伸びてくる手。
逃げようとしても、逃げ場なんて無く、腕を掴まれる。
抵抗も無意味で、腕に薬を刺されて身動きが取れなくなる。
寝台に寝かされて、体をベルトで固定される。
そこから薬を打たれ、意識が朦朧とする。
アレルヤ、ハレルヤ、
彼らの事を想った事を最後に、の意識は途切れた。
「試してみねぇとわかんねーや」
「え」
思わずアレルヤは短い声をあげた。
夜遅くの訪問にも関わらず自分の脳波について調べてくれたレーゲン。
「遅いから寝てろ」と言い眠ったアレルヤの脳波を徹夜で調べてくれたようだった。
朝起き抜けに明らかに寝不足な様子のレーゲンが目に入り、申し訳なく思ったアレルヤは彼にコーヒーを淹れた。
それを飲みながら、レーゲンは冒頭の言葉を発した。
「んー」と間延びした声をあげつつ、彼は再度カップを傾ける。
「まぁ寝てるお前の脳波は通常通り。異常なんて無かったんだ。
ただ、高濃度のGN粒子の影響とかあると、ハレルヤは反応すっかもしれないから」
「・・・GN粒子があるところで、試してみるしか無いって事ですか?」
そういう事。
レーゲンはそう言い、アレルヤにデータ端末を手渡す。
棒状のそれを受け取りながら、アレルヤは気遣わしげにレーゲンを見やる。
彼はもうラッセの調子のチェックに移っていた。
寝ずに脳波を調べていたせいか、顔色も優れない。
「・・・レーゲン、頼んだ僕が言うのも何だけど、少し休んだ方が・・・」
「まだやる事ある・・・とりあえずカマエルの修復に・・・粒子貯蔵タンク使ってもいい、お前はハレルヤとのコンタクトを試してみろよ」
俺も行くから、と付け足した彼にアレルヤは眉を下げる。
一通りチェックが終わったのか、残りのコーヒーを一気に飲んだレーゲンが立ち上がる。
「さ、格納庫行くぞ。飯とかはそれからでいいな」
「あ、はい・・・」
留守をハロに任せてレーゲンはアレルヤを連れてメディカルルームを出た。
移動用レバーを使いながら、格納庫を目指す。
その途中、やはり眠いのかレーゲンがこめかみを押さえた。
「・・・少し、休んでからでも・・・」
「・・・あー、大丈夫だ。何かしてる方が、今はいい」
そう言うレーゲンに、アレルヤは何も言えなくなる。
レーゲンもイノベイターだとアニューは言った。
自覚無しにスパイ活動を行っていたアニューは同型のリヴァイヴからのコンタクトで全てを思い出し、受け入れた。
しかし、レーゲンは違う。
突然実はイノベイターだと言われ、今までの自分に疑問を持ち始めている。
そして、何も覚えていない事。何故イノベイターである自分がソレスタルビーイングに居る事も、疑問に思っているはずだ。
自分たちの事を仲間だと信頼してくれている事は嬉しい。
しかし反対に、自分が何時ソレスタルビーイングを裏切る事になってしまうのかも彼にはわからない。
レーゲンの意思とは関係無しに、万一操られでもしてしまったら。
万一、脳量子波を介して情報が流れ、クルーに危機が迫ったら。
それがレーゲンは不安なのだろうとアレルヤは思う。
格納庫に二人が着いた時には、既に修復作業が行われていた。
沙慈とイアンが端末を操作し、ハロに指示を出している。
それを横目で見つつ、レーゲンは携帯端末を使用し、ブリッジにいるスメラギに通信をいれた。
「カマエルの貯蔵タンク、ちょっと使っていいか?」
『・・・え?突然、どうして?』
「試したい事があってな。アレルヤの中のもう一人の人格にコンタクトを取ろうと思って」
『ハレルヤに・・・!?でも、彼は消えてしまったんじゃ・・・』
戸惑いの表情を浮かべるスメラギに、レーゲンは少しだけ笑む。
大体の事情を説明しているレーゲンの後に続きながら、アレルヤは拳を握る。
(・・・の想い・・・彼女が求めているのは、僕だけじゃないんだ)
二人で、彼女を助けないといけない。
そう思いながら、アレルヤは修復作業中のカマエルを横目で見た。
「恐らくは精神操作も何でもされてるだろう。きっと早いうちに戦場に出て来る。
彼女を撃墜したくないなら、粒子空間を作って脳量子波で呼びかけるしかないだろうが」
『・・・けど、彼女が応えてくれるかどうか・・・』
「だから、アレルヤとハレルヤの二人が必要なんだろ」
が大切に想う二人が。
そう言うレーゲンに、スメラギは眉を下げた。
「そうね、」と言い、どこか悲しげに笑う。
『ただ通信で呼びかけるよりは良いわね。彼女の精神が持つかは分からないけれど・・・』
恐怖状態となった彼女は正直手が付けられないほどだ。
声が届かなければ、彼女の記憶通りの結末になってしまう可能性が高い。
を救い出すには、脳量子波も用いて彼女に呼びかけるしかない。
その為には、ハレルヤが必要だ。
「お願いします、スメラギさん・・・」
『アレルヤ・・・』
アレルヤからの頼みにスメラギが彼を見る。
スメラギは困ったように笑い、口を開く。
『・・・そうね、試してみる価値はあるわよね』
貯蔵タンク使用を許可します。
そう言うスメラギにレーゲンとアレルヤで礼を言う。
粒子が放出するように端末を操作するレーゲンを横目に、アレルヤはカマエルを見上げる。
GNファングが突き刺さった箇所が未だに修復されていないそれに、僅かに瞳を細める。
(・・・、君はガンダムを守る為にガンダムを傷つけたんだね)
突き刺さったままだったファングは痛々しかった。
コクピット内にも衝撃がきただろうに、はその方法を選んだ。
(君ならきっと怒るだろうね。相変わらず、自分しか犠牲にしない彼女を)
僅かに粒子が溢れ出す。
アレルヤはゆっくりと瞳を伏せる。
(君は僕にも怒るかな?言いたい事、たくさんあるだろう。けどね、僕だって同じだよ)
最初にを傷つけたのはハレルヤだ。
『人革のティエレンに乗ってる女超兵はアレルヤの大事な女神サマ・・・マリーなんだよ!』
『アレルヤのお前に対する気持ちは仮初だ』
ハレルヤの独占欲は理解出来る。
の視線を自分に向けたかった。
彼女がただ純粋に欲しかっただけなのだろう。
しかし、その言葉はに深い傷を残した。
勘違いをしたまま恋人の立場に収まっちゃだめだよ。
だってアレルヤの本当の想い人は、マリーなんだから。
記憶が流れ込んできた時に感じた彼女の思い。
そこからは常に一歩引いた位置に居た。
マリーが来るまで、代わり。
そう考えながらも、傍に居てくれた。
(・・・僕の中途半端な態度も、彼女を傷付けた。それは分かってる・・・)
((分かってるなら、どうしてアイツを直ぐに受け止めてやらなかった))
思わず瞳を見開く。
が、前に誰が居るわけでもない。
この声は、直接頭に響いているのだから。
幾分懐かしさを覚えつつ、アレルヤは再度瞳を伏せた。
(・・・目の前にある明瞭な問題を第一としてしまった・・・だから余計にを傷付けたんだね)
「に向ける気持ちは特別です。本当は、今でも彼女の事が気懸かりでしょうがない・・・」
怪我をしていないだろうか、元気だろうか、無事だっただろうか。
正直、不安は尽きないとアレルヤは言った。
「でも、今は目の前の事・・・マリーの事を考えなくちゃいけないんです」
マリーの事を考えていたせいで、目先に居るに気付けなかった。
その結果が、あれだ。
「・・・ッ、刹那・・・!」
「ああ、俺だ」
「刹那、刹那、刹那だ・・・!」
「ああ。ここに居る」
「夢じゃ、なかった、」
「ああ」
「これは、ほんとうなんだ・・・!」
「ああ。夢なんかじゃない。俺もお前も、ここに居る」
((ざまぁねぇぜ。が拒否ったせいで俺たちのアイツを求める感情が、脳量子波を通じて増加した))
(・・・あの時、まさか君が・・・)
((俺の意識はまだ無かったぜ。俺が初めて起きた時は粒子が加速して向かってきたのに反応した時だ))
そうかい。
アレルヤはそう思いながらも、瞳を開く。
銀と金の瞳は、鋭さを含んでいた。
((俺を呼び起こしたんだ。とっとと話をつけようや))
(単刀直入に言おう。を救いたい。一緒に呼びかけて欲しい)
アレルヤの言葉に、ハレルヤの気配が微かに揺らいだ。
しかし、直ぐに彼の鼻で笑う声が頭に響く。
((俺一人でも十分だぜ))
(僕たち二人じゃないと、きっと意味が無いんだ)
本当は、同じ気持ちだ。
アレルヤだって、一人でを救いたい。
今度こそ、この手で彼女を救い出したい。
そう思うが、が求めているのはアレルヤ一人ではない。
分かっているからこそ、
(二人でやらないといけないんだ)
真っ直ぐに伝わってきたの想い。
それに応えなければ、彼女を取り戻す事は出来ない。
アレルヤがそう思っていると、ハレルヤが鼻で笑った気配がした。
((二人で仲良くを大事にしましょうってか?))
(正直な話、僕だって彼女を大切にしたい気持ちはある)
あん?とハレルヤの声がする。
訝しげな様子のハレルヤに怯まず、アレルヤは言葉を続けた。
(独占欲とか、意地張ってる場合じゃない。ただ今は、彼女を助けないといけない)
じゃないと、絶対に後悔する。
死ぬほど。
口には出さなくても、気持ちが伝わってくる。
「・・・アレルヤを守る、私はそう約束した!」
「だから、お前なんかがあいつを受け止めきれんのかっつってんだよ」
「アレルヤは今までずっと傷付いてきた。私が全てを支えられなくてもこれから守る事も出来る!
痛みの捌け口になってもいい、アレルヤには安らいで欲しい・・・そう思う事はいけない事なの?」
コイツの痛みも何も知らないくせに。
最初こそそう思っていたのに、怯まずに真っ向から立ち向かってくる彼女に意標をつかれた。
真正面から向けられた空色に、心惹かれた事も事実。
「ったく、アレルヤもこんな女のどこがいいんだか。俺にはわからねぇな」
「ハレルヤにとって、私がアレルヤを支えようとすることは駄目なことなの?」
「あ?」と短く声をあげる。
思ってもいなかった言葉に眉を顰めると、は何を思ったのか微笑んだ。
「私は、アレルヤとハレルヤを守りたい、支えたい、一緒に居たい」
「・・・・・・」
「私、守られてばっかりじゃ、嫌なの」
だからお願い、傍に居させて。
そう言って見上げてくる。
純粋に思っているのが分かる。
((・・・、僕だって・・・))
その時、頭にアレルヤの声が響く。
期待と加護欲が含まれたそれに、思わず反応した。
「・・・お仲間だから同情ってか?」
「私はそんなつもりじゃ・・・!」
「あ?・・・あー、お前はそうだろうな」
に言ったつもりは無かったが、勘違いしたようだ。
片方の手も伸ばし、の腕を掴む。
瞳を丸くして見上げてくるそいつに、顔を近づける。
「・・・ハレルヤ?」
「いいぜ、お前気に入った」
「え?」
「俺もしょうがねぇから守ってやるか」
柄にも無くそんな事を言った。
「え?」と短い声をあげ、も小首を傾げている。
「アレルヤがお前を守るって今もうるせぇんだ。俺もたまにはアイツに便乗するのも悪くねぇってことだ」
「・・・ありがとう、ハレルヤ」
そう言って微笑んだに、思わず掴む腕の力が抜ける。
本当に嬉しそうに笑む彼女。
アレルヤが絆された理由も分かる気がした。
傍に居るだけで無条件な安心を提供されている気分だ。
優しく、支えると決めた相手には本当に尽くすのだろう。
そんな事を思っていると、じ、と自分を見つめる空色に気付いた。
なんだと思っていたらニコニコと笑ってきた。
思いが気取られた気がして、思わず身が引けそうになった。
「物欲しそうな顔しやがって、キスでもしてやろうか?」
そんな事を言って誤魔化したが、想いは止められなかった。
((・・・今は、を引っ張り出す事が最優先、ってか))
(・・・ハレルヤ)
((終わった後、はっきりさせてやるぜ。テメェも覚悟しとけよ))
ハレルヤの言葉にアレルヤは柔らかく笑んだ。
がどちらを選ぼうとも、アレルヤは正直気にしない心境だった。
ただ、彼女さえ帰ってきてくれれば。
きっと、ハレルヤも同じ心境だろう。
アレルヤはそう思いながらゆっくりと瞳を伏せた。
何故こんなところに。
そんな声が聞こえた気がしては目を開いた。
視線を動かすと、ぼんやりとした視界に、金色が映った。
「まさか、君がまた・・・」
渇いた音が立てられ、カプセルが開かれる。
恭しく手を差し出され、なんとなしにその手に自身の手を乗せる。
そのまま体を起こすと、背に手が添えられた。
が瞳を丸くし、彼を見ると仮面越しの瞳が悲しげに細められた。
「・・・本当に私は、自分の事ばかりだな」
そっと頬に手が添えられる。
「私も自身の事に蹴りをつけようと思う。君には、本当に酷い事をした・・・」
「・・・ひどい、こと?」
小首を傾げるに彼は再度震える声で「すまない」と言う。
その時、入り口のドアが開かれた。
「ブシドーさんだっけ。アンタ特命出てなかったっけ」
そう言い腕を組んでドアに寄りかかったのは、ジュビアだった。
彼は真紅の瞳を細め、苛立たしげに舌打ちをした。
「行くなら行けよ。じゃないとそいつ連れていけねぇだろ」
「共に行くのならば、変わらないと思うがね」
「俺らは色々準備があるんだよ」
そう言いジュビアはの前まで歩いてくる。
視点の定まらない彼女を見下ろすと、また苛立たしげに舌打ちをした。
「ったくよ・・・ンで俺がこんな・・・」
ほら、来いよ。
そう言いジュビアはの腕を引く。
「ソレスタルビーイングをぶっ潰すぞ」
明らかな怒りが含まれている瞳に、ブシドーは疑問を抱く。
このジュビアという男、上からの命令にも渋々といった様子で従っていたのに。
ソレスタルビーイングへの興味も持たず、ただ戦い続けるだけの男だった。
しかし、今はどうだろうか。
真紅の瞳は怒りで燃えているようだった。
「やっと見つけた手掛かりだ・・・俺も本気で潰しに行くぞ」
ジュビアはそう言いを連れて部屋から出た。
ハプティズム始動。