部屋に入ると、何故か自信たっぷりな表情でベッドに座っている彼女に歓迎された。
妙に瞳がきらきらしていて、両手も膝の上にある彼女は何処か楽しげだ。
「いらっしゃい!」
自信満々な表情のに、アレルヤは思わず小さく息を零した。
それはどうやらもう一人の自分も同じだったようだ。
((開き直ってやがる))
(なんだろうね、これ)
ポンポンとベッドを叩かれ、とりあえずそこに座る。
隣に座るとは満足したようににこにこと笑った。
「あのね、色々教えて貰ったんだけどね、」
「う、うん」
「私もアレルヤに触れたいし、ぎゅってしたい。でも、それはアレルヤの想う"触れたい"とはちょっと違うんだね」
「・・・う、うん・・・そうかもね・・・」
なんだこれ。
そう思いながらアレルヤはから視線を逸らす。
確かに、彼女に触れたいという気持ちはあった。
好きだからこそ、離れていた時の感覚を埋めるように求めてしまう。
でも、アレルヤやハレルヤの抱くそれは純粋なの望むものとは少し違う。
改めてそれを、に言われてアレルヤは気恥ずかしさを感じた。
「なんていうか・・・欲情?」
「ぶっ!!?」
唐突に彼女の口から出たそれに思わず噴出する。
咽こむアレルヤの頭に、ハレルヤの笑い声が響く。
彼の背を擦りながら、は顔を覗き込む。
「あのね、あと少しだけ待って欲しいな」
「え?」
「・・・私、分からない事だらけで、全然、分からなくて・・・本当に、」
「・・・」
しどろもどろになりながらも懸命に言葉を紡ごうとする彼女を落ち着かせるように、アレルヤはそっと手を握った。
ゆっくりでいいから、と言うと彼女は空色の瞳を真っ直ぐにアレルヤに向けた。
「・・・体ばっかりが大人になっても、心は5年前とほとんど変わってないみたい」
「・・・そう、だね・・・君はずっと、眠っていたんだろう?」
5年前のあの戦いの後、はずっと眠っていた。
その間に身体は改造され、アロウズに入隊し、ソレスタルビーイングと敵対をした。
体は大人、となっても実際は眠っていた為にあまり変わってはいない。
確かに体は丸みを帯び、顔つきも大人のそれになってきていたが。
「でも、やっぱり私も成長しないといけない」
「・・・分かっているよ。急ぎすぎても、混乱しちゃうからね」
アレルヤはそう言いの頬に触れた。
擽ったそうに身を捩った彼女に、思わず笑みが零れる。
「ゆっくりで良いんだ。僕たちには、まだ時間があるんだから」
「・・・うん」
どれくらい抑えられるかな。
ハレルヤの声に内心、そうだね、と答えながらアレルヤはの肩を抱いた。
「次はちゃんと練習してからにするから」
「い、いいよ、そんなの・・・!」
そもそも練習なんて誰と、
そこまで考えてアレルヤは小さく息を吐いた。
「大体、俺らが教えてやるからいいっつってんだろ」
「ハレルヤ、でも・・・」
「うだうだうるせぇよ」
少し黙れ。
ハレルヤはそう言いの口を塞いだ。
ジュビアは瞳を伏せて静かな寝息を立てていた。
それを横目で見つつ、レーゲンはパネルを操作する。
マリーと別れ、メディカルルームへ戻ると思った以上にジュビアとアニューはデータをまとめていてくれた。
これは疲れるはずだ。
そう思いながら、椅子で寝ているジュビアを先ほど寝台へ運んだ。
自分は早くデータを纏めて新型機の様子も見ておかなければ。
否、見ておきたいのだ。
レーゲンはそう思いながら携帯端末を取り出した。
片手でパネルを操作しながら、ある人物へ連絡をする。
『・・・ハロー!どうしたの、レーゲン』
「お、ミーアか。レイたちは?」
映像込みの通信をすると、明るい笑みを浮かべる少女が映った。
彼女は海色の瞳を丸くした後、少し困ったような笑みを浮かべた。
『レイ、ちょっと疲れてて・・・ごめんなさい、私が曲の相談して・・・』
「新曲はレイも手がけるのか、いいね」
『聞いてくれると嬉しいわ・・・それで、どうしたの?』
態々連絡をしてくるなんて、
ミーアがそう言ったところで、メディカルルームのドアが開いた。
入ってきた人物はジュビアが離れたところで眠っている事と、レーゲンの様子を見て出て行こうとするが、しなかった。
レーゲンが申し訳なさそうに片手をあげて制したからだ。
「・・・収録とかで忙しいと思うんだけど、レイや君の力が必要なんだ」
『・・・私?だって私、あまりMSとかは・・・』
「こっちに来てから色々勉強してるもの知ってるさ・・・GN粒子散布領域における量子空間内での脳量子波を介した対話に関してなんだが」
『えーっと・・・それってあれよね、前送ってくれたダブルオーライザーのツインドライヴが起こす、あれ』
「ああ。新型に関してちょっとまた必要でさ。纏めたデータを先に送るから目を通しておいてくれると助かる」
俺が地上に降りたら加わるから、先にちょっといじっておいてくれ。
レーゲンの頼みに映像に映っている歌姫は微笑む。
『レーゲンの為なら、私たち頑張っちゃうから!』
「君は計算能力とか高いからな、期待させてもらうぜ」
『ええ。クロトたちの事も任せてちょうだい。レーゲンも無理しないでね』
君もね。
柔らかく微笑んだ後、通信を切る。
そこから改めて、レーゲンは来客者へ向き直った。
「悪かったな、刹那」
「・・・否。それより、新型とは・・・」
「お前の思考、結構だだ漏れだからさ」
レーゲンはそう言い瞳を伏せる。
彼の言葉に刹那が口を噤むと、金色に輝く瞳を向けられた。
「対話する為の、分かり合う為の機体が欲しい。お前はそう思っている」
「・・・分かり合う為の機体を・・・作る事が出来るのか?」
「それを聞きに来たんだろ?」
レーゲンはクスリと笑って刹那を見やる。
彼は視線を真っ直ぐに向けたまま、深紅色の瞳を細めた。
((変われ、刹那。変われなかった、俺の代わりに))
ロックオンは刹那にそう言った。
未来を創る為に自分たちは変わる。
そう決意した為に、今もこうしてソレスタルビーイングに居るのだが。
分かり合う為の機体。
すなわち量子空間をダブルオーライザーよりも広げられる、脳量子波での対話が出来るような機体。
限られた時だけではなく、戦いの為ではなく、対話の為の機体。
本当に、そんな機体が、
刹那はそう思いながらレーゲンを見つめる。
「理想論だと笑う奴も居るかもしれない。けれど、やれる事はやりたいだろ?」
来るべき対話の為にも。
レーゲンの言葉に刹那は笑みを返して頷いた。
「俺たちも協力する。で、忘れるなよ、刹那。お前には仲間も、も傍に居るんだからな」
。
刹那にとって、大切な少女。
アレルヤとのいざこざもあったが、無事に蟠りを解消した二人は晴れて恋人同士となった。
真正面からやっと向き直った彼らはとても幸せそうだ。
ずっと見守ってきた刹那にとっては、複雑な思いもあったが。
彼女を好きという事に変わりはなかった。
「・・・、」
「・・・君も不毛な恋をしたもんだ」
「否、不毛ではない」
彼女との関わりで、得られるものもあった。
そう言う刹那にレーゲンは柔らかい笑みを浮かべた。
柔らかくなった刹那。
誰かを思いやり、未来の為に戦う彼への影響は、という存在も大きい。
確かに報われないとしても、不毛では無かったか。
レーゲンはそう思いながら肘をついた。
「・・・まあ、もう時間も遅い。刹那も休むと良いさ」
「・・・最後に、一ついいか」
「ん?」
傍まで来た刹那が、レーゲンを見下ろす。
「データを見せて欲しい」と言う彼に何の、誰の、とは聞かなかった。
彼が一人で遅い時間にわざわざメディカルルームを訪れた理由にしては、十分すぎるくらいだった。
レーゲンは少しだけ瞳を細め、データを移す為の作業をする。
「・・・どーせだから持っていけ。此処でパッと見るより部屋でじっくり見た方が良いさ」
「すまない」
の生体データ。戦闘記録。記憶の波。ナノマシンにより強化された脳量子波。
彼女に関しての全てのデータがここにある。
レーゲンはスティック状のデータが入った端末アダプターを手渡す。
それを受け取った刹那はもう一度礼を言い、メディカルルームを後にした。
「・・・良かったのか。データ簡単に渡しちまって」
静かになった部屋に声が響いた。
寝台に肘をついてこちらを見ていたジュビアに、レーゲンは向き直る。
「良いんだよ。刹那には彼女が必要なんだ。このままじゃ、あいつ壊れちゃうからな」
「変革、ね」
まぁいいけど。
ジュビアはそう言い欠伸を零す。
「突然の変化には戸惑いはつきものさ。・・・だから、支えがいるんじゃないか」
刹那にとっては、はうってつけだ。
レーゲンはそう言いジュビアの長い髪を優しく撫ぜた。
「データ纏め、ありがとうな。お前が居てくれて助かる」
「・・・ぉぅ」
気恥ずかしげに視線を逸らしながら言うジュビアに、レーゲンは柔らかい笑みを零した。
ふぅ、とミーアは息を吐いた。
レーゲンから頼まれ事をされたものの、レイが戻らなければ何も出来ない。
彼は今気晴らしという事で外に出ている。
時たま浜辺で出て、空や海を静かに見つめている彼は、元の世界へ思いを馳せているのかもしれない。
ミーアも、それは分からなくもなかった。
特にフレイや他三人は、地球で過ごした時間が長かった為に思うところも多々あるようだ。
部屋から出たミーアを出迎えたのは、似合わないエプロンをつけた男だった。
深緑色の短い髪をかきながら、料理の本を片手に此方を見やる。
「おい、少し手伝えよ」
「ホットケーキ作るんじゃなかったっけ?」
「だから、分かんねぇから手伝えって言ってるんだろうが」
舌打ちをしそうな様子のオルガにミーアは瞳を丸くした。
ホットケーキなのに、ホットケーキミックスもあるのに。
そう思いながらも彼の傍らに立つ。
「卵もミルクも用意してあるじゃない・・・どうしたの?」
「・・・とりあえず、一回見たら覚えっからやってみてくれよ」
自信が無いんだ。
そう思いながらミーアはホットケーキミックスに卵やミルクを入れて泡だて器でかき混ぜる。
「クロトとシャニは?」
「快調。なんか知らねぇけど釣り行った」
「好きな事してるのね」
良い事だわ。
目元を和らげたミーアにオルガは小さく頷く。
生体CPUであるブーステッドマン。
兵士としてコーディネーターを越える能力が必要だった。
投薬、特殊訓練、心理操作により脅威の身体能力を持つ者。
MS搭乗時に凶暴性も増すように心理操作もされたり、覚醒剤であるγ-グリフェプタンという薬物投与が無いと禁断症状が出てしまう。
しかし、5年という年月の中で彼らは治療された。
今でもγ-グリフェプタンではないが、薬の服用は必要だが、求めていた自由の時間を彼らは過ごすことが出来ている。
γ-グリフェプタンを求める事もあるが、それを許す者は居ない。
精神安定剤などで、落ち着く事もあるが、大分良い傾向へ治ってきている。
自由を求めていた彼ら。
最初こそ、突然与えられた自由に戸惑いを見せたものの、今では思い思いの時間を過ごしている。
自分たちを助けてくれたレーゲンにも、素直に礼を言う事は無いがとても感謝をしている様子だった。
同じ流れ者であるミーア、レイとも良い関係でやっていけている。
元の世界で関わりのあったフレイとも同じで。
「・・・そういえば、レーゲンもう少ししたら降りてくるって」
「ソレスタルビーイングってのはいいのか?」
「私たちの為に来てくれるみたいよ」
結構居てくれるみたい、とミーアが言うとオルガは僅かに目元を和らげた。
「そうか、」と言いあからさまに嬉しそうな表情をする彼はやはり子どもだった。
姿は成長しても、やはり考えは子どもだ。
怪我をしていたミーアも1年は医療カプセルに入っていたが、彼らはもっと長く入っていたのだから仕方が無い。
そんな彼らだが、ミーアは穏やかな気持ちで見守っていた。
「でも、レイとフレイはちょっと大変みたい。再編される地球連邦軍でも色々あるみたい」
「ンだよ、また二人は出て行っちまうのか」
「寂しいわね」
「別にそうじゃねぇけど・・・お前は?」
ホットケーキを焼くために、フライパンを暖める。
オルガはそれを見つつ、ミーアに問いかけた。
自分の事まで聞かれると思っていなかったミーアは瞳を丸くして思わず彼を見上げた。
それに彼は気恥ずかしげに視線をフライパンに下ろす。
「・・・私は、コンサートとかあるかな」
「じゃあちょいちょい居なくなんのか」
「まぁね。私も売れてきたし!」
うふふ、とミーアは嬉しそうに笑う。
「ラクス様の歌を広げて、みんなにもラクス様の知って欲しかった。やっぱりこの世界の人たちにも、分かって貰えるのよね!」
「・・・でも、お前の人気はそれだけじゃねぇだろ」
平和を歌ったFields of hope、そして静かな夜には別バージョンのQuiet Nightも。
水の証も、ラクスの曲はやはり人気だった。
ミーアはさすがラクス様、と言うがオルガは彼女の人気がそれだけではない事を分かっていた。
「ファンへの態度や平和への訴えも、全部お前自身の言葉だろ。新曲だって、お前の曲だって人気じゃねぇか」
オルガの言葉にミーアは海色の瞳を大きくした。
驚いた。
まさか彼からそんな言葉をもらえるとは思っていなかったから。
確かに、ミーア自身の曲であるEmotionも、彼女の人気曲である。
平和の歌姫として、地球連邦軍への慰安コンサートも求められているくらい。
ラクスではなく、ミーアを。
「お前も、自分の姿は本当の物じゃないって言ってたけどさ。今のお前を見てくれる奴らの事にも気付けよ」
「・・・今の、私・・・?」
髪の色も、顔つきも、全部作られたもの。
"ラクス"である為に。
ミーアは無意識の内にまたラクスの代わりを務めようと思っていたのかもしれない。
そう自覚した途端、彼女は瞳を細めた。
お玉を使い、ホットケーキミックスをフランパンに垂らす。
オルガの不恰好な丸い形のそれを見つめつつ、ミーアは口を開いた。
「・・・私の夢は、私の物・・・」
ミーアの存在理由は、"ラクス"である事だった。
議長の傍に居る為に、民衆の期待を裏切らない為に、"ラクス"である事が存在理由だった。
でも、今は違う。
『名が欲しいのなら差し上げます。姿も・・・、でも、それでも貴方と私は違う人間です。それは変わりませんわ。
私達は誰も自分以外の何にもなれないのです。でも、だから貴方も私も居るのでしょう・・・此処に。
だから出逢えるのでしょう・・・人と、そして自分に。
貴方の夢は貴方のものですわ。それを歌って下さい・・・自分の為に。夢を人に使われてはいけません』
なんで忘れてたんだろう。
ミーアはそう思いながら顔をあげた。
そして、優しい母性的な笑顔ではなく、元気溢れる笑顔をオルガに向けた。
「・・・そうよね!私はミーアだものね!」
ありがと。
微笑んで言う彼女にオルガは思わず身を引く。
彼は視線を逸らし、目元を赤く染め、「あー・・・おう、」とだけ返した。
「ホットケーキはこうやってぷつぷつが出てきたらひっくり返して良い合図よ。
裏面も同じだから、出来たらお皿に乗せてね」
「お、おい!」
説明をして離れようとするミーアを慌ててオルガは呼び止めた。
しかし彼女は桃色の髪をふわりと舞わせ、そのまま外へ出て行ってしまった。
「みんなを呼んでくるからー!」
手を振りながら駆けて行った彼女に、オルガは小さく息を吐いた。
穏やかな表情で彼女を見送った後、彼は再びホットケーキに向き直った。
「・・・ひっくり返すって、どれでだよ」
そう言いながら手元にあるお玉を見下ろした。
ホットケーキ失敗フラグw
後半はオルガとミーアの話でした。