揺らいでいる。

アレルヤたちが地上に下りてから2ヶ月。
連絡は毎日取り合っているが、中々会いに行く機会が取れないで居た。
その間、は刹那と過ごしていた。
小さな工作活動等の任務を行う中、感じ始めた感情。

脳量子波を介して伝わってくる刹那の気持ち。

純粋種としてイノベイターに覚醒した刹那はよりも違う何かを感じているのかもしれない。
揺らいでいる感情、戸惑い、不安、恐れ、刹那から流れてくるそれを、は気にしていた。

アロウズは解散。地球連邦平和維持軍が今は実権を握っている。
新政府の融和政策により、人類は手を取り合って進んでいっている。
そんな中でも、武力によって儲けていた組織やテロが起こる。
平和への道、戦争根絶へ繋がる融和製作を邪魔する者は排除する。
ソレスタルビーイングは影ながら地球連邦平和維持軍をサポートしていた。

様々なミッションをする中で、生ずる差。
脳量子波を介して煙幕の中でも相手の位置を感じる事が出来る。
刹那の力は、強大なものだった。
だからこそ、周りとの差も生ずる。
も同じような事が出来るが、刹那ほどの力はない。

凄かったね、刹那。

ミッションの後、プトレマイオス2へ戻った刹那を出迎えたフェルトや他のクルーが賞賛する。
最初こそ刹那もあまり気にしていない風だったが、最近では戸惑っている様子が伺えた。

そう思いながらは機体から降りた。
今回のミッションはMSを用いたテロ組織への攻撃。
ガンダムは新型を作る計画に入っているし、素性がばれてしまう為に使えない。
アロウズから入手していたアヘッド、フラッグ等改良をし、自分たちに都合が良いように機体を使用していた。
が今回搭乗したものは、脳量子波対応型のアヘッドである。
通常のアヘッドに改良を重ねたそれは、スマルトロンと同じく背に推力偏向スラスターがついているので機動性が高い。
戦闘の後、今回はプトレマイオス2に待機していた刹那の下へ訪れる。
それが恒例の事となっていた。

しかし、今回は違った。

が機体から降りてすぐ、名前を呼ばれた。
其方を見ると、制服を身に纏った刹那が半重力の中、此方に向かって移動してきている。


「刹那・・・?」


刹那はそのまま目の前まで来ると、軽く笑んだ。


「おかえり」

「・・・ただいま。お出迎えありがとう」


部屋でゆっくりしていても良かったのに。
そう言うに刹那は「俺がしたかっただけだ」と言い手を差し出してきた。


「・・・行こう」


どこへ、とは言えない。
自分が居ない間彼はどうしていたんだろう。
トレミークルーと一緒に居たのか。
それとも、また一人で部屋に篭っていたのか。
そう思いながらは少しだけ笑んで刹那の腕に触れた。


「ね、着替えてもいい?」


の問いかけに刹那は深紅色の瞳を丸くして、あ、と短い声をあげた。
すまない、と言い彼は眉を下げた。
直ぐに着替えた後、は刹那とブリッジへ行った。
そこでスメラギに報告をした後、彼の部屋に向かう。


「・・・アレルヤからの連絡はあるのか?」

「あ、うん。なんか今はヨーロッパの方に行ってるんだって」

「そうか・・・会う予定は組めたのか?」

「まだなんだけど・・・もうちょっと落ち着いたらになりそう」


落ち着いてからでも、会えるのなら。
今からでも楽しみだった。出来る限り早く会いたいが、今は仕方が無い。

今は、

そう思いながら刹那を見る。
移動用レバーを握っていない手で、の腕を引いている。
無意識なのだろうか、縋るようにずっと握っている。

また何かを感じているのか。

自分以外に、刹那を支えられる人は居ないのか。

このままでは刹那はに依存してしまう。
スメラギも気付いているだろう。
は危惧していた。刹那の依存を。
自分なんかに依存してしまったら、なし崩しだ。

脳量子波が使える者同士だけではなくて・・・、


、」


不意に、名前を呼ばれて顔をあげる。
気付けば刹那の部屋の前まで来ていたらしい。
ドアのロックを外し、中に入っていく。

すっかり入りなれてしまった部屋。
刹那の部屋には一つだけ、花がある。
イノベイターとの最終決戦の前に、フェルトから貰った花。
ぽつんとデスクの上にあるそれに、自然と視線が行く。


「・・・俺の想いは迷惑か?」

「え?」


ぼんやりとしていたに刹那が近付く。
空色が丸く開かれる。
それに反して刹那は深紅色の瞳を悲しげに細めた。


「・・・困っているだろう?の感情が流れてくる・・・」

「・・・刹那、」

「分かっているんだ・・・お前の想いも・・・」


そう言い刹那は眉を下げる。
まるで子どものような表情のまま、彼はの肩口に顔を埋めた。


「・・・離れないでくれ」


俺から、


「傍に居てくれ・・・」


耳元で囁かれた声。
震えているそれに、は言葉を返せなかった。
こんな刹那を拒める訳が無かった。

は刹那の背に手を回し、優しく撫ぜる。

流れてくる。
刹那の気持ちが。

寂しい、恐れ、不安、

そんな彼を包みたい、加護欲が湧き上がる。
刹那の傍にいたい。
同情よりも、彼を守りたいという加護欲。
それもきっと刹那に伝わっているのだろう。

ずるいよ。

双方そう思いながら寄り添い合った。





ふぅ、と息を吐く。
ロックオンは煙を吐き出しながら、宙を仰ぐ。
近付いてくる足音に煙草の火を消す。
重力空間の中、アニューが彼に近付く。


「・・・ねぇ、ライル」

「皆まで言うな・・・分かってるよ」


刹那とだろ。
そう言うロックオンにアニューは真紅の瞳を細める。


「想いがすれ違っているわ・・・刹那はをあんなに愛している・・・でも、は彼を支えたいだけ」

「報われないねぇ。大体にはアレルヤが居るだろうに」

「・・・止められないのよ、きっと」


靴音が響く。
ロックオンとアニューの背後から現れたのは、スメラギだった。
スメラギの言葉に二人が振り返る。


「・・・刹那にとって、は正に太陽のような光なのよ・・・」


が笑うと、刹那も笑う。

が悲しむと、刹那も悲しむ。

迷走していたを救出したのも刹那だった。
5年前の武力介入時も、錯乱したを鎮めたのも刹那。
最初こそお互い依存していた二人だが、の下にはアレルヤが戻ってきた。

そうなると、刹那は。

頭では割り切っている。
刹那だって仲間の幸せを望んでいる。
けれども、理屈通りには行かない。


「・・・ねぇ、彼らも分かり合えるわよね・・・?」

「勿論さ。俺たちだって分かり合えたんだ」


イノベイターのあいつらが分かり合えなかったら嘘だろ。
そう言い微笑むロックオンにアニューは微笑んだ。





んーと伸びをして彼女は青空を見上げた。
地球連邦平和維持軍の軍服を身に纏った彼女は小さく息を吐いた。
頭の上の方で結ばれたお団子。
動きやすいように髪を纏めた彼女の名前を、背後から近付いてきた人物が呼んだ。


「フレイ、連絡が来ているぞ」

「えぇ?誰からよ」

「・・・バレル少佐だ」


アンドレイの言葉にやっとフレイが振り返った。
彼に近付いて、携帯端末を受け取る。


「そういえば、貴方に渡したままだったわね」

「・・・最近、気分が優れないように見えるが・・・」


レイからの通信を確認していたフレイが不意に表情に影を落とす。
少ししてから、太陽を背にしているアンドレイを眩しそうに見上げた。


「・・・別に、なんでもないの。ちょっと色々考えちゃってね」

「・・・何か問題でもあるのか?」


軽くレイへ返信を送った後、フレイは携帯端末を仕舞う。
自分を心配してくれる、優しい声。
声色が似ているから、ついついたくさん思い出しちゃうんだわ。
そう思いながらフレイは苦笑した。


「戦いもひと段落で、ちょっと考える余裕が出てきちゃったからね」


ずっと我武者羅だったもの。
本当は怖いMSに乗って戦って、を守る為に動いて。
最終決戦はオペレーターだったけれど、今でも戦艦の爆発も、MSの動きも、攻撃を受けた時の衝撃だって、怖い。
落ち着いてから考えるのは、前の世界の事。





『ごめん・・・後で・・・、帰ってから』





話をしたかった。
彼に謝りたかった。
彼の境遇も考えないで、自分の事ばっかりで、彼を傷つけて。
謝りたかったのに。





『苦しかった。怖くて、ずっと、知らなかったから・・・私、何も解ってなかったから。
 でも今、やっと自由だわ。とても素直に、貴方が見える。
 だから、泣かないで。 貴方はもう泣かないで。
 護るから。本当の私の想いが。貴方を護るから・・・』





脱出艇が破壊されて、炎に包まれて。
最期まで自分を助けようとしてくれた彼に、どうしても伝えたくて。

そこまで考えて、フレイは瞳を伏せた。

――やめよう。

きっと彼は今は幸せに生きているはずだ。
だって、戦いも終わっただろうし、彼が戦う理由もなくなったのだから。
きっと平和に暮らしている。ぎこちないながらも、きっと両親と一緒に。
コーディネーターだろうと関係ない。
だって、彼は彼だから、きっと平気なはず。

そう思っていたフレイの肩を、アンドレイが叩いた。


「・・・大丈夫か?」


彼の優しさに、フレイはグレーの瞳を柔らかく細めた。


「大丈夫よ」


まだやる事は多いみたいだしね。
そう思いながらフレイは微笑んだ。

新しい機体。

彼の殺めてしまった少女の為に。
純粋種として覚醒した彼の為に。

今は、私のやれる事を。




アンドレイと中の人一緒ですからね、誰かさんは・・・。
ほんと馬鹿なんだから・・・!の人ですよ・・・。