セルゲイ・スミルノフは連邦軍の空母の中の一室で、通信を開いていた。
司令官相手なので、背筋を伸ばして彼の問いに答える。
『大佐、スイールの動きはどうか?』
「今のところ、変化はありません。が、いずれ何らかの動きがあるかと」
『中東再編計画に反対するスイールの国力は侮れん。
スイールが行動を起こせば、ほかの国々も追随することは必至だ。
それを阻止すべく連邦政府は、独立治安維持部隊の派遣を決定した』
「アロウズを?」
セルゲイの問いに、司令官は力強く頷いた。
カタロンの中東支部では、会議を開いていた。
「スイールの国境線に、連邦軍が部隊を駐留させた。スイールに対する牽制とみ見ていいだろう」
「あの国王なら、連邦と事を構えることも辞さないだろうな・・・。
いかに世界随一の情報産業を抱えていても、中東全土の通信網が封鎖状態じゃ、情報を武器にはできん」
「中東の現状は、連邦の情報操作で今まで以上に世界に届かない・・・」
スイール王国。
レアメタルと世界随一の情報産業によって中東諸国有数の豊かさを誇り、中東一の軍備も備えている国である。
スイール王国が行動を起こせば他の中東諸国が追随するほどである。
その為、連邦はその存在を危険視し、アロウズを派遣しているようだった。
カタロンの幹部の内の一人が唸り声をあげ、「スイールの軍事力は?」と問う。
それに答えたのは別の幹部だった。
「詳しくは分からないが、中東一の軍備を擁しているらしい。連邦設立前からレアメタルと情報で、中東一豊かな国だからな」
無謀ね、とシーリンが零す。
彼女は眼鏡の奥の瞳を細め、言葉を続けた。
「それでも連邦の軍事力に叶う訳がないわ」
「確かにそうだ。いかにスイールといえど、この4年で連邦を超える新兵器の開発など出来る訳がない」
「しかし、我々が部隊を動かしても、焼け石に水だ」
「ひとつだけ方法があるわ」
口々の其々の意見を口にする幹部たち。
思い悩む彼らに、シーリンが再度口を開いた。
「スイールの持っている情報・・・中東で行われている連邦の悪政をわたしたちカタロンのネットワークを通じて世界に流すのよ」
世論の反対を受ければ、連邦も迂闊に中東に手出しできないわ。
そう言う彼女にカタロンの幹部たちは「なるほど、」と口々に零す。
支部長も頷き、口を開く。
「となると、スイールと対話する必要があるな」
「池田、王室との接触は図れるか?」
クラウスがそう池田特派員に問う。
それに池田は少し考えるように首を捻った。
「報道時代の仲間を通じてなら何とか・・・」
「頼む。中東の・・・否、世界のために・・・!」
クラウスに言われ、池田は苦笑し、「わかった」と返した。
直ぐに真剣な瞳へ変わった彼に、クラウスも頷いた。
子ども部屋の様子をマリナは廊下から見ていた。
けらけらと明るい笑い声を上げて、子どもたちは楽しそうにしている。
しかし、それを見ているマリナの表情はあまり明るいものではなかった。
廊下を歩いてきたシーリンに気付き、マリナは短く声を上げて彼女に駆け寄った。
「アザディスタンの状況は?国民たちはどうなって・・・」
「暫定政権樹立の発表以降、目立った報道はされてないわ」
連邦の都合の良いように情報統制されてるのよ。
そう言うシーリンにマリナは紺藍色の瞳を不安げに揺らした。
「アザディスタンの様子を見に行きたくても、国境は連邦軍によって封鎖状態」
お手上げね。
そう言い肩を竦めて見せるシーリンにマリナは「そう、」と言い俯いた。
そんな彼女を少し見た後、シーリンは彼女の名を呼んだ。
「アザディスタンを再建するには、連邦を倒すしかないわ。戦うのよ、皇女である貴女にはそうする義務がある」
シーリンの言葉に、マリナは顔をあげ、彼女を見返した。
直ぐに彼女は「駄目よ、」と答えた。
「戦いは戦いを呼ぶわ・・・。力でアザディスタンを取り戻して、それでみんなが幸せになれると思う?」
「泣き寝入りしろというの!?私たちは故郷を奪われたのよ!」
「シーリン、私は・・・!!」
戦う気が無いマリナに、シーリンは大きく息を吐く。
このまま戦うべき、戦わないべきという口論をしていても、埒が明かない。
「良いわ。貴女はそうやって何もしないでいれば良い」
私は戦う。
そう言いシーリンはマリナに背を向けた。
「そうしないと国は取り戻せないから」
そう言い、シーリンは去っていった。
残されたマリナは力なく、壁に凭れかかった。
今はもう故郷、アザディスタンは無い。
戦わないと国を、故郷を取り戻せないと彼女は言う。
しかし、戦いは新たな戦いを呼ぶだけだ。
そうなると、悲しみが繰り返されるだけ。
(刹那・・・今なら分かるわ・・・)
故郷を、クルジスを失った貴方の気持ちが。
マリナは、深紅色の瞳をした青年を思い出していた。
5年前、初めて出会った時の彼は未だ少年と呼ばれる年齢だった。
戦争が起これば人は死ぬ。話してる間に人は死ぬ。
彼はそう言った。
今からでは10年ほど前のクルジスとアザディスタンの戦い。
そこに身を置いていた刹那は、どう思っていたのか。
きっと、今の私と同じ、
(自分の足元が消えてなくなるような、この喪失感・・・こんな気持ちになっても、なぜ貴方は戦うことができるの?)
そう思い、マリナは肩を震わせた。
「スメラギ・李・ノリエガに、まだ報告していないのか?」
分厚いガラス越しに宇宙を見ていたティエリアの背後から近付き、刹那が声をかけた。
ティエリアは振り返らないまま、少し間をおいてから、口を開く。
「今・・・、考えをまとめている・・・」
「あの時の続きを聞かせてくれ。お前が見つけた歪みとは何だ?」
刹那の問いに、それは、と零すティエリア。
真紅の瞳を揺らがせる彼は、どこか力なさげな様子だった。
『変革は痛みを伴う・・・君たちだって、そうしてきたじゃないか』
((四の五の言わずにやりゃいいんだ))
『僕たちは、計画の為に生み出された』
((俺たちは、イオリアの爺さんにガンダムを託されたんだぜ?))
『君たちは、イオリアの計画の障害になっている』
ティエリアの頭に、交互にリジェネとロックオンの言葉が浮かぶ。
どうしたらいい、考える前に、実行に移すべきなのか。
計画の為に生み出された存在ならば、彼ら、アロウズの障害はイオリア計画の障害となるのか。
しかし、ガンダム。そしてトランザムシステムを託されたのは、ソレスタルビーイング。
「・・・僕は、」
どうすればいい。
そうティエリアが零したと同時に、警報と共に艦内放送が響いた。
『敵、水中用モビルアーマー6機を確認しました。各員、所定の位置について下さい』
「話は後だ」
ティエリアは気持ちを切り替え、移動を開始する。
刹那も「ああ」と返し、彼に続いた。
「戦闘、」
ぽつり、が呟いた。
彼女はイエローハロを傍らに携えたまま、格納庫に居た。
ダブルオーとアリオスが並んでいる様子を見上げる彼女は、瞳を細め、俯いた。
「・・・私は、戦えない・・・」
戦う意味を、持てていないから。
そう呟き、ゆっくりと振り返った。
そこにはパイロットスーツを身に纏った刹那とアレルヤが居た。
「・・・、」
「ノーマルスーツに着替えて、ブリッジに居ろ」
アレルヤが何か言いたげに彼女の名を呼ぶが、刹那が直ぐにそう発した。
それには表情ひとつ変えず、ゆっくりと首を振った。
「Gには耐えられる。私の体は頑丈だから」
「・・・俺の言う事を、聞いてくれ」
頼む。
刹那は深紅色の瞳を真っ直ぐに向け、そう言う。
は空色を丸くしたが、直ぐに無感情なそれに戻し、視線を逸らした。
「・・・別に、私がどうなろうと、どうでもいい」
「俺たちは、仲間じゃないのか」
「・・・戦う意思を失くした私は、もう、違う」
「・・・、」
名を呼ぶ刹那には答えず、イエローハロを抱き上げ、腕に力を込める。
そのまま刹那とアレルヤの横を通り過ぎる。
「・・・怪我、しないでね」
それだけを呟くと、は格納庫から出て行った。
ブリッジに向かわないとなると、恐らくメディカルルームであろう。
レーゲンが見ていてくれるのならば安心だ。
刹那はそう思いながらダブルオーに向かった。
ブリッジではノーマルスーツを身に纏ったクルーたちが作業をしていた。
フェルトとミレイナはパネルを操作しながらスメラギに随一戦況の報告をする。
「敵は、トレミーを包囲しつつ接近してきます」
「攻撃開始予定時間は?」
「0024です!」
ミレイナの言葉にスメラギは「そう・・・」と呟き前を見据える。
「赤道上にいることを敵が予測していた・・・やるわね」
スメラギがそう呟いた時、ノーマルスーツを身に纏った沙慈とマリーがブリッジに入った。
「何か用でしょうか?」とマリーはスメラギに問うた。
「補助席に座って、少し荒っぽいことになるから」
スメラギの言葉通りにマリーと沙慈が席に着く。
二人共顔を見合わせた後、沙慈が「は・・・?」と静かに問うた。
「彼女はメディカルルームでレーゲンが看てるわ」
安心して。
とでも言うようにスメラギが説明をした。
廊下を転がっていたオレンジハロを保護し、はメディカルルームへ来ていた。
彼女を迎え入れたレーゲンは、椅子を勧めた。
「荒っぽくなるそうだぞ。ちゃんと座ってろ」
レーゲンの言葉に大人しく従い、はオレンジハロとイエローハロを両側に携えたまま腰を下ろした。
彼も椅子にきちんと座っており、端末を操作してモニターに映像を映す。
「戦況でも見てろ」
「・・・でも、私は・・・」
「逃げるなよ?君が居なくなると、五月蠅いのがいーっぱい居るんだからさ」
宇宙にあがっても、彼女は下手したら逃げ出す。
それは流石に勘弁だ。
そう思いながらレーゲンはデスクに肘をついた。
「攻撃予測時間まで、0004を切ったです!」
ブリッジでミレイナの焦り声が響く。
反対に冷静にスメラギは「まだよ」と返す。
「ぎりぎりまで引き付けて」
「敵部隊に反応!・・・大型魚雷です!」
フェルトの声を聞いた直後、スメラギは直ぐに行動に移す。
「アリオス、ケルディム、セラヴィー!」と各ガンダムに指示を出す。
それを聞いていた格納庫で待機しているガンダムのコクピットの中で、アレルヤは瞳を開く。
『トランザム開始!』
スメラギの言葉に「了解」と返しアリオスのトランザムシステムを起動させる。
それと同時に、セラヴィー、ケルディムもトランザムシステムを起動させた。
赤く輝くアリオスのコクピットの中で、アレルヤは先ほどすれ違った少女を想っていた。
(・・・、)
怪我をしないように、と。
彼女は刹那を案じていた。
もしかしたら、その心配の中に自分も入っているのかもしれない、なんて、自惚れはしないが。
アレルヤは小さく息を吐くと、銀と金の彼女らを想う。
「二人とも、僕にとっては大切な女性なんだ・・・!」
それは恋情か、親愛か。
未だに答えは出ないけれども、大切に想う事は確かなもの。
アレルヤはそう思いながら、強くレバーを握った。
「GNフィールド最大展開!トレミー緊急浮上!爆発の上へ!」
南無三!とラッセが声を張りながら操縦桿を思い切り振るう。
スメラギの指示通りに魚雷の上へと移動する。
ガンダムのトランザムを受け、プトレマイオス2も艦体を赤く染め、トランザム状態となる。
垂直上昇体勢となったプトレマイオス2の下で、魚雷が爆発をした。
直後、艦内が爆発の影響により大きく揺れる。
ミレイナが悲鳴をあげ、ラッセが声を漏らす。
肘つきを掴み、耐えながらスメラギが顔を上げる。
「トレミーを飛行モードへ!」
そのまま爆風に乗った勢いでプトレマイオス2は海上へと飛び出した。
海面に浮上した後、そのまま急上昇する。
トリロバイトの魚雷を初期加速に利用し、尚且つトランザム状態で急上昇していく。
アロウズのアヘッドやGN−XVが攻撃をしかけてくるが、GNフィールドで防ぐ。
迫るMSをGNミサイルやビームで迎撃をしながら上昇を続ける。
豪胆な戦術。
4年前から変わらない彼女の戦術の切れの良さに、は瞳を細めた。
直後、物凄い衝撃が再度プトレマイオス2を襲う。
ブリッジでは、突然の揺れに沙慈が焦りの声をあげていた。
「直撃!?」
「大丈夫です」
静かに沙慈にそう言ったのはマリーだった。
彼女は落ち着いた様子で沙慈を見やり、再度モニターに視線を戻した。
「高度、600kmを突破しました!」
「このまま、大気圏を離脱する!」
前方のモニターに映る青は何時しか黒へ変わっていた。
空から宇宙に出たのだ。
直後、モニターにアラートが表示される。
そこに記された文字に、スメラギが驚きの声を上げる。
「角度を変えられた!?」
先ほどの揺れは、アロウズの新型MS、ガデッサのビーム攻撃によるもの。
角度を変えられ、宇宙にあがる場所が予定とは違う場所に変更された。
「敵の指揮官、本当にやる!」
「トレミー、高度10,000km。低軌道リングを超えました」
フェルトがそう言うと同時に、ビーム攻撃が前方からきた。
が、プトレマイオス2のGNフィールドがそれを防いだ。
「敵部隊の攻撃です!」
「まさか、待ち伏せ!?」
「トランザム、限界時間を突破!」
ミレイナの報告に、沙慈が焦りの声を上げる。
フェルトが告げると同時に、プトレマイオス2の色合いが元に戻る。
「再チャージまでGNフィールドが消失します!」
GNフィールドが消えた直後、ビームが直撃する。
迫る敵MSはアヘッドが6機だった。
揺れる艦体により、沙慈が短く声を上げた。
「船体上部に被弾です!」
「敵の数は?」
「敵、巡洋艦1隻、モビルスーツ6機です!」
フェルトの報告にスメラギは「そう」と言い再度前を見据えた。
「予測範囲内ね」
スメラギが静かに言うと同時に、脇からのビーム攻撃がアロウズのMSを薙ぎ払った。
大気圏離脱中に、緊急発進させておいたダブルオーである。
『一気に本丸を狙い撃つ!』
アヘッドを続けてもう1機撃墜させた後に、巡洋艦に狙いを定める。
『ダブルオー、目標を駆逐する!』
ダブルオーの放ったビーム攻撃は巡洋艦のブリッジに直撃した。
それを見守っていたトレミークルーたちは、状況確認に移る。
「敵艦が沈黙したです!」
「敵MS、残り4機、撤退していきます」
フェルトとミレイナの報告に、ラッセが安堵の息を吐いた。
読み勝ちだな。と笑って言うラッセにスメラギも笑みを浮かべる。
「どうにかね」
少し間をおいてから、フェルトが「ん?」と短く声を上げた。
すぐに「スメラギさん、」と彼女を呼ぶ。
「敵MSから、有視界通信によるメッセージが届きました」
「メッセージ?」
小首を傾げるスメラギ。
ラッセも「何だろな」と零す。
訝しげに眉を潜めながら、フェルトが問う。
「読み上げますか?」
お願い。
スメラギがそう答えると、フェルトは再度モニターに視線を戻した。
「ソレスタルビーイングのリーサ・クジョウの戦術に敬意を表する・・・」
「!!!」
「独立治安部隊大佐、カティ・マネキン・・・以上です」
スメラギはフェルトの読み上げたメッセージの内容に瞳を見開いた。
「何だそのメッセージは?」
問うラッセにフェルトは「さあ・・・?」と首を傾げる事しか出来なかった。
スメラギは再度前に首を戻し、小さく息を吐いた。
(マネキン・・・カティ・マネキン)
スメラギの脳裏に過ぎったのは、過去の学生時代。
ビリー・カタギリと、カティ・マネキン。
彼らとは学生時代からの知り合いだった。
そんな、とスメラギは瞳を細めた。
(彼女がアロウズに・・・)
黙りこくってしまった彼女に、フェルトが気遣わしげに声をかけた。
「スメラギさん?」
「どうしたんですか?」
フェルトとミレイナに答えず、スメラギは小さく零した。
「逃げられないのね・・・私は・・・」
あの忌まわしい過去から、拭えない過去から。
そう思い、スメラギは瞳を震わせた。
無事宇宙に上がり、目的の場所へ向かうまで各々自由に過ごす事になった。
刹那はダブルオーの整備の為に格納庫に居た。
そこに、レーゲンに連れられて、がきた。
相変わらず両側には、オレンジハロとイエローハロが居る。
レーゲンはの腕を引いたまま、無重力空間を移動する。
刹那は彼らに視線を向ける。
彼らはカマエルの前で足を止めた。
「これが、ガンダムカマエルだ」
「・・・カマエル・・・」
赤と白を基準とした色合い。
ガンダムミカエルの後継機。
レーゲンは説明をしながら、データ端末をに手渡した。
「・ルーシェ。君の為のガンダムだ」
「・・・私の・・・」
戦う為の、ガンダム。
そう呟き、はカマエルを見上げた。
背にGNメガランチャーを携え、新しく大きい羽の様なものも着いている。
GN粒子が噴出しそうなそれの傍に、ファングがつけられている。
武装もGNソードも、GNビームサーベルももち、遠近双方の戦闘が出来るガンダム。
は瞳を細めた。
「・・・これを、私に見せてどうするつもり?」
の問いに、レーゲンは肩を竦めてみせた。
「分かってる癖に」
「・・・私に、もう一度戦えって・・・」
そういう事。
正直、の戦闘能力は長けている。
元々戦闘の為に造られたエクステンデッドなのだから、当たり前なのだが。
俯くとレーゲンの間に、刹那が上から舞い降りた。
そのままを庇うように背に隠し、刹那はレーゲンを見やった。
「無理強いは良くない」
「無理強い、ね」
レーゲンはふ、と鼻で笑うと動き出した。
格納庫の出口へ向かう彼は、振り返って口を開く。
「アザディスタンのお姫様もカタロンも君たちも、色々頑張ってるのに、何も変われないな」
「・・・変われない・・・」
「何も変わっていない。分かってたんだろ?」
レーゲンはそれだけを言うと格納庫から出て行った。
残された刹那は、を見やる。
彼女は、ただ真っ直ぐにカマエルを見上げていた。
そんな彼女に、刹那は複雑そうに表情を歪めた。
格納庫から出た直後、出会った人物にレーゲンは曖昧に笑ってみせた。
「聞いてた?」と問う彼に、そこに居た人物、ロックオンは肩を竦めた。
「聞こえちまったんだよ。あんまりいじめんなって」
「若者は立ち止まるべからず、ってね」
レーゲンはそう言い移動用レバーを掴む。
ロックオンもそれに習うようにしたので、「ん?」と彼は口を開く。
「格納庫に用事があったんじゃねぇの?」
「今入りづらいだろ」
誰かさんのせいで。
そう言うロックオンに「悪いね」と言いレーゲンは笑った。
「戦いたくないって言ってるんだろ、は」
「戦いたくないだろうな、あの娘は」
分かってるならなんで、とロックオンは言う。
レーゲンは「直に分かるさ」とだけ言いある場所で止まった。
「次はこっちかな」
そう言い彼が入っていった部屋には、沙慈、アレルヤ、マリーの三人が居た。
入っていく彼の背を見つつ、ロックオンは小さく息を吐いた。
「案外お節介焼きか?」
そう呟き、彼も続いた。
入ってきたレーゲンたちに気付くと、マリーたちは視線を向けた。
すぐにマリーは立ち上がり、レーゲンに近付いた。
「どうしたんですか?」
「否、ちょっとぶらついてただけさ」
ロックオンと一緒に。
そう付け足して言うレーゲンに、マリーは微笑んで「仲が良いんですね」と言った。
いやいや、と思いながらロックオンは二人を見やる。
そこでふと、仲良さげに話すレーゲンとマリーからアレルヤに視線を移す。
、マリー、アレルヤといったら複雑な関係だ。
4年前想い合っていたのはアレルヤと。
しかし、それはマリーを忘れていたアレルヤの勘違いである。
はそう言う。
しかしアレルヤは今でもを大事に想っていると言う。
マリーを放っておく事も出来ないまま。
最初こそなんて欲張りな男なんだと思ったが、ロックオンは彼の意外な一面を見て瞳を丸くした。
レーゲンとマリーが楽しげに話している様子を、嫉妬や憎悪ではなく、とても優しい暖かい眼差しで見詰めていたのだ。
さながら見守っているように。
ロックオンは「これは、」と思わず呟く。
それにアレルヤが耳ざとく反応する。
「どうかしましたか?」
「・・・いや、お前さんも馬鹿だと思って」
馬鹿。という言葉に反応してか、アレルヤが少し眉を潜める。
が、すぐにその眉を下げ、「そうですね、」と力なく零した。
「僕は大切な存在を忘れていて、傷つけて・・・そればっかりです」
「・・・答えはまだ出ないのか?」
マリーか、か。
それにアレルヤは複雑そうな表情をした。
「・・・今のには、刹那が居るじゃないですか」
そして、マリーには・・・。
そう呟き、アレルヤはマリーとレーゲンをちらりと見やった。
何事かを会話している二人。
レーゲンがマリーの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに目元を赤くした。
まるで恋をしている少女だ。
ロックオンはそう思いながらアレルヤを見やる。
アレルヤは「不思議ですね」と零す。
「周りを見ろ。そうレーゲンさんは言いました」
マリーは言われた通り、周りをきちんと見て其々の想いを知った。
友愛、恋愛、親愛、色々な愛がある事を彼女は知った。
僕は、知っていたのに。
自分の感情が分からないままに振り回されている。
駄目ですね。とアレルヤは零す。
「はずっと僕を見ていてくれたのに、先に逸らしたのは僕だ」
彼女にも気付かず、攻撃までして。
自己嫌悪に陥るアレルヤに、ロックオンは小さく息を吐いた。
そのまま彼の肩を軽く叩き、言う。
「兎に角。お前さんはあのお嬢ちゃんから目を離すなって事だ」
がんばれよ。と言いウインクをするロックオンにアレルヤは瞳を揺らがせた。
不安げなアレルヤにもう何も言わず、ロックオンはそのまま視線をレーゲンとマリーに向けた。
相変わらずレーゲンは妹に接するようにマリーの頭を撫でているが、マリー自体は違うように見えた。
本人無自覚かもしれないが、彼女の金の瞳には熱が含まれている感じがしていた。
どうなる事やら。
そう呟き、ロックオンは小さく息を吐いた。
直後、レーゲンに撫でられ嬉しそうに微笑んでいたマリーが、突然表情を変えた。
「! 来る!」
勢い良く振り返ったマリーは、どこか一点を見ていた。
一点というより、ある方向を見ているようだった。
すぐにレーゲンが「どうした、マリー」と彼女を見下ろす。
頭を押さえた彼女を支えながら、レーゲンが耳を寄せる。
「来るわ・・・危険な何かが・・・!」
「危険な・・・何か?」
沙慈がそう呟いた瞬間、艦内放送がかかった。
『Eセンサーに反応!接近する機影があります!』
格納庫では同じように頭を押さえたを、刹那が支えていた。
フェルトの艦内放送に刹那が「敵!?」と声を上げる。
「アロウズか!?」
「・・・何・・・違う、何・・・?」
自身を抱くように腕を回し、は表情を歪めた。
空を見上げ、いや、と繰り返す。
刹那は彼女の両肩に手を置き、その身を抱き寄せる。
『接近する機体の速度は、78kmセカンドです!』
物凄いスピードで近付いてくる機体。
刹那は舌打ちをひとつし、ダブルオーへ向かう。
そんな彼の腕を、が掴んだ。
格納庫では、ミレイナが「アリオスとセラヴィーは整備中です!」とスメラギに通信で伝えている。
そんな声を聞きながら、刹那はを見下ろした。
彼女の空色の瞳は、可哀相なほどに揺れている。
震える手で、刹那の腕を掴んでいる。
刹那は自身を落ち着かせる様に息を吐いた後、彼女の腕を掴み返した。
「・ルーシェ。君の為のガンダムだ」
ガンダムカマエル。
いつか戻るであろうを想い、イアンたちが作ったガンダム。
「・・・私に、もう一度戦えって・・・」
戦う事が存在意義であった彼女。
そんな彼女は今、戦いから逃げている。
アレルヤへの想いも捨てきれず、しかし、彼の傍に居る事も辛くて、
「アザディスタンのお姫様もカタロンも君たちも、色々頑張ってるのに、何も変われないな」
「・・・変われない・・・」
「何も変わっていない。分かってたんだろ?」
変わっていない。
レーゲンはそう言った。
は?
ふと彼女を見下ろす。
は、こんなにも変わってしまったのに?
笑わなくなり、戦いから逃げ、自身の存在意義をも失おうとしている。
刹那は奥歯を噛み締め、彼女の腕を掴んだまま移動を開始した。
ミレイナの「セイエイさん!?」と焦った声が響くが、それを気にせず刹那はダブルオーのコクピットへ滑り込んだ。
の腕を掴んだまま。
『ガンダム緊急発進、敵機の迎撃を!』
スメラギの声が通信越しに響く。
刹那は「了解」と言いダブルオーを発進させる準備をする。
彼の隣に乗せられたは不安げに刹那を見たが、直ぐに慌てた様子を見せる。
「せ、刹那!」
『ノリエガさん!ダブルオーにはルーシェさんも!』
『なんですって!?』
ミレイナとスメラギの声も響く。
ブリッジでサポートに回る事にしたのか、ティエリアの驚きの声も響いてくる。
『刹那!何をしている!彼女は・・・!』
「ダブルオー、先行する!」
片腕でを引き寄せ、膝の上に乗せる。
そのままレバーを引き、ダブルオーを左舷カタパルトから発進させた。
強引せっさん。