振り返って、思わず目を丸くしてしまった。


「あ、あれ?」


ずっと無言を貫いていたのは、金色の瞳を細めて此方を真っ直ぐ見ている。

アレルヤじゃない、ハレルヤだ。


は、ミカエルのマイスターだったな」


ハレルヤに気を取られていると、ヨハンに話しかけられた。
反射的に振り返ると、ヨハンのグレーの瞳が思いのほか近くにあっては思わず肩を跳ねさせた。


「あ、うん、そう、ミカエルのマイスター・・・」

「君は戦場で、とても頑張っているんだな」


データを閲覧させてもらったよ。
ヨハンはそう言ってまたの頭を撫でた。

これはちょっと嬉しいんだけど、後ろからの視線が痛い気がする。

それにしても、

ヨハンをじっと見上げて彼を見詰めてみる。
先ほど違って、やはり言葉に感情が乗ってる気がする。


なんていうか、自分の考えを言ってるって感じ。


そんな事を思いながらヨハンを見上げていると彼は「ん?」と言いながら小首を傾げた。


「あ、やっぱり」

「何かな?」

「ヨハンって、さっきスメラギさんの回答には予行練習でもしてきてたの?」


の一言にヨハンは瞳を丸くし、ミハエルは「はぁ!?」と声をあげた。


「兄貴がそんな事する訳ねぇだろ!」

「じゃあなんであんなメモ読んでるみたいな・・・」


そこまで言ってヨハンをまた見てみると、彼は驚いているのか、ずっと目を丸くしていた。
どうしたんだろう、とが思っていると彼は口元に手をあてた。


「・・・、貴女は・・・」

「ん?」

「・・・不思議な女性だ」


そう言いながら、ヨハンは片手を伸ばした。
肩に手を置くのかと思ったら、彼の手は頬に添えられた。
ん?と瞳を丸くするにヨハンは穏やかな瞳を向けてきた。

その時、


「お遊びはここまでだ」

「うわっ!?」


ぐい、と後ろから腕を引かれた。
頭にこつんと当たったのは、誰かの胸板。
さっきの声と、この強引な行動は、

と、が思い、恐る恐る顔を上げてみると、


「これ以上、人の女に触ってんじゃねぇぞ」


金の瞳がそこにはあった。
やっぱりハレルヤ!
そう思いは思わず瞳を丸くした。


「・・・っていうか、人の女、って・・・!」

「お前は黙ってろ」


ハレルヤはそう言いながらヨハンを睨むように見た。
その手は私の首筋から顎へ、指先をつい、と滑らしている。
はくすぐったさを感じて、身を捩らせる。


「く、くすぐったいよ!」

「っつーわけで、お前は出る幕無しって事だ」


分かったか?色黒野郎。
そう言いハレルヤは口の端を吊り上げた。


「こいつに惹かれる気持ちも分からねぇでもないが、はもうこっちのモンなんでな」


惹かれる気持ち?
なんて思っていながらが眉を潜める。
そんな彼女の視界に、苦笑しているロックオンが入った。


「モテモテだな」

「ちょっと良く分かんない・・・」

「そんだけお前さんが魅力的って事だよ」


そう言って壁に寄りかかるロックオン。

だから良く分かんないってば。
なんてが思っていると頭をぐしゃぐしゃに撫で回された。


「わ!ちょ、何?ハレルヤ!」

「うっせ」


うりゃうりゃーみたいな感じに頭をぐしゃぐしゃにかき乱される。
ハレルヤの顔はとても楽しそうだったけれど、は楽しくなんて無い。

髪が絡まる!

なんて思っていると今度は真横から腕を引かれた。
「わわわ」と声をあげるを刹那が支えた。

今までずっと黙って静観していたのに、なんて思っていると刹那は手櫛での髪を整えてくれた。


が困っている」


刹那がそう静かに注意する。
それにハレルヤはそれに楽しげに笑うだけだった。
一度視線を逸らしたと思ったら、次の瞬間此方を見たのは、銀色の瞳だった。


「そうだね、ごめんね」


そう言って困ったようにアレルヤは微笑んだ。
「アレルヤは悪くないよ」と言うと、彼は小さく首を振った。


「僕も、きっとあのままだと同じ事していたと思うから」

「え?」


なんて?
と、思った時、の前にアレルヤと刹那が立った。
後ろにはロックオンが居て、なんだか囲まれたみたいだった。

「さ、」と言ってアレルヤがヨハンを真っ直ぐ見た。


「そろそろ妹さんも戻る頃なんじゃないですか?」


有無を言わさないような笑顔で言うアレルヤに、思わず小首を傾げる。
なんか怒ってる気がする、と、が思っていると刹那が口を開いた。


「さっさと帰れ」

「ちょ!刹那!」


率直すぎ!
は慌てて思わず刹那の両肩を後ろから掴む。
反応が心配になってヨハンを見てみると、彼は思いのほか穏やかに微笑んでいた。


、私は貴女に興味を抱いた」

「へ?」


私に?
がそう言うとヨハンは頷いた。


「貴女は一瞬で私の本質を見抜いた。それに貴女の瞳はとても澄んでいて美しい」


う、うつくしー・・・!
は思わず両頬を手で覆った。
なんでこんな爽やかな笑顔で恥ずかしい台詞を言えるんだろう、ヨハンは。

そんなをちらりと横目で見た後、アレルヤが口を開く。


「そんな事、此処に居る誰もが知っているんです」


にこり、とアレルヤが微笑んで言う。
知ってるって、何か返す言葉が違ったような・・・。
がそう思いながらアレルヤのパイロットスーツをくいくいと引っ張るけれど、彼はこっちに安心させるように笑顔を向けるだけだった。

あ、あれー?


「そういうこった。この艦のお姫様なんでな、こいつは」

「そのようですね」


ロックオンの言葉にヨハンが同意をする。
彼らに異を唱えたのは、ミハエルだった。
ミハエルは鼻を鳴らすと腕を組んでヨハンの横に立った。


「俺らの所にもちゃーんとお姫様が居るじゃねぇか、兄貴!」

「・・・そうだな、やんちゃな姫君がな」


きっとネーナの事だろう。
確かに、トリニティの紅一点の彼女は彼らにとってお姫様だろう。

そう思っていると、ヨハンが一礼をした。


「では、我々はそろそろ・・・」


どうやら自分たちの艦に戻るようだった。

ミハエルはネーナを探しに部屋の外へ出た。
ヨハンは、ドアに近付いたところで振り返る。

それには「あ、」と短く声をあげて一歩踏み出す。


「見送るよ!」

「・・・僕たちも行くよ」


一人で行こうとしたの肩にそっと手をあてて、アレルヤが言う。
は彼の銀の瞳を見上げて、小さく頷いた。

そのままヨハンたちと共にハッチの前に行く。
彼らとトレミークルーの話の中、ネーナが私に近付いてきた。


「貴女がね?」

「あ、はい」


反射的に返事をすると、ネーナはにっこりと明るく可愛らしい笑顔を浮かべた。
真っ赤な髪が、半重力の中でふわりと舞う。


「ふーん・・・?」


彼女はじ、と上から下へ視線を動かした。
じろじろ体を見られ、は少したじろぐ。

なんだろ、とが思っているとネーナは口を開いた。


「見た目はそんなに変わんないと思うんだけどね」

「え・・・っと?」


ほんっと。
そう言いながらの横をすり抜ける。

そして、耳元で囁いた。


「別の世界の強化人間だなんて、思えない外見ね」

!!!!


別の世界の、強化人間。

どうしてその情報を!?

が思わず勢い良く振り返る。
が、既にネーナはミハエルの隣に居てメットを被っていた。

そんなに、今度は別の手が差し出された。
視線を上げると、メットをつけたヨハンがそこに居た。


「私と連絡を取る時は、これを使ってください」

「・・・端末?」

「はい。貴女だけに」


そう言い、の手に端末を握らせた。

トリニティ、というよりもヨハン専用の端末・・・。

思わずそれをじっと見詰めていると、隣からクリスティナが肘でつついてきた。


「ちょっと、お礼言わないの?」

「あ、ありがとう!」


反射的についお礼を言ってしまった。
いらないです、って返せば良かったのかもしれないが、恐らく唯一の連絡手段だったから。
はそう思いながらもヨハンを見上げる。
ヨハンは目元を緩めると「いえ」と言った。

なんだか心なしか穏やかな表情な気がする。

興味を持ったとか言ってたし、信用はしてくれてきているのかな?
はそう思いながら、トリニティを見送った。


「あーあ・・・私の好みの男はどうしてにばっか・・・」

「え?クリス、どうしたの?」

「なんでもなーい!」


そう言いながらクリスティナは歩いていった。
恐らくブリッジへ戻るのだろう。
彼女の背を見つつ、スメラギやマイスターたちと一緒にブリッジへ向かった。


「すんなり帰してよかったのか?」


移動しながらロックオンがスメラギに声をかける。


「向こうの情報、ほとんど引き出せなかったぜ」

「そうでもないわよ」


スメラギがそう言い、ブリッジへ入る。
丁度その時、格納庫の方向からイアンがやってきて「よっ」と言い片手を上げた。
おやっさん、とロックオンが呟く。


「お前らが話している間に、あのスローネって機体調べておいたぜ」


親指を立てて言うイアンにスメラギは「ありがとう」と言う。
さっきの話し合いも、トリニティの意識を此方に向けるためのものだったんだ。
なんて思っているとロックオンが微笑んで「さすが戦術予報士!」と言った。


「報告書は独立端末でお願いします。決してヴェーダには入力しないで」


スメラギの言葉にイアンは小首を傾げたが、すぐに「了解した」と返事をした。

ヴェーダに入力をしない。
ネーナも何故かの個人情報を取得していた。

まさか、艦内を探検している中でヴェーダのシステムに干渉した?


・・・まさか、と思いつつも視線はティエリアに向かってしまう。

マイスターの中で唯一ヴェーダに干渉できるティエリア。
彼なら何か知っているかもしれない。

はそう思いながら「ティエリア」と彼の名を呼びながら近付く。


「ヴェーダ、何かあった?」


そう問うとティエリアは苦々しい表情をして、舌打ちを一つした。

うわ、機嫌悪い!!!


「ネーナ・トリニティとかいう女がヴェーダの端末に侵入してデータを閲覧していた」

 やっぱりあの子が!」

「何かあったのか」


はティエリアの問いに頷いて、彼の腕を引っ張る。

その行動にティエリアは眉を寄せたが、首を傾けてくれた。
は少し背伸びをしつつ、皆がスメラギたちと話しているのを確認してから、ティエリアの耳元に口を寄せる。


「・・・あのネーナって子、私の個人情報を知ってた」

「! 君の、マイスターの情報をだと!?Sレベルの秘匿義務だぞ!」

「しー!しーっ!!」


声を少し荒げたティエリアに、思わず指を立てて彼を諌める。
眉を吊り上げたまま、ティエリアはの腕を掴むとブリッジを後にした。

廊下を移動しながら、ティエリアは口を開く。


「ヴェーダの情報を盗み見されたか・・・」


なんという失態だ。
と言うティエリアは苦々しげだ。

彼はヴェーダの情報、というよりもヴェーダそのものを第一と考えている気がする。
だからこそ、勝手に見知らぬトリニティにいじられた事が気に入らないんだろう。

下手したら、変にいじられているかもしれない。

そんな事をが思っていると、ティエリアが「どこまでだ」と言った。


「どこまで掴まれた」


気付いたら、ティエリアの部屋に居た。
此処なら誰の耳にも入らないだろう。
そう思い、は口を開く。


「・・・私が別世界から来た事・・・そして、エクステンデットだって事」

「世界の事や強化人間のタイプまでもか!?・・・くそ、あの小娘・・・やってくれる!」


ギリ、と歯を噛み締めて言うティエリア。
本当に悔しそうなティエリアは拳を強く握り、机に叩き付けた。
眼鏡の奥の赤い瞳が細められる。


「・・・君は確か、端末を受け取っていたな」

「ヨハンから貰ったのなら・・・」


そう答えながら、さっきヨハンから貰った端末を取り出す。
データを見てみると、johan、とだけ入っていた。
他にも操作をしてみるが、新しく何かを登録する事もロックがかかっているようだった。

完璧にヨハン専用の端末になるという事だろう。

それを確認したティエリアが小さく息を吐く。


「君には彼と連絡をとってもらおうか」

「ヨハンと?」


そうだ、とティエリアは頷く。


「彼は君に興味を抱いていた。これを利用しない手は無い」


利用なんて、ちょっと悪い気もするんだけどな。
なんて思いながらは端末をいじる。





「別に敬語もさん付けもいりませんから」





彼はそう言ってくすりと微笑んでくれた。
なんでだろう、ここの辺りから彼の雰囲気が柔らかくなった気がする・・・。





、私は貴女に興味を抱いた」

「貴女は一瞬で私の本質を見抜いた。それに貴女の瞳はとても澄んでいて美しい」





彼はこうも言っていた。

ヨハンの本質って?

はそう考えを続ける。
あの、弟と妹とは違って、彼には自己主張があまり見られないように感じた。

スメラギの問いかけにも、淡々とした様子で話してた。
それに、の言葉に驚いていた気がした。


今まで、誰も彼の意見を聞かなかったのかな?

ヨハンは、自分の意思が無いのかな?

それなら、彼の戦う意味は?


がそう思っていると、ティエリアが立ち上がった。


「彼と会う事も許可するようスメラギ・李・ノリエガに言っておく。兎に角、奴らの情報を掴め」

「・・・えっと、つまりは会って情報掴んで来いって事ですよねー」

「その通りだ」


ふん、と鼻を鳴らしてティエリアは言う。
ですよねー、なんて思いながらは苦笑しか返せなかった。





色々あるが、アレルヤと話をちゃんとしたくては彼の下へ向かった。

早くアレルヤに会いたくて、パイロットスーツのまま彼の部屋の前に行く。
ただ、パイロットスーツの前を寛げて腰に下ろしている状態にしているので少しは楽だが。

部屋の呼び出しのボタンを押すと、直ぐにドアが開いた。

そこには普段着のアレルヤが居て、真っ直ぐにを見下ろしていた。

なんで分かったんだろ、なんて思っているとアレルヤは少しだけ笑った。


「その格好のままで来たの?」

「あ、早く、話・・・したくて・・・」


くすくすと笑うアレルヤはちゃっかり着替えていて、自分は未だパイロットスーツ。
はなんだか気恥ずかしくなって、思わずしどろもどろな回答をする。
アレルヤは彼女の肩に手を置いて、にっこりと微笑んだ。


「でも、君が来てくれて嬉しい。僕もと一緒に居たかったから」


そう言いながら、アレルヤはを室内に入れてくれた。
素直に部屋に入り、再度銀の瞳を見上げた。


「・・・あの、アレルヤ」


ヨハンとかの事より前に、彼には言いたい事があった。
会ったらこう言うと考えていたのに、色々あって中々彼と話ができなかった。




『アレルヤのお前に対する気持ちは仮初だ』





ハレルヤの言葉を聞いてから、アレルヤの傍に居る事が少し辛くなった。

だから、故意的に避けてしまった。

アレルヤは理由が分からずに、傷付いてしまっただろうに。


がそう思いながら彼を見上げると、彼は「良かった」と言って彼女を優しく抱き締めた。
突然の抱擁に、が戸惑いの声をあげる。


「ア、アレルヤ!」

「やっと君と、一緒にゆっくりできる」


あ、私が、地上に降りちゃったから・・・!
が思わずそう言いながらアレルヤを見上げると、彼は眉を少し下げた。


「僕、早速何か嫌な事して嫌われちゃったのかと思ったよ」

「嫌ってなんかない!むしろ、その・・・」


私は、アレルヤが大好きで・・・。

視線を彷徨わせながら言うに、彼はくすりと笑みを零した。
そしてあいている手で彼女の頬へ手を添えた。


「分かってるよ」

「・・・なに、その笑顔・・・」


アレルヤは意味ありげな笑みを浮かべつつ、銀の瞳を近づけた。
ん?と思っていると彼は再度口を開く。


「・・・あまり僕を嫉妬させないで」


嫉妬。

ヨハンと私の事を言っているのか、それとも地上に降りた私の事か。


((自分の事を棚に上げて良く言うぜ))

「・・・ハレルヤ?」


頭にハレルヤの声が響いた。
それに反応してか、アレルヤが顔をあげた。
ハレルヤはマリーの事をアレルヤには伏せておくつもりらしいので、どうこう言うつもりは無いだろうけれど。
取り合えず、「アレルヤ」と彼を呼んだ。


「あの、地上に降りちゃってごめんね?」

「いいよ、君にも何か考えがあったんだろうし」


それに、ゆっくりできたみたいだしね。
そう言ってアレルヤは微笑んだ。


「うん・・・あ、あとね、アレルヤにも話しておきたい事があるの」

「僕に話しておきたいこと?」

「ヨハンから貰った、これなんだけど・・・」


そう言って端末を取り出すと、アレルヤは少しだけ瞳を細めた。
やはりヨハンに対して良い印象は持ってない様子だった。

しかし、ティエリアとも話した事だから、アレルヤにもちゃんと教えたかった。


「えっと、トリニティの情報を入手する為にも、私がこれでヨハンと連絡を取る事になったんだ」

「どうして、君が・・・」


アレルヤが悲しげに言う。
とヨハンが連絡を取り合う事が嫌なのか、ハレルヤも何か訴えてくる。


((あんなすかした野郎が良いって言うのか?))

「ほら、トリニティとの連絡手段ってこれしかないから!」

「でも、別に態々君が・・・」


不満げな二人に思わずは腕を組んで考えてしまう。
どう言ったら彼らは納得してくれるだろうかと考える。


「・・・取り合えず、情報入手だから!」


ね?
そう言うと、アレルヤは小さく頷いてくれた。


「・・・そうしないと彼らの事、何も分からなそうだからね・・・ごめん、分かっているんだけど・・・」

「アレルヤ・・・」

「・・・僕の事も、忘れないでね」


なんてね。
そう言ってくすりと笑うアレルヤはなんだか複雑そうだった。


私が不安に思うように、アレルヤも不安なんだろうか。

でも、アレルヤが私とヨハンの関係にやきもきしているのなら、それは仮初の感情だ。

ハレルヤが教えてくれた。だって、アレルヤが本当に大切なのは、ソーマ・・・マリーだから。


そう思いつつ、アレルヤが握ってくれた手を握り返した。




さり気無くいちゃいちゃ。