「微熱があるな」
体温計を手に持ちながらレーゲンが言う。
に記入して貰った簡単なアンケート形式のカルテを見ながら小さく息を吐く。
「月経時では無いのに体が重たいって?」
「・・・なんか、変な感じ」
わかんないけど。
そう言いは自分の喉に手をやる。
風邪ではない。咳も出ないし鼻詰まりもない。
月経時でも無いのに体のだるさが残る。
おまけに腹痛もあるときた。
これは、と思いレーゲンは改めてに向き直った。
「あんまり深くは俺も聞きたくは無いし話したくないだろうが・・・」
「レーゲン?」
小首を傾げた。
確か以前アレルヤに会いに地上に降りたと言っていた。
彼女を大事にしていて、理性を総動員させているアレルヤに間違いは無いだろうが、もう一人の人格は別だ。
兎に角支配欲が強すぎる。あいつなら万一がありえる。
レーゲンはそう思いながら口を開いた。
「前に地上に降りた時、アレルヤと何をした?」
「え、」
何を、した?
レーゲンの言葉を反復した後、は耳まで真っ赤に染めた。
そんな彼女の反応を見てレーゲンは額を手で押さえた。
ああ、当たった、これ当たりだ、絶対そうだ。
確かは2ヶ月と少し前にアレルヤに会いに行ったはず。
マリーからも二人で外出したとか気を遣って二人きりにしてやっただの連絡がきた。
となると、
「7週目後期ってところか。おめでただな」
そう言ったレーゲンに、は空色の瞳をまん丸くした。
その後に彼からこれから起こる症状やら今の自分の状態やらを話したところ、やっと理解してきたところだった。
「・・・ここに、私とアレルヤの・・・」
そう呟いて、は空色の瞳を揺らがせた。
「フレイ!」
名前を呼ばれて振り返る。
地球連邦の艦隊でフレイはつかの間の休憩を取っている中だった。
アンドレイは彼女の姿が此処にある事に驚いているようだった。
「君もやはり参加していたのか・・・」
「噂のマネキン准将のお気に入りだもの」
フレイはそう言い、肩を竦めてみせた。
カティ・マネキン准将からの信頼も厚く、優秀なオペレーター業務をこなす彼女は重要視されている。
特に今回は、外宇宙航行艦ソレスタルビーイング号への視察も兼ねているので、カティも彼女を連れて来たのだろう。
噂ではコネやらワイロやらで上がってきた女。
安全な場所に逃げた女と言われてもいるが、彼女は気にした様子は無かった。
むしろ自分で自嘲的にそう言う彼女に、アンドレイは瞳を細めた。
「・・・なんてね。本当は地上に残るつもりだったんだけど・・・ちょっと気になってね」
「新型の話か?」
「・・・そうなんだけど、何か気になるのよね・・・」
何でかしらね。
そう言いカップを傾けるフレイにアンドレイは小首を傾げた。
「・・・レイも居るのか?」
「レイは地上よ。今は家の方で別のお仕事してるわ」
あんたは探査船の破壊を頑張ってね。
フレイはそう言うとカップをゴミ箱に捨てて歩き出した。
木星からの探査船は、イノベイターと認定されたデカルト・シャーマンによって破壊された。
探査船の破片は大気圏で燃え尽きるだろう。
と、思われていた。
しかし、政府は公にはしていないが探査船の破片は全て燃え尽きず、地球に落下した。
カティ・マネキンは調査命令を出し、宇宙技研たちも調査を進めている。
連絡を貰ったジュビアは苛立たしげに舌打ちをした。
「面倒ばっかり起こしやがって!レーゲンも居ないし木星から変な・・・」
ん、と考える。
木星からの探査船、破片、燃え尽きなかった。
それにあらゆる箇所で異変が起きている。
AEU領のモスクワの市民街では無人の車との接触事故。
カナリア諸島では船がえぐられ、ドイツでは地下鉄の事故。運転手の乗っていない、待機していた電車が勝手に動き出し、死者も相当出て切る。
ジュビアは眉を潜め、立ち上がる。
「・・・おい、集まれお前ら!」
声を張ったジュビアは、早急に流れ者たちを集めた。
探査船の質量が原因か。
一体、大気圏でも燃え尽きず、GNミサイルによっても起動を変えなかった事から疑問は大きく出る。
オルガ、シャニ、クロト、ミーア、レイが集まり迅速に行動を起こす。
地下へのロックを解除し、全員が集まる。
全員が艦に乗る中、ミーアだけが外に残って端末を操作する。
「木星からの探査船の破片箇所の移動。各地で起こっている異変。こりゃもう宇宙にあがって奴らと合流するしかねぇぞ」
「フレイはどーすんだよ」
艦長席にジュビアがどっかりと腰を下ろす。
操舵席にレイが腰を下ろす中、クロトが言う。
それにCIC席に適当に腰を下ろしたシャニが口を開く。
「アイツならもう宇宙だろ。探査船の撤去に出るって連絡あったんだし」
「うるせーよ、お前ら」
オルガが最後に砲撃を行う席に腰を下ろす。
ジュビアは肘掛に肘をつき、足を思い切り組んで口を開く。
「予定とは大幅にずれが生じるが問題無ぇ。兎に角此処に居たらまずいんでな・・・クラウド、出るぞ」
目的地はレーゲンのところだ!
嬉々とした様子で言うジュビアの前のモニターにミーアの顔が映し出される。
『私は此処に残るわ・・・きっと地上は混乱するから、せめて私に出来る事をしないと・・・!』
「はぁ!?お前馬鹿か!?」
思わずオルガが声をあげる。
それにミーアは「馬鹿で結構!」と言い腰に手を当てる。
『私は平和の歌姫だもの!今苦しんでいる地上の人たちを放って自分だけ宇宙にあがるなんて出来ないわ!』
「おーおー。じゃあ勝手にしろや」
ジュビアはそう言い映像通信をあっさりと切ってしまう。
それにオルガが「おい!」と声を張る。
知らん顔のジュビアに焦れたオルガが通信を開く。
「地上は任せていいんだろうな!レーゲンに何言われてもしらねぇぞ!」
『・・・分かってるわよ。レーゲンには今度会ったら貴方がホットケーキをお玉でひっくり返そうとして失敗した事を話す予定なんだから怒られないわよーだ』
「変な事話そうとしてんじゃねぇぞ!」
『・・・はいはい。行ってらっしゃい』
私は此処で歌うから、貴方たちも頑張って。
そんな祈りを込めて、ミーアはパネルを操作する。
輸送艦、クラウドを地上に出し、発進シークエンスを送る。
斜面を一気に加速で登り、宇宙へ向かって飛んでいくクラウドを、ミーアは見えなくなってもずっと見送っていた。
「・・・私には、私の出来る事があるもの」
そう言い彼女は自分の成すべき事をする為に走り出した。
プトレマイオス2のブリッジではトレミークルーが集まっていた。
「地上に降りる?」
「地上に落ちた破片が脳量子波の高い人間を襲うって情報、本気で信じるのか?」
ラッセの問いの後に、入り口に立っていたロックオンが言う。
それに操舵席に座っていたアニューが「でも、ヴェーダからの確定情報よ」と言う。
「本当なら、仲間にも危険が及ぶ」
刹那の言葉にが瞳を細める。
アレルヤ、と呟く彼女に刹那が気遣わしげな視線を向ける。
入り口に寄りかかっていたレーゲンは携帯端末を操作しながら口を開く。
「・・・ジュビアたちは平気なようだ。さすが、動きが早い」
「そう・・・ミレイナ、アレルヤとのコンタクトをお願い」
スメラギの言葉にミレイナが「了解です」と言いパネルを操作する。
「小型艇を使う」と言う刹那にスメラギが頷く。
「分かったよ。付き合うぜ、刹那」
「私も・・・!」
ロックオンの後にも続こうとするが、彼に止められた。
肩に手を置かれ、見上げる。
「・・・ライル?」
「お前さんは身重だろうに。アレルヤは俺に任せて、此処で大人しく・・・」
「駄目です!コンタクト出来ません!」
ミレイナの声に刹那が「急ごう」と言い動く。
ロックオンも「オーライ」と言いブリッジから出ていくのを見て、も続く。
そんな彼女を振り返りながら、ロックオンが苦笑する。
「大人しく待ってろって言うのも無理な話か」
「・・・まだ、私自分の事もよく分からないんだけど・・・」
腹部に手を当てながらが言う。
健康診断でレーゲンに看てもらって、告げられた結果。
『7週目後期ってところか。おめでただな』
最初、何を言われているのかがさっぱり分からなかった。
説明を受けている内に、三ヶ月前、アレルヤと体を重ねた時に出来たものだと理解した。
どうやら"悪阻"というものがそろそろ起き始めるらしい。
には良く分からない事だったが。
「俺と来るか?それとも、刹那と行くか?」
「・・・私は・・・」
まだ、よく分からない。
けれども、普通とは違う自分が子を宿すという事は危険も伴う事らしかった。
詳しくはまた今度、とレーゲンに言われてうやむやになっていたが、どうやら本当にこの中に人が居るらしい。
は瞳を細める。
格納庫に着いたところで、足を止めた。
小型艇に向かう二人の背を見て、眉を下げた。
「・・・アレルヤに会いたい。でも、私、本当に自分の事、分からなくって・・・!」
「・・・、」
ロックオンが瞳を丸くする。
彼女が戸惑うのも無理は無い。
性行為自体知らなかった彼女が、妊娠、そして出産についての知識がある訳が無かった。
そもそも、彼女は親の愛情というものを知らない。
物心ついた頃から施設で薬物を投与され、仲間内の殺し合いをしていた彼女が。
は体を震わせた。
「・・・良い事なのかも分からない、もしかしたら、駄目だったのかも、私が、おなかに、なんで」
「・・・お前は此処で待っていろ」
刹那がの肩に手を置いた。
そして開いている手で彼女の小さな手を握る。
「アレルヤも無事に連れてくる。待っていてくれ」
「・・・刹那、」
「間違いなんかじゃない。きっと、アレルヤも喜ぶ」
刹那はそう言いの額にキスをひとつ落とすと、小型艇に向かっていった。
彼氏持ちの妊婦によくやるよ、と言いながらロックオンもの頭を撫でる。
「お前の旦那を迎えに行ってくるな。大丈夫だって、最初は戸惑うかもしれないけれど、悪い事なんかじゃないんだ」
「・・・ライル、」
「レーゲンから色々教えてもらいながら待ってな、土産は旦那だ」
そう言うとロックオンも小型艇に乗り込んだ。
彼らを見送りながらも、は自分の腹部に再度手を当ててみた。
何も感じないけれども、確かに此処に人が入っているらしい。
悪いことじゃない、
刹那たちはそう言っていた。
レーゲンにも、話を聞かないと。
はそう思いながら、レーゲンの下に向かう事にした。
通路を移動して、再度ブリッジに戻ると、フェルトが迎えてくれた。
「・・・、大丈夫?」
「うん・・・ごめんなさい、こんな時に」
「謝らないで。良い事なんだから」
スメラギもそう言い微笑む。
そしてレーゲンを見上げ、視線で訴える。
彼はの前に立つと、優しく微笑んだ。
「さて、俺が妊娠に関して事細かに説明してあげましょうか」
「頼んだわよ。この子は純白なんだから、変に染めないでちょうだいよ?」
「そんな事したらアレルヤに怒られるって」
肩を竦めてみせたレーゲンはの頭を優しく撫でた。
マリッジブルー(違)
次回は筋肉番付ハレルヤさんです(違)