「暫く安静だ。あんまり激しい動きは禁止だぞ?」
そう言いレーゲンは電子カルテのデータに目を通した。
彼の前に座っていたは頷き、彼を見上げた。
遠まわしに訓練を禁止した彼。
仕種等はぶっきらぼうな部分もあるが、基本優しい人物のようなレーゲン。
プトレマイオス2の医師として乗艦している彼をあまり知らないは、ついまじまじと彼を見詰めてしまう。
視線に気付いたレーゲンは、電子カルテを閉じ、「ん?」と言い彼女を見返した。
「君の部屋も準備してあるから、そっちで次からは休むと良い」
ほれ、これ薬。
そう言い手渡されたそれは、色々な種類があったが、見覚えのある物も混ざっていた。
「・・・これ、」
「悪いが、君の体も診断したからな。大丈夫、薬は王留美から送られてきたデータが基だ」
精神を安定させるもの。
そして、体も。
は微かに瞳を細めたが、「ありがとうございます」とレーゲンに礼を述べた。
彼は肩を竦めてみせて「いいっての」と言いデータ端末を手渡した。
「それに今までのソレスタルビーイングのデータが入ってる。ハロと見ると良い」
「分かりました」
「あ、後さ」
メディカルルームから出ようとしたを、レーゲンが呼び止めた。
足を止めて振り返ったに、彼は言い辛そうに「んー」と声を漏らす。
「脳量子波、平気か?」
アレルヤの傍に寄ると感じる頭痛。
明らかに脳量子波が関連している事が分かっていた。
しかし、今のアレルヤは脳量子波が使えないはず。
何故かは分からないが、は苦しむ。
兎に角、原因が解明するまでは二人が近付かない方が良いとレーゲンは思っていた。
の精神的にも、だったが。
は少しだけ間を空けた後、小さく頷いた。
そのまま、メディカルルームを出て行く。
レーゲンは、大きく息を吐いて再び電子カルテを開いた。
そこに記されたデータを見て、瞳を細めた。
「・・・エクステンデッド、か」
怪我もぱっぱと治ってきちゃって。
そう呟いて、レーゲンはデスクに肘をついた。
メディカルルームから出たは、そこで待っていたらしい人物と会う。
イエローハロを抱えて、若草色の瞳をぱっと輝かせたのは、フェルトだった。
「!」とフェルトは駆け寄ってきて、に笑みを向けた。
「もう、大丈夫なの?」
「うん、平気」
良かった。と言いフェルトは安堵の息を吐いた。
イエローハロも彼女に習い『ヨカッタネ、ヨカッタネ!』と言い目を点滅させた。
「部屋に案内するね、こっち」
嬉々とした表情でフェルトは歩を進めた。
は頷き、彼女の後に続く。
思っていたよりも元気そうなの様子に、フェルトは気付かれないように息を吐いた。
アレルヤの事もあったので、心配をしていた彼女は進んでの案内を申し出た。
の部屋は、マイスターという事もあり男性陣と近い場所にもなる。
が、アレルヤの部屋からは一番離れるように気配りもされている場所だ。
一番近いマイスターの部屋は、刹那の部屋になる。
ロックを外し、フェルトはドアを開ける。
「此処よ」と言いを振り返る。
一緒に部屋に入ると、は辺りを見渡した。
ベッドとパネル、モニター。
簡単な物が配備された部屋となるが、にとっては十分だった。
デスクの上にある物に、は瞳を丸くした。
ゆっくりとした動作で近付き、それを見下ろした。
そんなに気付いたフェルトが声をかける。
「それ、ミカエルで見つけた物よ」
大事な物だったんじゃないかって、取っておいたの。
そう言い微笑むフェルト。
はゆっくりとそれに手を伸ばした。
最初に取ったそれは、蝶の髪飾り。
橙と黄を基準とした色合いのそれを、震える両手の上に乗せる。
「やっぱり、似合う」
橙色や黄色の飾りがついた髪飾り。
二匹の蝶がまるで此処に留まっているようなそれは、彼らからの贈り物。
「・・・甘い蜜に誘われた蝶だね、の髪、はちみつみたいだもんね」
アレルヤはそう言って、嬉しそうに微笑んで、
「・・・これも、お守りにしてくれたら嬉しいな、なんて」
「?」
フェルトに名前を呼ばれ、はハッとした。
振り返ると、心配そうにフェルトが見詰めていた。
「どうしたの?」
不安げな表情なフェルトには首を振った。
そのまま、「なんでもない」と言いその髪飾りを置いた。
デスクに視線をまわすと、そこにはシンのハンカチやグラハムから貰った小物入れもあった。
全部最後の戦いのお守りにしたくて、ミカエルに乗せたままだったものだ。
無事だった事に安堵の息を吐き、は小物入れの螺子を回した。
そこから綺麗な旋律が流れる。
心地良さげにフェルトが微笑み、「綺麗ね」と言う。
『キレイネ!キレイネ!』
「5年前から、ずっと変わらない・・・」
はそう言い、目元を和らげた。
そんな彼女を見て、フェルトも微笑む。
(良かった、)
昨日が脱走したという報せを聞いて、正直気が気じゃなかった。
冷水を浴びせられたように一気に体温が低下した感覚を今でもフェルトは覚えている。
彼女が戻ってきてくれた事は、とても嬉しかった。
だが、まだ制服に腕を通す気には彼女はならないのではないか。
此処の場所に戻っただけで、にとって仲間に戻ったわけではないのではないか。
フェルトはそれが気懸かりだった。
そう思っているフェルトを、が振り返る。
「・・・思ったんだけど、制服、作ったんだね」
正に考えていた制服についての話題を振られ、フェルトは「えっ」と短く声を上げた。
が、すぐに笑みを浮かべ、答える。
「ティエリアが言い出したんだよ」
フェルトの言葉に、が「ティエリアが?」と返す。
それに頷き、フェルトは言葉を続けた。
「スメラギさんも居なくなって、ソレスタルビーイングは動けなかったの」
ティエリアは失ったものが多すぎた。
ヴェーダともアクセスできなくなり、心の拠り所であったロックオンも失った。
刹那、アレルヤ、というガンダムマイスターも行方不明となり、彼は全てに絶望をしていた。
部屋に篭りきりになってしまった彼だが、数日経ってなんとか気を持ち直した様に再び現れた。
「トレミーのメンバーも、ソレスタルビーイングの制服を着用しようって言ったの」
その時の事を思い出しているのか、フェルトは懐かしそうに言う。
「この胸の緑のひし形は、太陽炉の象徴なの。
誰かが敷いたレールの上じゃなくて、今度は自分たちで行動する意味なんだって」
ティエリアが考えたのだろうか。
そう思いながらは頷いた。
この制服には同じ目的を持つ者同士の意思が込められているという事。
「だったら、私は着れない」
そう言い、はベッドに腰を下ろした。
彼女の足元では、イエローハロが近付いてきて、跳ねている。
フェルトは予想通りのの言葉に、落胆の色を見せた。
「・・・どうして?」
そう聞かずにはいられなかった。
は視線を足元に向けたまま、口を開く。
「誰かが敷いたレールの上」
そうポツリと呟く。
いつだって、ネオの言う通りにしてきた。
いつだって、ステラたちを守る為に戦った。
いつだって、ミッションプランに従った。
いつだって、造られたレールの上を歩いてきた。
その方が、楽だから。
その方が、何かあった時に言い訳もつくから。
そこから抜け出せない私に、制服を着る資格なんてない。
そう思い、はフェルトを見上げた。
「ありがとう、気を遣わせて、ごめん」
そう言い、力なくは微笑んだ。
フェルトはその後、の部屋から出た。
一人になりたい。
がそう言ったからだ。
イエローハロだけを残して退室したフェルトは、力なく廊下を歩いていた。
の笑顔は、力が無かった。
全然、大丈夫なんかじゃなかった。
そう思い、フェルトは思わず足を止めて拳を強く握った。
(駄目だな、私・・・)
は、全然大丈夫なんかじゃない。
私に、何が出来る?
そう思うフェルトを、誰かが名を呼んだ。
「フェルト?」
思わず勢い良く振り返る。
フェルトの名を呼んだのは、刹那だった。
彼はそのまま近付き、彼女を見下ろした。
「を送り届けてくれたのか」
「うん・・・そう、だけど」
先ほどの事が気懸かりだったフェルトは思わず言葉を濁す。
何かあったのかと思い、刹那は微かに眉を潜め、「どうした」と問うた。
「・・・、制服着れないって」
まだ悩んでいた様子の。
自分の意思を貫き通した事がない彼女は、ソレスタルビーイングの制服は着れないと言い断った。
それを聞いた刹那は、「そうか」とだけ返すとフェルトの横を通った。
そのまま移動を再開する刹那の背を、フェルトは見る。
「・・・の所に行くの?」
思わずそう問うと、刹那が首を動かし、振り返る。
顔だけをこちらに向け、彼は小さく頷いた。
「傍に居ると、約束をした」
「・・・刹那が・・・?」
「一方的なものだがな」
フ、と笑みを零して刹那はの部屋へ進んでいった。
彼の背を見送りながら、フェルトは若草色の瞳を細めた。
(刹那と・・・・・・)
崩れるが、なんとか立て直した。
それを支えていたのは、刹那だったのか。
そう思い、フェルトは複雑そうに眉を潜めた。
がこのまま元気になってくれたら嬉しい。
それは当然だった。
しかし、アレルヤの事をあんなに想っていた彼女を、刹那が支える。
(・・・刹那・・・、)
それでいいの?刹那は。
そう思いながら、フェルトは壁に手をついた。
「、俺だ」
部屋の前で刹那はそう言う。
少しの間そこで待っていると、部屋のドアが開いた。
出てきたは、着替えたのかワンピースを身に纏っていた。
空色が、刹那を見上げる。
「・・・何?」
小首を傾げる。
彼女を見下ろしながら、刹那は目元を和らげた。
「顔を見に来ただけなんだが、入れてくれるか?」
優しい声色で言う刹那に、は小さく頷いた。
部屋に入ると、ハロの口の様な部分からコードが延びていて、端末に繋がっていた。
レーゲンから渡されたのか、ソレスタルビーイングのデータを見ていたようだった。
刹那の視線に気付いたのか、はドリンクを刹那に手渡しながら口を開いた。
「それ、もう全部見た」
「・・・そうか」
「うん。みんな、色々あったんだね」
そう言いベッドに腰を下ろした。
彼女に習い、刹那も隣に腰を下ろす。
「それはも同じだろう」
「・・・そう、だね」
きゅ、と膝の上で両手の指を絡める。
そんなの手に、刹那は自身の手を重ねた。
「あまり思い詰めるな」
「・・・刹那、」
「お前は一人で抱えすぎるんだ」
そのまま、手を取って真っ直ぐにを見詰める。
4年前も、その前も、ずっと一人で全てを抱えてきた。
それをこれからも続けるつもりなのか。
刹那はそう思いながら、僅かに瞳を細めた。
「俺はお前の傍に居る。俺はお前を支える」
だから、
そう言い刹那はの肩に手を回した。
思わず肩を軽く跳ねさせたを気にした様子もなく、刹那は続ける。
「俺を頼ってくれ」
そう言い、軽く彼女の肩を引いた。
とん、と刹那の胸に頭があたる。
「・・・優しくされると、甘えちゃう・・・」
「良いんだ、甘えてくれて」
「でも、私は刹那の事・・・、」
反射的に顔を上げたの視界いっぱいに、刹那が映った。
思いの外至近距離にあったそれに、思わず口を噤んで体を硬くしてしまう。
そんなに笑みを浮かべ、刹那はまた「良いんだ」と言った。
「良いんだ。俺が、そうして欲しいんだからな」
「・・・刹那、」
優しく微笑みながら、の髪を梳く。
彼の優しさを感じて、くしゃりと表情を歪めた。
「・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・刹那・・・!」
唇を噛み、顔を俯かせたに、刹那は苦笑して背を撫ぜた。
その後、は刹那に着いて行き、ブリーフィングルームに来ていた。
そこにはスメラギをはじめとする、ほとんどのトレミークルーが集まっていた。
居ないのは、フェルトとイアン、レーゲンくらいだろう。
スメラギとラッセはの姿を目に留めると、嬉しそうに瞳を細めた。
離れた位置では、アレルヤが立っている。
彼は何か言いたげにをじっと見詰めていたが、口を開く事は無かった。
『ダブルオーとアリオスの修理は一応、済ませた。それより朗報だ、支援機2機が完成したらしい』
スメラギは、イアンからの通信に耳を傾けていた。
『ツインドライブを万全にする為にも、一足先に宇宙に上がり、調整作業をしたいんだが』
イアンの言葉に、スメラギは「了解です」と言い通信を切った。
そのまま視線を動かし、パネルを操作していたミレイナを呼んだ。
「ミレイナ、イアンの代わりに整備を担当してもらえる?」
「はいです!」
「クロスロード君もきっと手伝ってれるわ。・・・出来れば、貴女も手伝ってもらえないかしら?」
スメラギはそう言い、刹那の隣に居るに視線を向けた。
突然自分に振られた事に、は空色の瞳を丸くした。
が、が答えるより先に、ラッセがパネルの電子音に反応した。
「王留美からの暗号通信だ」
開いて。
というスメラギに従い、ラッセが通信を開く。
すると、モニターにVOICE ONLYと表示が映り、王留美の声が響いた。
『皆さん、今まで公に姿を見せなかったアロウズの上層部が、経済界のパーティ−に出席するという確定情報を得ました』
アロウズの上層部が、パーティに参加。
その言葉を聞いた瞬間、アレルヤの隣に居たティエリアの体が硬くなった。
『後日、その調査結果を・・・、』
「僕も、その偵察に参加させてもらう!」
王留美の言葉を遮り、ティエリアが声を張った。
突然の彼の言動に、アレルヤが「ティエリア、」と呟く。
「本当の敵を、この目で見たいんだ」
「相手に俺らの正体が知られている場合も・・・」
「俺がバックアップに回る」
ラッセの言葉を遮り、刹那が言う。
刹那はそう言った後、隣に立つを見下ろした。
視線を向けられ、も刹那を見上げた。
「・・・直ぐに戻る。だからお前は、トレミーで待っていてくれ」
「・・・待つ・・・」
「ああ、俺の帰りを待っていてくれ」
危険な目に合わせたくない。
刹那の態度から、それが伝わってきた。
何より、最近までアロウズに居た彼女だ。
上層部が集うパーティになんて、連れて行けるはずが無かった。
刹那がそう思っていると、仕方ないわね、とスメラギが零す。
「その代わり、私の指示に従ってもらうわよ」
そう言い、スメラギは強気に笑って見せた。
はーん、とレーゲンは零した。
持ち歩いている端末に唐突に入ったスメラギからの通信。
用意して欲しいものが記された其れに目を通した後、端末をポケットにしまった。
そんな彼を、隣を歩いていたマリーが見上げる。
「どうしたんですか?」
「否、なんかまたミッションみたいだからな」
アレルヤがブリーフィングルームに行っているので、マリーの傍にはレーゲンがついていた。
プトレマイオス2の中を一通り案内した後、とりあえずメディカルルームに戻ろうと二人で歩いていた。
そのまま進んでいると、前からフェルトが歩いてきた。
あ、と女性二人が短く声を上げる。
「フェルトさん・・・!」
マリーが思わず一歩踏み出す。
そんな彼女に、フェルトは気まずそうに視線をそらした。
「この前はごめんなさい・・・感情的になってしまって・・・」
この前。
敵だったソーマ・ピーリスへの怒りをマリーにぶつけてしまった事を言っているのだろう。
マリーはゆっくりと首を振って、「いいえ、そんな・・・」と言う。
マリーはソーマであり、ソーマはマリーである。
それを否定するつもりは、マリーには無かったからこそ罪を受け止める。
謝りにきたのか、フェルトはそのまま「じゃあ、」と言い去ろうとする。
そんな彼女を、マリーが思わず引きとめた。
「あ、あの!」
振り返ったフェルトに、マリーは柔らかい笑みを零した。
「皆さんの事、大切に思ってるんですね」
「私の、家族ですから」
フェルトはそう言い、柔らかく微笑んだ。
それにマリーは「羨ましいです」と零す。
「・・・私には、家族とか、そういう風に思える人が・・・」
「アレルヤが居るじゃないか」
金の瞳を細めたマリーの頭を、レーゲンがぐしゃぐしゃと撫でた。
突然の事に「きゃっ!?」と悲鳴をあげ、マリーは金の瞳を丸くしてレーゲンを見上げた。
「アレルヤだけじゃない。お前はもっと周りを知るべきなんだよ」
「周り・・・?」
「ソーマの周りには、誰が居た?」
記憶を共有しているなら、マリーも知っているはず。
レーゲンの問いに、彼女は少し考えた後、口を開いた。
「・・・スミルノフ大佐は、ソーマ・ピーリスの親の様な存在でした」
大佐の娘に、なりたかった。
ソーマの想いを思い出しながら、マリーは言う。
「それに、4年前からが居ました」
「脳量子波を介して、だったっけか?」
レーゲンの問いにマリーは頷いた。
「戦いを怖がっているが、無理矢理戦わされているって思ったんです。だから彼女を執拗に追いかけて、捕らえようとした」
「・・・じゃあ、アロウズでもソーマ・ピーリスは?」
「はい。を案じて、ずっと傍に居ました」
そっか。
そう言いレーゲンはマリーの頭を、今度は優しく撫でた。
「マリーの周りも、きっと同じになるな」
「え?」
「先ずは、ミッションだ」
そう言いレーゲンはマリーとフェルトを交互に見やり、口の端を吊り上げた。
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