メディカルルームではアニューがレーゲンのサポートをしていた。
パネルを操作するレーゲンに、アニューが「ここは、」と話をする。
一緒に居たマリーは、そんな二人をぼんやりと眺めていた。

そこに、スメラギが入室した。


「イアンの容体は?」

「命に別条はありません。10日ほどで復帰できます」


答えたのはアニューだった。
医療カプセルに入ったイアンに視線を移し、スメラギは「そう・・・」と呟いた。


「あんま心配すんなって。医学に長けたアニューも居るんだから俺も整備手伝うって」

「レーゲン、貴方は良いの?」

「良いから言ってるんだろ?」


任せろって。
そう言い笑むレーゲンは、マリーに視線を移した。
ぼんやりとした様子の彼女に、彼は少しだけ息を吐いた。


「マリー。手伝ってくれないか」

「・・・私が、ですか?」

「ちょこっとで良いからさ。どーせも整備は手伝うんだろうし」


レーゲンの言葉に、マリーが少しだけ瞳を細める。


「・・・私がに近付いても、良いんですか?」

「今はもう平気なんじゃないか?」


ほれ、と言いレーゲンはマリーにデータを手渡す。
それはのカルテだった。
これは、と言うマリーにレーゲンは言葉を続ける。


「記憶操作された後だと情緒不安定だし脳量子波にも敏感になるみたいだったけど、今はもう平気だろ」


言動も安定してきてるし。
そう言いレーゲンはスメラギを横目で見やる。


「そろそろ、戦えるかもな」

「・・・本人の意思に任せるわ」


無理に彼女を戦わせる事はしない。
そう言うスメラギにレーゲンは「へぇ」と言い肩を竦めて見せた。


「じゃ、あの娘が戦うって言ったら戦わせてやる訳だ」


そう言いレーゲンは肘をついた。


「先の戦いでも、彼女やきもきしてたからな。その内ほんとに動き出すかもしんないぞ」


カマエルの整備もばっちりしておかないとな。
そう言うレーゲンに、スメラギは瞳を細めた。


「それに、お嬢様からの指令も彼女に来ていたからな」

「・・・王留美から?」


此方から連絡が取れないのに、何故。
そう思うスメラギに、レーゲンは曖昧な笑みを向けた。










オーライザーが格納されている場所の隣の部屋で、刹那と沙慈は居た。
椅子に座り、パイロットスーツのまま沙慈は項垂れていた。


「・・・ルイスの声が聞こえたんだ、MSに乗っていたんだ・・・」


沙慈、沙慈、と。
光の中で彼女はずっと自分を探していた。


「僕の名を、呼んでたんだ・・・!」

「・・・何故、彼女はアロウズに?」


思わずそう問うた刹那に沙慈は肩を震わせた。
勢い良く顔をあげ、「決まってるだろ!」と声を張った。


「ガンダムが憎いんだよ!ルイスの両親は、ガンダムに殺されたんだ!!」


立ち上がりそう言う。
が、直ぐにまた力無く椅子に座り込んだ。


「君らのせいだ・・・君らのせいでルイスはアロウズに入って・・・そして・・・」


スペインで起こった無差別攻撃。
ネーナ・トリニティの気紛れな一撃は、平和の中に居た少女から全てを奪った。

憎まない訳が無い。

だからルイスは、アロウズに入ってソレスタルビーイングを倒したいんだ。
沙慈はそう思いながら、声を震わせた。


「何故・・・何故なんだ・・・どうしてこんな事に・・・!」


どうして自分は此処に居て、彼女はアロウズに居るんだろう。
カタロン虐殺の時に思い知った、アロウズの残虐さ、恐ろしさ。
そのアロウズに、彼女が。


どうしてこんな事に・・・、


沙慈の言葉を聞いた刹那は、瞳を細めた。
過去の自分は、両親を殺して、聖戦に参加した。
KPSAに所属する彼の言葉だけを信じ、戦ってきた。


そうだ、俺もずっとそう思っていた


どうして、と。


運命に抗うには・・・


刹那は顔をあげ、沙慈を真っ直ぐに見下ろした。


「戦え」


静かに言う刹那に、沙慈は「え、」と言い顔をあげた。
彼の瞳は、酷く不安げに揺れていた。


「ルイス・ハレヴィをアロウズから取り戻すには、戦うしかない」

「僕が・・・戦う?」

「彼女の事が大切なら、出来るはずだ」

「人殺しをしろって言うのか!?」


刹那の言葉に沙慈が立ち上がる。
確かにオーライザーには乗った。
だがそれはイアンの頼みを受けたからだ。
好きで人を殺す手伝いなんて、したい訳が無かった。

刹那はゆっくりと首を振って「違う」と言った。


「彼女を取り戻す戦いをするんだ」

「そんなの詭弁だ!戦えば人は傷付く!」


ルイスだって!
そう声を張る沙慈に怯まず、刹那は言葉を続けた。


「お前の為の・・・戦いをしろ」


刹那の言葉に、沙慈は短く声を漏らし、左拳を振るった。
沙慈に殴られた刹那は、そのまま床に倒れる。


「冗談じゃない!僕はお前らとは違うんだ!一緒にすんな!!」


沙慈はそう言うと、部屋から出て行った。
刹那が身を起こした時、開けっ放しのドアからロックオンが顔を覗かせた。
「趣味が悪いな」と言う刹那に彼は「聞こえちまったんだよ」と言い部屋に入ってきた。


「しっかし、あんたは不器用だな」


椅子に腰を下ろして言うロックオンに、刹那は「何」と言う。


「あの坊やにはっきり言ってやったら良いじゃないか。
 戦闘は俺が引き受ける、お前は説得でも何でもして、彼女をアロウズから取り戻せ・・・ってな」


悪戯っぽく笑うロックオンに刹那は表情を歪めた。


「上手くいくとは限らない」

「だが、やる気満々だ」


手をひらひらと揺らしながら言うロックオン。
それに刹那は答えず、視線を逸らすだけだった。


「・・・過去の罪滅ぼしかい?」

「過去じゃない。未来の為だ・・・!」


そう言い切る刹那に、ロックオンは「へぇ」と声を漏らした。


「じゃあ、の事も?」


端から見ても刹那がに熱を持っているのは確かだった。
戦いを恐れると言っていた少女。
アロウズの手から取り戻して、彼女はまるでか弱いお姫様のように大事に大事にされている。
高い戦闘能力を持っていると聞いたし、脳量子波も使えるらしい。

そう思うロックオンの心情を察してか、刹那は表情を歪ませた。


「・・・は、好きなようにして欲しいだけだ」

「好きなように?」

「前からずっと、あいつは誰かの為だけに行動してきた」


アレルヤを守る、みんなを守る、刹那を守る。
そればっかり言っていた。
は一度も、自分の為に戦った事なんて無かった。


「コクピットむき出しで、片腕片足も無い状態の機体で、庇いに来るなんて自己犠牲心の強い奴にしか出来ないからな」

「・・・なるほど。お前はあの娘が一人で全部抱える事が嫌なんだな」


ま、当然か。
そう言いロックオンは肘をついた。


「大切、なんだな」


本気で。
刹那を見ていれば分かる。
どういう経緯かは知らないが、本当に複雑な関係になってはいるが。
アレルヤはマリーとへの想いで揺れている。
マリーも同じようにアレルヤとレーゲンの間で戸惑っているようにも感じる。
それに比べて刹那は真っ直ぐだ。
ただ真っ直ぐに、を想っている。

しかし、は?


「・・・俺は約束を守るだけだ。傍に居る。彼女を守る」


それだけだ。
そう言い刹那は椅子に腰を下ろした。










ティエリアも自分の想いを吐き出した。

戦ってる。
みんな戦ってるのに、私だけ・・・。

はそう思いながら瞳を揺らした。

ずっと考えていた。
ソレスタルビーイングに、刹那は居てくれるだけで良いと言った。
けれど、の心は晴れない。


「・・・ネオ、」


ネオは戦えと言ってきた。
だから戦った、ステラを、スティングを、アウルを守るために。

でも、シンと出会った。

彼は初めて私を守ると言ってくれた。


「・・・シン、守る・・・、」


無重力の為、体が浮く。
気付けば格納庫に来ていた。
そこにあるのは、ガンダム。

赤と白の色合いを基準とした、未だ綺麗な状態のカマエルはのガンダムだ。

一度も乗っていない、ただそこにあるだけの機体。
まるで私みたい。そう思いながらはカマエルを見上げた。


「・・・ガンダム・・・、」


ガンダムは、私を殺した。
でも、私はガンダムに乗った、乗って、戦った。

今は?

そこまで考え、表情を歪めた。
みんなは戦っているのに、自分は何も出来ない。
怖がるばかりで、何も。

レーゲンも本当はそう言いたいんだろうと気付いていた。
だからカマエルを見せて、データも渡してきたんだろう。

そして、王留美も。
脳量子波に適合出来る機体、カマエルに乗るように達しもきていた。


、」


名前を呼ばれ、思わず振り返る。
そこには無重力の中、壁を蹴って此方に向かってくる刹那が居た。
彼の傍らには、イエローハロも居た。

気付けばカマエルの前まで来て浮いていた彼女に、刹那は近付く。


「どうした」

「・・・ううん、別に」


首を振って言うに、イエローハロが心配そうに周りを飛ぶ。
刹那も深紅色の瞳を細め、再度に「どうした」と言う。


「・・・先の戦い、ブリッジに居なかったと聞いた」


そう続ける刹那に、は気まずそうに視線を逸らした。
刹那は小さく息を吐いて、彼女の腕を掴んだ。


「心配をする」

「・・・私だって、心配した」


戦っている、刹那たちを。
そう言い、彼女はカマエルを見上げた。
空色はどこか虚ろで、本当にカマエルを見ているのか分からなかったが。

刹那はレーゲンに連れられ、がカマエルのデータを渡された事を思い出した。
彼女の事だから、データにはもう既に目を通して理解もしているのだろう。
そして、思い悩んでもいるのだろう。

自分だけ戦っていない。

ガンダムがあるのに、力があるのに。

そう悩むはずだ。

そう思いながら刹那はを真っ直ぐに見詰めた。
視線に気付いたは、彼を見返す。


「・・・刹那?」

「俺は、俺の想いは変わらない」


彼女の両腕を掴み、自分の方へ向かせる。
それに驚いたのか、は瞳を丸くした。


「お前の好きにすれば良い」

「・・・私の、好きに・・・」

「俺はそんなお前の傍に居る。お前を守るから・・・」


刹那、とが彼の名を呼ぶ。
彼は柔らかい笑みを浮かべ、彼女の頬に手を移した。
優しい彼の手つきに、くすぐったそうには身を捩った。


「いつだったか、俺を好きだと言ってくれたな」


唐突に言う刹那に、が短く声を上げる。
確かに言った記憶はあるが、それは4年前の出来事だ。
それを刹那が覚えている事を意外に思いながら、は頷く。
頷いたに安心したように微笑み、刹那は彼女の額に自分の額をつけた。


「俺も、好きだ」


4年前の返事。





「刹那も好きだよ」

「・・・好き?」

「うん、私、皆を守りたい」


好きな皆を。
そう言うに刹那は少しだけ黙った後、「そうか」とだけ呟いた。


「お前は、守る為に戦っているんだな」

「そうだね、それが私の意味だから」


それが私の、理由だから。





よく覚えていたものだ。
刹那自身もそう思いながら、彼女を見詰めた。
少しの間そうしていたが、が唐突に頬を赤らめ、「あ、あの、」と気まずげに声を漏らした。
「ん?」と刹那が優しく問うと、顔を赤くしたまま彼女は眉を下げた。


「・・・近い、です、刹那さん」


照れて顔を赤くしたままそう言う彼女に、刹那は思わず噴出した。


そんな二人の仲睦まじい様子を、格納庫の入り口でアレルヤは見ていた。
二人に気付かれないように。

刹那の隣に居るは、まるで4年前に戻ったように表情を変える。
それなのに、自分の前では、彼女は悲しい顔しかしない。

このまま刹那と居た方が、彼女は幸せなんじゃないだろうか。

思わずそんな考えが過ぎる。
アレルヤが眉を下げた時、背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには無重力に舞う髪を手で押さえながらマリーが近付いてきていた。
「マリー、」と彼女の名を呼ぶと彼女は隣に着地した。


「どうしたの?元気が無いみたい・・・」

「・・・別に、大丈夫さ」


アレルヤはそう言い笑みを浮かべたが、それは力ないものだった。
マリーは眉を下げた後、格納庫を覗き込んだ。
そこでと刹那の姿を目に留めたのか、思わず短く声を上げた。


「・・・アレルヤ、」


気まずそうに見てくるマリーに、アレルヤはゆっくりと首を振った。
分かっている。を傷つけたのは自分だ。


「・・・分かっているけど、どうしようもないんだ・・・」


嫉妬。
今更そう感じて苛立つ事もどうしようも無い事も分かっている。

分かっているが、


「・・・僕は、駄目だね」


瞳を細めて言うアレルヤに、マリーは表情を歪めた。
アレルヤ、と彼の名を呼ぶが、彼がマリーの方を見る事は無かった。


「覗き見か?」


背後から静かに声をかけられ、二人で振り返る。
そこに居たのは工具箱を持っているレーゲンが居た。
彼の傍らには、色とりどりのハロが四体居る。


「・・・へぇ・・・、刹那ね・・・」


アレルヤとマリーの間から格納庫の中を覗き見たレーゲンはそう呟いた。
嫉妬したって訳?とアレルヤの胸を肘で小突く。
その後すぐに彼は工具箱を持ち直すと格納庫に入っていった。
躊躇なく格納庫に入った彼に、マリーとアレルヤは思わず瞳を丸くする。

刹那とは既に体を離しており、レーゲンに気付いたイエローハロが声を発した。


『レーゲン、レーゲン』

「あ・・・、」

「整備か」


刹那が問うとレーゲンは頷いた。
そのままカマエルに片手をついて、ハロに指示を出す。


「一緒に来た奴らはダブルオーを頼む」

『リョウカイ、リョウカイ』


色とりどりのハロは返事をしながら移動をする。
レーゲンは、改めてを見た。


「・・・カマエルの性能、見たか?」

「・・・ダブルオーの、支援機って意味でも活躍出来るって」


そうそう。と言いながらレーゲンは端末をいじる。
オールマイティーなカマエル。
GN粒子を放出する機能も追加したようだが、それがどうダブルオーの支援になるのかはいまいち分からなかった。
レーゲンを見上げると、「ま、その内分かるって」と言いの頭を撫でた。


「・・・の好きにすれば良いってさ」

「え?」

「スメラギ。お前の意思を尊重するってさ」


肩を竦めて言い、レーゲンはカマエルの状態チェックに入った。
は空色の瞳を細め、「そう」とだけ言うとカマエルを押して無重力空間を移動した。
彼女に刹那も続き、移動をする。

格納庫の入り口に降り立ったは、アレルヤとマリーと目が合った。
ん、と言い彼らを一度見た後、素通りしようと移動するが、腕を掴まれた。
「待って、」と言い彼女を引き止めたのは、アレルヤだった。


・・・、君は刹那と・・・!」


眉を下げて言うアレルヤに、は瞳を丸くした。
刹那と?刹那と、なんなのだろうか。
そう思い小首を傾げる彼女は、アレルヤが嫉妬している事など思ってもいない様子だった。

そんな彼女に、マリーは思わず目元を和らげた。
純粋に丸くされた瞳は、綺麗に透き通っている。

純粋無垢な彼女を見ていると、なんだか暖かい気持ちになる。

こう見ていると、アレルヤを応援したくなるわね。
マリーはそう思いながら、格納庫に入った。
そのままレーゲンに近付く。


「お手伝いします」

「ん?休んでていいんだぞ?」


メディカルルームでも、マリーはレーゲンの手伝いをしていた。
戦闘後でもあるので、休める時は休むべきだ。
そう思いそう言ったレーゲンに、マリーは首を振った。


「貴方の手伝いがしたいんです」


お願いします。
と言うマリーを無碍にも出来ず、レーゲンは「じゃあ、」と言い苦笑した。




四角関係w