どうやらハレヴィ家の親戚が集まって結婚式の披露宴を行っていた時だったようだ。
それらのデータを見つつ、はミカエルのコクピットの中で膝を抱えて、そこに顔を埋めた。
何のために追尾してたの、私は。
は悔しさから思わず目を強く瞑る。
スペインの教会襲撃の後、トリニティを追ったが結局は追いつけなかった。
以降もトリニティは武力介入を続けているようだった。
ピピッ、とセットしておいたアラーム音が鳴り響く。
はゆっくりと顔をあげ、立ち上がった。
端末を手に取って、指定された時刻を確認する。
「・・・時間だ」
そのままミカエルから降りて、は目的の場所へと向かった。
「トリニティが一般人に攻撃したって、一体どういう事なの!?」
から届いたデータと、一般回線でも放送されている内容にスメラギは驚きの声をあげた。
紛争幇助の対象者でも居たんじゃねぇか?と、ラッセが言うがそれはクリスティナが否定した。
「それが、そうでもないみたいです。
ヴェーダにあるトリニティのミッションデータにも記載されて無いし・・・」
「意味もなく攻撃したというの・・・!?」
そんな、とスメラギは苦悩混じりの声を漏らす。
ブリッジに居たアレルヤは、から届いたデータを閲覧していた。
(あの時、は民間人を守る為にミカエルを動かした・・・)
((あいつ甘っちょろいもんな。放っておけなかったんだろうよ))
アレルヤの思いに反応して、ハレルヤが声を出す。
その言葉に、アレルヤはそうだね、と続ける。
(様子からして、知り合いも居るみたいだった)
アレルヤの言葉にハレルヤはさして興味もなさそうに、そーだなと言った。
((しっかし、いい雰囲気だったじゃねぇか、あいつ))
(正に怒り心頭、だったね)
((怒らせると怖ぇな、女ってのは))
(が怒るのも当たり前だよ)
僕も、彼らは気に入らない。
そう言いアレルヤは、銀の瞳を細めた。
そうだなァ、とハレルヤも声を低くする。
((特にあの地黒野郎は気に入らねぇ))
(ヨハン・トリニティに関しては同意権だよ)
そのヨハンとはこれからまた会うのだ。
情報の収集の為に。
トリニティには色々思う所もあるであろうに。
アレルヤはの身を案じた。
地上では、情報が届いた刹那とロックオンが居た。
ロックオンは届いたデータを見て、苛立ちから壁に拳を打ちつけた。
「何やってやがるあいつら!遊んでやがるのか!?」
「一般市民への攻撃・・・」
データをじっと見詰めながら、刹那が呟く。
(ガンダムが・・・)
無抵抗の、民間人に、理由も無く。
ぐ、と刹那は無意識の内に強く拳を握り締めていた。
は歩をゆっくりと進めていた。
ユニオンのある町で、今日はヨハンと待ち合わせをしていた。
大型のショッピングモールの裏手の、人通りの少ない場所。
そこに入ると、既にヨハンが居た。
彼はの姿を目に留めると、真っ直ぐに彼女を見詰めた。
ゆっくりと近付く彼女とは対照的に、ヨハンは駆け寄ってきた。
「!」
「・・・ヨハン、」
表情の無いに不安げにヨハンはグレーの瞳を揺らした。
そのまま彼は悲しげに瞳を細め、口を開いた。
「・・・あの後、ネーナに問い詰めても手が滑ったとしか言わなかった」
だが、それにしては狙いが的確だった。
そう言いヨハンはを見下ろす。
「ミカエルにも数発当てていたし・・・何か知らないか?」
「・・・理由・・・、」
『理由って、世界は変わろうとしてるのにちゃらちゃら遊んでたそいつらにちょっとお灸を据えてやっただけじゃないの!』
ネーナの言葉がの頭に再度響く。
ぎゅ、と拳を強く握り、はヨハンを力ない目で見上げ、口を開いた。
「理由なんて、無い」
「え?」
「ただ気に入らなかったから、撃った、って・・・」
が視線を逸らしながら言うと、ヨハンは表情を歪めた。
「そう、か・・・」と言い、彼は瞳を細める。
そして、強く握りすぎて白くなっているの手を優しく解いた。
そのまま、自身の手で握り締める。
顔を上げたの視界に入ったのは、悲しげに眉を下げたヨハンの顔だった。
「・・・ヨハン?」
「・・・妹に代わって、謝罪をする・・・」
銀の瞳を揺らがせて、ヨハンはの肩に顔を埋めた。
そのまま彼女の背に腕を回す。
その手はいささか乱暴で、まるでかき抱いているようだった。
「本当に、すまなかった・・・!」
「・・・ヨハン、」
「・・・、」
震える声でヨハンはを呼んだ。
顔を上げたヨハンは、酷く頼り無い表情をしていた。
グレーの瞳は揺れていて、まるで迷子になった子どもみたいだった。
はヨハンを見上げながら、彼の背を優しく撫でた。
「・・・どう、したの?」
「・・・私は、自分が良く分からない」
自分が分からない。
震える声でヨハンは続ける。
「このまま命令を聞き続けていればいいのか、分からなくなってきた・・・」
しかし、これしか私に出来る事が無い。
戦争根絶の為に戦っているのだから、
けれど、本当にこれでいいのかが分からない。
ヨハンはそう言ってまたの肩に額をつけた。
「・・・何が正しくて、何が間違っている? 一体どれが正義でどれが悪なんだ・・・?」
「・・・ヨハン、」
「教えてくれ、・・・私は一体どうしたら良い・・・?」
どこに行けばいいかが分からない。
どうすれば良いかが分からない。
ヨハンはずっと迷っていたんだ。
はそう思いながら、ヨハンを見詰めた。
「・・・私も、正直何が正しいのかも、何が悪いのかも分かんない」
その場その場によって、人によってそれは違うものだから。
はそう言い、ヨハンの両頬に触れて、顔を上げさせた。
彼の表情は、変わらずに頼りなさそうだった。
「でも、私には仲間が居るから、頑張れてる。彼らを守りたいっていう意思を持てる」
「・・・意思」
「ヨハンの、気持ちは?」
何故戦いたいの?
そう問うに、ヨハンはたじろいだ。
私は、と呟いて、ヨハンはぐ、と唇を真一文字にした。
「・・・悪いけど、私は貴方の兄妹を許す事が出来ない」
「・・・そう、だろうな」
「ヨハンは、別だけど・・・どうしても彼らは許せないの」
ごめんね、
思わずそう言ったにヨハンは首を振った。
「仕方ない。しかし、私はやはり弟と妹は、守らなければならない」
「それは、兄としての義務?それともヨハン・トリニティとしての想い?」
「・・・・・・」
の問いにヨハンは答えなかった。
まだ自分の中で答えが出ないのだろう。
戦う意味。
なんの為にヨハンは戦っているのか。
それは、以前のと同じ。
与えられた任務をこなす。
自分はその為に作られた存在だから。
「・・・ヨハン、確かに貴方たちは世界を変えている。けど、やり方も大事なの」
私たちは、世界を支配したい訳じゃない。
世界を変えたいの。
そう言い、はヨハンをまっすぐに見詰めた。
「・・・次は、どうするつもりなの?」
トリニティは、どこに武力介入するの?
がそう尋ねると、ヨハンは少し言い淀んだ後、口を開く。
「ユニオンの・・・アイリス社工場だ・・・」
「ユニオン・・・」
答えてくれたヨハンに、は小さく頷く。
そこで、彼はどうするのだろうか。
アイリス社工場といえば、確かにMSWADも滞在をしていたりする。
それに、機体も多数収納されているので武力介入の対象になる。
・・・しかし、大きい工場ゆえに、多くの労働者も居る。
「・・・無意味な虐殺は、やめて」
「・・・世界が変わる為には、犠牲は付き物だと、私は考えていた」
だが、と言い、ヨハンは言葉を続ける。
「君は、それを望んでいないようだ」
「・・・戦う相手はMSで充分だよ・・・わざわざ民間人を巻き込んで戦う必要なんて無いんだよ・・・」
ヨハン、と彼の名を呼ぶに、彼は頷いた。
「分かった」と言いヨハンは真っ直ぐにを見詰めた。
「出来る限り、工場の破壊のみに努めよう。民間人を、あまり巻き込まないように・・・」
「・・・ヨハン、」
「、私は貴女に見限られたくない・・・」
嫌わないでくれ。
ヨハンはそう言い、ぎゅうと強くを抱き締めた。
否、抱き締めたというよりは、縋りつくように抱きついた。
本当に大きな子どもみたいだ。
はそう思いながら、ヨハンの背をぽんぽんと撫でた。
「・・・気分転換、する?」
「え?」
ふふ、と笑うにヨハンは瞳を丸くした。
きっとあまり経験も無いだろう。
そう思いながらはヨハンの手を引いて、表通りに出た。
突然の事にヨハンは戸惑いの声をあげる。
「あ・・・・・・!」
「ショッピングしよう!ヨハン、気分転換だよ!」
悪戯っぽく笑うに、ヨハンはまた瞳を丸くした。
「ショッピング、」と反復して言う彼は、に引かれるままに動いた。
丁度大きなショッピングモールがあったので、適当な店に入る。
洋服店や、アクセサリー店、フードコートなどをヨハンと回る。
洋服店ではこれがヨハンに似合いそうだとか、わざと似合わない服を合わせて笑い合ったり。
アクセサリー店では、色々な装飾品がある事をお互いに知った。
フードコートでは、二人で別々の種類の料理を注文して食べた。
こうしていると、世界で起こっている戦いなんて、忘れてしまう。
それほど、二人は楽しんだ。
休憩用のベンチに二人で腰を下ろし、は飲み物を傾けた。
それを飲んでから、ヨハンを見る。
「どう?気分転換になった?」
そう問うと彼は嬉しそうに微笑んで、「ああ」と頷いた。
あ、笑顔。
はそう思いながらもヨハンの言葉に耳を傾ける。
「このように買い物をした事は無かったから、新鮮だった」
「私も、こんなのは初めてかも!」
君も?
と、ヨハンは驚いた様で瞳を丸くした。
は頷いて、指を絡めて両手を伸ばした。
「他のマイスターたちとも無いのか?」
「んー・・・無い。こんな風にいっぱい色々回ったのはヨハンが初めて」
楽しかったな。
嬉しそうに笑って言うに、ヨハンも同じように笑みを浮かべる。
「今日は表情がころころ変わるね」
「え?」
そっちの方が良い。もっと表情を出してほしい。
「ヨハンの色々な表情、見たいな」
そう言って微笑むに、ヨハンは思わず頬を染めた。
真っ直ぐに向けられる好意。
それにどこかくすぐったさを覚えて、ヨハンは思わず視線を逸らした。
「・・・その、はやはり不思議な女性だな」
「変って事だったらやだな」
「変じゃないさ」
思わず口早に言う。
そんなヨハンには小首を傾げた。
ただ、と言いヨハンは言葉を続けた。
「君と居ると落ち着く・・・、何だか、ずっと一緒に居たくなってしまうんだ」
「・・・そう、だね」
きっと、ヨハンが求めているのは人の温もり。
誰かに自分を理解して欲しくて、本当は誰かに頼りたかったんじゃないかな。
そんな事を思いながら、は小さく笑った。
もやもやヨハン。