はぁ、という溜め息が零れる。
食堂でランチを取っている時に度々零れるそれに、少し離れたところで食事をしていたロックオンが恨めしげな視線を向ける。


「おいおい、飯がまずくなるだろうが」

「あ、し、失礼・・・」


反射的にパッと顔をあげて謝るアレルヤに、ロックオンは肩を竦めてみせた。
悩み事かい?
そう言いスプーンを揺らすロックオンにアレルヤは気まずげに視線を逸らす。
様子を見て何かを察したのか、彼はランチを口に運び、咀嚼した後にまた口を開く。


「まぁ、此処じゃ何だ。飯が終わったら聞かせて貰おうか」

「良いんですか?」


僅かに表情を明るくさせたアレルヤにロックオンは頷く。
ありがとうございます、と言って微笑む彼に肩を落とす。

予想はついていた。

恐らくは関連の事だろう。
長らくの戦いが終わった後のごたごたもあるし、何よりアレルヤは幼馴染であるマリーと共に地上へ降りる。
それも、いつ終わるか分からない巡礼の旅へ。
はソレスタルビーイングへ残るというし、お互い了承はしているが、寂しい気持ちはあるだろう。
せめて別れは穏やかに。
ロックオンはを妹のように想い、アレルヤも仲間だと認めていた。

だからこそ、二人には幸せになって欲しい。

ロックオンはそう思いながらランチに再度向き直った。





イアンに呼び出されたレーゲンはマリーと共に格納庫へ来ていた。
そこでイアンに渡された端末で新機体のデータを見やる。
サバーニャ、ハルートという機体。
様々な新機能が追加されるであろう二機は、ケルディムとアリオスの後継機であろう事が予想される。
機体完成までは数年かかるだろうが、この二機が揃えばかなりの戦力になる。

データを見ていたレーゲンの横顔を、マリーはじっと見詰めていた。


「・・・いいんじゃないかな。ハルートは二人で操縦するんだな」

「アレルヤとが揃えば怖いもんなんてなくなるだろう」

「そうだな・・・先の戦闘では二人でヒリングを倒したみたいだしな」


そう言いデータを閉じる。
イアンに渡した後、半重力に舞う白衣を押さえながら移動をする。


「脳量子波に関しては俺ももう少しいいデータを集めてみる。地上からデータは送るから」

「ああ。忙しいのにすまんな」

「大丈夫さ」


移動するレーゲンに、マリーが続く。
新しいガンダム。
損傷が激しかったケルディム、アリオス、カマエルは修復が難しそうだった。
ダブルオーライザーは修復出来そうだったので、後継機の予定は未だには無い。
カマエルの後継機は、とそこまで考えてレーゲンは小さく息を吐いた。


「・・・は、ハルートに乗るかな?」

「え?」


レーゲンの呟きにマリーが声をあげる。


「刹那はきっと、新しい機体を求める」

「ダブルオーライザーとは、違うものが?」

「刹那は純粋種だ」


それに、も覚醒しつつある。
そう言うレーゲンにマリーは金の瞳を細めた。
レーゲンは振り返り、彼女の手を取った。


「君も、きっといつかは覚醒をする。それはアレルヤも一緒だ」

「レーゲン・・・」

「きっと望むだろうさ。分かり合う為の道を」


レーゲンはそう言い、マリーの小さい手を包み込んだ。
彼を見上げると、真紅の瞳を柔らかく細めた。


「きっと地上での旅は色々なものを目にするだろう」


けど、忘れるなよ。


「いつでも戻って来てもいいんだからな。休憩でもいい。帰る場所がある事は覚えておけよ」


そう言い微笑むレーゲンに、マリーは頬を赤く染めた。
誤魔化すように視線を彷徨わせた後、彼女は口を開いた。


「・・・貴方の、ところに?」

「ん? ソレスタルビーイングは、もう君たちのホームだろ。俺も勿論、待ってるさ」


通じているのかいないのか。
鋭いのか鈍いのか。レーゲンはしっかりしているようでしていない。
マリーは苦笑しながら「ええ」と返した。


「私は、貴方のところへ帰りたいから」


レーゲンは微笑んで「待ってるから」と言う。
マリーは内心複雑な思いを抱きつつ、前を向いた彼の横顔を見やる。

そんなところも、好きなんだけれど。

マリーはそう思いながら口元に笑みを浮かべる。

最初は本当に、視野が狭かったと思う。
超人機関研究所で出会ったアレルヤとの思い出しか持っていなかった自分は、盲信的なくらいに彼を思った。
確かに、初めて自分の声に気付いてくれたアレルヤはとても大切な存在だ。
しかしそれは異性を想うものではなく、そう、家族に向けるような。
自分の中のもう一つの人格であるソーマ・ピーリスがセルゲイ・スミルノフへ抱いていた想いと同じ。
父と呼びたかった。
自分を一人の人間として扱ってくれ、様々な思いを教えてくれた。
そんな彼へ抱いたものは"家族愛"。
よくよく考えてみれば、アレルヤへ向けている感情と同じものだった。

アロウズの衛星兵器、メメントモリ攻略戦の後にプトレマイオス2は地上へ落とされた。
その時マリーはアレルヤよりも、レーゲンの身を案じた。
アレルヤと一緒にもっと周りを見なければいけない。
以前沙慈に告げた言葉を、マリーは曲げる気は無かった。
マリーにも、ソーマにもとてもよくしてくれたレーゲンへは特別な感情を抱いている。
そのレーゲンの傍を離れてでも、一部しか知らない自分たちは、世界を見つめなおさなければいけない。


「レーゲンも、頑張って」


想いを告げるには、まだ早すぎる。
世界を見つめ、人々を愛する彼に近付く為には、自分も努力しなければならない。
マリーはそう思いながら、柔らかい笑みを零した。










結局は、急ぎすぎたんだ。
アレルヤはそう思いながら思い息を吐いた。

プトレマイオス2の格納庫で新型の話を聞いた後、二人は展望室を訪れた。
そこでとのやり取りをロックオンに話をした後、彼は呆れたように息を吐いた。
それはアレルヤも同じだ。
もう一人の自分の性急な行為にも、それを止め切れなった自分にも呆れる。


の境遇をもっと配慮するべきだったんです・・・」

「戦闘兵器としてずっと育てられてきたんだっけ?」


普通の女の子とは違う。
以前彼女が言った言葉だ。
その言葉通りに、は兵器としての生き方しか知らなかった。
服も与えられたものを纏い、お洒落とも恋愛とも無縁だった。
だからこそ、性知識も何も無い状態だった。
そこに突然の刺激を与えられ、驚かないで対応するという方が難しい。


「ずっと、彼女を傷付けてきたから・・・僕も出来る限りゆっくりと歩み寄りたかったのに・・・」


大切にしたかったのに。
そう言い項垂れるアレルヤにロックオンは肩を竦める。
「しょうがねぇさな」と言い彼はアレルヤの肩を叩く。


「お前の男としての欲も理解出来なくはないからな」

「・・・でも、は・・・」

「ビックリしただけかもしれないぜ」


な、黄色いハロさん?
そう言いロックオンが視線を動かすと、床の上をころころとイエローハロが転がってきた。
のハロがどうしてここに、と思いながらアレルヤも視線をやる。


のところに行かないのか?」

、セツナ、イッショネ、イッショネ』

「おやおや、弱ってるところに付け込んでるってか」


やるねぇ。
ロックオンはそう言いながらイエローハロを両手で持った。


「・・・チッ、あのガキ」

「お、もう一人の方か」


表に出てきて悪態をつくハレルヤにロックオンが視線をやる。
イエローハロも瞳を点滅させ『ハレルヤ、ハレルヤ』と言う。


「お前、もっとゆっくりでも良かったんじゃねぇか?」

「あいつが無自覚に誘うのが悪い」

「気持ちは分からなくはないが・・・」


ある意味生殺し状態だったからな。
ロックオンはそう思いながらの事を思い出す。

ふわふわとした彼女。
最初此処へ戻ってきた時は憔悴した様子でずっと刹那が支えていた。
脳量子波の影響で近付けず、好きな女が他の男と仲良くしているのをアレルヤはずっと見てきた。
その彼女が戦いにも出て、気が気でなかっただろうに。
再び敵に捕らわれてしまった彼女を救出した後は、今までの隙間を埋めるように二人は一緒に居たが・・・。

アレルヤ、ハレルヤとほんのり頬を染めて嬉しそうに呼ぶ彼女。
離れていると不安になる時があるのか、縋るように服の裾を掴んでくる彼女。
上目遣いの、空色。

それをずっとずっと見てきて、彼らは我慢していたのだろう。
ロックオンはそう思い同情の眼差しを送った。
視線に気付いたハレルヤは「ンだよ」と苛立った様子で睨み返す。


「いや、大変だよな、お前らも」

「ハッ。テメェはいいな。魅力たっぷりのオネーサンが相手でよ」


ハレルヤの言葉にロックオンは「そうだな」と言い恋人を想う。


「確かに、アニューはと違った魅力がある。けど、ちょっと抜けてるところがの魅力なんじゃないか?」


そこにお前も惚れたんだろ?
ロックオンにそう言われ、ハレルヤは何も言わずに視線を逸らした。
図星か、と思いながらロックオンは手の中にあるイエローハロを見やる。


「ところでのハロさんよ、はどこに居るんだ?」

『セツナトモドッタネ、モドッタネ!』

「部屋に?」


ロックオンの言葉にイエローハロは瞳を点滅させる。
肯定ととったハレルヤは苛立たしげに舌打ちをする。


「で、何でお前は此処に居るんだよ」

『サッキ、ココニイタネ、ココニイタネ』

「だから何で置いていかれてんだよ」

『アレルヤ、サガシテタネ、サガシテタネ』


イエローハロはそう言いロックオンの手の中でくるりと回ってみせる。
そのままハレルヤの方を見て瞳を点滅させる。


、オベンキョウ、オベンキョウ』

「・・・お勉強?」

『アレルヤ、エッチ、エッチ』

な!?


イエローハロの言葉にアレルヤは驚愕し、ロックオンは堪えていた笑みを零した。
そのまま声をあげて笑い始めた彼を睨み返し、アレルヤに戻った彼はイエローハロに詰め寄る。


ハ、ハロ!!

『イヤン』


イエローハロはロックオンの手の中でくるりと回る。
焦るアレルヤとまるでおちょくっているようなイエローハロにロックオンは噴出した。
けらけらと笑い声を上げる彼に「ロックオン!」とアレルヤが思わず声をあげる。


((・・・上等じゃねぇか。お勉強しただ?それじゃあ先生にご教授願いに行くとするか))

だから!君のそういう急ぎすぎるところがいけないんだって!!


頭の中に響いた声にも反論しつつ、アレルヤは項垂れた。




ボーイズトークがほとんどでしたw