・・ん、」


どうやら聞いてくれる様子のに俺はこっそりと安堵の息を吐く。
そして腕の中の愛しい彼女を身体中で感じながら、言葉を口にした。


「レイチェルは、逝ってしまったよ」

「・・・魔石に、罅が入っていたから・・・?」

「そうかもしれない。でも、フェニックスの魔石は此処にある」


俺はそう言い彼女に罅一つ無いフェニックスの魔石を見せた。
それを見たは驚きで瞳を丸くして俺を見上げる。
そんなの視線に俺はクスリと笑い、魔石をポケットに仕舞う。

「どうして・・・」とは呟く。


「ん?」

「どうして・・・? それさえあれば、レイチェルさんを・・・」

「・・・レイチェルは、俺の心に光をくれた。
 彼女はこう言った。俺がレイチェルに与えてきた幸せに対する感謝の気持ちで俺の心を縛っていると。
 その鎖を断ち切って、心の中の、その人を愛してくれって」

「ロック・・・、」


俺はから少しだけ身を離し、彼女の頬を撫ぜる。


「レイチェルが居なくなったからでも、そう言ったからじゃない。
 俺は俺の意思で、レイチェルとの間にあった事をはっきりさせて、蹴りをつけたんだ。

 だから、。 俺はお前とこれからを過ごしたい、

 俺は、お前が好きなんだ」


俺がそう言うと、は瞳を大きく震わせて、嬉しそうにふわりと微笑んだ。

そんな彼女の表情が凄く可愛くて、愛しくて、

思わず、口付けた―。




ロックサイドでした。