ホテルにあるバーに着いたら、店員の女性がニコリと微笑んで近付いて来た。
「いらっしゃいませ!何時もの特等席、どうぞ」
「ありがとね」(夢・・・?)
返事をするラグナとほぼ同時にスコールが呟く。
だが、ラグナには聞こえるはずも無く、彼は席へと近付く。
そして四人が席に来た時、ラグナが「着席!」と言う。其れにあわせて四人が席に着いた。
「パーッと行くだろ? パーッと!」
「ご注文は?」
「いつもの」
「私も」
「どんどん頼むぜ!」
「・・・じゃあ僕は軽めのカクテルで」
ラグナ、キロス、ウォード、クロスの順でそう言うと店員は一礼をし、下がっていった。
少しすると、ウォードがある一方に視線を向け、ラグナに言う。
「さて、ラグナ君。憧れのジュリアの登場だな」
ウォードがそう言うと同時に、バーの入り口から真っ赤なドレスを身に纏った女性が入って来た。
綺麗な顔立ちをした女性はジュリアというらしかった。
ジュリアはバーにある小さなステージに上がり、ピアノの椅子に腰を下ろし、ゆっくりと鍵盤に指を置いた。
次には、美しい旋律が流れた―。
「今度こそ行ってみようか」
「ほら、行けよ」
ウォードとキロスにせっつかれ、運ばれてきた酒を口に運びつつラグナは彼らを見やる。
「何言ってんだよ!ジュリアは仕事中だぜ!」
「君は期待を裏切らない男だ。さあ、ステージへ行きアピールしてくるのだ」
「馬鹿馬鹿しい」
ラグナはキロスの言葉に呆れの意味を込めたらしい溜め息を吐き、グラスをテーブルに置いた。
そして・・・、
「等と言いつつ、立ち上がるラグナ君であった」
「あ、行ってらっしゃい」
立ち上がったラグナにウォードとクロスが言う。
クロスは瞳を閉じてジュリアの奏でる旋律を聴いていたので少々反応が遅れたがそう言いグラスを傾けた。
ラグナは拳をギュ、と強く握りゆっくりと、しかしキビキビとした動作でステージへと向かい歩き始めた。
(ああ・・・ジュリアがこんなに近くに・・・)(ほんとにやるか・・・)
ラグナは早まる鼓動を感じつつ、ステージ上へと何とか上がる、が。
酷い緊張の為、片足に異変が起こった。
(・・・まずい、あ、足が攣りそうだ・・・! ああっ・・・!)
ラグナは痛む足を押さえつつ、ジュリアになんとか一礼をすると席へとへこへこ戻っていった。
当然この状況を見ていたスコールの感想は、(情け無い・・・)だ。
席に戻ってきたラグナを迎えたのはウォードだった。
「すげえぞラグナ! ほれほれ、席に戻れよ」
「良くやったラグナ君。作戦成功だ」
ウォードとキロスがそう言う中、席に着いたラグナの肩にクロスが手を置く。
「本当にやるとは思わなかった・・・。 それは凄い。けど、情け無さ過ぎっすよ、あれ」
「俺達査定は+1だが男気は−3って所だな」
笑いながら言うウォードにラグナは「何とでも言えよ」と言い下を向いた。
落ち込んだのかと思ったら、彼の口から出た言葉は「はあ、ジュリア綺麗だよなぁ・・・」という言葉。
少し心配しそうになった自分にクロスは溜め息を吐いてグラスを傾けてカクテルを飲み干した。
そして、彼は席を立った。
「レウァールさーん、俺達そろそろお暇しまーす」
「な、なんだよ! もう少し良いだろ?」
行き成り立ってそう言うクロスに驚いたラグナが彼の腕を掴んでそう言う。
最初こそキロスとウォードも小首を傾げていたがある事に気付き、「あ」と同時に短く声を上げた。
そして彼らも席を立ってラグナに口を開く。
「此処は僕達の奢りだ。ゆっくりして行きたまえ、ラグナ君」
キロスがそう言い去ると、ウォードも続く。
クロスはラグナの手を振り払って歩を進めた。
後ろから「酷いって、クロス」と声が聞こえてきたがクロスは其れを無視し、手をひらひらと振った。
そして口だけの動きで、ある言葉を紡いだ。
『 が ん ば れ 』
クロス達が去ったのと同時に、ラグナの横にある人物が近付いて来た。
「座って良い?」
「あ・・・!」
来た人こそ、先程ステージの上でピアノを弾いていた女性、ジュリアだった。
ラグナは其れにまた自分の鼓動が早くなるのを感じつつ、短い声を上げた。
ジュリアは少しだけ悪戯っぽく笑い「邪魔しちゃったかな?」と問うた。
其れにラグナは首を振った。
「ぜ、ぜぜん! ど、どぞう!」
緊張の為、上手く喋れずに良く分からない言葉になってしまったがジュリアは其れにクスリと笑っただけだった。
ジュリアが自分の隣に腰を下ろした事で、ラグナの脳内は軽くパニックになっていた。
(参ったぜジュリアだぜ本物だぜどうするよクロスキロスウォード助けてくれよ何話したら良いんだよでも綺麗だないいにおい)(こいつ・・・何も考えて無いのか?)
思考が段々ずれて行っている事に疑問を感じながらスコールは呟いた。
ほう、と息を吐いたラグナを見、ジュリアが口を開く。
「落ち着いた?」
「なんとか・・・」
「足・・・大丈夫?」
「あ、足? あ、あぁ、これ?
何時もの事だから大丈夫。何か知らないけど緊張すると足攣っちゃうんだ」
「緊張したの?」
「そりゃもう・・・今だってさ・・・・・・」
自分の胸に手を宛てつつそう言うラグナに、ジュリアはまた悪戯っぽい笑みを浮かべると「リラックスして」と言った。
そして瞳を丸くしているラグナにニコリ、と笑みを向ける。
「私のせいで人が緊張するのって、困っちゃうなあ」
「あ、ごめん」
慌てた様子でそう謝罪するラグナにジュリアは微笑み、少しだけ身を屈めてラグナに近付いた。
彼女が近くなった事で、良い香がいっぱいに広がりラグナはまた胸が高鳴るのを感じた。
ジュリアは小声で「あのね、」と言い続けた。
「提案なんだけど・・・、私の部屋で話さない?此処に部屋を借りてるの」
「へ、部屋に!?」
ドキリとした様子で言うラグナにジュリアは苦笑した。
「だって、此処・・・話しにくい雰囲気でしょ?皆聞き耳立ててる」
ジュリアの言葉にラグナは辺りを見渡す。
するとバーに居る客全てが自分達を見ていた。
何故かお暇すると言って去ったクロス達までもが。
「もし良ければ来て欲しいの。お話したいって思ってたんだ。 ・・・いや?」
「そんな馬鹿な!」
何処か悲しげにそう言うジュリアにラグナが全身を使って否定する。
そんなラグナにジュリアは嬉しそうに微笑みゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、先に行って待ってる。部屋は・・・フロントで聞いてね」
ジュリアはそう言い手を振って去って行ってしまった。
まだ微かに残る彼女の香を胸いっぱいに感じつつ、ラグナは考えた。
(・・・俺、夢見てるのか?)(・・・これは夢だ、そう思うのが一番楽だ・・・)
けど、と思いラグナは先程までジュリアが座っていた場所を見やる。
そう、確かに此処に彼女は居た。
(否、これは夢じゃない)(・・・夢にしては何か変だ)
そして彼女が先程言っていた言葉を思い出す。
(ジュリアが俺と話したいだと)(・・・こいつの頭の中、五月蝿いな・・・)
しかも二人きりで、だってよ。とラグナは思い続ける。
(どうするどうするよラグナさんよ)(勝手にしてくれ)
其処まで考えて拳をぐ、と握って決意をする。
(俺は何時も自分の事ばかり喋って失敗するんだ。ずっとそうだった。
よし、今日はジュリアの話をじっくり聞くぞ。大人のみりき(みりき?)ってやつでジュリアの悩みに答えてやるよ!)
もしかして、魅力の事か?とスコールは思いながらラグナの行動を見守った。
もう此処から抜け出す事は今の所は諦めている。
時が経てば戻るかもしれないし、夢だとしたら覚めるはずだから。
そう思っていると、ラグナはキロスとウォードとクロスと話していた。
「お前、ジュリアと話なんか出来るのか?ハイセンスでオシャレな会話だぞ?」
「大丈夫だって!シャレた会話は任せとけよ!」
「あんたのは・・・会話と呼ばないな、普通。一方的に喋るだけだからな」
「でも、今夜は違う。そうでしょう?」
「おうよ!」
ラグナは三人にそう言うと足をバーの入り口へと向けた。
そしてホテルのフロントへと足を運ぶ。
するとフロントマンが「いらっしゃいませ、ご宿泊ですか?」と問うて来る。
其れに何だか変に緊張したラグナは「ジュ、ジュジュジュジュ・・・」とジュリアのジュで言葉が詰まってしまう。
其れにスコールは呆れつつ(ほんとに、行く気かよ)と思い様子を見守る。
フロントマンは当然の事ながら首を傾げたが、直ぐにジュという単語である事を理解し「ああ、」と言う。
「ラグナ様ですね。お伺いしております。ジュリア様のお部屋までご案内致します」
フロントマンに案内され、ジュリアの使う客室に通されたラグナ。
中に入るとジュリアが居て、「来てくれてありがとう」と言いラグナを迎え入れた。
「あ、いや、こっちこそ、どうもどうも」
「座って」
ジュリアはそう言いベッドに腰を下ろす。
ラグナも其れに習う様に椅子に腰を下ろすが、落ち着かないのか直ぐに立って室内をうろうろし始めた。
ドアに近付いたラグナにジュリアは「もう帰っちゃうの?全然お話して無いわ」と言う。
「否、そういう訳じゃ無いんだ。俺、あんたのファンだから、やっぱり何ちゅうか、緊張しちゃって」
「何時もピアノ聴きに来てくれてたもんね」
微笑んで言うジュリアにラグナは瞳を丸くして彼女を見返す。
そして「あんた、俺の事見てたのか?」と問うとジュリアは頷いた。
「何時もニコニコしながら私の事見てたでしょ。あの目、好きよ。今は怯えた目をしてるけど。
取って食べたりしないから安心して? 其の目を見ながらお話したいの。
・・・ねえ、何かの見ましょう。お酒で良いかしら?」
ジュリアはそう言いグラスを取り出し、酒を準備する。
其の間もラグナはずっと棒立ちだったが、やっと考えが纏まったのか、照れた様に頭をかいた。
「夢みたいだぜ」
ニッ、と笑って言うラグナにジュリアは微笑んだ。
彼の目は既に彼女が求めていた輝いている瞳になっていた―。
「んでよ、戦場は好きじゃないけど、あっちこっち行って色んな物見て回れるだろ?
それにキロスとウォードも何時も一緒だし、新しくクロスって奴も同じ隊に入ってきて、ソイツらと何時も一緒だから楽しいんだ。
あいつ等良い奴だから。今度一緒に飲む?飲む? そいで、何だっけ? 俺、兵隊止めたらジャーナリストになりたいんだよ。
其の時に、あちこちで見たり聞いたりした事皆に知らせるんだ」(嘘だろ、もう馴染んでるぜ・・・)
へへっ、と笑いながら鼻の頭を指で擦るラグナ。
そんなラグナの話をグラスを傾けながらジュリアは楽しそうに聞いていた。
「あ、俺この間、雑誌の読者ページに文章が載ったんだ。嬉しかったんだ・・・嬉しかったよう・・・・・・」
「良かったわねえ」
「おう、それでな・・・・・・。 ・・・やば・・・、何か俺ばっかり喋ってる」
「ん?」
今更ながらに自分ばかり喋っている事に気付いたラグナが口を押さえる。
其れにジュリアが小首を傾げて彼を見る。
「な、あんたも話せよ。例えば・・・夢とか、あるんだろ?」
「私は・・・歌いたいの。ピアノだけじゃなくて歌いたい」
「あ、聞きたいなあ、其れ」
「駄目なの。歌詞、作れなくて・・・」
「そうか、大変なんだろうなあ・・・」
俺にも何か出来ればいいけど、と呟き顎に手をあてるがジュリアは微笑んでラグナを見上げる。
「でも、もう大丈夫。貴方のお陰で詞が出来そう」
「俺の、お陰・・・?」
小首を傾げるラグナにジュリアは頷いてベッドから立って彼に近付く。
ラグナの目は相変わらず、綺麗な輝きを放つ目だった。
「そう・・・・・・。貴方が見せてくれた、沢山の顔。
傷付いたり、悩んだり・・・・・・辛い事も包んでくれる様なそういう微笑み・・・顔・・・目・・・、
貴方が私にヒントをくれたの。きっと良い歌が出来ると思うわ」
「すげえ・・・! 夢みたいだ・・・」
信じられないような様子で言うラグナにジュリアは笑みを向け、彼の手を取った。
そして、手の甲を軽く抓った。
「夢じゃない。でしょ?」
そう言って微笑みを向けてくるジュリアに、ラグナも笑みを向けた。
其の時、慌しくドアが叩かれた。
「ラグナ!新しい命令だ!大統領官邸前集合、急げ!」
恐らくはキロスの声だろう。
ラグナはその声に反応し、ドアに視線を向けるが直ぐにジュリアへと視線を戻した。
ジュリアは何処か不安そうな表情でラグナを見上げていた。
「また・・・会える?」
「勿論。歌、聴きに来なくっちゃ」
ラグナは笑ってそう言いジュリアに「今夜はありがとう」と言い忘れ物は無いかを確認し、ドアを開けた―。
夢から覚めて。