メディカルルームに、スメラギとアレルヤ、刹那、が集まっていた。
治療台には病人服を着たロックオンが横になっていた。
目立った怪我は、効き目である右目に宛がわれた眼帯だけ。

スメラギはパネルを操作するモレノに問いかけた。


「ドクター・モレノ、傷の再生までの時間は?」

「最低でも三週間は必要だ」


分かっていると思うが、一度カプセルに入ったら治るまで出られんからな。
そう言いモレノはサングラスをあげた。
少しだけ考える仕種を見せたスメラギだったが、直ぐに口を開いた。


「治療をお願いします。
 その間に私たちは、ドックに戻ってガンダムの整備を」


振り返って言うスメラギに、アレルヤ、刹那、が頷く。
そこに割って入る声があった。


「おいおい、勝手に決めなさんな」


いつも通りのおちゃらけた様子な声色。
声のした方向へ全員の視線が集まる中、ロックオンが寝台に手をついて体を起こしているところだった。


「・・・ロックオン、」

「敵さんがいつ来るか分からねぇ、治療は無しだ」

「しかし、その怪我では精密射撃は無理だよ」


アレルヤが立ち上がったロックオンに言う。
が、彼は足元に転がってきたハロを見下ろし、口の端を上げた。


「俺とハロのコンビを甘く見んなよ?」

『モチロン!モチロン!』


ロックオンが無事なようで嬉しいのか、ハロが耳の様な部位をパタパタと動かして言った。
そんなハロに笑みを向けた後、ロックオンは「それにな、」と言った。


「俺が寝てると、気にする奴が居る」


此処には居ない、もう一人のマイスター。
ロックオンの怪我の原因は、彼とも言えるのだから。

最近よくロックオンに話をしていて心を開いていた様だったので、今頃彼の心情は穏やかなものでは無いだろう。


「いくら強がっていても、あいつは脆いからな・・・」

「ロックオンもね」


が言うと、ロックオンは深緑色の瞳を少し丸くした。


「無理ばっかは駄目だよ?」


私たちも居るんだからね。
そう言って笑ったの頭を、ロックオンはくしゃりと撫でた。
はそれに微笑んで背伸びをした。


「ロックオンにもよしよし」


優しく微笑み、の小さい手がロックオンの頭を撫でた。
それに彼はくすぐったそうに笑い、「ありがとうな」と言った。










『今回、我々国連軍は、ガンダムに対抗できうる新型モビルスーツを開発。
 この新型機で特別部隊を編成し、ガンダム掃討作戦を開始します。
 作戦名は、フォーリン・エンジェルス』



メディカルルームでロックオンと別れた後、たちは格納庫に来ていた。
ミカエルの整備を手伝っていたのだが、モニターで流れた映像を横目で見ていた。

まるで自分達が作ったかのような言い方だった。
そう思いながらはテレビのモニターを切った。

小さく息を吐いたものは、イアンも一緒だった。


「全く、何がフォーリン・エンジェルスだか」


そう言いながらイアンはハロに指示を出した。
彼を横目で見つつ、はミカエルへ近付いた。
カレルたちが作業を続けてくるお陰で、後はメガランチャーを取り付けるだけで作業は終了だ。

―肝心のメガランチャーを取りに行く暇が、全くと言っていいほど間に合わなくなってしまったが。
万一届いた時に直ぐに取り付けられるようにはしてくれているようだった。
はイエローハロを抱き、見下ろした。


「・・・ハロ、私と一緒にがんばろうね」

『ガンバルネ!ガンバルネ!』


そんなとイエローハロのやり取りを横目で見つつ、アレルヤがイアンに問う。


「ガンダムの整備状況はどうですか?」

「ヴァーチェの損傷は何とかなりそうだ」

「デュナメスは?」


アレルヤの問いにイアンは苦々しく「だめだな」と言った。
そのまま二人は修理されているデュナメスに視線をやった。


「コクピットの損傷がひどい、カレルでは手に負えん。 ドックに戻って、ユニットごと取り換える必要がある」


二人の会話を聞いていた刹那は眉を潜めてガンダムを見上げた。


活動できるガンダムは・・・四機、





「何がフォーリン・エジェルスだ、ふざけやがって」


ブリッジでラッセが苦々しく言う。
先ほどまでブリッジでもモニターで映像を見ていたからだ。

パネルを操作しながらクリスティナが苦笑する。


「私たちは堕ちた天使ってわけね」


エンジェルス。
それはソレスタルビーイングを指している事で間違いは無いだろう。

そんな中、リヒテンダールが「あれ、」と声を上げてクリスティナを見上げる。


「そういえば、フェルトは?」

「気になっちゃう年頃なのよ」

「何が?」


小首を傾げたリヒテンダールにクリスティナはわざとらしく大きく溜め息を吐いた。
「鈍感」と言いパネルに向き直った彼女に、リヒテンダールは「何だよ・・・、」と訳が分からないままに呟いた。





艦内の通路を移動していたフェルトは、前方の通路をロックオンが横切ったものを見つけた。
メディカルルームに行き、彼の様子を見ようと思っていた彼女は、無事なロックオンの様子に思わず表情を緩めた。

そのまま彼が通って行った方へ、思わず半重力の中、足で床を蹴って行く。
彼の後を追い、後姿を目に留めて笑みを浮かべた。


「ロックオン、」


と、彼を呼んだがある事に気付きサッと壁に背をつけた。
身を隠したまま、フェルトはそっと中の様子を覗き込んだ。

先にあったものは展望室で、そこには既に先客が居た。

ずっとそこに居たのか、ティエリアがガラスに手をついて外に見える宇宙空間を見詰めていた。

ロックオンが小さく息を吐いて首を振った時、フェルトの目に彼の右目を覆う眼帯が映った。


「いつまでそうしているつもりだ?」


ロックオンが問いかけるが、ティエリアは動かず、答えもしなかった。
そんな彼に「らしくねぇな、」と言いおちゃらけた態度を取ってみせる。


「いつもの様に不遜な感じでいろよ」


その態度がいつも通りすぎて、フェルトにはそこから彼の優しさと気遣いを感じた。


「失った・・・」


ぽつりとティエリアが呟いた。
それにロックオンが「ん?」と言い彼に一歩近付く。


「マイスターとしての資質を失ってしまった・・・。
 ヴェーダとの直接リンクが出来なければ、僕は・・・もう・・・」


そこでフェルトが壁から顔を出したまま瞳を丸くした。

ヴェーダとの直接リンク?

そんな事をティエリアが出来るなんてフェルトは知らなかった。


新システムの転送時にエラーが出たのは、リンク中だったティエリア自身が障害となって・・・?


ヴァーチェだけが動けなかった原因の予想がついた。
しかし、


でも、そんな事が人間に?


出来るのだろうか。
そんな疑問を抱いたフェルトの耳に、また彼らの会話が響く。


「僕は、マイスターに相応しくない・・・」


いつしか、アレルヤに彼が言った言葉。
刹那にも言ったそれは、ガンダムマイスターに相応しくない。

それを今度は自分自身に言っている。

そんなティエリアにロックオンは優しく微笑んだ。


「良いじゃねぇか、別に」


ロックオンの言葉に、「何?」と言いティエリアは思わず彼を見る。
いつの間にかロックオンはティエリアの隣にまで移動し、先ほどの彼と同じように宇宙空間を見詰めていた。


「単にリンクが出来なくなっただけだ。俺たちと同じになったと思えば良い」

「ヴェーダは何者かに掌握されてしまった・・・ヴェーダがなければこの計画は、」

「出来るだろ」


ティエリアの言葉を遮り、ロックオンが少し声を大きくして言う。
真紅の瞳を丸くして、ティエリアが彼を見上げていると、彼もまた、深緑色の瞳で見詰め返した。


「戦争根絶のために戦うんだ」


ガンダムに乗ってな。


真っ直ぐに見詰めてきて言うロックオンに、思わず視線を逸らしてティエリアは口を開く。


「だが・・・!計画実現の可能性が・・・!」

「四の五の言わずにやりゃいいんだよ」


ロックオンの言葉にティエリアが思わず口を噤む。


「お手本になる奴が直ぐ傍に居るじゃねぇか」


自分の思った事を我武者羅にやる馬鹿がな。

微笑んだロックオンの言葉に、ティエリアはある人物を思い描く。
ただ、本当に自分の思った事を感じたままに、行動に移す人物が。


・・・刹那・F・セイエイ・・・


自分の思った事、
ティエリアがそう呟く。

その後に、ロックオンが片手を上げて出口へ歩き出す。


「じゃあな、部屋戻って休めよ」

「ロックオン」


珍しくも、フルネームで呼ばないティエリアにロックオンは「お?」と声を上げて振り返る。

ティエリアは振り返り、ロックオンを見据えた。


「・・・悪かった」

「ミス・スメラギも言ってただろう?失敗ぐらいするさ、人間なんだからな」


人間なんだから。
そう言ってロックオンは優しく微笑んだ。
ティエリアもどこか嬉しそうに、笑った。

移動用のレバーを使って行くロックオンを、フェルトは壁の影に隠れながら見送った。
きゅ、と胸の前で手を握り、瞳を伏せた。


優しいんだ・・・、誰にでも・・・


そう思い、フェルトは少しだけ俯いた。

彼は誰にでも優しいのだ。
別に自分だけに優しいわけではない。

効き目が負傷して、スナイパーとして不安が無い訳でも無いだろうに、
彼は傷の原因となったティエリアを案じた。

ロックオンに諭され、ティエリアも変わり始めている気がする。

フェルトはそう思いながら、その場を後にした。





展望室に残っていたティエリアは、コツンとガラスに額をくっつけた。
ひんやりとしたそれは、頭を冷やすには丁度良かった。





『四の五の言わずにやりゃいいんだよ』





ロックオンはヴェーダが無くても、戦えると言った。
バックアップ無しで戦うには、今までとは違い大幅なハンデを背負う事になる。

相手側も擬似太陽炉を搭載した機体を使うというのに、
それでも戦うと彼は言った。


「・・・僕は、これからは、自分の意思で・・・、」


ヴェーダの意思では無く、自分の意思で。
戦い、ヴェーダを取り戻す。

そして、


「貴方を、守ってみせる・・・」


そう言いティエリアは拳を握った。




ティエリアは男前なんだか乙女なんだか未だに良く分かりません(笑)