ズガガガ、と物凄い衝撃が襲った。
プトレマイオス2は、地上に不時着をした。
損傷チェックや現状把握を各々がする中、マリーはすぐにブリッジから飛び出した。
恐らくメディカルルームに向かったのだろう。
そう思いながら、も立ち上がった。
重力を感じる中、はメットを外してノーマルスーツを着たまま格納庫へ向かった。
イエローハロも彼女に付き添い、格納庫へ入る。
すると、丁度アリオスからアレルヤが降りてくる所だった。
「・・・!」
彼はすぐにに駆け寄った。
最初こそ重力に戸惑いを感じたようだが、直ぐにそれは見られなくなった。
目の前まで来て、上から下までを確認し、アレルヤはほっと息を吐いた。
「よかった・・・怪我は無いね・・・」
「私も、マリー・パーファシーもみんな無事」
頷いてそう言ったにアレルヤは少しだけ眉を下げた。
はサッと現状を説明した後、彼の無事も確認出来たのでセラヴィーとケルディムの下へ向かおうとした。
が、何故だかイエローハロのみではなくアレルヤも彼女に続いた。
あえてそれに触れず、はケルディムとセラヴィーの下へやってきた。
ティエリアとロックオンが降りてくる中、彼女の姿を目に留める。
「ティエリア、ライル・・・!」
「お、お出迎えかい?」
ロックオンが片手を挙げて言う。
駆け寄ってきたの金色を、彼は優しく撫でた。
くしゃくしゃと撫でてくれるロックオンは、目元を和らげた。
「お前さんも頑張ったってな。お疲れさん」
「・・・ライルも頑張った。知ってる」
お疲れ様、とが言うとロックオンは「ありがとさん」と言って彼女の髪を更にくしゃくしゃとした。
あまりにの髪がボサボサになってしまったせいか、ティエリアが間に割り込んだ。
「そこまでだ」
お、とロックオンが短く声をあげる。
まったく、と言いティエリアはを見下ろした。
「負傷者は居ないな?」
問いながらティエリアはの髪を直した。
ふわふわと柔らかい金色はすぐに元に戻ったが、は表情を僅かに曇らせた。
そんな彼女にアレルヤが声をかけた。
「・・・誰か負傷したのかい?」
「・・・ブリッジに居たみんなは無事。でも、メディカルルームの目の前があんなになっちゃったから・・・」
あんなに、と言いながらが左舷中央にあいた穴を見る。
つられるように他のマイスターたちも視線をやる。
と、丁度マリーがそこに辿り着いた様子が見えた。
あ、とアレルヤが短く声をあげる。
そんな彼を横目では見たが、すぐに視線を逸らした。
アレルヤがマリーを気にかける事は、当たり前。
4年前・・・否、それよりずっと前から大切に想っているのは彼女なんだから。
はそう思いながら、瞳を伏せた。
マリーがメディカルルームのドアを強く叩こうとした瞬間、そのドアが開いた。
勢い余ったマリーは出てきたレーゲンにぶつかってしまっていた。
「わ!」と声をあげたマリーを支え、瞳を丸くしたレーゲンは「ん?」と声をあげた。
「どうした、マリー」
「レーゲン!!」
バッと勢い良く顔をあげ、マリーはレーゲンの体をぺたぺたと触った。
いつもの制服の上に真っ白い白衣を着ている彼は、突然のマリーの行動に戸惑いを見せた。
「な、なん・・・?」
「怪我は無いの!?」
怪我は・・・、と言いながらマリーは金色を不安げに揺らした。
そんな彼女にレーゲンは優しく笑んでみせると、頭を撫でた。
「俺は平気だって。それより、アレルヤとかの様子を先に見に行った方が・・・、」
「私は!!」
レーゲンが笑んだまま言うが、それを遮ってマリーが声を張った。
普段温厚で大人しい彼女が声を張った事に驚き、レーゲンは思わず口を噤んだ。
マリーは金色の瞳を揺らしながら「私は・・・!」と続けた。
「貴方が心配で・・・!」
ふるり、と肩を震わせ、瞳に涙を溜めた。
そんな彼女に、レーゲンは瞳を大きく見開いた。
マリーはとうとう不安を爆発させたのか、わっとレーゲンに抱きついた。
彼の胸元に顔を埋め、肩を震わせる。
レーゲンは意外にも戸惑いの色を見せていたが、直ぐに表情を取り繕い、彼女の頭を撫でた。
「・・・ありがとうな、マリー」
そう言い、レーゲンは柔らかく微笑んだ。
それを見ていたロックオンたちは、瞳を丸くした。
ティエリアは無言で、ロックオンは「あららぁ、」と言い横目でアレルヤを見た。
そして二人共驚き、目を見張った。
アレルヤが、穏やかな瞳でマリーたちを見詰めていたから。
マリーとの間で揺れていると彼は言っていた。
しかし、今の彼の様子を見る限りでは、マリーへ恋心を抱いているようにはとても見えなかった。
ロックオンは瞳を細め、そっと腕を上げた。
彼の手は、近くに居たの頭に乗せられた。
「ん、」と言いは反射的に顔を上げた。
「・・・何? ライル」
「いいや」
なんでも。
そう言いながらロックオンはアレルヤをちらりと見た。
彼の行動から、に視線を移したアレルヤはそれに反応し、微かに銀と金の瞳を細めた。
明らかな嫉妬の色が含まれたそれに、ロックオンは内心「やだやだ」と思いながらの頭を撫でた。
「さて、状況確認といくか。ブリッジに行くとしようか」
そう言いロックオンはの頭を軽く叩き、その手をひらひらと振りながら歩き出した。
彼の背を見た後に、ティエリアはアレルヤより先にの腕を掴んで動き出した。
「僕たちも行くぞ」
アレルヤを置いて歩き出してしまうティエリアに、は戸惑いの表情を浮かべた。
腕を引かれながら、彼を見上げる。
思っていたよりも優しい真紅に見下ろされており、は空色を丸くした。
「・・・ティエリア?」
「君のそういう所は、改善するべきだ」
え、と小首を傾げる。
「誰かに寄りかかる事は、駄目な事じゃないんだ」
「・・・寄り、かかる?」
自分もイノベイターである事を知り、ずっと悩んできたティエリア。
だが、信頼出来る仲間に本当の計画を話し、自身についても話す決意をした。
4年前、ロックオンの優しさに触れて誰かに頼る事を知った。
その彼が今、に語りかけている。
一人で抱え込むばかりではなく、誰かに寄りかかれと。
「わ、私、刹那に・・・!」
「分かっている。君と刹那の事も」
そう言いティエリアは足を止めた。
ブリッジ入り口で止まったティエリアに、は小首を傾げた。
「じゃあ、なんで?」
「僕たちの想いも、変わっていない」
え、と短く声をあげた。
そこでティエリアはブリッジのドアを開いた。
の腕を引いてブリッジに引き入れたティエリアは、柔らかい笑みを浮かべた。
「君は、今も前も変わらず、僕たちの仲間だからな」
だから、寄りかかって良いんだ。
そう言いティエリアは微笑んだ。
ティエリアの言葉に反応してか、フェルトとミレイナが振り返る。
スメラギとラッセも笑んで、を見た。
一気に視線が自分に集まった為、は思わず一歩下がる。
が、彼女の背に何かが当たった。
驚いた様子で振り返った彼女の視界に入ったのは、レーゲンとマリーだった。
二人共柔らかく微笑んでいて、逆には戸惑った。
そんな彼女の頭に、またロックオンが手を置いた。
それにビクリと肩を跳ねさせた彼女だが、優しく撫でられ、怖々と顔を上げた。
「・・・ライル・・・」
「お前さんは、もっと肩の力を抜いて良いって事さ」
彼の言葉に、は唇を真一文字に結んだ。
それに無理をしていると思ったのか、ロックオンが言葉を続けた。
「大丈夫か?」と問う彼には小さく頷き、拳を強く握った。
が、その手もアニューに優しく解かれた。
「血が出てしまいますよ」
血。
アニューの言葉にそう呟く。
呆然とした様子のの前に、スメラギが進み出た。
「・・・トレミーは地上に不時着したわ。
復旧次第に対監視用光学迷彩を展開。各マイスターは機体のチェックを。
サポートも、お願いね」
クロスロード君は、整備の手伝いをお願いしても?
そう言うスメラギに沙慈は戸惑いの色を浮かべたまま頷いた。
マリーは食事面のサポートに。
フェルトとミレイナはプトレマイオス2の復旧作業に。
各々が移動する中、スメラギはの頬にそっと手を添えた。
ビクリと体を震わせた彼女に、スメラギは瞳を細めた。
「・・・貴女は、メディカルルームへ」
え、とと、丁度後から入ってきたアレルヤが声をあげた。
スメラギは悲しげに笑みを浮かべ、ごめんね、と呟いた。
「あれだけ能力を使ったのだもの。ゆっくりしてちょうだい」
そう言われ、は大人しく小さく頷いた。
スメラギにそんな顔をされ、彼女がを戦闘に参加させた事は本意ではなかった事が伝わったから。
各々が行動に移ったところで、はやっと動き出した。
彼女を案じて残っていたアレルヤには声をかけず、イエローハロを抱えたままブリッジから出て行った。
それを見ていたフェルトは、若草色の瞳を揺らした。
「・・・ルーシェさん、心配です」
そう思っているとミレイナが手を動かしながら呟いた。
フェルトも「そうね、」と不安げな声色でそう返した。
アレルヤも何か言いたげな様子を見せたが、口を開かないままにブリッジを後にした。
アリオスの下へ向かったであろう彼を追ったのは、スメラギだった。
出て行った二人に特に何も言わず、フェルトたちは手を動かしていた。
(・・・アレルヤ、気持ちの整理はまだつかないの・・・?)
彼もと同じで悩み、苦しんでいる。
マリーを想う事、を想う事。
親愛によるものか、恋情なものかは今の彼にはまだ難しいのだろう。
普通とは違う過程で育ってきた彼だからこそ。
それはも同じだろうが、マリーは違った。
「アレルヤが本当に好きなのは、なんですから」
アレルヤが好き。
そう言いつつもマリーは気付いていた。
だからこそ彼女は前に進めている。
レーゲンにどのような感情を抱いているのか、フェルトには分からないがそれが良い傾向とは分かる。
だから、
(・・・自分の気持ちに素直になって・・・二人共・・・)
そう思い、フェルトは唇を噛んだ。
「お」
レーゲンが小さく声をあげた。
ピーという電子音の後に医療用カプセルが開いた。
そこから頭を押さえながらイアンがゆっくりと起き上がった。
コーヒーの入ったカップを持ちながら近付くレーゲンに気付かず、彼はぶつぶつと何かを言う。
「オーライザーは?・・・戦闘は?」
「おはよう、イアン」
カップに口をつけて言うレーゲンにイアンは軽く返事をする。
カプセルから出て足をつけた彼は、重力に戸惑い少しよろけた。
「重力?いつの間に地上に・・・?」
「まぁ、色々あってさ」
そう言いレーゲンはずび、と音を立ててコーヒーを飲む。
「ま、外出れば分かるって」
「ん?」
説明するのが面倒、という様子のレーゲンにイアンは訝しげに目を細めつつも、メディカルルームのドアを開く。
直後、降り注ぐ日差し。
ん?と声を漏らした彼は辺りをゆっくりと見渡した。
そこにあるのは、山頂に降り積もった雪。山脈の並ぶ綺麗な自然の景色だった。
「何じゃこりゃああああああ!?」
思わずそう叫んだイアンの背後で、涼しげな顔でレーゲンは電子カルテを開いた。
そこでフェルトの艦内放送がかかった。
『対監視用光学迷彩復旧、展開します』
直後、プトレマイオス2の上部に光学迷彩が展開された。
外では沙慈がカレルたちと一緒にプトレマイオス2の修理作業をしていた。
それらを見て未だに唖然とするイアンに、レーゲンは簡単なチェックをすまし、声をかけた。
「はい。もう異常なし。とりあえずブリッジ行くか?」
そう問うレーゲンに、イアンは直ぐに頷いた。
「つまり、ダブルオーライザーを起動させ、ラグランジュ3の敵を退けたものの、アロウズが衛星兵器を使用したのを知り、そいつの破壊ミッションに突入」
ブリッジに行き、ミレイナとラッセからイアンは説明を受けていた。
それらをまとめた彼が、口に出す。
「見事打ち倒したが、敵の奇襲を受けて地球圏に落下、地上に不時着・・・」
イアンの言葉にミレイナとレーゲンはうんうんと頷く。
「刹那の乗ったダブルオーライザーと逸れてしまったと・・・そういう事だな?」
「その通りです!」
「最悪じゃないか!」
元気に返事をしたミレイナだが、イアンが声を張ったせいで思わず肩を下げる。
正に最悪な状況ではあるが、衛星兵器は破壊できたのだ。
ラッセが「そう言うなよおやっさん」と言いミレイナの前に出る。
「衛星兵器は破壊出来たんだから」
「それに、GN粒子を使い切ったところに奇襲を受けたんです」
レーゲンとフェルトに言われ、イアンも口を噤む。
次に口を開いたのは、修復作業を手伝っていたティエリアだった。
「しかも敵部隊は、新型のMAまで投入してきた。
船が被弾した衝撃を加速に利用し、かつ、船体をスモークでカモフラージュして地上に降りるという
スメラギ・李・ノリエガの機転が無ければ我々は、確実にやられていた」
新型MAのせいで艦体に穴まであけられたのだ。
「命があっただけ、めっけもんだぜ?」と言うラッセにイアンは小さく頷いた。
「で、トレミーの状況は?「と問うイアンに答えたのは、フェルトだった。
「エンジンは無事でしたが、航行システムや火器管制通信、センサー類の損傷が酷くて・・・」
航行システム、火器管制、通信等のセンサー類の損傷が酷いという。
なので、逸れたダブルオーライザーとも連絡が取れずにいる。
「何てこった・・・こんな時に敵さんに襲われでもしたら・・・」
イアンがそう言ったところで、ブリッジのドアが開いた。
両手いっぱいに食事トレーを抱えたマリーがにこりと微笑む。
「皆さん、食事をお持ちしました」
「わーいです!」
「暢気だろ!?それ!」
両手を上げて喜ぶミレイナに、父のイアンが突っ込みを入れた。
重いトレーを持ったままだったマリーからそれを受け取ったレーゲンは「まぁまぁ」とイアンを諌める。
「起き抜けで腹減ってんだろ?飯でも食って元気に復旧作業しようじゃないの」
そう言い笑んだレーゲンに、イアンも頷いた。
格納庫ではアレルヤがアリオスの中で調整作業をしていた。
アリオスの前に立ち、それを見上げるスメラギは眉を下げ、「ごめんなさい、アレルヤ」と言った。
「を戦いに参加させて・・・」
スメラギの言葉にアレルヤの手が止まる。
『今!アレルヤ!!!』
あの時に通信越しに聞こえたの声。
衛星兵器が発射されるとほぼ同時に彼女がタイミングを見極めた。
の役目は、脳量子波、直感能力を使用しての察知だった。
メメントモリの構造図を見て、いつ撃たれた後、どのタイミングでどう動けば良いのか。
は全てを計算し、感じ、見極めた。
超知覚と、超反射。
マリーは自分も、と言ったようだが、それはレーゲンに駄目だと言われたらしかった。
正直それは有難かった。
戦いわせない為に彼女をソレスタルビーイングへ連れて来たのだから。
けれど、は、
『来る!!舵切って!やられる!!』
以前よりも増した超反射と超知覚。
4年間、アロウズに居た間に薬物の投与もかなりされてきたみたいだから仕方ないかもしれないが。
アレルヤはそれを"仕方ない"で片付けたくなかった。
争いを望まない彼女が、一番争いに向いた存在となってしまっている。
それが酷く、アレルヤの心を痛めた。
特に最近は何も出来ない自分にやきもきしているようで、再びガンダムに乗る意向が見え隠れしている。
アレルヤはそれが怖かった。
また彼女が戦場に出て、傷付くのが。
しかし、彼女の意思は尊重したい。
そう思う矛盾もある。
アレルヤは小さく息を吐いた後、覇気の無い声色で「過ぎた事です」とスメラギに言った。
「・・・それに、の想いも分かりますから・・・」
「・・・カマエルに乗るかは、彼女の意思を尊重する事になるわ・・・」
眉を下げて言うスメラギに、アレルヤは「分かっていますよ」と素っ気無く返した。
彼女は想われている。
だからこそ先ほどもブリッジでトレミークルーから温かい言葉を貰っていた。
なのに、彼女はそれに戸惑う。
何も出来ない自分が此処に居ていいのか。
何もしていないのに貰うばかりでいいのか。
彼女がこれからどうするのか、アレルヤには嫌な予想が出来ていた。
「本当なら、僕だって彼女に戦って欲しくないですよ・・・」
「そうね・・・」
スメラギも同じ意見なのか、表情を歪めた。
「・・・今後、が望む前に戦場に引き込む事は止めて下さい・・・」
「ええ・・・分かってるわ・・・」
ごめんなさい。
そう言いスメラギは瞳を揺らした。
アレルヤ複雑な気持ち。
マリーはレーゲンさんに夢中である←