「レーゲン。貴方も私と同じ、イノベイターじゃないの?」
突然言われた言葉。
レーゲンは驚愕からか、瞳を大きく見開いた。
「・・・え?」
ツキツキと痛む頭。
レーゲンは無意識の内に額に手をあて、一歩後ろに下がる。
眉を潜めるレーゲンに、ソーマが近付く。
「レーゲン!?」
顔を覗き込んだソーマの瞳が驚愕に見開かれる。
レーゲンの瞳が、アニューと同じく金色に輝いていた。
「・・・その、目・・・!」
「目・・・?俺・・・?」
レーゲンが手を動かす。
片目に軽く触れようとするが、どうしても自身では分からない。
「どうなっている?」と言うレーゲンに答えたのは、刹那だった。
「アニュー・リターナーと同じ瞳だ」
「・・・アニューと・・・?」
ツキツキと痛む頭。
痛みを堪えながらレーゲンは金色に輝くアニューの瞳を見た。
そんな二人に、スメラギが「どういう事なの?」と静かに問うた。
「レーゲンがイノベイターなんて・・・」
「私も半信半疑でしたが・・・恐らく、先の戦闘でガラッゾに乗ってを連れ去ったのは・・・」
アニューがそこまで言ったところで、ガタンという音が響いた。
全員が視線を動かすと、レーゲンが膝をついていた。
ソーマが慌てて駆け寄り、彼の肩に手を置く。
「レーゲン・・・!?」
「・・・俺が、イノベイター・・・」
目はどこか遠くを見ているようで、レーゲンは額に手をあてた。
顔をあげ、眉を潜める。
「・・・過去の記憶が無い。どうやってソレスタルビーイングに来た・・・?医者として、メカニックとして・・・この知識・・・」
「・・・レーゲン・・・」
「俺、いつから此処に居た・・・?」
分からない、なんだこれ。
レーゲンはそう言いくしゃりと前髪を握った。
そんな彼を、トレミークルーは戸惑いの色を含んだ瞳で見つめる。
「・・・貴方は王留美の紹介でトレミーに搭乗する事になったじゃない・・・」
と一緒の方法。
スメラギの言葉にレーゲンは「そう、そっか」と言い力なく笑った。
「悪い、取り乱して」
「・・・レーゲン・・・」
「・・・ごめん、何か情報があれば良いんだが・・・生憎イノベイターって自覚も無くってな」
誤魔化すように笑うレーゲンに、ティエリアが「無理はするな」と気遣わしげな声を出す。
同じ存在だからか、同じ戸惑いを抱いた事があるからか。
ティエリアの言葉にレーゲンは肩を揺らした。
「大丈夫さ。・・・もしかして、あれか?俺と同じタイプも居るのか?」
「多分・・・ジュビアだわ。髪は貴方のように長くはないし、乱暴な性格だったけれど・・・」
アニューは顎に手をあてて真紅の瞳を細めた。
「・・・でも、ジュビアはレーゲンがソレスタルビーイングに居るのを、知らないかもしれない」
「どうしてそう思うの?」
スメラギの問いにアニューはレーゲンを見ながら言葉を続けた。
「ジュビアはパートナーを大切に想っていると聞いた事があります・・・。
万一、スパイ作戦にレーゲンが動く場合、ジュビアは全力で止めるでしょうし、直ぐに取り返しにくるはずです」
「・・・じゃあ、レーゲンは作戦とかの目的でソレスタルビーイングに居るのではないと?」
「それは、断定できませんが・・・」
今まで脳量子波でレーゲンにコンタクトがかかった事は無い。
アレルヤの問いにアニューは複雑な表情でそう言った。
新たな事実にスメラギが難しい表情をする。
そんな彼女を見てか、レーゲンがゆっくりと立ち上がる。
「・・・信用ないかもしれないが、俺は俺だ。何ならイノベイターをおびき出す餌にもなるし、トレミークルーでいたい気持ちに変わりは無い」
「・・・レーゲン」
「ティエリアも同タイプが居ても、こうして此処に居るじゃないか。良かったら俺もこのまま、トレミーに乗せて欲しい・・・」
頼む。
そう懇願するレーゲンに、刹那が一歩前へ出る。
彼の肩に手を置き、刹那は深紅色の瞳を柔らかく細めた。
「大丈夫だ。誰もあんたを疑っていない」
「・・・え?」
「自分で思っているよりも、お前は信用されている。安心しろ」
刹那に言われ、レーゲンは真紅の瞳を丸くした。
そんな彼にアレルヤは頷き、ロックオンも肩を竦める。
ティエリアとスメラギは微笑み、ソーマはレーゲンの背を軽く叩いた。
「・・・お前ら・・・」
「・・・万が一、お前がこの女の様に自分の意思とは関係無しに戦う事になっても・・・」
ソーマがレーゲンの白衣の裾を掴んで言う。
彼女の言葉に、全員が注目する。
金色の瞳を真っ直ぐにレーゲンに向け、ソーマは強い口調で言った。
「お前には、私が呼びかけ続ける・・・レーゲンの心にも、届くんだろう?」
「ソーマ・・・」
真紅の瞳を丸くし、レーゲンは仄かに頬を赤くした。
つられるようにソーマも頬を赤くしたが、それを隠すように「分かったな!?」と言い彼の背を叩いた。
「今まで通りでいれば良いんだ!変に自分を犠牲にする方法なんか、考えるなよ!」
「・・・ありゃ、お見通しか」
あわよくば、相手が自分を求めるのなら。等と考えたレーゲンだったが彼女の言葉に肩を竦めた。
「こんな女が必要なのか?」
移動中のガラッゾの中で冷めた声が響く。
顔をあげた""がクスリと笑む。
「彼女の能力は未知数なものも多い。エクステンデッド・・・どれほど近づけるかが見物だよ」
「趣味悪いぜ・・・ってか、こいつの事も俺よく知らなかったんだけど」
なぁ、と言いジュビアは真紅の瞳を細めた。
それを見た""は「さぁね」と言い彼を見上げた。
「まだ何か隠してんじゃねぇか?」
「どうだろうね」
「・・・てめぇ、本当に信用して良いんだろうな」
「信用するしかない、そうだろう?」
ふふ、と笑みを零す""にジュビアは舌打ちをした。
そのままアロウズの基地に戻り、ジュビアは待っていた研究員にを引き渡す。
そこで彼女の中にあった意識は本人の下へ戻ったようで、彼女は意識を失い、簡単に運ばれていく。
見送っていたジュビアの肩に、誰かの手が回った。
「美味しい所だけ持っていくなんてずるいんじゃない?」
「お前とは違うんだよ」
腕も頭も。
そう言いジュビアはヒリングの手を払いのけて歩き出す。
「なによ、」と言い肩を竦めた彼女はそのまま彼に続く。
「本当に一途なんだから」
「お前と違ってな」
「ちょっと、アンタ本当にさ・・・」
「止めなよヒリング」
冷静な声が廊下に響く。
壁に寄りかかっていたリヴァイヴが、ジュビアとヒリングを見やる。
彼の姿にジュビアは面倒臭げに息を吐いた。
「てめぇらに構ってる心境じゃねぇんだよ」
「苛々してるって?」
それは僕らも同じさ。
続けるリヴァイヴの横を素通りするジュビア。
「だったら話しかけんな」
そう言いジュビアは軽く壁を蹴って、移動のスピードをあげた。
リヴァイヴとヒリングをその場に残し、真っ直ぐに進む。
一応軍人として用意された部屋へ素早く身を滑り込ませる。
真っ暗な室内で、ある物を見つけてジュビアは瞳を細めた。
「・・・んだこれ」
何気なく手に取ったそれに、ジュビアは更に眉を潜めた。
日付が変更された時間帯。
夜遅くになってもプトレマイオス2の復旧作業が続いていた。
ブリッジで未だ席に座るスメラギたちは、作業をしながら会話をする。
「ラグランジュ5へ行く?ポイントしか送ってこなかった相手に、応えるというのか?」
前方の席に腰を下ろしていたティエリアが言う。
ひとまず解散となり、未だに残る復旧作業もしつつ、ガンダムの整備もしなければならない。
スメラギは頷き、「気になるのよ」と続ける。
「それに、刹那がどうしてもって」
スメラギの言葉にティエリアが真紅の瞳を丸くする。
「刹那が・・・?」と呟き、何やら考える仕種を見せる。
『わしも賛成だ。ラグランジュ5では、避難したリンダたちが研究を続けている。
うまくいけば、提案していた新装備も手に入る』
通信でイアンが言う。
向こうに着くまで、ガンダムの補修もできるしな。
そう付け足す彼に、スメラギは「お願いします」と返した。
フェルトとミレイナも作業をしているのを横目で見、スメラギは眉を僅かに下げる。
「ごめんなさいね、夜遅くまで作業させて」
「いえ・・・ひと段落するまで落ち着けませんし・・・」
「ミレイナも大丈夫ですー!」
そう言いつつも、ミレイナは欠伸交じりだ。
十代前半の彼女には、深夜の作業は聊か厳しいものもあるだろう。
フェルトはどちらかというと作業に没頭していたいようだった。
無理もない、とスメラギは思う。
(の事、心配なのね・・・)
再びガンダムに乗る決意をした彼女。
精神状態もやっと落ち着いてきたと思った矢先である。
アレルヤとも会話が出来ていた様子で、二人の仲も、また進展出来そうだとフェルトも安堵していた所だった。
またアロウズで脳の処置をされ、薬物を投与されてしまった場合、またの精神状態は不安定なものとなるだろう。
作業を止めると、嫌な事ばかり考えてしまう。
フェルトはそう思っているのだろう。
スメラギはそんな彼女を横目で見つつ、小さく息を吐いた。
所変わって、メディカルルームではレーゲンがラッセの医療カプセルのデータを見ていた。
アニューによって受けた銃弾は既に取り除いてある。
元々患っていたものもこの際ついでに治療してしまおう。
そう思いながらレーゲンはデータカルテを纏める。
(これが終わったら誰か代わりの番を頼んで俺も復旧作業・・・ああ、のデータも纏めないと)
ラッセのカルテからのカルテへ表示を切り替える。
端末に打ち込みをしながら、真紅の瞳を細める。
(・・・あー、アニューの脳量子波遮断装置の具合も見ないと。でも今はロックオンと居るか、だったら先にこっちの纏めてガンダムの修復の手伝いを・・・)
そこまで考えたところで、メディカルルームのドアが開いた。
振り返ると、そこにはアレルヤが普段よりも厳しい面持ちで立っていた。
僅かに真紅の瞳を揺らし、レーゲンは「どうした?」と問いかける。
「お忙しい中、すみません。頼みたい事があって・・・」
「・・・俺に?」
眉を潜めるレーゲンに、アレルヤは申し訳なさそうに眉を下げた。
普段等の患者が座る椅子に、アレルヤは腰を下ろす。
そして、銀と金の瞳で、真っ直ぐにレーゲンを見た。
「貴方なら何か分かると思って・・・片手間でも良いんで、聞いてください」
そう言うアレルヤに少し甘え、レーゲンはのカルテを確認し、打ち込みも時にはしつつ、彼の話に耳を傾ける事にした。
「・・・カマエルのアブソラクションが発動した直後、頭の中にの記憶や想いが流れ込んできました」
「・・・そうだな。あれはほとんど全員が感じ取っていたみたいだな」
「その中に、消えたはずの僕の片鱗・・・ハレルヤが居ました」
ハレルヤ。
その単語にレーゲンの肩眉がピクリと動く。
確か、アレルヤの内にある攻撃的なもうひとつの人格だったか。
戦闘中における理性ある思考がアレルヤ。
本能による反射がハレルヤとして人格が形成され、具現化されている事から超人機関の中では最高傑作となったであろう存在。
しかし、5年前の戦いで、脳量子波をも使いこなすハレルヤを失ったとされていた。
それがの最近の記憶にあった。
レーゲンは視線をアレルヤに向け、口を開く。
「の脳波にも乱れがあった。時期は何時ごろだっただろうか分かるか?」
「恐らく、イノベイターを捕らえた時の戦闘で・・・」
ダブルオーライザーのトランザム発動時、高濃度の粒子が空間に満ちた。
そこから沙慈等の人間にも脳量子波による通信が行われていた。
それに触発されたのか、アレルヤの内に眠っていたハレルヤが目を覚ましたのか。
レーゲンは少し考える仕種を見せた後、アレルヤに寝台に横になるように指示を出す。
「少し脳の状態を調べる・・・お前には、嫌な記憶を思い出させてしまうかもしれないが・・・」
「大丈夫です。ハレルヤがもしまだ僕の中に居るのなら、彼女を一緒に助けたいから」
「・・・そっか」
僅かに口の端を上げ、レーゲンは手を動かす。
言われた通りに寝台に横になりながら、アレルヤはレーゲンを見やる。
脳波を調べる装置を準備しながらレーゲンは真紅を細めた。
「しかし、俺に頼むって事は信頼して貰ってるって思ってもいいのか?」
俺はイノベイターだぜ?
そう言うレーゲンに、アレルヤは「今更」と返す。
「貴方は優しい人だって、もう皆知ってますよ」
「・・・この艦の皆の方が、優しいさ」
レーゲンはそう言い装置をアレルヤに手渡した。
刹那は一人、自室にいた。
復旧作業を手伝った後、マイスターは休息をという指示を出され今は自室に居る。
後日、ラグランジュ5にダブルオーライザーだけ先行する。
それまでに刹那と沙慈は特に体を休めておくようにとのスメラギからの指示だった。
ラグランジュ5に行かなければならない気がする。
当然其方も気懸かりだ。
しかし、刹那は彼女の事も気懸かりだった。
(・・・、)
振り払われた。
ダブルオーライザーが伸ばした手を、カマエルは振り払った。
ガンダムをそのまま奪われる事を恐れた彼女は、GNファングで自身の機体を傷つけた。
損傷したカマエルは動けず、だけが逃げ去った。
「ハロも居るし・・・それに、私、貴方を信じてるから・・・」
何かあっても、すぐ来てくれるって。
そう言うに、刹那は僅かに深紅色の瞳を丸くする。
が、直ぐに気恥ずかしげに「そうだな」と言い視線を逸らした。
『・・・俺も、言えたらいいんだが・・・』
「? 何を?」
『・・・戻ったら、また話そう。怪我はするなよ』
「りょーかいです」
戻ったら話そうと言った。
しかし、イノベイターを無事に捕獲した後、彼女の下へ行こうとした刹那は思わずハッチをあけようとする手を止めた。
アレルヤが、彼女に手を伸ばしていたから。
「・・・一緒に行こう。イノベイターを捕まえたみたいだから・・・」
「・・・アレルヤ、一緒・・・」
少し気恥ずかしげに、はそう言った。
彼の大きな掌に乗せるのではなく、指先に自身の指先をちょこんとくっつける程度のそれ。
それでも、アレルヤはまるで花が開花したように嬉しそうに微笑んだ。
「・・・うん!一緒に行こう!」
そのままはアレルヤと手を繋いだまま格納庫から出て行った。
アレルヤとの仲が再び良好なものになるのなら、喜ばしい事だ。
最初は刹那も彼らの幸せを願っていた。
仲間たちの、幸せを。
が幸せなら良い。
その想いは今でも変わっていない。
変わって、いないが、
「もし・・・!次に私が貴方たちに刃を向けた時は・・・!!」
「大丈夫だ。お前は俺たちが守る」
「でも、もしもの時は・・・お願い・・・」
「・・・?」
「本当は、ちょっと怖いの。あの時みたいに、また皆に・・・」
以前、プトレマイオス2を狙ってきた。
それよりも前に、大型MSに乗って市街地を攻撃していた。
流れ込んできた彼女の記憶の中でも、彼女は不安定なまま戦っていた。
もし、その時のように、また彼女が暴走して、仲間に手をかけようとした時はどうする。
アレルヤは当然説得に移るかもしれない。
そのアレルヤを、もしの手で殺してしまったら?
は、もうどこにも戻れなくなってしまう。
だったら、
「・・・俺が、」
そう言い刹那は拳を強く握った。
しかし、
「・・・くそっ!!!」
刹那は苛立ちから壁に拳を打ちつけた。
そのまま項垂れる。
は恐れている、戦を。
その理由は、死ぬのが怖いから。
分かりきっている事だ、分かっている事なのに、
「・・・・・・!」
万一は、俺の手で。
そう思いながらも、遣り切れない思いを抱き、刹那は唇を噛んだ。
モヤモヤ刹那と真っ直ぐになったアレルヤ。
なんか今までと逆だw