被験体E57、脳量子波指向手術終了。
術後の経過観察に入る。

そんな声が響いた気がしていた。


((誰か・・・誰か・・・、聞こえる? ・・・誰か))


ずっと頭に響いていた声。
その声に導かれるままに、足が進んでいた。


「頭の中に声が響く・・・」

((ここよ、私はここにいる))


大きい部屋に入ると、ガラスケースの中に一人の少女が横たわっていた。
「ここ?」と言い、少年は両手をガラスケースについた。


((誰か・・・私の声を・・・))

「君が僕に言っているの?」

((私の声が聞こえるの?どこ?どこにいるの?))


どこ?
頭の中の声は、多分目の前に居る女の子のもの。
そう思いながら、少年は「君の目の前にいるじゃないか」と言った。
それに少し間が空いた後、少女の声がまた頭に響いた。


((・・・ごめんね、わからないの))


目をあけたまま、横たわり、ぴくりとも動かない彼女。
少年は思わず銀の瞳を大きくした。


((でも、お話できて嬉しいわ。ずっと、ひとりぼっちだったから))


ここまできてくれてありがとう。
そう言う少女に、気付いたら「君は?」と尋ねていた。


((マリー))

「マリー・・・」

((あなたは?))

「・・・わかんない。思い出せないんだ」


少年はそう言い、眉を下げた。

彼らの様子を、研究員たちが見ていた。
それに気付かず、少年は続ける。


「僕は誰だったか、何故ここに居るのか」


名前さえ思い出せない。
そう言う少年にマリーはだったら、と嬉しそうに言う。


((私が名前をつけてあげる))


嬉しそうにマリーは考え始めた。
少年はまじまじと彼女を見詰めたまま、言葉を待つ。


((そうねぇ、あなたの名前は・・・アレルヤがいいわ!))

「アレルヤ?」

((神様への感謝の言葉よ))

「感謝・・・?何に感謝するの?」

((決まっているじゃない、生きている事によ))


マリーの言葉に、少年の心は大きく打たれた。


世界に色が溢れたんだ。
それは、文字通り、僕にとっての洗礼だった。
















海中に潜航したまま、プトレマイオス2は進んでいた。
艦内の一室で、マリナはプトレマイオス2のクルーに深々と頭を下げてた。


「助けて頂いた事、そして5年前、アザディスタンの内紛を止めて頂いた事、本当にありがとうございました」


そう言い、マリナは顔をあげ、綺麗な微笑を見せた。


「戦いを行わずに内紛を止めた、あの行為はとても素晴らしいものだと私は考えます」


マリナの言葉に、僅かに雰囲気が柔らかくなる。
が、彼女を連れてきた刹那自身が「そんな事は良い」と言い言葉を続けた。


「これからどうする?」

「アザディスタンに戻ります」


間髪居れずにそう言うマリナに、ラッセが「無茶だろう」と思わず返す。
刹那も頷き、「保安局が来る」と続けた。


「貴女を口実に連邦が加入してくる可能性もある」

「連邦に参加しなかったアザディスタンは世界から見捨てられています。
 経済は破綻し、保守派の指導者であるラサーが亡くなられ、改革派との争いも泥沼の様相を呈している」


でも、だからこそ私は!
そう言うマリナの瞳は、強い意志があった。
決意をしているのだ、彼女も。

国を守る事を。

そんな彼女の視線を真っ直ぐに受け、刹那は「分かった」と言った。


「トレミーの進路をアザディスタンに向ける」


刹那の言葉に、思わずティエリアが彼の名を呼ぶ。
次にイアンが「了解した、刹那」と言いラッセと一緒に移動を始める。

そんな二人とすれ違うように、今度はミレイナが顔を出した。


「つかぬ事を聞くです!」


そんな娘に気付いてか、イアンが振り返る。


「2人は恋人同士なのですか?」

「「違う/違います」」


声を揃えて即答した刹那とマリナ。
そんなふたりにミレイナは大きくリアクションをとってみせた。


「乙女の勘が外れたです・・・」


恋人。
マリナをそういう対象では見たことが無いので、刹那は当然否定をした。

恋人。

再度そう考えると、ふと金色の少女の事が頭に過ぎった。





『アレルヤは私を好きだと言ってくれた』


でも、私は恋とかよく分からなかった。
の言葉に同意をした。
全然意味が分からない。それは深く同意権だった。


『アレルヤが好きなのか?』

『・・・好き、うん。私、アレルヤが好き』


恋なのか、分からないけどね。
そう言うに、「そうか」と答えた。

は「それと、」と言い再度此方を見た。


『刹那も好きだよ』

『・・・好き?』

『うん、私、皆を守りたい』


ふわりと微笑んで言った彼女。


今思い出すと、体が少し熱くなった気がした。





「刹那、」


マリナが青い瞳を丸くした。
そんな彼女に刹那が小首を傾げると、くすりと笑われた。


「貴方も、そんな表情が出来るのね」


誰かを想っている。素敵ね。
マリナはそう言って嬉しそうに微笑んだ。





ブリッジに向かい移動している途中で、ラッセがイアンに「スメラギさんは?」と問う。
そんな彼にイアンはゆっくりと首を振った。


「制服の袖に腕を通す気は、まだ無いようだな」


イアンはそう言い、困ったように頭をかいた。
ラッセも「そうか」と言い瞳を細めた。


ケルディムのコクピット内で、ロックオンはシミュレーション訓練をしていた。
それを終え、照準機から手を放して小さく息を吐いた。
集中を切り、ロックオンはオレンジハロを見下ろした。


「ハロ、命中率は?」

『78%!78%!』


そうかい、と言いロックオンはコクピットから出た。
小脇にオレンジハロを抱えたまま、ケルディムから降りる。


「兄さんの様にはいかないな」


思わずそうぼやき、無重力の中を移動する。
キャットウォークに足をつけた所で、前に居たフェルトと目が合った。
ロックオンが瞳を丸くすると、彼女は短く声をあげ、慌てて背を向けた。

そんな彼女に近付き、ロックオンは「よう、どうかした?」と声をかける。
フェルトは視線を逸らしながら、首を振った。


「ううん、何でも」


何でも無い訳は無いだろうに。
そう思いながら、ロックオンはそのままフェルトに声をかけた。


「フェルト、っていったよな?君の視線、よく感じるんだけど・・・何で?」

 そんな事・・・!」

『フェルト、ロックオンスキ!フェルト、ロックオンスキ!』


ロックオンの小脇に抱えられているオレンジハロが、彼女の言葉を遮ってそう言った。
突然の言葉に、フェルトが「ああ!」と声を上げる。


「ハロッ!!」


慌てた様子の彼女に、ロックオンは少しだけ瞳を細めた。
が、直ぐに肩を竦めていつものちゃらけた表情を見せる。


「俺は兄さんじゃない」


頬を微かに赤らめながらも、フェルトは「分かってる・・・」と言葉を繰り返した。
ロックオンは少し何かを考えた後、俯くフェルトの顎に手を添えた。
そのまま顔を上げさせ、視線を合わせる。


「あんたがそれでも良いって言うなら付き合うけど?」


そう言いロックオンはフェルトに顔を近付けた。
ニールと同じ、整った顔が直ぐ傍にあり、フェルトは頬を真っ赤に染めた。
「えっ」と慌てて声を上げる彼女の唇を、ロックオンが塞いだ。

オレンジハロは、ロックオンがフェルトにキスをする様子をじっと見ていた。


「その気があるなら、後で部屋に・・・、」


離れてすぐにそう言うロックオンの頬を、フェルトが打った。
反射的なのか、ショックだったのか。
フェルトは瞳を涙で濡らし、そのまま格納庫から出て行った。


『フラレタ!フラレタ!』

「気付かせてやったんだ」


ロックオンはそう言い、打たれた頬に軽く触れた。


「・・・比較されたら、たまらんだろ」


俺は、何でも出来る兄さんとは違うんだ。
そう思いながら、ロックオンも格納庫を後にした。


スメラギは相変わらず自室に篭っていた。
そんな彼女の下へ、新しいソレスタルビーイングの制服を身に纏ったアレルヤが現れた。
両手にワインとグラスを持った彼は、柔らかく微笑んだ。


「一杯、付き合ってもらえませんか?」


そう言って、アレルヤは彼女にそれを見せるように上げてみせた。

いつしか、こんな事が逆の立場であった気がする。
そう思いながらスメラギは目元を和らげた。










「捕虜のガンダムパイロットを奪われ、その上、カタロンにまで遅れを取るとは・・・失態だな、大佐」


アラビア海上で、アロウズは大型空母で移動をしていた。
グッドマンに言われ、カティは瞳を細める。


「ソレスタルビーイングの戦力を見誤っておりました・・・」

「言い訳は聞かん。無能な者はアロウズには不要だ。リント少佐、次の作戦は貴官が立てろ」


グッドマンに指名されたアーバ・リント少佐は短く切りそろえた銀の髪を揺らした。
「畏まりました」と言い敬礼をした彼は、カティを見返す。


「アロウズのやり方というものを教えて差し上げますよ、大佐」

「勉強させて頂こう」


双方、鋭い目でお互いを見合う。
そんな二人にグッドマンは「もうよい、下がれ」と言い二人を下がらせた。

退室した後、カティは通路を歩いていた。

掃討作戦を得意としたアーバ・リント少佐・・・あの悪名高い男を連れてくるとは


いよいよ、危険な組織だと思えてきた。
カティはそう思いながら歩を進めた。


「保安局員の証言によると、ガンダムは収監中だったアザディスタンの皇女を連れ去ったそうですね?」


カティが退室した後、リントはグッドマンにそう問うた。
「貴官はどう見る?」と問うグッドマンに彼は口の端を上げた。


「ガンダムパイロットには中東出身者が居ると聞いておりますが・・・」

「うら若き姫君の為、白馬に乗ったナイトを気取るか」


小ばかにしたように、グッドマンが言う。
リントも笑みを浮かべ、頷いた。


「今のソレスタルビーイングは、私情で動いていると私は推測します」


そう言いながら、リントは軽くパネルを操作する。


「仲間のパイロットを助けたのが何よりの証拠。そうなれば、この辺りで網を張るのが妥当でしょう」


そう言い、モニターを開き、地図を映した。
指定のポイントを示すリントに、グッドマンは頷いた。


「了解した。トリロバイトの使用を許可する」


新型のGNドライブ搭載型のMA。
それの使用許可を貰い、リントは「ありがとうございます」と言い恭しく礼をした。
そして「もうひとつ、」と言葉を続けた。


「本作戦には、彼らも参加を願いたいのですが・・・」


リントがそう言うと同時に、室内に仮面を被り、陣羽織を羽織った男と、華奢な少女が入ってきた。


「ミスター・ブシドーと・ルーシェか・・・」


グッドマンはそう呟き、口の端を上げた。


「其方のエスも使用するのか」


エス。
の通称である。
グッドマンの言葉にリントは「お願いします」と言い再度頭を下げた。


「良い。それもそろそろ実戦投入で実力を試してみるべきだろう」


グッドマンにリントは「ありがとうございます」と言う。


「だが、例の機体はまだ完成していなくてな・・・エスにはGN−XVを与えてやれ」


了解しました。
そう言いリントは口の端を上げた。


自室でカティは椅子に腰を下ろしながら、先日の収監所での出来事を思い出していた。


僅か5分足らずの電撃作戦・・・艦船を海中に沈め、津波を発生。それにより部隊は混乱。
 また、周囲の湿度を高め、粒子兵器の効力も半減させた・・・。
 それにガンダム4機の連携・・・、大胆さと繊細さを併せ持つこの戦術、どこかで・・・?



覚えのある戦術。
カティがもどかしさを感じていると、艦内放送がかかった。


『トリロバイト、発進準備!トリロバイト、発進準備!』

「トリロバイト?資料にあった新型か」


そう言いカティは窓の外を見やった。

海中から発進するトリロバイトを甲板上で、ソーマとアンドレイは見ていた。


「GNドライブ搭載型のMAで開発しているとは・・・」

「噂では、もう1機開発途中の様で・・・。多額の寄付をした女性が居るそうですが」

「物好きな者が居る・・・」


ソーマはそう言い、瞳を細めた。
その後に、「ところで、」と言いアンドレイに視線を向けた。


はどうした?」


貴官の部下では無いのか。
そう問うソーマにアンドレイは頷く。


「はい。彼女は数日の間、私が見るように与えられていた者です」

「そうなのか?じゃあ、は一体誰の・・・?」


金の瞳を丸くするソーマ。
そんな彼女に答えたのは、良く通るソプラノボイスだった。


「あの娘の上司は、アーサー・グッドマン准将よ」


その声に反応してソーマが振り返ると、そこには紅色の髪を海風に靡かせる少女が立っていた。
見た感じでは、ソーマと年は同じくらいだろう。
彼女は灰色の瞳を楽しげに細め、歩みを寄せてくる。


「兎に角上層部に関連してるのよね」


正に捕らわれのお姫様よね。
そうソーマとすれ違い様に、彼女は呟いた。
明らかにについて何かを知っている様子の彼女を、ソーマは勢い良く振り返る。


「お前・・・!?」

「今レイは出撃準備で忙しいからね。あの娘も今回MSに乗るみたいだし、そっち見てるのよね」


出撃をしたトリロバイトを見下ろしながら、少女は言う。

レイの仲間なのだろうか。
を助けようとしている、彼の。

ソーマはそう思いながら、彼女に一歩近付いて「貴女の、名前は?」と問うた。


「フレイ・アルスター。階級は中尉よ」


よろしくね。
そう言い、フレイは微笑んだ。










プトレマイオス2は、相変わらず海中を潜航していた。
マリナは、展望室で海の中をじっと見詰めていた。

孤立したアザディスタン。
勃発する内紛。

「私にも、何かやれることはあるはず・・・」


どんな小さな事でも、きっと何かが。
そう呟くマリナに、背後から来た刹那が「此処に居たのか」と声をかけた。
振り返り、彼の名を呼ぶマリナ。
明らかに元気の無い様子の彼女に、刹那は「どうした?」と彼女を気遣う。

彼の言葉にマリナは何かを考えた後、決意したように顔を上げた。


「・・・刹那!私と一緒に、アザディスタンに来ない?」


思いも寄らなかったマリナの一言に、刹那は深紅色の瞳を揺らした。
国を立て直したいの!とマリナは続ける。


「争いの無い、みんなが普通に暮らせる国に・・・、貴方にも手伝って欲しい・・・」


そう言い、マリナは手を差し伸べる。

争いの無い、普通の暮らし。

それは心の奥底では刹那が深く望んでいる事。
だが、今の彼にはそれを簡単に受け止める事は出来なかった。

刹那はゆっくりと首を振った。


「それは出来ない」

「・・・何故?」

「俺に出来るのは、戦う事だけだ」


格納庫と同じ事を言う刹那に、マリナは悲しげに瞳を細めた。
柔らかい笑顔が似合う彼女に、そんな表情をさせてしまっているのは自分だ。
その事実に微かに心を痛めながらも、刹那は口を閉ざしていた。


「悲しい事を言わないで・・・刹那。争いからは何も生み出せない。なくしていくばかりよ・・・」

「ソレスタルビーイングに入るまでは、俺もそう思っていた」


争いからは何も生み出さない。
争いは、全てをなくすだけだ。

そう、思い込んでいた。



「だが、破壊の中から生み出せるものはある」


4年前の戦いから、理解出来た。


「世界の歪みをガンダムで断ち切る、未来の為に・・・!
 それが、俺とガンダムが戦う理由だ!」


真っ直ぐにマリナを見て言う刹那。
意思の強く篭った彼の瞳に、マリナは思わず息を飲んだ。




レイに続いてフレイ登場。
種から飛んできた人の共通点に気付いた方もいらっしゃると思います。
今更だけど名前似てる二人だなw