メディカルルームの寝台に横になったまま、は刹那に髪を撫でられていた。
こうしていると落ち着くだろうと刹那が思い、行動に移していた。
案の定は安心した表情を見せ、心地良さそうに瞳を伏せている。

ロックオンの助言は正しかったんだな。

そう思いながら刹那は彼女を見下ろした。


「・・・具合は、大丈夫か」

「うん・・・今、楽・・・」


うっすらと瞳が開く。
空色のそれは、先ほどとは違いとても澄んでいて綺麗だった。


「刹那、ごめんね」

「何故謝る?」

「・・・私、いっぱい迷惑、かけちゃった・・・」


悲しげに瞳を伏せるに、刹那はゆっくりと首を振った。


「迷惑なんて思わない。無事で良かった」

「・・・刹那、」


柔らかく微笑む刹那に、は瞳を丸くした。
すぐに目元を柔らかくし、手を伸ばした。
刹那はその手を取り、彼女を伺う。


「・・・でも、彼には、迷惑だった・・・」


私が、戻ると邪魔しちゃう。
そう言うに、刹那は瞳を細めた。





『アレルヤは私を好きだと言ってくれた。でも、私は恋とかよく分からなかった』


前にはそう言った。


『・・・アレルヤが本当に求めている女の子は、私じゃない。そう聞いた』

『誰からだ?』

『もう一人のアレルヤにだよ』


そんな話を以前聞いた気がする。
そう思いながら彼女の話を黙って聞いていた。


『私は代わりなのかが悲しいのか、アレルヤが私を見てくれない事が悲しいのかが良く分からないの』

『同じでは無いのか』

『・・・きっと、同じじゃない』


そう言って、は悲しげに微笑んだ。


『アレルヤが好きなのか?』


悲しげな表情の彼女に、思わずそう問う。
少し間を置いた後、は柔らかく微笑んで、


『・・・好き、うん。私、アレルヤが好き』


そう言い、頬を赤らめた。





「代わりとは、マリー・パーファシーの事か」


率直に問う刹那に、は微かに瞳を細めた。
寝台に手を置いて、ゆっくりと体を起こす。

は、それから刹那を見上げた。


「・・・そうだよ」


4年前の私は、マリー・パーファシーの代わり。

アレルヤが本当に大切に想っていたのは、彼女なんだ。

私じゃ、ない。

そう考え、は瞳を悲しげに震わせた。
彼女の様子を見ていた刹那も、微かに瞳を細めた。


「・・・お前は、それでいいのか」


刹那の言葉に、は空色の瞳を伏せた。
まるで仕方ない、とでもいうような彼女の仕種に刹那は拳を強く握った。


「・・・アレルヤを信じる気は無いのか」

「どのみち、元々アレルヤはマリーが好きだったんだから、信じるも何も、ない」


そうか、と刹那は呟く。
は信じるという話ではなく、元からの問題だと言う。

アレルヤは5年前からマリーを本当は想っていた。

マリーへの想いを、と重ねていた。

それを知っていて、5年前からアレルヤを支えていたのか。

そう思いながら、刹那はを見下ろす。

細く、薄い肩。
そんな華奢な体で、何を背負ってきたのか。

5年前は大して背は変わらなかったのに、今はどうだろうか。

あの頃からあまり身長の変わらない彼女。
薬の副作用等の原因もあるだろうが、女性らしい丸みを帯びた体のラインへと成長をしている。

抱き締めた体は、自分と違って柔らかかった。










アレルヤは項垂れていた。

代わりと自身が4年前から言っていた事。
そして今彼女が頼っているのは刹那。
想い人が自分では無く、他の男に頼っている事は、アレルヤにとって複雑な事だった。

そんなアレルヤに、マリーが近付いた。


「・・・アレルヤ、あの・・・、」


気まずげに口を開くマリー。
そんな彼女に自然に視線が集まった。


「・・・貴方は、私を忘れていたのよね?」


4年前の戦いで、思い出したのよね。
確認するように問うマリーに、アレルヤはゆるゆると顔を上げて頷いた。
そうだよ、と言う彼にマリーは金の瞳を細めた。

そんな二人を横目で見ていたレーゲンが、小さく息を吐いた。


「まさか、お前記憶の底に眠ってたマリーとをずっと重ねてた訳じゃないだろうな」


元々マリーに抱いていた恋心をに置き換えてたんだったら、最低だぜ。
そう言いレーゲンは肩を竦めてみせた。

アレルヤは今度は勢い良く振り返り、「そんな!」と声を張る。
が、何事かに気付いたのか金と銀の瞳を見開いた。


「・・・が、もし、そう思ってたら・・・」


声を震わせるアレルヤ。
もし彼女もそう考えているのだったら、アレルヤにとっては心穏やかではいられないだろう。
そんな彼にレーゲンは「兎に角、」と言う。


「お前の脳量子波だか影響だかがあるんだろう。当分に近付くなよ、アレルヤ君」

「そんな!僕は、彼女が!!」

「自分の気持ちを全部整理しろ」


きちんと彼女と向き合えるようになってから会え。
そう言いレーゲンは冷めた視線をアレルヤに向けた。


「ぶっちゃけさぁ、お前あやふやなんだよ」


マリーを見詰める瞳に熱が篭っている事は確か。
だが、口では反対の事言っている。
マリーもアレルヤしか見えていない事がとてもよく分かる。

そしてを傷付けてしまった自分への自己嫌悪。
と刹那のやり取りに感じる不満。

それら全てを抱えたまま、ごちゃごちゃしているだろうアレルヤ。


「そのまま近付いたら、あの娘は壊れちまう」


4年間ずっと自分はマリーの代わりだと思っていたのなら相当な想いだっただろうに。
自ら離れて、自らの想いを必死で潰そうとしているのに、甘い囁きをされたら混乱するのも無理は無い。
おまけにアレルヤとマリーの再会のやり取りを全て見て、自分を明かさずに二人の位置情報も教えてくれたときた。


「一度ちゃんと整理しろ」


したら、許可やるから。

そう言いレーゲンは、すれ違いざまにアレルヤの肩を軽く叩いた。
彼が出て行った後、アレルヤは唇を噛み締め、拳を強く握った。


「・・・僕は・・・!」


彼の脳裏に浮かぶのは幼少期に自分に全ての希望を与えてくれたマリー。

そして、





『アレルヤ!』





ふわりと金色の髪を揺らして、にこりと太陽のような笑みを浮かべる

空色の瞳を嬉しそうに細めて、くすくすと肩を震わせて笑う。





『大丈夫。アレルヤの所に私は帰って来る』





手渡した蝶の髪飾りをいつも付けてくれていた。
黄色と橙色を基準としたそれは、いつしかハレルヤと一緒に選んだ物。

それと交換するように、彼女から手渡された桜色の貝殻。
今思えば、捕らわれて生きてこれたのも、あのお守りが守ってくれたからか。

彼女の温もりを、愛を手放してしまったのは、僕だ。

そう思いながら、アレルヤは瞳を悲しげに伏せた。


・・・ハレルヤ、君が居たらどうする・・・?


きっと僕を罵るだろうね、
そう思いながら、アレルヤは拳を握り締めた。





ブリッジではスメラギが苦い顔をしていた。
パネルを操作しているフェルトも、複雑な表情で彼女を見た。


、どうするんですか?」


彼女の身を案じているのだろう。
フェルトにとって、も家族みたいなもの。
アレルヤと、マリーの関係について、
そして今までアロウズで使われていたようなものだった。

誰の目から見てもが不安定な状態なのは明らかだった。

彼女は元ガンダムマイスター。
そして、いつか彼女とまた出会える事を信じ、ミカエルの後継機、カマエルも整備された状態である。

フェルトはを戦わせるのか、どうかを聞いているのだろう。

スメラギはそう思い、眉を下げた。


「今は、なんとも言えないわね。あの娘にとって、戦う事は存在意義・・・」


がむしゃらに、仲間を守る為に戦ってきた
自分の存在理由が、戦いだと彼女は言っていた。

そんな彼女から戦いを取る事は容易ではないだろう。


「・・・兎に角、今は彼女に安静にしていてもらうわ」


体の事もあるしね。
と言うスメラギに今度はラッセが声を上げる。


「このままトレミーに乗せたままにするのか?」

「それがいいでしょうね。アレルヤにも、にも・・・そして、刹那にも」


スメラギはそう言い、瞳を伏せた。


メディカルルームでは刹那を傍らに、寝台にが腰を下ろしていた。
そんな彼女の前に立つのは、ティエリアとロックオン。
あの後解散をした彼らは、各々自由に行動を取ることになった。
レーゲンに止められ、アレルヤとマリーはメディカルルームへの立ち入りは許可されなかったが。
ティエリアとロックオンは彼女の見舞いに。
アレルヤは自室へ、レーゲンはマリーと共にどこかへ行ったようだった。
彼の場合、マリーの監視という意味合いもあるだろうが。

改めてを見下ろし、ティエリアは柔らかい表情を浮かべた。


「君が無事で良かった・・・」

「うん・・・心配、してくれてありがとう」


そう言うは、纏う雰囲気は柔らかくなったが、笑顔は無かった。
ティエリアはそれに気付きながらも、表情には出さずにを見下ろしていた。


「そっち、誰?」


の言葉に全員が瞳を丸くした。
彼女は真っ直ぐにロックオンを見上げていて、ティエリアは「ああ、」と声をあげた。


「ケルディムガンダムのガンダムマイスターの・・・、」

「ロックオン・ストラトスだ」


ティエリアの紹介を遮り、ロックオンが自ら前に出てそう言う。
「よろしくな」と言い片手を差し出す彼に、も習う。

ひとまわり以上小さい、柔らかい手。

それにロックオンは少しだけ瞳を丸くしたが、すぐに目元を和らげた。


・ルーシェ」

ね。ま、名前は知ってたんだけどさ」


そう言いロックオンは笑みを浮かべた。
は「そう、」とだけ返した。
そんな彼女に、ロックオンは不思議そうな表情をした。


「・・・へぇ、は俺を見て驚かないんだな」


この艦に来てから、ずっとニールと比べられてきた。
それなのに目の前の少女は自分と兄を比べない。
当然知らなかったはずなのに、容姿が同じなのに、

そうロックオンが思っていると、がぽつりと呟いた。


「似てるけど、違うから」

「違う?」


どこが?
そう問うロックオン。
刹那もティエリアも、を黙って見詰める。

じ、ともロックオンを真っ直ぐに見詰めた。


「違う、なんか。ロックオンだったらきっとこう、する」


そう言いは少し考えた仕種を見せる。


「こう、頭撫でて、きっと安心して、怒る」

「怒る?兄さんが?」


心配したと言って彼女の頭を撫でる事は分かる。
が、怒るのか、兄は。
甘やかした後ではなく、直ぐに?


「多分、怒る。それに、貴方、私の事は別にどうでもいい」


どうでもいい、って。
思わずロックオンは言葉を零す。
は自分を指差した後、彼を指差す。


「初対面」


ずばりとそう言った彼女に、ロックオンは思わず噴出した。
なんだ、と言い彼は笑みを零す。
その表情は、やはりニールとは違う笑い方だった。


「聞いてた印象と大分違うなって」


そう言い彼はまた手を伸ばして、くしゃりと彼女の頭を撫でた。


「改めて、ライル・ディランディだ。今はロックオン・ストラトスとしてガンダムに乗ってる」

「うん。ライル」


微かに目元を和らげた
彼女の表情に、刹那もティエリアも表情を和らげた。

とロックオンのやり取りを見つつ、ティエリアが刹那に視線を移した。


「・・・彼女は君に任せる」

「了解した」

「だが、何かあった場合は僕たちにもすぐに話せ。彼女を心配しているのは、皆一緒だ」


ティエリアの言葉に刹那は少しだけ笑みを零し、「了解している」と言った。

その後、ティエリアとリロックオンもメディカルルームから出て行った。
残った刹那はの様子を伺う。


「・・・体は大丈夫か?」

「レーゲンさんのお陰かな・・・もう大丈夫みたい」


そう言いは刹那を見上げた。
「そうか」と言い彼は安堵の表情を浮かべた。





『具合は大丈夫・・・?』





ふと、記憶の中の彼と刹那が重なる。
深紅色の瞳、黒色の髪。
そしてなにより、自分を見つめる瞳に含まれる感情。

そこまで考え、はゆるゆると首を振った。
「どうした、」と気にかける刹那は、本当に優しい。


「・・・大丈夫」


そう言い微笑みながら、彼と彼を重ねてしまう自分には嫌気がさした。
力ない微笑みに、刹那は微かに瞳を細めた。
そんな彼に、は笑みを消して見上げる。


「・・・刹那もやる事、あるでしょ?」


私にばっかり構ってなくてもいいよ。
そう言い、は足元に居たイエローハロを両手で抱き上げる。


「私にはハロもついてるんだし、刹那は別に、」


そこで、は言葉を止めた。

寝台の上にイエローハロを置いて、片手でそれを撫でながら彼女は言っていた。
あえて刹那を見ないように。

それなのに、


「・・・刹那・・・?」


真正面から勢い良く抱きつかれるようにされ、は空色の瞳を丸くした。

言葉が途切れる。

の手が、刹那の上着の裾を掴んだ。

背に回された大きな腕に、力が込められた。


「・・・俺は、生半可な気持ちでああ言った訳じゃない」

「え、」


が瞳を丸くする。
彼女を強く抱き締めたまま、刹那は深紅色の瞳を細めた。


「守ると、言った」


耳元で呟かれた言葉。
の頭に、4年前刹那から言われた言葉が過ぎる。





「俺が、お前を守ってやる」

「お前は皆を守れ。その背は、俺とエクシアが守ってやる」
『約束しただろ・・・みんなを守るを、俺が守るって!!』

「ガンダムで、お前を守る」
『俺が君を守るから!!』





「・・・まもる・・・」


でも、とは呟く。


「駄目なの、私・・・アレルヤも、ソーマも言ってくれたのに、みんな居なくなっちゃう」


シンの傍からは、私から離れてしまった。
だから、刹那とも一緒に居れない。

がそう呟くと、刹那が軽く体を離した。
そのまま、真っ直ぐに彼女を見下ろす。


「卑怯だとも思う。だが、このままお前が崩れていくのを、見ている事も出来ない」


俺が、お前の背を支える。

だから、


「・・・だから、」


刹那は眉を寄せ、瞳を細めた。
そんな彼の胸を、は反射的に押した。

強くなかったそれだが、思いのほか簡単に刹那は彼女から離れた。

あ、とが声を漏らした。

彼女の空色は、無意識だったのか、自身の行動から戸惑いの色を浮かべていた。
ごめん、とは呟いて顔を俯かせた。


「・・・刹那に、甘えっぱなしじゃいられない・・・」

「・・・、」


大丈夫、そう言ってはゆっくりと瞳を伏せた。




ここにきてやっと刹那フラグ。