西暦2314年。
表舞台から姿を消したソレスタルビーイングは戦争の抑止力となるべく、密かに活動を続けていた。
地上部隊のレーゲン率いるコーディネーターやブーステンデットは技術部のイアンらと連携して新たな機体を作り上げていた。

6年前のソレスタルビーイングによるガンダムによる武力介入により、世界は手を取り合い、地球連邦政府が成立した。
ソレスタルビーイングを倒す結末で終わり、地球平和維持軍と独立部隊、アロウズが発足された。
しかしその平和は、イノベイターによって作られた仮初のものだった。
アロウズの行為、裏で行われている事を知ったソレスタルビーイングにより、再び戦いが起こる。
ソレスタルビーイングの活躍により、アロウズは壊滅。
新たな大統領を迎えた地球連邦政府は、武力ではなく、融和政策によって進む決意をした。

戦いが終わった後、ソレスタルビーイングが再び表舞台に姿を見せる事は無かった。

表舞台には。

ふわり、と半重力の中で金色の髪が舞う。
先ほど彼女に結って貰った三つ編みの先のリボンに、手が伸びた。


「解けそうだぞ」

「えっ?」


そのまま動くな。
そう言われてピタリと体の動きを止める。
刹那は解けかけていたのリボンを結びなおしてくれた。


「新しいリボンか?」

「そう、アレルヤがくれたの」

「・・・以前、地上に降りた時か?」

「そ、そうなの・・・」


頬を仄かに赤く染めながら言うに、刹那も笑む。
以前は地上に降りてアレルヤたちに会ってきたという。
マリーとも会えたし、アレルヤとも長い時間を共に過ごせたようで、良い事もあったようだ。
「似合っている」と言い彼女の頭を撫でる。
そう言い刹那は片腕をあげるとそのまま移動用レバーを使って去っていった。
彼の背を見送りながら、は「もう、」と声を出す。

そのままはブリッジへ向かって中に入った。
先ほど会った刹那は黒いパイロットスーツを着ていて、ミッションに出るところだったのだろう。
フェルトの発進シークエンスと共に、フラッグが出撃をした。
刹那を見送った後、ミレイナが声をあげた。


「今回はストラトスさんが事前に潜入しているからすぐにクリアーですー!」

「そうね・・・他に異常も無いし、フェルトは休憩に入ってちょうだい」


スメラギがそう言うとフェルトは「ありがとうございます」と言って席を立った。
フェルトがブリッジから出ていってすぐに、ミレイナが通信を受信したようで再度声をあげた。


「ノリエガさん、地上部隊から連絡です」

「レーゲンたちから?」

「機体がロールアウトできたので近い内に持っていくそうです。先にレーゲンさんが診断の為に上がってくるそうです。
 クアンタとザドキエルはロールアウト間近だそうです」

「そう・・・もう直ぐで完成するのね」


刹那の望んだ機体が。そして、の機体が。
スメラギがそう呟き少しだけ笑む。
追伸!とミレイナが嬉しそうに言う。


「私たちがモデルの映画の主題歌、キャンベルさんが担当しているので未だ発売されていない曲を添付しておく、だそうです!」


ラッキーです!!
ミレイナが両手をあげて喜ぶ。
それにアニューが振り返りながら「それって、」と言う。


「いいんですか?発売されていないのに・・・」

「彼女の好意でしょうね。とんでもないアイドルさんだわ」


世界で人気のアイドルなのに、私たちだけに特別先行配信だなんて。
肩を竦めて言うスメラギにミレイナがご機嫌な様子で笑う。
嬉しいですー!と言いながら早速再生しようとする。
許可を仰ぐ彼女に笑みを返しながら、スメラギは頷いた。


「なんだか恋の歌みたいなので楽しみです!」


グレイスさんとも後で一緒に聞きます、と言いながらミレイナは再生ボタンを押した。
静かなイントロから始まり、優しい歌声が響く。


『暗い夜の闇の風の中で 静かにそっと目を覚ます時 どうか最初に映るその世界が 耳に触れるその声が 今日もあの人であるように』


映画の内容はソレスタルビーイングというタイトルと同じようにアクションものである。
それに反して穏やかな歌声は、心が安らぐ。


『そこから全てが生まれて 誰もが苦しまないですむように
 あのヒトとの街がすき あのヒトとの雨がすき あのヒトとの音がすき』


平和への歌。
ミーアも誰かを想って歌ってるのだろうか。
はそう思いながら歌に耳を傾けていた。


『果てしない夜空 あんなふうになれたら 近くにいられたら 全てを分け合っていけたらいいのに
 あのヒトとの街がすき あのヒトとの雨がすき あのヒトとの音がすき』


私にとっては、アレルヤかな。
そんな事を思いながらはほくそ笑んだ。


「映画、ちょっと見に行きたいかも」

「いいんじゃねぇか?今度アレルヤとデートでもして来いよ」

「そうね、最近会えてないんでしょ?」


の零した言葉にラッセとスメラギが反応する。
それには「そうだよね」と言い顎に手を当てた。
前にアレルヤに会ったのは3ヶ月ほど前。
その時に泊り込みでデートやらゆっくりと話をしたり出来たが、それ以来は会えていない。
久しぶりにまた会うのもいいかもしれない。
今度の連絡で聞いてみよう。そう思いながらは体を伸ばした。


「今度連絡してみます。・・・それじゃ、私はちょっと訓練でもしてきますね」

「そうね・・・最近体調が優れなかったみたいだけれど、もう大丈夫なの?」

「今日は調子が良いです。ご心配おかけしました」


えへへ、と頭をかきながら言うにトレミークルーの表情が穏やかなものになる。
片手をあげてブリッジを後にしたを見送った後、アニューが歌に耳を傾けながら口を開く。


「最近本当に体調が悪かったみたいですけれど、もう大丈夫そうですね」

「・・・ええ。風邪、だったのかしら?」

「ハプティズムさんに会えなくって寂しかったのかもしれないですー」

「恋の病ってやつか」


ラッセの言葉にスメラギは小首を傾げる。
確かに、の食欲もあまり無かったように思える。
いくら体を改造され、つくりが違うと言っても彼女は人間だ。
身体的、精神的にも手を加えられていても体調の不良もある。
MSに乗せても大丈夫かと心配していたが。


「・・・まぁ、レーゲンも上がってくると言うし、検査して貰いましょうか」


念のためにもね。
スメラギはそう言い座りなおした。










ふぅ、とミーアは溜め息を吐いた。
映画「ソレスタルビーイング」の主題歌を歌うと決定してから人気がまたあがり、メディアからまた注目されるようになった。
CDの発売は未だだが、期間限定の1番のみの先行配信のダウンロード数は物凄い事になっている。
平和への訴えが人々に受け入れてもらえる事は嬉しい。
しかし、最近はあまりに多忙すぎた。
あまり寝れない夜も続き、様々なイベントにも参加したりインタビューもあった。

久々に戻ってきた孤島の家。
今やレーゲンたちの居る此処がミーアの家になっている。
仕事が多くて中々レイの手伝いも出来なかった。
合間に計算やら設計の不備チェック等は行ったが、ほとんどがレイやオルガたちが行った。
レーゲンはイアンらと連携しながらツインドライヴ専用にカスタマイズされた新型のGNドライヴも開発する事が出来た。
フレイは地球連邦軍に入り情報を送って来てくれる。

私、あまり役に立てなかったかも。
そう思いながらまた溜め息を零した。


「疲れたってあからさまな顔しやがって」


背後から声をかけられて振り返る。
そこには気だるげな様子のオルガが居た。
椅子に座り、窓枠に肘をついていたミーアの横に立ち、外の景色に目を向ける。


「人気アイドルは大変だな」

「・・・」

「疲れてるなら寝てればいいじゃねぇか。こんなところであからさまに溜め息つかなくってもよ・・・」


オルガの言葉にミーアは海色の瞳を揺らがせた。
彼を見上げると、彼は視線を外の浜辺に向けながら再度口を開く。


「レーゲンがまた宇宙に上がるってよ」

「・・・え、ロールアウトの機体を届けに?」

「なんかよく分からねぇけど、先にソレスタルビーイングに合流するらしいぜ」


そう、と言いミーアは顔を俯かせた。
疲れている自分に気を遣ったのか、それとも後から話そうとしていたのか。
それとも、話さなくてもいいと思われたのか。
ミーアがそう思っていると、布の擦れる音が響いた。
どうやらオルガが身じろぎをしているようだ。


「・・・おい」


顔をあげると、オルガの若草色の瞳を目が合った。


「ぼんやりしすぎじゃねぇか?寝不足か?」

「・・・仕事が、あったから・・・」

「あー・・・俺らも色々あったけどよ」


新型GNドライヴのデータ組み立てやら解析。
機体にも同じこと。
オルガたちも同じく最近はあまり眠れない事があったであろうに。
その証拠に、クロトとシャニは今寝ている。


「・・・貴方も、寝たら?」


疲れているんでしょ?
そう問うミーアにオルガは僅かに視線を彷徨わせた後、「お前もな」と呟いた。


「疲れてるんなら休めばいいだろうが。何黄昏てんだよ」

「・・・みんなの疲れに比べたら・・・別に・・・」


ミーアの呟きにオルガは眉を潜めた。
「あのな、」と言い彼は窓枠に手をついて彼女を見下ろす。


「お前はお前の出来る事をしたんじゃねぇの?」

「・・・でも、私ほとんど手伝いが出来なくって・・・」

「お前の役目は、歌う事だろうが」


幾分強い口調で言われ、ミーアが口を噤む。
でも、と尚も言葉を紡ごうとするミーアにオルガが「ああ、もうめんどくせー!」と声をあげる。
そのまま彼女の腕を引いて、歩き出す。


「ちょ、ちょっと!」

「よく分かんねぇけどインタビューだとか色々あったんだろーが、合間にこっちの仕事もやって、疲れて当然だっつーんだよ」

「・・・オルガ!」


ミーアに宛がわれた部屋まで連れて行かれ、ベッドに押される。
倒れるようにベッドに横になったミーアの真上から、掛け布団がおろされた。
わぷ、と変な声をあげたミーアを出さないようにか、オルガが上から押さえつけた。


「レーゲンもちゃんと褒めてたぜ」


よくやってくれた。
レーゲンの言葉を思い出しながらオルガは言う。


「歌も、全部、お前はよくやったよ」


だから今は休め。意地はるな、うぜぇから。
言葉とは裏腹に背の部分を優しくぽんぽんと叩かれる。
その言葉に張り詰めていたものが一瞬で解けたように、涙がぽろりとこぼれ、ミーアはぎゅうと強くシーツを握った。





『暗い夜の闇の風の中で 静かにそっと目を覚ます時 どうか最初に映るその世界が 耳に触れるその声が 今日もあの人であるように』





愛しいあの人を想って作った曲。

愛しいあの人を想って歌った曲。





『そこから全てが生まれて 誰もが苦しまないですむように
 あのヒトとの街がすき あのヒトとの雨がすき あのヒトとの音がすき』





平和への祈りもこめながらも、ついつい考えてしまうのは、





『I hear you everywhere きこえているよ もう会えないとわかっていても
 あのヒトとの街がすき あのヒトとの雨がすき あのヒトとの音がすき』





大好きな人。


「・・・っ、」


アスラン、

言葉には出さずに、ミーアは瞳を強く閉じた。




途中の曲のタイトルは「I hear you everywhere
ミーアの中の人が歌っている曲です。