『、フショウ!ミカエル、ソンショウ!』
悲しみに暮れるブリッジに次に響いたものは、イエローハロのものだった。
突然の知らせにスメラギは勢い良く顔をあげ、思わず口早に指示を出す。
「ドクターモレノ!格納庫で待機していてちょうだい!」
イアンも一緒に!
慌ててそう言うスメラギは思わず拳を強く握り締めた。
ロックオンの事ばかり考えて失念していた。
も一緒に彼と居たというのに、当然怪我もしている事が予測できたはずなのに、
「落ち着きなさい・・・落ち着きなさい・・・」
自分に言い聞かせるようにそう言い、スメラギはオペレーターの二人を見上げた。
フェルトは悲しみに暮れている。
クリスティナは気丈にも強く頷き、パネルを操作し始めた。
ミカエルを収容できるようにしてくれているのだろう。
スメラギは小さく息を吐きつつ、の無事を祈った。
通信が聞こえていたのか、先に収容されたキュリオスとヴァーチェから、二人が降りてきた。
ティエリアは意気消沈した様子だったが、アレルヤは物凄い速さで出てきた。
そして、収容されるミカエルを見上げ、二人は体を強張らせた。
特にアレルヤは、瞳を驚愕に見開き、叫んだ。
「!!」
すぐにミカエルに向かって飛んだ。
深い悲しみに襲われているが、ティエリアはの事も案じているのか、アレルヤに続いた。
ミカエルのコクピットが開かれ、アレルヤが直ぐに中を除き見る。
「!」
中には、背もたれにぐったりとした様子で寄りかかるが居た。
負担がかからないように、を抱き上げる。
そっとメットをとってみると、瞳を閉じたの顔が出てきた。
頭を打ったのか、血が流れている。
すぐにドクターモレノがメディカルルームへ運ぶようにアレルヤに指示をする。
イアンは直ぐにカレルたちに指示を出し、ミカエルの整備に移させる。
今は兎に角時間が無い。
ミカエルの腕を取り付け、足を整備しなければ。
キュリオスとヴァーチェの整備もカレルに任せ、イアンは拳を握り締めた。
今の自分の精神状態で、どこまで整備が出来るのか。
そう思いながらやりきれない思いを壁に叩きつけた。
メディカルルームに運ばれたをドクターモレノは診察する。
ガラス越しに中の様子を伺いながら、アレルヤは心配そうに瞳を細めた。
彼の足元には、イエローハロも居る。
ゆるゆるとした動作でメディカルルームへティエリアも入ってきた。
が、そちらを気にする余裕も無いのか、アレルヤは真っ直ぐにだけを見詰めていた。
((見た感じ、頭を強く打ったみてぇだな))
(・・・、)
((それとも、精神的な何かか?))
こいつトラウマ持ちみてぇだからな。
アレルヤの頭の中にハレルヤの声が響く。
のトラウマ。
以前彼女自身から聞いた話では自分は改造された存在だと言った。
あの頃は出会って日は浅かったが、彼女は話してくれた。
巨大MSで市街地を襲ったと彼女は言った。
「ステラを乗せたくなかった。その時のステラは体調も万全じゃなかったし、約束もあったから」
「約束?」
「そう、ステラはちゃんと守るっていう約束」
シンとの、約束。
そう思って少しだけ微笑む。
しかし、
「・・・でも、駄目だった」
ステラを、置いてっちゃった。
はそう呟いて、アレルヤに縋るように抱きついた。
「翼を持ったガンダムが来て、デストロイの砲撃部分をやられて、おち、て・・・」
「・・・君は・・・」
「・・・次に目をあけたらシンが居た。シンが私を抱き上げてくれてた。シンが泣いてた・・・」
巨大MSが落ちたという事は、自身も。
どちらにしろ、彼女は大切な人を守るために戦った。
そして―――、
((今回も、下手したら死んでたかもな))
(・・・そんな・・・!)
((こいつはそういう奴だろ))
守るべき相手の為ならなんだってしそうだ。
ハレルヤはそう言った。
どんなに相手を想っていても、彼女自身が感じた痛み、恐怖は相当なものだったのだろう。
コクピットで震えながら戦う彼女を知っている。
常に恐怖を感じている事も知っている。
過去に翼を持ったガンダムに撃墜されたと言っていた。
逃げ場の無いコクピットで感じた恐怖は、一体どれ程のものだろうか。
アレルヤはそう思いながらを見詰めた。
「・・・君は、まだ苦しんでいるんだね・・・」
アレルヤの呟きに、ティエリアが力ない緋色の瞳を向けた。
そのままアレルヤはガラスに手を着いて、真っ直ぐにを見詰めた。
治療を施され、頭部に包帯が巻かれる。
体にも打撲が多くあるらしい。
大した怪我ではなくて本当に良かった。
、と彼女の名を呟く。
「僕が、君を守るから・・・」
前にも彼女に言った言葉。
((早く目ェ覚ませよ・・・馬鹿が))
「・・・ハレルヤ、」
((俺が、))
ハレルヤもを想っている事がよく分かる。
アレルヤはそう感じながらを見詰めた。
―その時、
「お、おい、まだ動いちゃいかん!」
「「!!」」
アレルヤとティエリアの瞳が見開かれる。
ガラス越しに、寝台に手を着いてぎこちない動きで体を起こすを、ドクターモレノが諌めていた。
「・・・だ、大丈夫です・・・」
「しかしな・・・」
それより、と言いは顔を上げた。
視界にアレルヤとティエリアを捕らえた彼女は、空色の瞳を奮わせた。
「ア、アレルヤ・・・ティエリア・・・」
「、」
「・・・っつ・・・!」
くしゃり、と表情を歪ませたは直ぐに立ち上がろうとしたが、直ぐにまた膝を着いた。
ドクターモレノが支える彼女に、居ても立ってもいられなくなったアレルヤとティエリアが慌ててメディカルルームの中に入った。
アレルヤとティエリアが中に入り、の前で膝を折る。
「!」
「無茶をするな!安静にしていろ!」
アレルヤとティエリアにそう言われながらも、は震える手を伸ばして片腕ずつ彼らの腕を掴む。
そんな彼女に二人は口を噤み、震えている彼女を見やる。
「・・・め、・・・なさ・・・」
「え?」
「・・・?」
ティエリアがの名を呼ぶ。
くしゃりと表情を歪ませたまま、はぎゅっと瞳を閉じた。
「・・・ごめんなさいっ・・・!」
震える声でそう叫んだ。
その一言に、アレルヤもティエリアも、ドクターモレノも体を硬くした。
は震える声で「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・!」と謝り続ける。
アレルヤが思わず「!」と叫ぶ。
彼女の肩を思わず両手で掴む。
上げられた彼女の表情は、泣きそうなほど歪んでいた。
「・・・私・・・私・・・!」
「・・・、」
「守れなかった・・・!」
ロックオン・・・!
か細い声でそう呟いた。
弱々しく震える彼女にたまらなくなって、アレルヤはの両肩を揺さぶった。
「!」と強く彼女の名前を呼ぶと彼女は肩を大きく跳ねさせた。
「君のせいじゃない!」
「でも!」
「君のせいじゃないんだ!!」
そう強く言うアレルヤに、は少しの間唖然とした表情をしていたが、またくしゃりと表情を歪ませた。
「だ、だって・・・私・・・」
「・・・」
「わ、たし・・・!」
両手で顔を覆って、は肩を震わせた。
そんなを、アレルヤはそっと優しく抱き締めた。
ティエリアは強く拳を握ると、メディカルルームを後にした。
崩れ落ちるを見て、また心にのしかかった事実。
ロックオンが、死んだ。
どうして、と思いながらティエリアは緋色の瞳を震わせた。
ふらり、と廊下を通っていると、帰還したらしい刹那が視界に入った。
彼の姿を見た瞬間、ティエリアの真紅が鋭さを帯びた。
「貴様だ!」
刹那の襟元を掴み、彼を壁に押し付ける。
傍に居たイアンが「やめろティエリア!」と言い彼を諌めるが、ティエリアの耳には入らない。
「貴様が地上に降りたばかりに、戦力が分断された!」
無言の刹那に「答えろ!」とティエリアが言う。
それでも刹那は答えなかった。
「何故彼が死ななければならない!?何故・・・!」
彼が、とティエリアが言いかけた所で真横から強い力で引かれた。
何時の間にか傍に来ていたスメラギが思い切り手を振るった。
それは渇いた音を立て、ティエリアの頬に当たる。
頬を打たれたティエリアは、緋色の瞳を揺らしながら、スメラギを見返す。
「敵はまだ居るのよ!泣き言を言う暇があったら手伝って!」
スメラギの言葉に、また危機感を感じた。
そうだ、敵はまだ居る。
擬似太陽路搭載型の機体も、まだ残っている。
ミカエルも、損傷している。
キュリオス、ヴァーチェも万全ではない。
スメラギに叱咤され、ティエリアは唇を噛んで、瞳を悔しげに細めた。
ブリッジではフェルトがオレンジハロを抱えて涙を流していた。
オレンジハロは『フェルト、ゴメン。フェルト、ゴメン』と繰り返す。
それに涙を拭いながら、フェルトは口を開く。
「ハロが悪い訳じゃない・・・ハロが謝る事なんて・・・!」
そこまで言い、また涙を流す。
う、と嗚咽を漏らすフェルトに、クリスティナが瞳を細める。
「フェルト・・・」
「嫌なんッスよ・・・こういうの・・・」
リヒテンダールはそう言いながら、コントロールパネルを少々乱暴に叩いた。
打撲も手当てをしてもらった。
湿布が冷たく感じる。
ドクターモレノに治療をしてもらい、は精神安定剤、痛み止めを飲んだ。
そのまままたパイロットスーツを身に纏い、ドクターモレノに礼を言う。
「ありがとうございました」
そう言うに、ドクターモレノはサングラス越しの瞳を細めた。
「本来なら、あまり無理は出来ない状況なんだがね」
「・・・でも、私だけ休んでいられませんから」
ロックオンもきっと同じ気持ちだった。
私も戦いたい。
こんな時に一人だけ休んでいるなんて嫌だ。
はそう思いながら、ドクターモレノに微笑んだ。
「がんばってきますから」
「・・・無理はあまりしないようにね」
気をつけて。
ドクターモレノはそう言い送り出してくれた。
廊下の移動用レバーを使用して、格納庫を目指す。
ミカエルの損傷は大きかったはず。
兎に角今は整備を手伝わないと。
そう思っていたの前から、刹那が来た。
あ、と短く声をあげ、彼と向かい合う。
「刹那、おかえり」
「・・・も、無事みたいだな」
どうやら様子を見に来てくれようとしていたらしい。
は大丈夫だというアピールをしながら、微笑んで見せた。
よくよく見ると、刹那の手にはオレンジハロ。
「・・・なんで刹那が持ってるの?」
「・・・戦闘データを見ていた。お前のハロも借りてみてみようと思っていたが・・・」
はいいよ、と言い一緒に移動をしていたイエローハロを手渡す。
イエローハロは刹那の手の内で体をくるりと回し、を見上げて目を点滅させた。
『、、、』
「ん?」
『ムチャハダメ、ムチャハダメ』
先ほどドクターモレノが言っていた言葉を反復しているのだろうか。
はにこりと微笑んでみせてイエローハロの頭を撫でた。
「大丈夫。私にはアレルヤがついてるんだから」
『アレルヤ、アレルヤ』
「そうそう」
彼も私を守ると言ってくれた。
だからきっと大丈夫。
「それに、貴方も居るしね」
『マカセテネ、マカセテネ』
ふふ、と笑うを、刹那はじっと見ていた。
そんな視線に気付き、「刹那?」と彼を見る。
「・・・ロックオンは、命を投げ出して家族の仇を討った」
「・・・」
「しかし、死の果てに、神は居ない・・・!」
深紅色の瞳を鋭くさせて刹那は言った。
ぐ、とイエローハロを掴む手に力をこめた刹那は、真っ直ぐにを見詰めた。
「存在する事・・・それは、生きる事だ・・・」
「そうだね、そこに居る事なんだから・・・」
「亡くなった者たちの想いを背負い、世界と向き合う・・・。神ではなく、俺が・・・俺の意思で!」
刹那の意思で。
ロックオンの想いを背負い、世界と向き合う。
そう、刹那は決意したようだった。
は小さく頷き、イエローハロを抱える刹那の手に、自分の手を重ねた。
「・・・それが刹那の、戦う理由なんだね」
「・・・俺の、戦う理由」
お前は、と刹那が言う。
「お前は、ずっと守るために戦っているんだな」
「・・・うん、やっぱり私は、みんなを失いたくない」
だから、戦ってるんだけど、
でも、私は本当にできるのかな。
そう呟くの手を、刹那は握り返した。
「一人で戦おうとするから、駄目なんだ」
「え」
「俺も、言われた事がある」
ロックオンにだろうか。
そう思いながらは刹那を見詰めた。
「俺が、お前を守ってやる」
二度目の、彼の言葉。
「お前は皆を守れ。その背は、俺とエクシアが守ってやる」
『約束しただろ・・・みんなを守るを、俺が守るって!!』
「ガンダムで、お前を守る」
『俺が君を守るから!!』
真っ直ぐに深紅色に見詰められ、はほんのりと目元を赤くした。
そして、嬉しそうに微笑んだ。
「・・・刹那、ありがとう・・・」
優しい気配りが伝わってくる。
は嬉しさを感じ、刹那に微笑みを向けた。
『指示通り、GN粒子を散布させつつ衛星を飛ばした』
通信モニターに映るイアンがそう言う。
スメラギはプランを組みたてながら、そちらに視線を向けた。
『しかし、こんなんで敵さんをだませるのか?』
「気休めです。アステロイド周辺は監視させれてるでしょうから」
でも、打てる手は全部打っておかないと。
そう言い、スメラギは瞳を鋭くさせた。
「それで、ガンダムの状況は?」
『キュリオスは、飛行ユニットを取り除けば出撃は可能だ。ヴァーチェは、外装を取っ払ってナドレで出撃させる』
専用の武器も用意した。
そう言うイアンにスメラギは「ミカエルは?」と問う。
モニター越しのイアンは頭をかきながら口を開く。
『なんとか、って感じだな。腕は予備パーツがあったからなんとかなったが、脚部が未だに不安定だ』
「・・・そう・・・」
『お嬢ちゃんなら上手く扱えるだろうが、そのお嬢ちゃん自体が問題なんじゃないか?』
そう言われ、スメラギは小さく肩を竦めた。
「先ほど、ドクターモレノから連絡があったわ。手当てをした後、鎮痛剤を使用して格納庫へ向かったって」
『無茶ばっかするな・・・』
苦々しげにそう言い、イアンは大きく息を吐いた。
仕方ない、と言い彼は言葉を続けた。
『ミカエルも、なんとか出撃は可能だ・・・。だが、MA変形は出来ないぞ』
「・・・構いません・・・整備はどのくらいで終わりますか?」
『最低でも8時間てところか』
「6時間で、お願いします」
スメラギが間髪居れずにそう言うと、イアンは「わかった」と言い通信を切った。
彼にも無茶をさせてしまう。
そう思いながらスメラギは大きく息を吐いた。
(現戦力で期待できるのは、強襲用コンテナとエクシア・・・GNアームズ・・・)
頼みの綱のトランザムも制限時間がある。
そう思った時、通信が入る。
見てみると、今度はモニターにティエリアが映し出された。
「・・・ティエリア、」
『スメラギ・李・ノリエガ、次の作戦プランを提示して下さい』
「まさか、戦おうと言うの?」
もちろんです。とティエリアは言った。
『敵の擬似GNドライブ搭載型を殲滅させれば、世界に対して我々の力を誇示することが出来、計画を継続できる』
「リスクが大きすぎるわ。敵の援軍が来る可能性も・・・」
『分かっています』
戦争根絶。
当初の計画を続行するために戦うしかないとティエリアは言う。
スメラギは瞳を細め、モニターに映るティエリアを見やる。
『ですが、これは私だけの気持ちではありません』
マイスターの総意です。
そう言いティエリアは緋色の瞳を鋭くさせた。
そこからは決意が見て取れる。
アレルヤと刹那、も、
そう呟いたスメラギ。
ティエリアは頼みます、と言い通信を切った。
(生き残る、覚悟)
スメラギはそう思いながら、小さく息を吐いた。
マイスターたちは覚悟をしている。
私も、
そう思い、スメラギはゆっくりと瞳を伏せた。