「地上に降りる?」
ドア越しにアレルヤがうん、と答える。
此処は宇宙のプトレマイオスの中。
はパイロットスーツを脱ぎながら「みんな?」とドアの向こうで待っているアレルヤに問うた。
宇宙に戻ったを出迎えたアレルヤだが、今は彼女の着替えの為に外で待機中である。
「イアンさんは残って、ラグランジュ・ワンにあるドッグに行くみたいだけどね」
「そっか・・・私もお手伝いで残ろうかな」
はそう言いながらインナーも脱ぎ、床に落とす。
ぱさりと音を立てたそれを放置して、いつもの洋服に着替える。
布の擦れる音が耳に届いたアレルヤは、頬を仄かに赤く染めながら再度口を開く。
「き、君は残るの?」
「考え中」
なんてね、と言いながらは髪を簡単に整えてからアレルヤから貰った髪飾りをつける。
それからドアを開くと、どこか気まずそうに視線を彷徨わせるアレルヤが居た。
お待たせ、と言って横に立つ彼女に、アレルヤは小さく笑った。
いいよ、なんて言ってくれる彼は相変わらず優しかった。
あと、笑顔も相変わらず優しい。
はそんな彼を見詰めながら移動をする。
ほんとは軽くシャワーも浴びたかったが、アレルヤをこれ以上待たせる事は心許無かった。
ミカエルの整備も終わり、後は指示待ちの立場だ。
ロックオンと刹那はまだ地上に居るが、アレルヤの話を聞いた限りでは次はみんな地上に降りるらしかった。
「・・・ね、アレルヤ」
名前を呼ぶと「なんだい?」とを見詰めて優しく聞き返した。
そんなに長い時間離れていた訳ではないけれが、にとってはなんだか久しぶりに感じた。
やっぱり彼の優しさは心地良い。
はそう感じながら、彼を見上げ、両手を広げた。
帰ってきたらぎゅってしてほしかったから。
そう思いながらそうしたに、アレルヤは思いっきり肩を跳ねさせて「えっ!?」と言った。
顔を真っ赤にさせた彼は照れているのだろうか?
そう思いながらは素直に自分の思いを口にする事にした。
「ぎゅってして」
帰ってきたら、してほしかったの。
そう言うとアレルヤは慌てた様子での腕を掴んだ。
素早く移動した場所はアレルヤの部屋だった。
部屋に入ってからの両肩に手を置いてアレルヤは大きく息を吐きながら項垂れた。
「ア、アレルヤ?」
「ほんと・・・君は・・・」
何考えてるんだか・・・。
と言いながらゆっくりと顔をあげた。
目元を赤くしたアレルヤは一つ咳払いをした後、口を開いた。
「・・・その、なんで急に・・・?」
「急っていうか、ずっとそうして欲しかったから」
「ずっと!?」
慌てるアレルヤ。
彼の中からハレルヤの声も響いてきた。
((つまりはそういう事だろ?))
「そ、その」
アレルヤは気を取り直して、との両肩をまた掴むと、真っ直ぐに見詰めた。
「、」と名前を呼ぶと再度口を開いた。
「僕は・・・僕たちは・・・、」
「え?」
アレルヤはきゅ、と唇を真一文字に結んでから、再度口を開く。
「君が大切で、必要で、ずっと傍に居て欲しくって」
「・・・うん、」
「・・・つまりは、その」
大好き、なんだ。
そう言ってアレルヤは頬を赤く染めた。
大好き、大好きって、大好き。
つまりは、
「・・・好き、って、愛情?」
「あ、愛・・・」
ぷはっ、とハレルヤが噴出した気がした。
キスもしたのはそれが理由?
「好きだからキスした?好きだから、優しくしてくれた?」
「べ、別にそんな下心があって君に近付いた訳じゃないよ!」
慌てて両手を振って否定するアレルヤ。
そんな彼に、ふむ、とが頷くとアレルヤは困ったように笑った。
「・・・、僕は兎に角君が大切なんだよ」
「私もアレルヤとハレルヤが大切だよ」
「・・・いつか、それが特別になってくれたらいいな」
そう言ってアレルヤは力なく笑った。
私がアレルヤの恋情に気付いていないと思っている?
そんな事は無いんだけどな。
だってずっとこうして優しくしてくれたのは、特別な気持ちもあるからでしょ?
はそう思い、アレルヤの両手に自分の手を重ねた。
そしてにこりと微笑むと、口を開く。
「アレルヤとハレルヤは特別だよ?」
そう言うとアレルヤは「え?」と声をあげた。
正直、にとって恋というものは良く分からないものだった。
だが、アレルヤとハレルヤに向けられている自分の気持ちがそれに近いことは感じていた。
特別な異性を想う気持ち、それが恋情だって聞いたことがある。
シン、アレルヤ、ハレルヤ、彼らが私にとって特別な気持ちを抱く相手。
だからきっと、
「大好きなんだよ」
がそう言うとアレルヤは顔を真っ赤にした。
アレルヤに習って気持ちを伝えたのに。
なんて彼女が思っていると彼は微かに声を震わせながら「ほ、ほんとに?」と言った。
頷いた瞬間、とても嬉しそうに、にっこりとアレルヤは微笑んだ。
「・・・良かった」
嬉しい、と言って微笑む彼の笑顔はなんだか可愛らしかった。
「アレルヤ、笑顔可愛いね」
「ほぉ、言うじゃねぇか」
「あ、ハレルヤだ」
可愛らしい笑顔から一気に意地悪い笑顔になった。
ハレルヤはこの前と同じようにの顎に手を添えた。
あ、これは、
「あ、やだ、またキスだ!」
「やだ、だと?」
あ?と低い声でそう言い眉を潜めたハレルヤには思わずたじろいだ。
正直キスは安心する気がする。
でも、はなんだか口と口をくっ付けることが恥ずかしい気もしていた。
「だ、だってこの前したもん!私はぎゅってしてほしいの!」
「キスより抱擁だぁ?甘っちょろいなぁ」
拍子抜け、といった様子で肩を落としたハレルヤは「仕方ねぇ」と呟くと舌打ちをひとつした。
そのままの右の目元に、わざとらしいリップ音をたててキスを一つした。
にやりと口の端をあげて「この前のお返しだ」と言うと満足そうに笑っての腕を引っ張った。
ぎゅう、と背に回された腕。
肩口に顔を埋めたハレルヤは、の耳元で呟いた。
「好きだ」
「え」
ハレルヤ?
そう思い視線を彷徨わせた時、抱き締められる力が少しだけ弱まった。
横を見ると、困ったように笑う銀の瞳が見えた。
「・・・ふふ、僕たちがやっぱり大切なんだ」
「・・・アレルヤ、ちょっと恥ずかしいかも」
親愛か、愛情かなんて、今はまだよく分からないけれど、
これだけははっきりと言える。
「・・・私も、二人が大好き・・・!」
アレルヤとハレルヤの傍に居たい。
温もりを、優しさを感じていたい。
大好きです、
そのままはアレルヤの手をぎゅっと握った。
―――気付いたら寝てしまっていたらしい。
パチリ、と目を開けるといつかの真っ白い空間に居た。
また、ソーマ?
はそう思い辺りを見渡す。
と、背後から声がかかった。
『』
その声に反応して振り返る。
ソーマじゃない低い声、そこに居たのは、
『ハ、ハレルヤ?』
先ほどまで一緒に居たハレルヤだった。
座り込むを、腰に手をあてたハレルヤは見下ろしていた。
腰を折っての顔を覗き込み、彼はいつになく真剣な表情を見せた。
思わずが小首を傾げると、ハレルヤは小さく息を吐いた。
『・・・なるほどな。ここであの人革の女超兵と脳量子波を使って話してるって訳か』
ばれてる。
咎められたわけではないのに、どきりとの心臓が跳ねた。
ハレルヤは表情を変えずにに手を差し伸べてきた。
その手を取って、も立ち上がる。
お互い、寝る前に着ていた服装だ。
『意識が落ちた時に干渉できるのか・・・。お前はやっぱり俺たちとは少し違って特別みたいだな』
『そういえば、前もお互い休んでる時だったかも・・・?』
そう言って少し考えてみる。
ソーマは確か検査中と言っていたし、きっと意識は落としていたのだろう。
がそう思っていると、腕を突然引っ張られた。
驚いて顔をあげると、細められた金の瞳がそこにあった。
『・・・アレルヤの野郎をどう想ってる?』
『え?さっき言ったじゃん』
大好きだって。
ハレルヤも聞いていたはずなのに、どうしてもい一度聞いてくるんだろう。
がそう思っているとハレルヤは一度目を閉じて、ゆっくりとまた其れを開いた。
その瞳は、どこか冷たい感じがした。
『俺だけにしておけ』
『え?』
『アレルヤなんか放っておけ』
どうして?
その考えしか出てこなかった。
ハレルヤも、アレルヤも同じ気持ちだって、思っていたから。
なんだかんだお互いを思うところがあるはずなのに、なぜハレルヤはアレルヤを除け者にしようとするのか、は分からなかった。
『あいつは忘れてるだけなんだよ』
『忘れてる?何を?』
『あいつにとっての、女神サマをな』
苦々しげに吐き出すように言ったハレルヤ。
女神様?
それって、
『アレルヤがまだ超人機関研究施設に居た頃、五感を失っていた女と出会った』
名前は、マリーだったっけな。
そう言ってハレルヤは続ける。
『どういう訳か、アレルヤは記憶が混乱しているらしくってな』
一度宇宙で死にかけたせいかもな。
ハレルヤは無感情な声色でそう言った。
『・・・マリーの、事を忘れている?』
『そうだ。施設に居た頃の記憶も曖昧ときた。俺は覚えてるけどな』
全部、全部。
覚えている。
もしかしてアレルヤが忘れたんじゃなくて、ハレルヤが引き取ったんじゃ、
がそう思っていると「野暮な考えは無しだぜ」と言われた。
『前に鹵獲されかけたろ』
『・・・ティエリアがナドレを晒してしまったあの時ね』
あの時は私はほとんど役に立てなかった。
そう思い、が悔しげに表情を歪め、強く拳を握ると、やんわりと解かれた。
大きな掌に、包まれる。
『そこで思い出しかけた。だからこの俺が出て抑えてやったんだよ』
『どうして?』
思い出す事は、いけない事なの?
瞳を揺らがせて、が思わずそう問う。
それにハレルヤは金の瞳を細め、口の端を吊り上げた。
『じゃねぇと、アレルヤは戦えなくなるからな』
戦えなく、なる。
思い出すと戦えなくなる。
何故?
そう思ったけれど、直ぐにある理由が浮かんだ。
『・・・まさか、マリーは、』
出来れば当たって欲しくない予感。
なのに、ハレルヤは口の端を更に吊り上げて「大正解だ」と言った。
『人革のティエレンに乗ってる女超兵はアレルヤの大事な女神サマ・・・マリーなんだよ!』
『!!!!!』
なんてこと!
そう思った瞬間、は膝の力が抜けて地に座り込んだ。
戦う、因縁の相手が過去大切にしていた女の子だなんて、
アレルヤが知ったら戦えるはずがない。
それに、ソーマも覚えている様子が見えない。
そもそも、名前が違う。
まさか、
『・・・アレルヤとハレルヤみたいに、人格が・・・!?』
『そう考えるのが妥当だろうな』
ま、主人格はマリーなんだけどな。
そう言うハレルヤは「だからよぉ」と言い膝を折る。
『アレルヤのお前に対する気持ちは仮初だ』
ハレルヤの言葉が、の胸に突き刺さった。
色々な事を一気に知りすぎて頭がパンクしそうだ。
それよりも、その一言が辛い。
さっと冷水をかけられたみたいに体温が一気に低下した気がする。
瞳を見開く。
今までのアレルヤの優しさは、温もりは、本来だったらマリーに向けられるべきもの。
アレルヤは勘違いして、私にマリーを重ねて、
はそこまで考え、両手を床につく。
『・・・そんな、』
思わず項垂れる。
ついさっきまでアレルヤと想いが通じ合ったと思っていたのに、一気に突き落とされた気分だった。
『・・・俺は違う』
ハレルヤはそう呟き、の両頬に手を添え、顔を上げさせた。
顔を上げたの視界に、真剣な表情のハレルヤが入る。
『俺はアレルヤとは違う。俺にとって、お前は・・・俺の頭ン中をかき乱す、変な存在だ』
『ハレルヤ・・・』
俺はお前を裏切らない。
俺はお前の傍に居る。
だから、
『お前も俺の傍に居ろ』
そう言い、ハレルヤは優しくを抱き締めた。
『俺が、守ってやるから』
アレルヤと同じ体。
アレルヤと同じ香り。
アレルヤとは違う、荒々しい抱擁。
は、気付いたらハレルヤの背に縋るように腕を回していた。
『・・・お前と同じで俺もよく分かってねぇ』
『・・・うん、でも、ハレルヤ、あったかくて一緒に居ると落ち着くから・・・』
ぎゅう、とハレルヤにしがみ付くように抱きつく。
一緒に居ると暖かくて、気持ちが良くて、もっと一緒に居たいと思えて、
ハレルヤが、大好きで、
でも、アレルヤも、同じで、
『・・・なんでだろ』
アレルヤに悪気が無いにしろ、代わりにされていたから?
所詮代用品になっちゃうから?
何かが違う、きっと、
アレルヤがマリーを今でも想っているから?
『・・・ハレルヤにぎゅってしてもらって、すごく嬉しくて、あったかいのに・・・』
胸が、張り裂けそうに痛いよ。
ごめんね、ハレルヤ、ごめんね、
気付いたらはそう繰り返していた。
『・・・仕方ねぇな』
俺が守ってやるよ。
誓うように、ハレルヤはの唇を優しく塞いだ。
アレルヤとマリーとハレルヤと。複雑になりました。