「どうかしたの、フェルト」
メディカルルーム前で、レーゲンとマリーに会う前。
フェルトはブリーフィングルームから出てきたスメラギと鉢合わせた。
元気の無い様子のフェルトに、スメラギは声をかけて自室へ招き入れた。
ソーマに関しての事で、マリーとアレルヤに当たってしまった事を聞いて、スメラギはフェルトを見やった。
「そんな事が、」と言うスメラギに、フェルトは力なく微笑んだ。
「駄目ですね、私。ソーマ・・・いいえ、マリーさんは悪くないって知ってるのに」
怒ってもいいアレルヤも、フェルトに優しくしてくれた。
「フェルト・・・ごめん」
先にアレルヤに謝られてしまった。
「駄目だね、私・・・しっかりしなきゃって思っても、みんな優しいから甘えたくなって・・・」
「いいんだよそれで」
振り返った先、アレルヤはとても優しく微笑んでいた。
「僕たちは家族なんだから」
「アレルヤの言う通り、私たちは仲間で家族じゃない。それでいいのよ」
「でも私、前のように子どもじゃないし・・・」
そこまで言い、フェルトは自分の前髪をくしゃりと握った。
そのまま困った様に笑い、「駄目ですね」と言った。
「こんなんじゃ、クリスに怒られちゃいますね」
困った様に笑うフェルトに、スメラギは笑みを零した。
そして、4年前にクリスティナが自分に言ってきた事を思い出していた。
『スメラギさ〜ん!!』
わっと泣くように、クリスティナはスメラギに飛び込んできた。
ぎゅうぎゅうと彼女に抱きつきながら、言葉を続ける。
『また今日もフェルトと上手く話せなかったー!!』
まあまあ、とスメラギはクリスティナを諌める。
『焦らなくていいのよ、クリス。あの娘は人付き合いに慣れてないだけなのよ』
頭を撫でながら言うと、クリスティナは「分かってるんですけど・・・」と零す。
一旦スメラギから離れ、彼女は続ける。
『なんか嫌われてる気がしてきちゃうし・・・ついこっちから質問攻めみたいになっちゃうし・・・』
結局、困らせちゃって。
そう言いクリスティナは肩を落とした。
『今トレミーで同世代の女の子って、フェルトとだけだし・・・やっぱ焦る・・・』
『直に慣れるし、仲良く出来るわよ』
気楽に言うスメラギに、クリスティナも小さく頷く。
まあ、そうなんですけど、と零し、クリスティナはベッドに腰を下ろす。
『フェルトには、普通の女の子になって欲しいの』
そういう環境じゃないの、分かってるつもりだけど。
そこまで言い、クリスティナは言葉を切る。
少し考える仕種を見せた後、「あ」と言い明るく微笑んだ。
『自分の事主張出来る子になって欲しい、かな?』
笑顔でそう言ったクリスティナの事を思い出しながら、スメラギは笑みを零した。
「クリスは怒るかしら?」
クリスに怒られちゃう。
と言ったフェルトにスメラギはそう言う。
小首を傾げるフェルトに、ウインクをひとつし、スメラギは笑みを零した。
「きっと喜ぶわよ!」
自分の事を主張出来る子になって欲しい。
クリスティナの願いは、通じていたのだから。
どうして?と不思議がるフェルトに、スメラギは「そうだ」と言う。
「急いで調達して欲しいものがあるのよ、急に入り用になってしまって」
そう言うと、フェルトは若草色の瞳を丸くした。
まさかレーゲンにもスメラギさんと同じ事を頼まれるなんて。
そう思いながらフェルトはマリーと一緒にある物を選んでいた。
当の頼んだ本人のレーゲンは、何か別に用意するものがあるのか、別室へ行ってしまった。
何に使うのかは分からないが、兎に角頼まれたままにフェルトはマリーと一緒に化粧品を用意していた。
「私、こういうの良く分からなくって・・・」
「じゃあ、ドレスの方を選んでもらえますか?」
ずっとソーマの奥底で眠っていたマリーは、化粧品等が良く分からなかった。
ソーマ自身も、化粧等をする習慣は未だあまり無かったようで、知識が無かった。
フェルトの言葉にマリーは頷き、「はい」と言い並べられたドレスを手に取った。
ちょうどマリーが手に取ったそれは、とても可愛らしい色合いで、彼女に似合うものだった。
思わずフェルトが、感嘆の声を漏らす。
「それ、似合いますね」
「えっ?わ、私に?」
頬を仄かに朱に染めるマリー。
フェルトは微笑んで、頷いた。
「きっと、アレルヤもそう言ってくれると思います」
二人の関係を認めた訳ではないが、フェルトはそう言っていた。
マリーは頬を仄かに赤らめ、嬉しそうな様子を見せた。
しかし、直ぐに悲しげに眉を下げ、口を開いた。
「・・・きっと、アレルヤはのドレス姿の方が喜びますよ」
「え?」
だって、と言いマリーは言葉を続けた。。
「アレルヤが本当に好きなのは、なんですから」
きっと。
そう言いマリーは金の瞳を伏せた。
端から見ても分かる。
マリーはアレルヤに恋をしている。
「マリーさん、アレルヤの事・・・、」
「マリーでいいわ」
マリーはそう言い柔らかく微笑んだ。
「私は、アレルヤが好き」
きっぱりとマリーはそう言い切った。
五感を失っていた、超人機関の施設に居た時から、マリーにはずっとアレルヤしか居なかった。
アレルヤが見つけてくれなければ、きっと今でも寂しく独りのまま。
アレルヤが見つけてくれたから、今の私が居る。
そう思い、マリーは胸の前に手を置いた。
「私にとって家族であり、仲間でもあるアレルヤが、私の唯一だから・・・」
家族であり仲間。
それはフェルトにも分かる気持ちだった。
でも、とマリーは言いフェルトを見た。
「きっと、私も曖昧なんです」
アレルヤがマリーとの間で思い悩み、揺れているように。
そう言うマリーに、フェルトは小首を傾げた。
「・・・それって?」
「アレルヤと再会してから、とても幸せだった。体が動いて、彼を見て、彼に触れられる」
当たり前の事が、マリーにとってはとても幸せな事だった。
初めて得た五感。
初めて見た彼の顔。
初めて触れた、彼の体温。
正に神に感謝する心だった。
「・・・だから、他の事も見て、触れる事が出来る・・・」
アレルヤだけではない。
その周りの物も見て、触れられるようになった。
「周りを見ると、結構変わるものなのね」
「変わる・・・?」
「私、確かにアレルヤが好き。でも、色々な想いもあるのね」
マリーはそう言い、ドレスを置いた。
そして真っ直ぐにフェルトを見詰める。
「貴女もとても優しい、仲間想いだって知れたわ。そういう自己主張が出来る所、好きよ」
「あ、ありがとう・・・」
目元を仄かに赤くしたフェルトが反射的に礼を言う。
それにマリーは柔らかい笑みを向けた。
「レーゲンさんも、私の体についても心配してくれるし・・・何かと気にかけてくれるわ」
「彼、ぶっきら棒な所もあるけど、本当は優しいから」
「ええ、分かる気がするわ」
マリーとフェルトは笑い合い、お互いを見合った。
「アレルヤはきっといっぱい悩むわ。彼は優しいから置いていった私に対して負い目を感じているから」
「・・・でも、自分で解決するしかないのね・・・」
「ええ。そうじゃないと、誰も幸せになれないもの・・・」
アレルヤも、マリーも、も、いっぱい悩んでいる。
自分の想いに整理をつけた時、初めて結ばれるのだろう。
そう、二人は思っていた。
「見守るしか出来ないのって、ちょっと辛いね・・・」
そう言うフェルトに、マリーは曖昧に微笑んだ。
仲間が苦しんでいるのに、何も出来ない。
下手に手を出すよりも、見守るべきな事は分かっていた。
そこに、席を外していたレーゲンが戻ってきた。
あー、と声を漏らしながら近くにあった椅子にどっかりと腰を下ろした。
「疲れてるんですか?」とフェルトが問うと「あー」とレーゲンは返す。
「急ビッチで仕事したからな・・・スメラギも無理言いすぎだろ」
思い切り背もたれに寄りかかりながら言うレーゲン。
お前らは楽しそうだな。
と言いながらレーゲンは室内に視線をめぐらせる。
そこで、お、とマリーで視線を止めた。
「手に持ってるドレス・・・、」
「えっ?」
肩を跳ねさせ、マリーは頬を微かに赤くした。
金の瞳を真っ直ぐにレーゲンに向けているマリーに、フェルトは小首を傾げた。
「それはティエリアっぽくないだろー」
ワハハ、と笑って言うレーゲン。
一瞬呆気に取られた表情をした後、マリーは慌てたように「そ、そうですよね!」と言いドレスをベッドに投げた。
そんなマリーの仕種が面白かったのか、レーゲンは笑いながら立ち上がる。
そのままベッドに近付き、別のドレスを手に取った。
少しの間、視線を巡らせた後に彼は柔らかく微笑んだ。
そして其れをマリーの前に出し、頷く。
「ん。こっちのがマリーには似合う」
そう言い微笑んだレーゲンに、マリーは頬を真っ赤に染めた。
キュ、と刹那はスカーフを音を立ててつけた。
潜入捜査をする事になった為、ティエリアの付き人を演じる事になった。
送迎用の車の運転手、という設定の為、ぴっしりとした服を身に纏う。
青を基準とした運転手服は、後は帽子を被れば完成だった。
帽子を手に取った時、小さなノックが響いた。
こんなノックをする人物は、一人しか居ない。
そう思い、刹那は直ぐにドアをあけた。
そこには、変わらずワンピース姿のが居た。
「どうした」
そう尋ねると、彼女は不安げに視線を彷徨わせた。
「・・・潜入捜査、行くって言ってたから・・・」
「・・・少しだけ離れる。すぐに戻るから」
そう言い刹那は両手を伸ばし、の両頬を包んだ。
きょとん、と空色の瞳を丸くする彼女に、刹那が微笑む。
「・・・俺が離れると、不安か?」
「・・・べ、別に・・・」
刹那が居なくても、と言いよどむを、刹那は優しく抱き締めた。
体を微かに硬くしたに、刹那は笑みを零した。
「嬉しい」
そう言い、刹那は腕の中のを見下ろした。
は気まずげに視線を逸らし、彼の胸に手をやって押す。
「・・・気をつけて」
「ああ。お前はゆっくりしていろ」
そう言い、刹那は室内に一歩足を戻す。
入るかと聞く彼に、はやんわりと首を振った。
「・・・ううん、邪魔、しちゃうから・・・」
「邪魔になんて、思わない」
「・・・でも、いい。整備の手伝い、する」
そうか、と言い刹那は軽く挨拶をした後、室内に戻っていった。
すっかり刹那のペースに飲まれている。
優しさに甘えている事は分かっているのに、にとって今は彼が居ないと上手く立ってもいられない。
誰かに必要とされていないと、傍で支えてもらわないと、辛い。
はそう思いながら、廊下を歩いた。
目指すは格納庫。
機体の整備を手伝わなければ。
そうが思った時、微かに頭に痛みが走った。
「っつ・・・!」
思わず頭に手をやり、足を止める。
なんで、と思っていると、前方で自分と同じように立ち止まっている人物が居た。
顔を上げて、は思わず空色の瞳を見開いた。
そこに居たのは、
「・・・・・・アレル、ヤ・・・」
アレルヤも同じように、瞳を見開いていた。
頭に手を当てているに、彼は直ぐに悲しげに瞳を細めた。
「・・・此処で良いから、聞いてくれないか」
アレルヤの静かな声が、廊下に響く。
その場で立ち止まったまま、アレルヤはそう言った。
強く握られた拳は、何を堪えてからなのか。
は、小さく頷いた。
それにアレルヤは「ありがとう、」と言い小さく息を吐いた。
「・・・ずっと、謝りたかったんだ・・・僕は、もう少しで君を手にかけてしまうところだった・・・」
ルットーレに乗り、精神操作をされて錯乱する。
恐怖を感じていた彼女の機体をあそこまで破壊したのは、アレルヤ自身。
それをずっとアレルヤは気にしていた。
は「別に、いい」と呟いた。
「僕はこの4年間、ずっと収監されていた。咎を受ける時が来たのだと思った」
だけど、
と言いアレルヤは真っ直ぐにを見詰めた。
「君の事を忘れた事は、無かった」
「・・・違う、マリー・パーファシーと重ねているだけ」
「マリーはマリーで、君は君だ・・・!」
「貴方は忘れていた。だから、仕方ない」
そう言い、は視線をそらした。
名前すら呼んで貰えなかった事に、アレルヤは悲しげに瞳を細めた。
「・・・」と声を震わせる彼を傷つけた事は、には分かってしまった。
空色を細め、は顔を背けた。
「・・・確かに、君とマリーを重ねていたかもしれない」
惹かれた理由は。
そう言うアレルヤに、は悲しげに瞳を細めた。
「けど、もうそれも止めるんだ・・・僕はもう一度、君を知っていきたいんだ・・・」
「・・・知るなら、ずっと離れていた、マリー・パーファシーを・・・」
「君が良いんだ!」
アレルヤがそう声を張った瞬間、頭痛が酷くなった。
突然の事に頭を両手で押さえ、うずくまる。
「!」とアレルヤが声を張り、思わず近付こうとするが、
『お前が近付くにつれ、の症状が悪化した』
頭に過ぎったレーゲンの言葉に、思わずアレルヤの足が止まる。
『お前の脳量子波だか影響だかがあるんだろう。当分に近付くなよ、アレルヤ君』
自分のせいで、は苦しんでいる。
その事実が、彼の足を止めた。
「・・・め、」
微かな声を聞き、が頭を抑えたままゆっくりと顔を上げる。
そこには、
「っ・・・! ごめん・・・!!」
悔しげに、奥歯を噛み締め、悲しげに、瞳を細めたアレルヤの姿があった。
「・・・して、」
どうして、
が呟く。
「・・・どうして・・・、」
貴方がそんな顔をするの?
そう呟き、も悲しげに表情を歪めた。
アレルヤうじうじ。