木星から新たに出現したELSは直径約三千キロ。月と同規模の大きさのものだった。


『本日新たに木星より出現した物体は、大型のELSと認定されました。
 直径は月とほぼ同じ。その規模から見て、太陽系各所、特に火星、地球圏への影響が懸念されます』


市民の皆さんは、各機関の指示に従って行動してください。
全国で報道された内容に、市民に動揺の色が走った。
12時間後に避難を予定している大統領は、直ぐに体制を整える動きに移った。

宇宙ではソレスタルビーイング号を使用して、絶対防衛線を敷いた。
先ずは生き残る事。存在する事。
それを第一とした結果がこれであった。
宥和政策といっても、未来の為に、今は全人類が手を取り合い、異性体相手に戦おうというのだ。

柔らかいソファに腰を下ろしていたミーアは小さく息を吐いた。
それは決して諦めの類のものではなく、別の意味での憂いだった。


「・・・ELSは異種と同化する事で意思を共有しようとしている・・・」


ただ、分かり合おうとしているだけなんだわ。
けれども、情報の多さに人類がついていけていないだけで。
ミーアは顔をあげ、唇を真一文字に引き結んだ。


「・・・人と人とが手を取り合えば、きっと・・・」


分かってくれる。
そう思い立ち上がった。
足早に歩きながら、ミーアは待機室から出て行った。
外で報道をしているカメラの前に身を出し、ミーアは口を開く。


「皆さん、不安に思う事も、たくさんあるでしょう。私も不安な気持ちはあります。
 ・・・ですが、私はひとりじゃないから・・・私には、皆が居るから!ミーアは大丈夫なんです!」

「ミ、ミーア・キャンベル!?」


突如現れた平和の歌姫にキャスターたちが驚きの声をあげる。
それに構わずミーアは言葉を続ける。


「前も言った言葉を、私は信じています・・・。
 だから、皆も信じて・・・貴方はひとりじゃない。周りにはたくさんの人々が居ます。
 手を取り合って、その人の顔を見てみて下さい」


ほら、ホッとするでしょ?
ミーアはそう言い微笑んだ。
そのまま胸の前で手を重ね、すぅ、と息を吸った。


「こんなに冷たい帳の深くで 貴方は一人で眠ってる 祈りの歌声 淋しい野原を 小さな光が照らしてた」


しん、と静まり返る。
その場に居た誰もがミーアの歌声に耳を傾けた。
テレビ報道も彼女のものが中心となり、世界中に彼女の言葉と祈りの歌が響く。


それは、宇宙に居るソレスタルビーイング、そしてクラウドのメンバーも見ていた。
歌声に耳を傾けながら、レーゲンは小さく笑む。
そんな彼の手をきゅ、と握り、マリーは柔らかく微笑んだ。


「・・・いい歌ね」

「この歌は元々彼女が憧れていたラクスの曲だ」


けど、想いは同じ。
ミーアもラクスも、平和を想う気持ちは同じなのだから。
彼女も歌う資格がある。
そう思いながらレーゲンはマリーの手を握り返した。


「・・・レーゲン・・・」

「こうやって手と手が触れ合うだけでもいいんだ。俺たちは、分かり合えるんだからな」


そう言うレーゲンに、マリーは目元を赤く染め、嬉しそうに微笑んだ。

オルガとクロト、シャニは機体の最終チェックに入っていた。
ソレスタルビーイングの協力もあり、完成した擬似太陽炉搭載型のフォビドゥン、レイダー、カラミティ。
そしてレイのレジェンド。
OSのチェックをしながら機体が動くかをチェックする。
機能も以前と同じくらいで、十分なものだった。
擬似太陽炉搭載型カラミティガンダムの中でオルガは報道を見ていた。
真っ直ぐに訴えるミーア。
地上で出来る事をすると言った彼女は、今でもこうして平和への訴えを続けている。
そんな彼女に励まされる者も多いだろう。


「・・・お前が居る地球だ。絶対防衛ラインっての、守ってやろうじゃねぇか」


オルガはそう言い瞳を細めた。









時は遡り、刹那が倒れてから、二ヶ月ほどが経った頃。

の診断、刹那の治療はジュビアが務めていた。
刹那の状態をスメラギに送った後、ジュビアはの体を見やる。


「二ヶ月以上経ったんだっけ」

「ELSの地球圏到達が後一週間くらいだから・・・そうだね」


は口元をタオルで拭いながら答える。
相変わらず態度の悪いジュビアだが、検診はきっちりと行ってくれる。
ふーん、と言いつつカルテに適当に書き込んでいく。


「悪阻もひでぇんだろ。で?ガンダムに乗るってか?」

「刹那が目を覚まさない今、ザドキエルのアブソラクションシステムを使って対話を試みるしかないもの」


即答したにジュビアは鼻で笑う。
口の端を吊り上げ、ジュビアはの腹部を指す。


「腹のガキはどーすんだ。世界の為なら死んでもいいってか?」

「いいえ。私はこの子を守る。これからの未来、この子の為に私は切り開いていくんだから・・・」


空色の瞳を鋭くさせ、真っ直ぐにジュビアを見返す。
それを見て小さく息を吐いた後、そうだな、と言い薬を投げて渡す。


「そうだよな。俺とレーゲンの未来の為に対話頑張ってくれや」

「・・・うん!みんなの為に私は戦っているんだから!」


微笑んで言うにジュビアも笑む。
そのまま退室したを見送った後、で、と声を漏らす。


「いつまでテメェはそこでコソコソしてんだ」


うじうじすんなこのタコが。
そう言われてメディカルルームの奥から出てきたのはアレルヤだった。


「ありがとう、ジュビア。どうしても、が心配で・・・」

「どーせテメェが聞いても『大丈夫』とか『今は楽』とかありきたりな返事しか貰えねぇんだろ」


ジュビアの言葉にアレルヤは苦笑しか返せなかった。
事実、アレルヤとハレルヤが彼女を案じても、今ジュビアが言った通りの言葉ばかり返ってくるのだから。
フェルトやミレイナ、スメラギ、アニューといった女性クルーが彼女を看ている事もあるが、アレルヤとしては父親として母親になる彼女を支えてあげたかった。


「大体よ、折角男女っつー関係なんだからさっさと腹ァ括ればいいじゃねぇか」

「アァ?」


喧嘩腰なジュビアに対して同じようにハレルヤがそう返す。
椅子から立ち上がったジュビアは真紅の瞳を細めてハレルヤを睨む。


「結婚でも何でもして腹割って放せるようにすりゃいいじゃねぇか。俺とレーゲンと違って繋がれねぇんだからよ」

「・・・は?」


思わず金と銀の瞳を丸くする。
ハレルヤの表情に噴出したジュビアがテーブルをバシバシと叩く。


「あーあーあー間抜け面!レーゲンに見せてやりてぇわ!」

「うるせぇ我が儘野郎が!」


はは、と笑みを零したままジュビアは目元を手で覆う。


「・・・お前らの事なんかどうでもいいが、レーゲンが気にしてんだよ」

「じゃあ放っておけよ。俺らとアイツの問題だ」

((・・・結婚))


頭の中でアレルヤが揺らいでいる。
何を今更、とハレルヤは思いながら頭をかく。

正直、考えていた事だ。

の妊娠云々よりも、ずっと前に考えていた。
結婚して、同じ籍に入り、事実上の"家族"となる。
それは今まで身寄りの無かったアレルヤとハレルヤにとって、大きな憧れであった。
には兄弟が居たというが、今はもう彼女の周りに家族と呼べる者は居ない。

けれど、柄にも無く怖かった。
彼女は優しいから受けてくれる。
けれども、"家族"というものを未だによく分からない自分たちは、戸惑う事ばかりだろう。
だからこそ、不安があった。


((・・・君でもこんなに不安に思うんだ。僕も同じだよ))

・・・分かってる。けど、そろそろ話さねぇと手遅れになるかもしれねぇぜ


そんな、とアレルヤが零す。





いつの間にか二人の世界に立っていた。
お互いの目の前には、お互い。
二人が向かい合うように空間の中立っていた。


(僕たちは未来を切り開くんだ・・・あしたを・・・!)

(やる気はあるんだよ。けどな、しょうもねぇが俺は万一にもを失うかもしれねぇって考えると・・・、)

(・・・ハレルヤ、)


前髪をかきあげ、ハレルヤはざまぁねぇや。と零す。


(今更怖いんだよ。を失う事が)


無茶ばかりする彼女だ。
生き残る希望を抱き、我が子と仲間の未来を切り開く為に戦うと決意した彼女だからこそ、心配だった。
ハレルヤの想いが伝わってきたのか、アレルヤが表情を歪める。


(・・・お前はこんな俺を笑うか?)

(笑わないさ・・・本当は僕だって怖い。けどね、君が言ったんだよ、ハレルヤ)





((余所見してんなよ、アレルヤァ!!だけ見てりゃいいんだよぉ!))





最終決戦の最中、ハレルヤが言った言葉。
だけを見ていればいい。
そう、だけを。
アレルヤはその言葉を胸に今回戦う事を決意した。
ELSの地球圏到達阻止が第一な事は分かっている。
しかし、命を見捨てないという事もあるが、アレルヤは何よりと彼女の中に居る命を守りたかった。

彼女から目を離さない。

彼女を守る為に。

その想いが伝わったのか、ハレルヤが瞳を大きくする。
すぐに眉をさげ、へっと笑った後、拳を出してきた。


(上等じゃねぇか)

(そうだよ。僕たちは絶対に生き残るんだから)


拳と拳が合わさった時、空間が光に包まれた。





は移動用レバーを使って通路を移動していた。
移動途中になんとなしに腹部に手を当ててみる。
今は気分が楽だが、また追々悪阻が起こるかもしれない。
食事も中々思うようにも取れずにいたが、みんなの協力もあり、栄養を十分に取れている。
そんな事を考えながら、毎日通っている刹那の下へと今日も辿り着いた。

ガラス越しに見つめる事もあるが、今日はロックを解除して中に入る事にした。
眠る刹那の横に立ち、彼を見下ろす。
頬に触れても、ぴくりとも動かない。


「・・・ソラン、」


瞳を伏せ、彼の手を握る。
ELSからの刺激により脳細胞にダメージを受けた彼は今でも眠り続けている。


「・・・どんな、夢見てるの?」


刹那の前髪をかきあげる。
頬を優しく撫ぜると、心なしか表情が穏やかになった気がした。
その時、気配を感じて振り返る。
ガラスに手をついて若草色の瞳を揺るがせているフェルトがそこに居た。
は微笑んで彼女を手招きする。

中に入ってきたフェルトは、の隣に並ぶ。


「・・・刹那は、どう?」

「変わらない。でも、きっと大丈夫」


は微笑んで言う。
そんな彼女を見たフェルトは震える息を吐き出し、小さく呟く。
どうして、と言い拳を握る。


「・・・どうして、そう言い切れるの・・・?」

「え?」

「どうして、はいつも・・・!」


顔をあげたフェルトの表情に、は瞳を丸くした。
目じりに溜まっていた涙が、宙を舞う。
若草色を揺らすフェルトには瞳を瞬かせる。


「刹那の事・・・はいつも理解してる・・・」


いつだって、変革した刹那をも支えているのはだ。
たとえがアレルヤと結ばれても、刹那は一途にを想っている。
イノベイターだから、という事だけではなく、お互いを分かり合っている。

どうして、私は分かる事が出来ないんだろう。

刹那を想っていても、想いがすれ違う。
どうして、にはアレルヤが居るのに、刹那とも、こうしているのだろう。
思い始めたらそれは止まらなかった。

フェルトはそんな自分自身に自己嫌悪しながらも、を見つめる。


「・・・どうして・・・?」


どうして、刹那をそんなに理解できるの。
どうして、アレルヤが居るのに刹那まで支えようとするの。
どうして、そんなに優しいの。
どうして、


「・・・私は刹那を支えていきたいから」


だから、私も此処に残って戦ってるんだよ。
はそう言った。


「万一刹那がこのままでも、私が対話を試みてみるから・・・頑張るからきっと大丈夫だよ」


にこりと微笑む。
どうして、そんなに無茶ばかりするんだろうか。
周りの人間を大切にして、全部を守ろうと必死にいつも動いて、


「・・・イノベイターだから?」

「私は、私だよ」


ELSをも想っている事をフェルトは気付いていた。
だからこそ、彼女を憎む事なんて出来ない。
こんなにも優しい、彼女を。


「私は離れなくちゃいけなくなっちゃう。でも、寂しがりな刹那はきっと心細くなっちゃうと思うの」


だから、フェルトはずっと呼びかけてあげて。
刹那を、想ってあげて。

はそう言い微笑んだ。


「じゃないときっと、寂しくって引っ込んじゃいそうだから」


拗ねやすいし、意外と子どもっぽいからね。
そう言うにフェルトは「え、」と短く声をあげる。


「でも・・・私、刹那を理解してあげられなくって・・・」

「直ぐに理解し合える事はないよ」


難しい事だから。
はそう言いフェルトの手を握る。


「相手を想う事を止めちゃったら、きっとずっと分かり合えない」


はにこりと微笑んでフェルトの手を振る。


「ゆっくりでいいんだよ、フェルト」


真っ直ぐに向けられる空色に、フェルトもつられるように笑みを零す。
ゆっくりお互いを理解してければいい。
そうすれば、自然と分かり合えるのだから。

はフェルトにそのまま別れを告げ、その場を去っていった。
彼女の後姿を見送った後、フェルトは改めて刹那に視線を向ける。


「・・・優しいよね、って・・・」


貴方が惹かれる気持ちも、良く分かる。
そう呟いてフェルトは瞳を伏せた。




決意したハプティズムと複雑なフェルト。
映画で描かれなかった空白の三ヶ月です。
と言ってももう二ヶ月経っている\(^o^)/