ふんわりとしたドレスが揺れる。
思わず「わぁ」という感嘆の声が漏れる。
「とっても素敵ですー!」
「色はやっぱり白ね。金色の髪がとても映えるわ」
「やっぱり私たちの見立てに狂いは無かったわね」
わいわいと隣室から声が響く中、男だけの集まった部屋でアレルヤは項垂れていた。
そんな彼に声をかけたのは、壁に寄りかかっていたロックオンだった。
「おいおい、何そんなにいじけてるんだか」
「僕たちは見れないなんて・・・少しだけでも見せてくれればいいのに・・・」
「嫁入り前のドレス姿は、見せられないだろ」
なー、と言いレーゲンは項垂れるアレルヤの頭をわしゃわしゃとかき撫ぜる。
それに対して「触んな」とハレルヤが言い手を払いのける。
今この部屋の中にはソレスタルビーイング、地球連邦軍、クラウドの男性陣が集まっていた。
見たい見たいと言うアレルヤに各々が言葉を投げかけるがその度に隣から女性陣の明るい声が響いて彼の心を打ち砕いた。
「別に減るもんじゃねぇしいいじゃねぇか・・・!」
「基本的には結婚式当日までにフィアンセがドレス姿を見ると不幸になるというジンクスがあるからな」
「それに、彼女も当日に見せたいのでは・・・?」
レイの後にアンドレイが続ける。
それにハレルヤは舌打ちをした後に膝に肘をつく。
態度悪ぃな、と言いクロトはジュビア、シャニ、オルガと一緒に彼の様子を見ていた。
隣の試着部屋ではが純白のウエディングドレスを着ていた。
身なりを整えてくれるフェルトが頬を仄かに赤らめる。
「とっても素敵・・・」
「ありがとう、フェルト」
「髪が長いのだからセットに拘れそうだな」
「そうね・・・カティの時はシンプルなものだったけれど、派手にしても良いわね」
カティとスメラギが話ながらの様子を見やる。
アニューは手袋などの小物を手に取り、彼女に手渡した。
「これで、いいかな?」
ドレス、と問うに答えたのはマリーだった。
いいと思うわ、と言い自分の事のように嬉しそうに微笑むマリーにもつられて笑顔になる。
「おなか、そんなに目立つ前でよかったわね」
見栄えとかもあるもの。
フレイがそう言い上から下まで彼女の様子を見る。
元々お嬢様育ちだたフレイにとってドレスは手馴れたものだった。
主に小物はフレイとルイスが選び、ドレスや全体のバランスはスメラギとカティ、リンダが選んだ。
とりあえず全体の選びは終わったので、着替えに入ることになった。
とスメラギ、カティ、リンダを残して他の女性陣は隣の部屋に一旦戻る事になった。
出てきた彼女たちに沙慈が「お疲れ様」と声をかける。
「はどうだった?」
「もうバッチリよ」
「期待していいわよ。私たちが見繕ったんだから!」
ふふ、と微笑んで言うフレイにアンドレイたちが笑みを浮かべる。
戻ってきたアニューの肩をさり気無く抱き寄せたロックオンは「俺たちもあげるか、式」なんて冗談混じりの言葉を放つ。
「や、やだ、ライルったら・・・!」
「結婚ね・・・ここに居る面子もさっさと結婚すればいいじゃねぇか」
が戻ってこない事から苛立った様子のハレルヤが舌打ち混じりに零す。
それに反応したのは、沙慈などの恋人や想い人が居る人物だった。
マリー頬を赤くしてレーゲンをちらりと見て「ん?」と小首を傾げる彼に慌てている。
沙慈とルイスはお互いに見つめあい、頬を仄かに赤く染めている。
パトリックは「俺はもう既婚者だから」と何故か胸を張ってアンドレイの肩を叩く。
オルガが小さく息を吐いたその時、ドアが開いた。
「遅くなってごめんなさい!」
そこに入ってきたのは仕事の都合で遅くなっていたミーアだった。
入り口の真横に居たオルガと目が合った彼女は海色の瞳を丸くする。
「なぁに?」
「! な、なんでも!?」
焦るオルガにシャニとクロトが笑いを零す。
それを横目で見た後ミーアはロックオンを見る。
スメラギが居ない今、彼に話すべきだと思ったのだろう。
「マリナ皇女は流石に今日は来れなかったみたい」
「仕方ないさ。お姫様なんだからな」
「そうね・・・でも、後日挨拶に伺うって言ってたわよ」
ふふ、と笑みを零すミーアにロックオンも笑む。
そうこうしている内に着替え等が終わったようでスメラギたちと一緒にが出てきた。
直ぐに立ち上がったアレルヤがに近付く。
「お疲れ様。ドレスは決まったかい?」
「あ、うん。でもまだお楽しみね」
微笑んで言うに「それは少し残念」と言ってアレルヤは彼女の手を取った。
ELSとの対話から、一ヶ月。
地球上の人類も手を取り合い、宥和政策が進められてきていた。
宇宙には刹那の想いが形となったELSの花もあり、その周りに有人探査船が訪れても、歓迎するようにそこに佇んでいる。
平和への道のりを進む中、人類の革新もこれから起こっていくだろう。
ソレスタルビーイングも、近い未来必要とされなくなるかもしれない。
ただ、今は反政府組織への行動を執り行ったり、地球連邦への協力も行っている。
の体も変化があった。
新しい命を授かってから六ヶ月。
段々張ってきて大きくなってきた腹部に、周りの者たちは期待に満ちた視線を向けた。
フェルトはお姉さんになるから、とミレイナと一緒に新生児に関してのデータを集めている。
他のトレミークルーも、母体を第一としてくれて、何かと手伝ってくれている。
特に過保護になったのが夫となる彼である。
半重力の中の移動も必ず手を引いていき、地上でも転ぶといけないからと腰を抱く。
何をするにも行動を共にするアレルヤに周りも微笑ましげに見守っていた。
は自分でできるもん、と不服を零す事もあったが、一度眩暈を起こして倒れた事があった。
少し席を外していたハレルヤが部屋に戻った時、相当驚いたようだった。
当然なのだが、眩暈がしただけというのに万が一があったらどうするとアレルヤとハレルヤ双方に怒られた。
スメラギたちも肝が冷えたようで、以降ずっとには誰かがついている事になった。
一週間後。
式をあげる。アレルヤとハレルヤと約束をしていた、"結婚式"だ。
正直、未だにあまり実感が無い。
アレルヤは巡礼の旅に出ていたのだが、の妊娠を機にそれを止めた。
マリーもレーゲンの傍に居るので、問題は無いようなのだが。
けっこん。
家族にになるという事だが、未だに良く分かっていなかった。
プトレマイオス2が家。クルーは家族。
は単純にそう考えていた事もあり、アレルヤとハレルヤは既に家族だったのだ。
なんか不思議。
そう思いながらは彼を見上げた。
目が合ったアレルヤは「ん?」と優しく微笑んでくれる。
「しかし、女性陣はルーシェ中尉のドレスを見れても我々は見る事が叶わないとは・・・」
「それは仕方ないわよ。ウエディングドレスは特別なんだから」
眉を僅かに下げ、残念そうに零すアンドレイにフレイが言う。
それに、と言い彼女は肘で彼をつつく。
「もうルーシェ中尉じゃないでしょ?」
「・・・しかし、何と呼んでいいのか分からなくて・・・」
「普通にでいいでしょ」
フレイの返しにアンドレイは複雑そうにするだけだったが、彼女は気にしていない様子で歩を進める。
そのまま進んだフレイはレイと並んで歩き出す。
「置いてきていいのか」
「考え事してるもの。どうせアロウズに居た時に接してたとの違いを考えてるんでしょ」
そう言い肩を竦めるフレイにレイは「そうか」とだけ返す。
アレルヤに支えられながら歩くの背を見ながら、フレイが「ね」と声を出した。
「あの娘、もう大丈夫よね」
私たちが気に掛けなくても、十分大丈夫そう。
そう思いフレイは微笑む。
「・・・ああ、そうだろうな」
愛しい人が撃ち落してしまった少女。
大切な親友が、守れなかった少女。
悲しみへの一途を辿っていた彼女だが、やっとこうして微笑んで進む事が出来ている。
愛しい人と、信頼出来る仲間と共に、進んでいる。
それが嬉しくて、フレイは微笑んだ。
「私たちは私たちで進まなきゃねー?」
「・・・そうだな。お前も幸せになればいいんじゃないか」
「私?」
レイに言われてフレイはグレーの瞳を丸くする。
が、直ぐに言葉の意味を理解したようで、くすりと笑んだ。
「私の心は、彼に向けているのよ」
約束したんだから、本当の想いで守るって。
そう言いフレイは悪戯っぽく笑う。
「それに、こういう関係も悪くないのよ」
つかず離れず、ってやつ?
そう言い笑むフレイを見て、レイは思わず振り返る。
そのまま悩ましげに歩くアンドレイに、同情の眼差しを送った。
各々が次の場所へ移動しようとしている中、スメラギはカティを呼び止めて隣に並んだ。
「ごめんなさいね、式は中々表立って出来ない物だから・・・」
「否、分かっている。式前にこうして呼んでくれただけでも十分なくらいだ」
出来れば、参加したかったがな。
そう言いカティは口の端をあげた。
ソレスタルビーイングとして彼らが行ってきた行動は全て褒められるべきものばかりではない。
ELS侵攻を食い止めた功績はあっても、6年前の武力介入の事もある。
地球連邦を影で支える形となっているのも、知る人ぞ知る存在だ。
表立っての行動も中々出来ない立場にあり、今回のドレスの最終決定日が限界だった。
地球連邦に所属している彼らには裏でコンタクトを取り、来てもらったくらいに。
「・・・可愛らしいものだな」
カティはそう言い瞳を穏やかに細めた。
最初にを見たのは2年前のアロウズに着任した後だった。
あの頃の彼女は精神的にも身体的にも手を加えられていて人形のような状態だったが・・・。
「そうでしょう?うちの自慢の娘なんだから」
冗談交じりに笑って言うスメラギに、カティも笑む。
やはり愛する者の傍に居るせいか、とても輝いて見える。
可愛らしく微笑む姿に心が穏やかになる。
願わくば、彼女たちが平和に暮らせるように。
その為に一日でも早く、努めなければならない。
スメラギもカティもそう思いながらの後ろ姿を見つめた。
「貴方は、いいんですか?」
控えめに問われてグラハムは振り返る。
そこには桃色の髪をしたソレスタルビーイングのオペレーターが不安げな表情をしていた。
何がかな、と返すとフェルトは少しだけ俯いた。
「の事、好きなんですよね」
真っ直ぐな物言いにグラハムは小さく笑みを零し、頷いた。
「ああ、愛していると言っても過言ではない」
活気溢れていた昼過ぎの街中。
喧騒の中、小さく流れるオルゴールに合わせて舞う彼女だけがとても輝いていた。
街角の一角だ。誰も気付かないようなところで、天使が舞い降りた。
金色の髪と紅色のリボンが舞い、ふわりとスカートが揺れる。
軽い足取りのまま、店の前まで行ってオルゴールを手に取り、宙に翳す彼女。
一目で、心を奪われた。
「正に彼女は、私の前に舞い降りた天使だった」
「・・・なら、今回の事・・・」
「は私を救ってくれた。しかし、私は彼女を救おうとすらしなかった」
6年前。自分を救ったが為にアロウズに囚われた彼女に気付きながらも何もしなかった。
自分の道を探し求め、彼女を二の次に考えてしまった。
何より、あの状況の自分が彼女を救うなんて事は、出来なかったから。
「いいんですか」
「いいのだよ」
彼女の幸せを、私は望む。
グラハムの言葉にフェルトはそれ以上追求する気はないようだ。
君こそ、と言いかけてグラハムはことばを噤む。
「・・・否、君も私と同じなのだな」
「・・・はきっと、アレルヤの傍で幸せになれるんです」
それはきっと、私も刹那も、分かっていますから。
フェルトはそう言い小さく微笑んだ。
「しかし、相変わらず無茶がすぎる姫君だな」
まさか赤子を腹に抱いたままMSに乗るなんて。
そう零すグラハムにフェルトは「本当ですよ」と言って肩を落とした。
「でも、そんな無茶ももう終わるって、思えるんです」
穏やかに瞳を細めて寄り添うアレルヤとを見る。
グラハムも緩やかに結ばれた金色の三つ編みが揺れるのを見て、「そうだな」と返した。
閑話のような話です。レイとフレイ、スメラギとカティ、フェルトとグラハムの話が主でした。
生存できたメンバーたち大集合。この後は結婚のお話になります。