「奴らの武力介入はこれで七度目・・・」
地球上の無人島にある基地でロックオンが苦々しげに零す。
そんな彼に刹那は視線だけを向けた。
「あれこれ構わず、軍の基地ばかりを攻撃・・・。しかも殲滅するまで叩いてやがる」
アレルヤじゃないが、世界の悪意が聞こえるようだぜ。
冗談めかして言うロックオンに、刹那が口を開く。
「トレミーからの連絡は?」
「待機してろと。奴らのせいでこっちの計画は台なしだからな。
ミス・スメラギもプランの変更に追われてるんだろうよ」
「あれが、ガンダムのする事なのか?」
徹底的な基地の攻撃、牽制、殲滅。
誰の命令かは分からないが、勝手がすぎるトリニティにソレスタルビーイングのメンバーは苛立ちを感じていた。
そういえば、とロックオンが口を開く。
「は戻らなかったんだな」
刹那はロックオンに「ああ」と返す。
はトリニティのヨハンと接触をした後、刹那たちに一度合流をしていた。
が、どのような事を話したかをロックオンに報告をすると、ガンダムに乗って移動をしていった。
トリニティの監視に動く。
はそう言ってミカエルで駆けていった。
それからまだ戻る気配は無い。
変にぶつからないといいんだけどな。
ま、なら大丈夫か。
ロックオンはそう言いながら、壁に背を預けた。
「あのスローネって機体だが、システムや装甲は我々と同じ技術が使われていた」
宇宙のプトレマイオスのブリッジではティエリア以外のメンバーが顔を揃えていた。
イアンの言葉に、アレルヤが目を細める。
「やはり同型機・・・」
「でも、GNドライブは違う」
「違うって、太陽炉が?」
問うリヒテンダールにフェルトは頷く。
「機能的には同じだが、炉心部にTDブランケットが使用されていない。
ドライブ自体の活動時間は有限・・・言ってみればこいつは、擬似太陽炉だな」
擬似太陽炉。
アレルヤがそう呟いた。
TDブランケットが使用されていないとなると、エネルギー補給の手間は出るが、量産が可能となる。
トロポジカルディフェクトを利用した粒子変換器を製造する環境は木星にしかない。
ひとつ制作する事にも、何百年もかかるだろう。
その手間を省く為に、TDブランケット使用を破棄したもの、それが擬似太陽炉。
「何者かがソレスタルビーイングの技術を盗み、ガンダムを建造した・・・」
どうやって?
ラッセの言葉は、全員が思っていた言葉だった。
顎に手をあて、スメラギが口を開く。
「太陽炉の設計データは、ヴェーダの中にしか存在しないわ。・・・つまり・・・」
「何者かにヴェーダがハックされたって言うんですか!?」
クリスティナが思わず声を張る。
そんなこと、と言い表情を歪める彼女の名をスメラギは呼ぶ。
「クリス、物事に絶対は無いわ」
「仮にそうだとしても、太陽炉を製造するには膨大な時間が・・・」
「少なくとも、組織の中に裏切り者が居るのは確定だな」
ラッセの言葉にスメラギは頷き、「そのようね」と言う。
丁度その時、通信が入った音が響く。
それに反応し、パネルを操作したのはフェルトだった。
「スメラギさん、ミカエルから暗号通信です」
「モニターに映して」
スメラギの言葉にフェルトは「はい」と返事をすると手早く操作をする。
画面のモニターに、パイロットスーツを身に纏ったの姿が映し出された。
ミカエルから通信を送っているのだろう。
彼女の姿を目に留めた瞬間、アレルヤの表情が和らいだ。
「・・・、」
『あ、みんな揃ってたんだ』
にこりと笑って手をひらひらと振る。
彼女のそんな仕種に、艦内の雰囲気が和らいだ。
スメラギは「、」と彼女の名を呼ぶと言葉を続ける。
「ヨハン・トリニティから何か情報は引き出せた?」
『報告した通り、ほとんど雑談で終わっちゃいましたよー』
彼は寂しんボーイ。
それだけじゃよく分からないわよ、と言ってスメラギは肩を竦めてみせた。
他にも彼らがデザインベイビーである事や精神年齢についてやヨハンの意思の無さについても報告書に纏めたのだが。
『取り合えず、今はバレアス海上空を飛んでます』
「確か、周辺をトリニティが移動ルートで使うのよね?」
スメラギの問いには頷いた。
ヨハンはご丁寧にもメールで世界の情勢やらこれから自分たちがどうするべきかも教えてくれた。
に対してのメールなので、彼女は単独で動くことにした。
緊急事態にも備えて、全員で動く訳にもいかないことが理由の一つだった。
が、は単純にヨハンの信頼を裏切りたいと思わなかったからそうしていた。
とりあえず、3回くらいはトリニティの武力介入を見てきた。
彼らの行動から真意を探るために、離れ離れから彼らを監視していた。
ミカエルの中ではそう考えていた。
なんて思っていると、気付いたらバレンシア国に入っていた。
このまま進むとスペインかな。
そう思いながらは森林区域の上空でミカエルを進める。
そうしていると、前方に例の機体が見えた。
はにこり、とモニターに映るスメラギたちに笑みを送る。
「トリニティを確認しました。このまま彼らの追尾を続けます」
『よろしくね、何か動きがあったら報告をちょうだい』
そう言うスメラギに「はい」と返事を返す。
フェルトやクリスティナも気をつけて、と声をかけてくれた。
は彼女たちにも頷き、最後にアレルヤを見やる。
彼もを見ていた様で、視線に気付いたのか、目元を和らげた。
『』
優しい声で呼びかけてくる。
『心配してたんだ、元気そうで良かった』
「ヨハンは結構良い人だったよ」
他の二人は分からないけど。
そう言って頬をかこうとしてメットに指先が当たる。
あれ、なんてが思っているとアレルヤたちが溜め息を吐いていた。
『・・・ちょっと、。鈍すぎるんじゃない?』
「え?」
『・・・鈍感』
「え?」
『しょうがないッスよ』
『だな、それがだ』
クリスティナ、フェルト、リヒテンダール、ラッセの順でそう言う。
えー?と言い小首を傾げる。
画面の中ではアレルヤの肩にイアンが手を置いていた。
『苦労するな、アレルヤ』
『ほんとですよ』
「ちょっと!何か馬鹿にしてない?」
思わず頬を膨らませてそう言うにスメラギは笑みを零した。
『兎に角、戻ったらアレルヤとゆっくりできるようにするわ』
「え?でも、トリニティの追尾やヨハンと会って情報を・・・」
『少しは二人の時間を大事に、ね?』
そう言ってスメラギは悪戯っぽくウインクをした。
あなたばかりに任せっきりにはできないもの。
と、スメラギは続けた。
それに「そうッスよ」とリヒテンダールが続ける。
『エージェントたちも動いてるだし、も少し休むべきッスよ』
「リヒティ・・・ありがとう」
優しく言ってくれる操縦士の彼に微笑んで礼を言うと、彼は照れくさそうに頭をかいた。
「いいッスよ」と言って笑う彼に、クリスティナが冷ややかな視線を向けた。
『ちょっと、何デレデレしてるの?にはアレルヤが居るんだからリヒティには無理よ』
『うっ・・・そんな事言わなくっても・・・』
傷付いた、といった様子でリヒテンダールは胸を押さえて項垂れた。
それには笑みを零し、「じゃあ、」と言葉を続ける。
「今回の追尾が終わったら、一旦トレミーに戻ろっかな」
『そうするといいわ』
ね、アレルヤ。
と、スメラギが言う。
アレルヤは頷いて、を真っ直ぐに見詰めた。
『僕たちは待ってるよ。気をつけてね、』
「・・・アレルヤ」
僕たち、というのはアレルヤとハレルヤの意味だろう。
は頷いて、嬉しそうに微笑んだ。
―本当は、許されない感情なのかもしれない。
これは本当はマリーに向けられるもの。
はそう思いながらも、表面上にこにこと笑みを浮かべる。
でも、今は大好きな彼に想われていたい。
はそう思いながら、空色の瞳を細めた。
―その時、
「! な、何・・・?」
『・・・?』
前方のトリニティの動きが変わった。
可笑しい。まだ此処は通過地点のはずだ。
なら何故、スローネドライは二機から離れて動いているの?
はそう思いながら、モニターにスローネドライを映す。
ネーナ・トリニティが乗っているであろうそれは、真っ直ぐにある場所へゆっくりと向かっていた。
「・・・まさか!」
スペインの森の中に、綺麗な教会があった。
今そこでは結婚式が行われているのか、多くの人が集まっていた。
その中には、純白のドレスを身に纏い嬉しそうに話す花嫁、花婿の姿。
―そして、
「・・・あれは、ルイス・・・?」
日本で刹那の潜伏先のマンションの隣に住んでいる沙慈・クロスロードの彼女。
そのルイス・ハレヴィそのものだった。
彼女は人の輪から外れ、教会の入り口付近で端末を手にしていた。
沙慈と連絡でも取っているのだろう。
はすぐにミカエルを動かした。
「まさか、あのスローネ・・・!」
『!一体どうしたの!?』
!
と、スメラギやアレルヤの慌てた声が響いたが、には答えている余裕が無かった。
ボイスオンリーとなった通信を切る暇も無く、はミカエルを最高速度で動かす。
それでも何とか彼女を止めようとスローネドライに通信を入れる。
が、直後響いた声は、
『死んじゃえばいいよ』
「!!!!」
スローネドライのGNハンドガンが無情にも放たれた。
一発だけだ、だが、その一発が、無防備な民間人へ襲い掛かった。
物凄い爆撃の直後、華やかだった結婚会場に残ったのは瓦礫の山。
倒れる人々、まだ息のある人も居るようだったが、それは極僅かだった。
は震える手でレバーを握り、奥歯をぎり、と噛み締める。
もう一発、とスローネドライがGNハンドガンを放つ。
無情にも倒れる人々へ向けられたそれに、
「お前ええええぇぇ!」
ミカエルが割って入った。
直後、連発されたGNハンドガン。
それら全てはミカエルに直撃したが、空中で体勢を崩す訳にはいかない。
何せ背後には、まだ息のある人間が居るからだ。
ルイスは無事だっただろうか。
そんな事を考えながらも、は口を開いた。
「ネーナ・トリニティ!何のつもり!?」
『それはこっちの台詞よ!何よ、あたしの邪魔して!』
「私の質問に答えろ!お前は今、何をした!!」
何が理由でこんな!
そう言うの耳に響いたのは、ネーナの笑い声だった。
『アハハッ!理由って、世界は変わろうとしてるのにちゃらちゃら遊んでたそいつらにちょっとお灸を据えてやっただけじゃないの!』
「・・・お灸・・・?まさか、そんな理由だけで・・・?」
紛争幇助だとか、武力を持っていたからだとか、理由もなしで?
は思わず唖然とした。
何の意味も理由も無く、民間人を傷つけたというのか、このネーナ・トリニティは。
「・・・ない・・・」
『は?』
震える手でレバーを強く握る。
「・・・許せない・・・!」
眉を寄せ、スローネドライを睨み上げる。
そんな下らない理由でこんな行いをしたというのか。
怒りのせいで我を失いかけても、は背後の様子を見やった。
そこで、ルイスを見つけた。
彼女は瓦礫に埋もれながらも、虚ろな表情で、真っ直ぐに此方を見上げていた。
傷付いてしまった、無関係な、ただの女の子なのに、
は眉を寄せ、ヨハンへ通信を入れる。
「ヨハン、早くどっかへ行って」
『・・・か? ネーナ、お前は一体何を・・・!』
『ごめーん!スイッチ押し間違えちゃった!』
てへ、と笑って言うネーナにミハエルがしょうがないな、なんて言う。
一体なにがしょうがないのか、この惨状を見てもそんな事が言えるのか。
ヨハンだけはに物言いたげな視線を向けてきたが、彼女は視線を逸らした。
「・・・後でね。今は早く、その女をどっかにやって」
じゃないと、撃ち殺したくなる。
冷め切った声色でそう言う彼女に、ヨハンは「・・・了解した」とだけ返した。
そのまま離脱をしたトリニティ。
はミカエルを一般回線に繋いで、直ぐに救急の者を呼んだ。
スペインの病院がきっと手早く対応してくれるだろう。
そう思いながらは、ミカエルを動かして瓦礫を撤去していく。
下にいる人を潰さないように。
ほとんどの瓦礫をどかし、人々を見渡す。
当然だが、ほとんどの人が意識が無い。
危険な状態でもあるだろう。
この惨状を引き起こしたのは、トリニティ。
は瞳を細め、レバーを強く握った。
「・・・違う、」
あの、ネーナ・トリニティは、
「私とは、違った・・・」
ベルリン市外の大量虐殺。
デストロイを用いて行動したと、今のネーナ。
自分を正当化するつもりなんて無いが、自分の意思であんな事をしたネーナは、
「・・・許さない・・・」
ルイスを傷つけた、民間人を傷つけた。
ぎゅ、とレバーを握る。
その時、いつの間にか切れていたのか、トレミーからの通信が再度繋がった。
『!応答して、!』
「・・・スメラギ、さん・・・」
そう答えると、安堵の声が耳に響いた。
其々の声が同時に響いて、何を言っているまでは分からなかったが。
『無事なのね、良かった・・・』
「データを送ります。詳しいことはそれを通して見て下さい」
『・・・?』
アレルヤの心配げな声が響く。
は「ごめんね、アレルヤ」と短く言い、無表情のまま再度ミカエルを動かした。
救助も来た。後は彼らが何とかしてくれるだろう。
「私は、スローネを許せないみたい」
それだけ言って、は通信を切った。
静かな怒り。