気付けば不思議な空間に居た。
これは5年前、夢を見ていたあの場所と一緒。
はそう思いながら辺りを見渡した。
違う、一緒の様で、少し違う。
目の前に大きなモニターがあり、様々な景色を映し出している。
真っ白だった部屋は、今は灰色がかった色合いとなっている。
モニターの前に立って、それを見やる。
映る景色は、様々なものだった。
ロドニアのラボから始まり、ガーディ・ルーの艦内。
そして、ディオキアの近郊にある海辺の洞窟。マルマラ海の港付近。
ミネルヴァの艦内、デストロイのコクピット内、そして、ベルリン市街。
プトレマイオスの艦内、リニアトレインの中、ミカエルのコクピットの中。
日本にある刹那の待機宅、ユニオン領にある自分の待機宅。
人革連のスペースコロニー、アザディスタン、タクラマカン砂漠。
スペインの教会、真っ黒な宇宙、アロウズの実験室、空母艦の中、スミルノフ宅。
収監所、GN−XVのコクピットの中、無人島、ルットーレのコクピットの中、プトレマイオス2の艦内。
様々な景色が映るのを見ていた。
そんな彼女の視界が、突如真っ暗になった。
突然の事に体を固くする彼女だが、大きな手が覆われているだけな事に気付く。
感じる体温。
大きな掌。
よく知った気配。
『・・・ハレルヤ、』
そう言うと、ゆっくりと手が動く。
顎にきたそれは、彼女に顔をあげさせた。
そこにあったのは、細められた金と銀。
『俺だ』
彼はそう言って空色を覗き込んだ。
その瞳は、鋭いもの。
『今お前に触れているのも、ずっとお前の心にあるのは、俺だ』
『・・・ハレルヤ』
『あんなガキに靡くなんて冗談じゃねぇ』
恐らく刹那の事を言っているのだろう。
刹那は優しくて、いつでも傍に居てくれて、好きだと言ってくれて、
『自分を想ってくれる奴の傍に居るのはさぞかし心地良かっただろうな』
『・・・私、』
『好きでも無い男に』
鼻で笑いながら言うハレルヤに、の空色が見開かれる。
そんな彼女に「何驚いてんだよ」と不機嫌そうに言う。
『お前が好きなのは誰だ』
『・・・好き、』
『優しくしてくれる男なら誰でもいいのか』
『そんな事・・・!』
無い。
そう言おうとした瞬間、真上から彼の癖のある髪がおちてきた。
頬を擽るそれに思わず瞳を細める。
間近に迫った金と銀に、は何も言えなくなる。
『俺が居ればいいんだ。アレルヤでも刹那じゃなくて、俺が』
彼の指が、唇をなぞる。
『お前は俺だけを見ていればよかったんだ。俺だけを・・・』
『・・・ハレルヤ、』
銀と金が細められる。
まるで縋る様なそれに、は腕をあげた。
そのまま、彼の頭に触れる。
『・・・寂しいの?』
彼の頭を撫でながら問う。
「ばーか」と言いながらも、彼はどこか辛そうに瞳を細めた。
『寂しいのはお前だろ』
『・・・ううん、ハレルヤだよ』
『寂しいから、自分を必要としてくれる所に行くんだろ』
『寂しいから、自分を見て欲しいんだ』
『愛して欲しいだけなんだろうが』
『アレルヤじゃなくて、自分を見て欲しいんでしょ』
『自分からは怖くて行けねぇんだろ、拒まれるのが怖くて』
『・・・ハレルヤ、』
眉を下げ、瞳を細める。
ハレルヤも僅かに眉を下げ、瞳を伏せた。
どっちも、きっと言っている事は本当。
『・・・びびんなよ』
『・・・私、』
『お前もお前で、ケリをつけろ。甘えてばっかでいるんじゃねぇ』
『・・・私、』
『ケリをつけて、来いよ』
俺のところに。
ハレルヤはそう言い、請うように瞳を細めた。
そんな彼にたまらなくなり、は体を反転させた。
首に腕を回し、縋るように抱きつく。
愛しい、好き、
そんな想いでいっぱいになる。
どうしようもなく彼が好きだ。
そう、彼が。
は顔をあげ、彼を見上げた。
そこにある金と銀に、瞳を潤ませる。
『・・・選ぶなんて、私・・・』
わたし、
そう零しは涙を流した。
ハレルヤは腕を彼女の背に回し、きつく彼女を抱き締めた。
刹那も好き。
しかしそれはやはり仲間としてのもの。
きっと、今も前も、特別に好きなのは―――、
「・・・わ、わたし・・・!!」
無重力の中、涙が舞う。
いつの間にかバイザーは開かれており、コクピット内に涙の粒が舞った。
「わたし・・・わたし・・・!!」
自分を抱き締めるように腕を回し、は項垂れた。
アヘッドスマルトロンを庇いながらダブルオーライザーが近づけないようにビームサーベルを撃つアヘッド。
それに後退してきていたGNアーチャーがビームサーベルを振りかぶった。
『ここに居たかぁ!アンドレイ少尉!!』
咄嗟に振り向き、アヘッドはビームサーベルでそれを受ける。
『この機体、増援か?』
『何故だ・・・何故大佐を殺したぁ!!』
『ピーリス中尉!?何故生きて!?』
『答えろ!』
『・・・貴女も、裏切り者かああぁぁ!!』
アヘッドが押し返すが、直ぐにGNアーチャーは体制を立て直す。
勢いのままビームサーベルをまた振りかぶる。
『貴様が言う台詞かぁぁぁ!!!』
『マリー!』
異変に気付いたアレルヤが動く。
先ほどまでぼんやりとした感覚だったが、彼女とアヘッドが切り結んでいる。
しかも、相手はスミルノフ大佐を殺した実子のアンドレイ。
激昂するソーマにアレルヤは近付く。
『ぐっ、またしても増援が・・・撤退するぞ、准尉!』
アヘッドスマルトロンの肩を掴み、そのまま後退をする。
ビームライフルを撃ちながら逃げるそれを、GNアーチャーが追撃しようとするが、アリオスに掴まれ止められる。
『もう止すんだ!マリー!』
『邪魔をするな!私は、大佐の仇を・・・!!』
『やめろおおぉぉぉっ!』
ソーマの言葉を遮るように、沙慈の声が響いた。
思わず静止したGNアーチャーとアリオスのところに、ケルディムが合流する。
『もう止めてくれ!
何も変わらない・・・仇を討っても、誰も生き返ったりしない・・・!』
沙慈の言葉に、全員が思わず沈黙する。
『悲しみが増えるだけだ・・・こんな事してたら、皆どんどんおかしくなって、どこにも、行けなくなる』
前にすら進めずに・・・!
沙慈はそう言い、オーライザーのコクピットの中で項垂れた。
イノベイターを捕らえた。
プトレマイオス2へ戻ってすぐに聞かされた情報に、は安堵の息を吐いた。
ティエリアが上手くやってくれた。
これで、ヴェーダの情報が聞き出せるかもしれない。
そう思いながら、カマエルのコクピットから出た。
左舷第1格納庫に収容されたカマエル、アリオス、ダブルオー。
必然的にガンダムから降りると、他のマイスターと会う。
カマエルから降りてきたを見つけたアレルヤは、軽く床を蹴って彼女の傍へ移動する。
「、」
「・・・アレルヤ」
振り返る彼女の髪が、無重力の中ふわりと舞う。
照明に照らされ輝く彼女の髪に、眩しげに瞳を細めたアレルヤがゆっくりと手を伸ばした。
掌を見せられ、は瞳を丸くする。
「・・・一緒に行こう。イノベイターを捕まえたみたいだから・・・」
話を聞かないと。
そう言うアレルヤには戸惑いの表情を見せた。
アレルヤが私に手を差し出してくれている。
マリー・パーファシーではなくて、私に。
『・・・びびんなよ』
『お前もお前で、ケリをつけろ。甘えてばっかでいるんじゃねぇ』
『ケリをつけて、来いよ』
ハレルヤの言葉を思い出す。
彼の言った通り、正直怖くて仕方が無い。
好きだと言って貰っても、代わりと言われる事が怖い。
自分を通して誰かを見られるのが、怖い。
傷付く事が、怖い。
でも、此処でずっとこうして怖がってばかりいては、何も変われない。
甘えてばかりでは、いられない。
はぐ、と拳を一度強く握った。
逸らしていた視線を再度彼に向け、優しげに細められた銀と金を見た。
「・・・アレルヤ、一緒・・・」
少し気恥ずかしげに、はそう言った。
彼の大きな掌に乗せるのではなく、指先に自身の指先をちょこんとくっつける程度のそれ。
それでも、アレルヤはまるで花が開花したように嬉しそうに微笑んだ。
「・・・うん!一緒に行こう!」
上から手を重ねられ、温かい手に覆われた。
が瞳を丸くして彼を見上げると、アレルヤは僅かに目元を赤らめていた。
やっぱり、可愛い。
彼女が、こんなにも愛しい。
自身の想いを再確認しながら、アレルヤは彼女の手をゆっくりと引いた。
ダブルオーのコクピットからそれを見ていた刹那は、何も言わないまま第三格納庫へ向かった。
がアレルヤを想っていた事なんて、5年前から知っていた。
それでも、彼女をアロウズから救出してから、傍に居た彼女。
いつの間にかが自分にとって特別な存在となっていた。
マリナとは違う、特別な女性。
(・・・好きだ、と言ったら何か変わっただろうか)
否、きっと変わらない。
きっと更に泥沼に嵌まり、自分との嘘の恋愛ごっこが始まってしまうだろう。
刹那はそう思いながら、深紅色の瞳を細めた。
第三格納庫へ辿り着き、刹那は控え室を覗いた。
電気もつけられていない暗い中、沙慈は座っていた。
「・・・沙慈」
刹那が呼びかけても、彼は返事をしない。
ルイスの事で、また何か思い悩んでいるのだろうか。
そう思いながらも、彼に掛けられる言葉が見つからない刹那は、その場を後にしようとする。
「戦うよ・・・!」
そこで沙慈がそう言葉を漏らした。
刹那が振り返ると、沙慈は強い意志を持った瞳を真っ直ぐに此方に向けていた。
「ルイスを取り戻す為に・・・僕は、僕の戦いをする・・・!」
決意をした様子の沙慈に、刹那は小さく頷き、その場を後にした。
移動用レバーを使用しながら、アレルヤとはイノベイターが居る部屋へ向かっていた。
恐らく既にティエリアやスメラギ、ロックオンは着いているだろう。
はちらりと反対側の移動用レバーを使うアレルヤを見やる。
前を向く彼の横顔が見え、思わず視線が外せなくなる。
久しぶりにまじまじと彼を見るが、4年前と変わらず整った顔をしている。
長かった前髪は切られ、両目が見えるようになっているせいか、少し雰囲気が違うように思える。
ハレルヤが積極的にコンタクトを取ってこない事は、恐らく5年前の戦いの傷が原因で表へ出て来れないのだろう。
GN粒子を介して脳量子波を通じて表へ出て来ていたのだろうか。
雰囲気が違うように感じるのは髪型が変わったから?
それとも、ハレルヤが今居ないから?
そんな事を思っていると、視線に気付いたのか、アレルヤが「ん?」と言ってを見やる。
「どうかした?」
「え、あ・・・別に・・・」
小首を傾げて問うアレルヤに、は慌ててそう返した。
ふい、と顔を背ける彼女に、アレルヤは困ったように笑んだ。
「・・・こうして、君と二人で居るのは、久しぶりだね」
「・・・それは、私が・・・」
貴方を避けていたから・・・。
そこまでは言わずに、は言葉を濁す。
そんな彼女にアレルヤはゆっくりと首を振り、再度口を開いた。
「僕たち、すれ違ってばかりだったね」
「・・・え?」
移動用レバーが途切れる。
必然的に手を放し、その場に止まる。
お互いを見合い、少しの間沈黙が落ちる。
「・・・確かに、マリーは僕にとって女神のような存在だ。
彼女と出会えたから、僕は今此処に居れる」
名をくれた彼女。
超人機関に居る間、マリーがアレルヤにとっての光だった。
「けれど、君と出会って、二度目の恋をしたんだ」
「・・・私?」
小首を傾げるに、アレルヤは頷いた。
壁を蹴って、戸惑う彼女に一気に近づいて、壁に手をつく。
腕と腕の間に彼女を閉じ込め、真っ直ぐに見下ろす。
「始めてガンダムから降りてきた君を見た時、こんな女の子が戦うなんてと嘆いた」
「・・・アレルヤ、」
「でも、君の戦う意味。そして君自身の色々な事に触れて、僕は何時の間にか君を好きになっていたんだ」
「それは・・・マリー・パーファシーと私を重ねていたから・・・!」
「君は、君だ」
アレルヤはそう言い瞳を細めた。
それはどこか悲しげで、辛そうなもの。
「・・・アレルヤ、」
「本当に、身勝手かもしれないけれど・・・」
の肩口に顔を埋め、彼は僅かに震える声で言った。
「君が刹那と幸せになるなら、とも考えた。
でも、嫌で嫌でしょうがない。本当は、ずっと、僕の傍に居て欲しいんだ」
マリーじゃなくて、が。
が好きなんだ。
刹那に渡したくない。
傍に居て欲しい。
マリーじゃなくて、がこんなにも、
「好きなんだ」
祈るように、縋るようにぽつりと落とされた言葉。
は空色の瞳を見開き、顔をゆっくりとあげた彼を見つめる。
アレルヤが、私を?
マリーの代わりじゃなくて?
そう思いぐ、と唇を真一文字に結ぶに、アレルヤは困ったように笑んだ。
「こんな時にごめんね。イノベイターと話が終わったら、ゆっくり話そう」
「・・・ぁ、」
自然に手を取られた。
顔を上げると、穏やかに微笑んでいるアレルヤがいた。
「時間はあるんだ。僕たちは僕たちなりに、またゆっくり進んでいけば良い」
そう言って笑むアレルヤを、は見上げる。
何か言いたげな彼女に「ん?」と言って言葉を促す。
それには、おずおずといった様子で口を開いた。
「・・・い、いいの?私で・・・」
マリーじゃなくて、と未だに言う彼女に、アレルヤは困った様に眉を下げ、手を強く握った。
そのまま空いている手で移動用レバーを握る。
「君が良いんだよ」
そう言い、移動を再開した。
イノベイターの居る部屋へアレルヤとが入った時、予想通りティエリアやロックオン、スメラギが居た。
遅れました、と言う二人にティエリアが僅かに真紅の瞳を丸くさせる。
一緒に来た様子の二人に「否、」と言い室内に入るように促す。
その直ぐ後に、刹那も「遅くなった」と言って入ってきた。
「そいつがイノベイターか?」
会議室の様なテーブルと椅子が並ぶ部屋。
椅子に座ったアロウズのノーマルスーツを纏った人物に、全員が注目した。
「ああ、間違いない・・・!」
刹那の問いに、ティエリアが答える。
も空色を瞬かせ、その人物を見やった。
(・・・今の感覚?)
一瞬頭に何かが過ぎった気がした。
そう思いながら、表情を引き締め、は眼前の人物を見据えた。
「ヘルメットを取ってもらえる?」
スメラギの指示に素直に従ったイノベイターは、ゆっくりとヘルメットを外した。
薄紫色の短髪をもつ、中性的な青年の表情が明らかになった。
瞳は、金色に輝いているように見える。
「はじめまして、ソレスタルビーイングの皆さん。僕の名は、リヴァイヴ・リバイバル」
イノベイターです。
そう自己紹介し、リヴァイヴはに視線を向けた。
突然見られたは体を硬くし、思わず一歩後ろへ下がる。
(・・・な、何・・・?この感覚・・・)
「イノベイターについて、話してもらえるかしら?」
問うスメラギの隣に立っていたロックオンは、眉を潜めていた。
似ている。
見れば見るほど、彼女に似ている。
髪も、顔つきも。
「・・・アニュー・・・」
誰にも聞こえないくらいの小さい声で、ロックオンは不安げに愛しい彼女の名前を呟いた。
ヴェーダの所在を問うスメラギ。
それに大してリヴァイヴは涼しい顔をしたまま答える。
「ヴェーダの所在?・・・さて、僕には分かりかねますが」
「イノベイターの君が、知らないというのか?」
「仮に所在を知っていたとして、あなた方はヴェーダをどうなさるおつもりですか?」
「奪還する」
アレルヤの問いに答えたリヴァイヴ。
逆に問うリヴァイヴに次にすかさず答えたのは、ティエリアだった。
彼の答えに鼻で笑った後、リヴァイヴは口を開く。
「ヴェーダは本来、僕たちが使用する為に造られたものですよ?」
「だったら聞かせて。貴方たちは、ヴェーダを使って何をしようとしているの?イオリアがこの計画を立案した真意は?」
スメラギの問いに、リヴァイヴの表情が一瞬変わった。
が、直ぐに余裕ありげな笑みを浮かべ、答える。
「・・・来るべき対話の為です」
「来るべき・・・対話?」
眉を潜めるスメラギ。
他の面々も同じような表情をする。
「話が見えないな」
「それが人間の限界ですよ」
アレルヤの言葉にリヴァイヴが小ばかにしたように言う。
それに苛立ったのか、ロックオンが口を開く。
「てめぇが万能だとは思えないがな。現にこうして捕まってる・・・」
「わざと・・・だとしたら?」
リヴァイヴの言葉にロックオンが「何・・・!?」と言い瞳を鋭くさせる。
掴みかからん勢いだったロックオンを制したのは、スメラギだった。
直後、回線が開き、モニターにフェルトの焦った表情が映る。
『スメラギさん!』
「! どうしたの、フェルト!」
『リターナーさんが・・・!!』
フェルトの口から出た名前に、即座にロックオンが反応する。
「アニューがどうした!?」と問う彼は、どこかひどく不安げで、焦っている様子だった。
『ラッセさんを撃って、ミレイナを人質に・・・!!』
「何だって!?」
『リターナーさんは、自分が・・・イノベイターだと・・・!!』
フェルトの言葉に、全員が驚きの表情になる。
「・・・イノベイター?」
「アニューが!?」
「・・・どうして!?」
ティエリア、スメラギ、アレルヤが口々に言う。
そんな中、リヴァイヴが椅子から立ち上がる。
それに気付いた刹那が「動くな!」と言い直ぐに銃口を向ける。
もドアの前に直ぐに立って出口を塞ぐ。
が、リヴァイヴは余裕の表情のまま「分かっているでしょう?」と言う。
「僕に何かあれば、人質の命は保証出来ませんよ?」
リヴァイヴがそう言った直後、真紅だった瞳が金色に輝いた。
「同タイプである僕とアニューは、思考を繋ぐ事が出来るんです」
分かるでしょう?
そう言うリヴァイヴに、ティエリアが真紅の瞳を見開く。
「・・・脳量子波・・・!」
ヘルメットを肩に担ぎ、歩き出すリヴァイヴ。
そんな彼に掴みかかろうとするロックオンだが、スメラギに肩を掴まれて止められる。
今此処でリヴァイヴに手を出してしまえば、ミレイナの命が危ういかもしれない。
トレミークルーで彼女はまだ幼い。
今も恐らく、人質となって恐怖と不安でいっぱいのはずだ。
目の前を通るリヴァイヴに、ロックオンは悔しげに表情を歪める。
ドアの前まで来たリヴァイヴは、立ち塞がっているを見下ろす。
「・ルーシェ。使えないエクステンデッドか」
「! どうして、私を・・・?」
「変革するのは彼女か君か・・・人間なんて弱くて脆いものだと僕は思うんだけどね」
リヴァイヴはそう言うと、の手首を掴んだ。
それに全員が反応する。
強く掴まれているのか、が「痛っ、」と声を漏らす。
真正面からリヴァイヴに見下ろされ、憎々しげには彼を睨み上げる。
そんな彼女の瞳を見て、リヴァイヴは満足げに笑むと「チャンスをあげよう」と言った。
直後、
「あっ・・・!」
素早くドアを開けられ、は腕を引かれたまま部屋の外にリヴァイヴと共に出た。
ドアが閉まる直前に、「!」とアレルヤと刹那の声が聞こえた気がした。
((アニュー、後は手はず通りに))
「!!?」
扉が閉まった直後、艦全体の照明が落ちた。
艦内のシステムがダウンしたようだ。
はリヴァイヴを睨みつけながら、抵抗をする。
「忘れないでくれよ。君がここで逆らっても人質の命は無いんだよ」
「! ・・・卑怯者・・・!」
無重力の中、リヴァイヴはの手首を掴んだまま床を蹴った。
その頃、ダブルオーがカタパルトデッキへリフトアップしていた、
その操作をしているのは、銃をつきつけられたミレイナだ。
「リ、リターナーさん・・・やめないですか?今なら皆も・・・、」
「黙って」
瞳を金色に輝かせるアニュー。
彼女に冷たい声色でそう言われ、頭に銃口を押し付けられ、ミレイナは奥歯を震わせた。
「は、はいです・・・」
辛うじてそう答え、パネル操作を続けるしか、今の彼女には出来なかった。
全ての作業が終わった後、アニューは背後からミレイナに銃を突きつけて歩かせる。
部屋を出て、廊下を歩いている中、突如アニューはミレイナを抱えて頭に銃を突きつけた。
警戒する彼女の先に居た人物は、同じように銃を構えたソーマだった。
「ここから先には行かせん・・・!」
「ピーリスさん・・・!」
歓喜の声をあげるミレイナ。
ソーマの姿を見て、幾分か安心したのか表情も明るくなる。
アニューは「何故此処が?」と問う。
「脳量子波が使えるのが、自分だけだと思うな・・・!」
ソーマはそう言い、瞳を鋭くさせた。
「艦内システムがウイルスに汚染されてる!?」
力ずくでこじ開けた扉に、やっと人が通れる隙間が出来た。
そこから通路に出た彼らは、一旦状況を確認する。
ロックオンは忙しなく辺りを伺っている。
恐らく、アニューの事が気懸かりなのだろう。
「二手に分かれて、先ずミレイナを捜す」
「そうだな・・・ミレイナを何とかすれば、も自力で何とか出来るだろう」
「スメラギさんはブリッジに」
ティエリアの言葉にアレルヤは若干複雑そうな表情をしたが、スメラギに言う。
「分かったわ」と言い動くスメラギに、ティエリアが続く。
アレルヤも、それに続いて動く。
(・・・彼女ならきっと、大丈夫だ。白兵戦なら、イノベイターでも彼女に勝てないだろう)
きっと、大丈夫。
アレルヤはそう思いながら駆けた。
「クソッ!アニューはどこに・・・!」
「こっちだ」
焦るロックオンの横を通り、刹那は壁を蹴る。
角を曲がった後、また別の通路に進む刹那にロックオンは焦って追う。
「ピーリスさんが来てくれたです・・・!助かったです・・・!」
アニューに対峙するソーマ。
ミレイナがアニューの腕の中で喜びの声をあげる。
「貴女の存在を失念していたわ」
そう言いアニューはソーマへ銃口を向けた。
「Cレベルの脳量子使い・・・出来損ないの超兵・・・」
「全ての元凶はお前たちだ・・・!」
大佐の仇を!
そう言い臨戦態勢に入るソーマに、アニューも表情を引き締める。
直後、
「やめろ!」
声が響いた。
ソーマの背後から刹那とロックオンが現れた。
刹那はソーマの隣で足を下ろしたが、ロックオンはそのままアニューの前へ進む。
「ストラトスさん・・・!」
「止めとけよ、アニュー・・・!」
ロックオンの言葉にアニューは瞳を細め、ミレイナの頭にまた銃を突きつけた。
「ライル、」と呟いた彼女に、ロックオンは僅かに眉を動かす。
そして、ふ、と息を零した後、口を開く。
「俺を置いて行っちまう気か?」
「・・・なら、私と一緒に来る?」
少し考えた後にアニューがそう言う。
「世界の変革が見られるわよ?」と付け足すアニューは、真紅の瞳を細めていた。
ロックオンは少し黙った後、鼻で笑い、両手をあげた。
「オーライ、乗ったぜその話」
ロックオンの言葉に、ミレイナが驚きの声をあげる。
ソーマと刹那は黙って二人を見ている。
「おまけにケルディムもつけてやるよ」
そう言いロックオンは笑んで振り返る。
「そういう訳だ、刹那」と言い真っ直ぐ刹那を見やる。
「今まで世話になったな」
「そうか」
刹那は短くそう返す。
直後、隣に立っているソーマの銃を素早く奪い、撃った。
銃声が響き、ロックオンの左肩に命中する。
「きゃああああ!!?」
「! ライル!!」
銃声に驚いたミレイナが悲鳴をあげる。
そして、アニューは目の前で撃たれたロックオンに焦りの表情を見せ、思わずミレイナから手を放す。
瞬間、苦痛に表情を歪めながらもロックオンは体を動かし、ミレイナの体を引き寄せた。
それにアニューは瞬時に悟り、素早くその場を離れた。
しゃがみ込むロックオンとミレイナに、刹那が駆け寄る。
ミレイナは恐怖故か、涙を流していた。
「大丈夫か?」
「当てることねぇだろー・・・ったく!」
ショルダーパッドが焦げた程度だったが、痛みはあったらしい。
ロックオンに言われ、刹那は表情を変えないまま「すまない」と短く言った。
第三デッキでリヴァイヴはイアンを吹き飛ばしていた。
を掴んだまま蹴りを見舞ったリヴァイヴはそのまま移動しようとする。
「イアンさん!」
沙慈がイアンに駆け寄る。
イアンが使おうとしていたマシンガンを掴み、床を蹴る。
その時、
((・・・人質を奪還された?))
「!」
頭に流れてきた言葉には瞳を見開く。
「女なんかにつくるから情に流されたりする・・・!」
リヴァイヴがそう零した直後、が動いた。
僅かに早くリヴァイヴが反応し、首を動かす。
真横を物凄い勢いで繰り出された拳が通る。
顔の横でシュ、という音を聞き、リヴァイヴはぞっとした。
「ミレイナが無事なら、反撃させて貰うわ!!」
「・・・脳量子波が・・・!?」
くそ、と言い腕を交差させての拳を防ぐ。
逆に繰り出された腕を掴み、リヴァイヴはマシンガンの柄での腹部を殴る。
短い声をあげ、苦しげに表情を歪めるだが、直ぐに掴まれた腕を軸に蹴りをいれる。
「この、女!!」
「ぅあっ!!」
振り払われたと同時に真上から勢い良く蹴りを入れられた。
そのまま吹き飛んだを、慌てて駆けつけた沙慈が抱きとめた。
「!大丈夫!?」
「っ・・・痛ッ・・・」
尚もリヴァイヴを追いかけようとするが、蹴られた腹部や肩が痛むのか、背を丸めた。
「無理しないで・・・」と沙慈は言い彼女を支える。
リヴァイヴはそのままオーライザーのコクピットへ移り、オーライザーを動かす。
「第三ハッチ、オートで開いていきます!」
後部ハッチもです!
ブリッジで復旧作業をしていたフェルトが声をあげる。
ラッセの治療をしていたスメラギは、冷静に指示を出す。
「ケルディムとダブルオーを・・・!」
「了解」
フェルトはそう言いパネルを操作する。
その時、ブリッジのドアが開いた。
そこに居たのは、メディカルルームに居るはずのレーゲンだった。
ノーマルスーツを身につけた彼は、復旧作業を手伝うアレルヤの肩を叩いた。
「おい、俺がやる」
「え?」
「第三格納庫行け。多分、復旧作業は俺がやった方が早い」
レーゲンはそう言いアレルヤをどかして椅子に座る。
そして、彼よりも早くパネルを操作する。
そんなレーゲンに、アレルヤは「どうして、」と言うが、有無を言わさない声色で「いいから」と言われる。
「オーライザーが発進する。きっとアニューは小型艇で行くだろうがな・・・。
は今沙慈が見てる。治療ならお前でも出来るだろう。打撲箇所があるかもしれないから、治療してやってくれ」
「が・・・!?」
どうしてそれを。
思わずそう言いかけたアレルヤだが、今は時間が惜しい。
すぐに動き、第三格納庫へ向かった。
手動でハッチのロックを解除し、出撃するダブルオー。
ケルディムもハッチを押し開け、出撃する。
『ロックオン、悪いがオーライザーの奪還を優先する』
「わーってるよ」
ロックオンはそう答え、ケルディムを出撃させる。
先に出ていたダブルオーを上から抱えてトランザムをする。
一気に加速し、オーライザーを追う。
追いついてすぐにダブルオーが、上昇するオーライザーにGNソードUを突きつけた。
『そこまでだ・・・!』
挟むようにケルディムもGNビームピストルUを構える。
『この機体を傷つける気かい?』
『俺たちには優れた戦術予報士がいる』
刹那がリヴァイヴにそう答えた直後、オーライザーに異変が起きる。
通信越しに、赤ハロが動き出したのか、リヴァイヴの動揺する声が聞こえる。
『オーライザー、ドッキングモード!』
オーライザーは赤ハロのオートモードで変形を開始し、ダブルオーにドッキングをする。
ダブルオーライザーになった事により、オーライザーのシステムがダブルオーに行く。
『ロックオンの言った通り、万能には程遠いようだな』
刹那がモニターに映ったイノベイターに向かって言う。
リヴァイヴは苛立たしげに舌打ちをするが、直ぐに口の端を吊り上げた。
『仕方ない、オーライザーは諦めるよ。でも、手土産のひとつぐらいは・・・欲しいな!!』
リヴァイヴはそう言うと先ほど奪ったマシンガンをコンソールに向けて乱射した。
それによりオーライザーの機能が停止し、出力も当然下がっていく。
リヴァイヴは素早くオーライザーの後部ハッチから脱出する。
『オーライザーの出力が・・・!貴様!』
刹那がそこまで言い、何かに気付く。
ロックオンもそれに気付き、瞳を大きくする。
後方から光が迫る。
それはアニューが奪った小型艇だった。
「アニュー・・・!」
ダブルオーライザーは動けない。
オーライザーの出力が低下した為、均衡が取れなくなった機体は動けない。
小型艇へ向かうリヴァイヴに気付き、ロックオンはGNビームピストルUを構え、小型艇に狙いを定める。
しかし、
((私を撃つの?))
そう聞こえた気がして、ロックオンは息を飲んだ。
そうしている間にも、リヴァイヴを無事乗せた小型艇は離脱しようと動く。
ハッとしたロックオンがGNスナイパーライフルを構える。
「戻れ!アニュー!!」
呼びかけるが、小型艇は止まらない。
「・・・アニュー・リターナー!!!」
そう叫んだ直後、狙いが定まり、小型艇がロックオンされた。
離脱するイノベイターを撃たなければいけない。
あいつらは敵だ、イノベイターだ。
そしてプトレマイオス2から此方の情報を引き抜いた。
このまま行けば、敵に弱点を教えるようなものだ。
撃たなければ、いけない。
「・・・撃てよ・・・狙い撃てよ・・・!
俺は何の為に此処に居る?何の為に・・・カタロンに、ソレスタルビーイングに・・・!」
敵が乗っているんだ、敵が、イノベイターが、アニューが、
そこまで考えたところで、ロックオンの頭に彼女と過ごした思いでが過ぎる。
最初は情報収集目的で近付いたアニュー。
何時しかお互いを知る内に、本気の恋となっていた。
「うあああああっ!」
引けない。
トリガーを引けなかった。
自分の不甲斐無さにロックオンは苛立ち、パネルに拳を打ちつける。
「何て情けねぇ男だ!ライル・ディランディ!」
俺の覚悟はこんなもんか・・・!こんなぁッ!!」
怒りと遣る瀬無さから、ロックオンは声をあげた。
完全に離脱した小型艇を見送りながら、刹那は通信越しに聞こえるロックオンの声に、瞳を細めた。
「・・・本当は、愛しているのよ・・・ライル・・・」
この二人はちょうせつない。