ほんのりと赤くなった頬。
前日の事を思い出すたびに動悸が早くなり、頬が熱くなる。
無重力空間の中の通路を移動しながらは自身の頬を抑えた。
一緒に移動していたイエローハロは瞳のライトを点滅しながら名前を呼ぶ。
『、ドウシタノネ、ドウシタノネ』
「・・・うーん・・・ちょっと照れてるの」
そう言い片手で移動用レバーを掴む。
寄ってきたハロを片腕で持ち、移動をする。
昨日はアレルヤと過ごした。
心だけではなく、体も繋がりたいとハレルヤは言った。
だからこそ、一緒に過ごす為に彼に寄り添ったのだが・・・、
「あんな事・・・するなんて聞いてなかったから・・・」
また頬が赤く染まる。
キスを受け入れ、彼の体温を感じたくて抱きついた。
ただ体をくっつけるだけだと思っていたは、突然彼が様々な箇所に口付けを落としてきた事に驚いた。
頬から耳、首筋、徐々に下に下がっていくそれに疑問の声をあげた時、彼の手は制服のチャックを下げてきた。
思わず驚いたは身を起こして彼の腕を押さえた。
それでも行為を続行しようとするハレルヤに、色々された後、ついに我慢の限界となったが彼を押しのけた。
「・・・恥ずかしかった・・・兎に角恥ずかしかった・・・」
でも、あれは普通にする事なんだろうか。
ふとは考える。
もしかしたら自分が知らないだけであって、他の人にとっては普通の事なのかもしれない。
だったら、拒んでしまった自分に非があるのではないだろうか。
そう思った瞬間、の顔色がサッと青くなった。
「ど、どうしよう・・・!」
アレルヤとハレルヤはただ当たり前の事をしただけなのかもしれない。
それなのに、あんなに拒んでしまって、傷付けてしまったかもしれない。
嫌われでもしまったら、
そこまで考え、の手から力が抜ける。
移動用レバーが離れ、ひとりでに進む。
イエローハロも無重力空間に浮かびながら、の様子を見やる。
先ほどまで羞恥から赤らんでいた顔は、今では真逆の泣きそうなものへと変わっていた。
空色は細められ、震える手を合わせる。
どうしよう、とか細い声で呟いては顔を俯かせた。
通路の真ん中で止まってしまった彼女に、イエローハロが心配そうに近付く。
『、』
「・・・?」
イエローハロの声に反応してか、反対側から移動用レバーを使って移動をしていた人物が顔をあげた。
も習うように顔をあげると、彼は深紅色の瞳を大きく開き、「どうした」と言い傍まで近付いてきた。
「・・・刹那、」
「どうした、何かあったのか・・・?」
心配げに瞳を細め、腕を伸ばしてくる。
刹那の手が頬に触れた瞬間、の眉が下げられた。
泣きそうに歪んだ彼女の表情に、刹那は困ったように手を上げ下げさせる。
「と、兎に角こっちへ・・・」
刹那に肩を抱かれ、無重力の中を移動する。
片手で壁を押しやり、身を動かす。
展望室へ移動したところで、刹那は改めてを見下ろした。
不安げに揺れる瞳。
両肩に手を置いて、深呼吸をしてから刹那は真っ直ぐに視線を向けた。
「・・・どうしたんだ?」
自分を案じてくれる刹那の優しさに、は瞳を揺らす。
彼を見上げ、口を開く。
刹那なら、分かるかもしれない。
そんな期待を抱きながら。
「・・・わ、私・・・何も分かってなかったみたいで・・・」
「・・・アレルヤと何かあったのか・・・?」
肩に置かれた手に僅かに力が込められる。
は小さく頷き、刹那を見上げる。
「刹那は、知ってる?」
僅かに顔を俯かせながら、上目遣いで刹那を見やる。
何を、と言い小首を傾げる刹那。
は目じりを赤く染めつつ、一歩前に出て刹那を真っ直ぐに見詰めた。
「心だけじゃなくて、体も繋がる方法って、知ってる?」
「!?」
予想もしなかった問いに刹那は瞳を見開く。
思わず「え、」と短い声をあげてしまったあとに、頬を赤く染めた。
何を言っているんだ彼女は、
そう思いながら、刹那は思わずまじまじと彼女を見つめた。
「私・・・何も知らなくって・・・!つい拒んじゃって・・・でも、これが普通の事で、私が知らないだけだったら・・・」
「待て。まさかアレルヤに何かされたのか」
刹那の問いに青かった彼女の顔が真っ赤に染まる。
その様子を見て、刹那は瞳を細めた。
この純真無垢な彼女に手を出したというのか。
アレルヤか、それともハレルヤか。
どちらにしろ、許される事ではない。
刹那はそう思いながらの髪を優しく撫ぜた。
「・・・大丈夫だ。お前は何も悪くない」
「・・・でも、普通の人はする事なんじゃないの?」
の言葉にどう返していいのか悩む。
刹那は小さく咳払いをしてから、口を開く事にした。
ロックオンやスメラギに聞かれるよりはましだ。
そう思いながら。
「恋人の段階がある」
「段階、」
「お前はどんな事を知っている?」
「好きな人にはキスをする、手を繋ぐ、ぎゅってする」
「それ以上は?」
「・・・まだあるんだね、私は、知らなかった・・・」
頬を赤く染めながら言うに、刹那は小さく息を吐く。
此処からはどうやって教えようか。
そう思っていた刹那の手を、が握った。
「教えて、くれる?」
潤んだ瞳。僅かに震える手。
縋るように触れてくる彼女に刹那の鼓動が速まった。
落ち着け。
彼女が言っているのは口頭での疑問だ。
何も実践しろと言っているわけではない。
そう自分に言い聞かせながら、大きく息を吐く。
「・・・性知識に関してはハロに聞け」
AIはなんでも知っている。
丸投げした刹那には小さく頷く。
それでも手は離さずに、イエローハロに視線をやった。
「・・・ハロは、知ってるの?」
『シッテルネ、シッテルネ』
「ハレルヤは、私に何をしようとしたの?」
イエローハロの瞳が点滅する。
刹那は傍にあった端末を手にとり、ハロと繋げる。
それをに手渡し、展望室の壁に寄りかかった。
この場を離れて彼女がまた違う知識を身につけても困る。
今は、彼女の傍に居る事にした。
静かな夜に愛しい人を想う歌。
休憩時間に最近デビューをしたアイドルの歌を聞きながら、フェルトは思わず頬を緩めた。
争いを嘆き、平和への歌を奏でるアイドルは、世間からの好感も良かった。
良い曲ばかりだし、何より歌っている彼女が飾り気の無い。
人気が出て当たり前かな。
フェルトはそう思いながらドリンクを口にした。
それを聞いていたミレイナが「いいですねー」と声をあげた。
「ミーア・キャンベルの曲です!」
「今度、宇宙でもライブをするみたいね」
行きたいですー!
ミレイナがそう言い両手をあげる。
ラッセは「俺はアイドルとかは分からんがな」と言い興味無い様子だったが、ミレイナは気にしない様子だった。
丁度その時、ブリッジのドアが開いてレーゲンとマリーが入ってきた。
流れている曲に気付いたのか、レーゲンが「お」と声をあげる。
「ミーアの曲か」
「知ってるの、レーゲン」
「知ってるもなにも、彼女は・・・、」
レーゲンがそう言いかけた時、通信が入った。
格納庫に居るであろうイアンからのもので、ミレイナが直ぐに応答する。
「パパ、どうしたです?」
『ミス・スメラギは居るか?』
「ノリエガさんは今ブリッジには居ないです」
急用ですか?
フェルトの問いにモニターに映ったイアンは微妙な顔をする。
『ヴェーダから送られてきた新機体のデータについてなんだがな・・・』
「何か問題があったか?」
レーゲンの問いにイアンが明るい声を出す。
『おお、レーゲンが居るのか!丁度良い!時間があったら格納庫に来てくれんか』
お前さんの知恵が必要だ。
そう言うイアンに了解の意を返して通信を切る。
脳量子波に関する事だろうか。
そう思うレーゲンにマリーが気遣わしげに声をかける。
「いいの?まだデータの纏めも終わってないんじゃ・・・」
「それはほら、ジュビアも居るから」
なんとかなるさ。
そう言い笑むレーゲンにマリーは困ったような顔をする。
「貴方は無理ばっかり。地上に降りるのも、お世話をしている人たちの為でしょ?」
「・・・ま、そうなんだけど・・・レイやフレイにばっかり任せておくのもアレだしな・・・」
「そういえば、その二人は今は?」
「地球連邦軍に入ったさ。ま、此方ともコンタクトを取れるようにしておくさ」
そっちからでもサポートは出来るしな。
レーゲンはそう言い微笑んだ。
フレイもレイも、良く動いているようだった。
纏まった後の地球連邦軍はごたごたが多いだろうに。
アンドレイとも仲良くしているようだし、交代で三人の面倒も見ているようだ。
表舞台に立つ事になったミーアもこうして活躍をしているし。
ひとり立ちかな。と思いレーゲンは腕を組んだ。
そんなレーゲンを見ていたマリーは小首を傾げる。
「レーゲン?」と名前を呼ばれて彼は視線をマリーに向けた。
「・・・まぁ、とりあえずやれる事はやるさ」
それが俺が此処に居る訳だし。
そう言いマリーの頭を撫でる。
嬉しさと不満が半々の気持ちになったマリーは少々複雑な表情を浮かべるが、目元は赤く染まっていた。
それを見ていたミレイナが、ふふふ、と笑みを零す。
「乙女心は複雑です」
フェルトは困ったように笑い「彼、ちょっと鈍いみたいだから」と言う。
マリーも同じように笑み、口を開く。
「もう、分かりきってますから」
笑い合う二人にレーゲンは小首を傾げるだけだった。
頬を赤らめる気恥ずかしげな刹那とは正反対に、は真剣な表情で口元に手を当てて考える仕種をしていた。
なるほど、と言い眉を寄せて考え込む彼女に、刹那は小さく溜め息を吐いた。
結局に色々説明してしまった。
どうして好きな女性相手にこんな事を口で説明しなければいけないんだ。
刹那はそう思いながら目元を覆った。
「・・・でも、ちょっと恥ずかしい事なんだね・・・」
そう言い今更ながらに頬を染める。
それを口頭で説明した俺はどうなる、と思いながら刹那は項垂れた。
「でも、ちょっと安心した」
「安心?」
「私、アレルヤを拒んじゃったけど、それは普通の女の子だって思う事で・・・、それに、それくらいアレルヤが私を想ってくれてるって、分かったから・・・」
普通の女の子。
がそれに憧れていた事は知っている。
以前、三つ編みをして女性らしさを意識していた事があった。
彼女はずっと戦いを中心として生きてきた。
妹たちを守る為、そして、自分自身の為に。
お洒落等とは無縁だった彼女でも、女性らしさに憧れを抱く。
元々女性らしいと思っていた刹那は気にしていなかったが、やはり彼女は気になっていたらしかった。
5年前とは違い短くなった彼女の髪に、刹那は手を伸ばしていた。
ふわり、と金色の髪に触れる。
「・・・そういえば、前に三つ編みにしていた事があったな」
「あれ、ルイスにやって貰ったんだ。あの時は、普通な日常を過ごしたみたいで、嬉しくって・・・」
「似合っていた」
可愛かった。
それは口には出さないで刹那は微笑む。
「髪をまた伸ばすのであれば、三つ編みにするといい」
「・・・でも、私三つ編みのやり方分からなくって・・・」
「ロックオンがそういう事は得意だ」
「じゃあ、ライルにやって貰おうかな・・・」
花が綻んだように微笑むに刹那も表情を柔らかくする。
髪に触れている刹那の手に、自分の手を重ねる。
の予想外の行動に、彼が深紅色の瞳を丸くする。
「刹那、ありがとう。励ましてくれて」
「・・・俺は、思った事を言っただけだ」
「それでも、嬉しかった。いつも支えてくれるから、つい甘えちゃうんだけどね」
くすくすと笑みを零すに、刹那が微笑む。
ありがとう、と再度言うと彼は小さく頷いた。
「甘えてくれていい。俺はずるい男だから」
「ずるい?刹那はいつも真正面から行ってるからずるくなんかないよ」
鈍い。
しかし、そこが彼女の魅力でもある。
刹那はそう思いながら彼女の頬を撫ぜた。
アレルヤェ・・・。